第176話 挑発の結果
『──クリムちゃんの槍? あー、アレに似た感じの武器なら作った方が早いんじゃない?』
「あー……言ってますね。確かに……」
スマホで再生している私自身の配信アーカイブにて、私が気絶していた間のチヨの発言を確認していると、とうとう問題の発言が彼女の口から飛び出した。
『魔槍は作れる』。その発言にコメントは沸き、目にも止まらぬ勢いで流れ始める。
今だにクリムの様な魔槍に対する憧れを抱くダイバーは多く、私の配信開始前にはエンチャントを求めるダイバーがやって来る事もあるのだが、依然としてクリムに続いた事例は存在しないのだ。
〔作れるの!?〕
〔まじ!?〕
〔!?〕
〔なんか凄い事さらっと言ったな…〕
〔どうやって!?〕
並の人間なら目で追えない速度のコメントもチヨは余裕で把握できるのだろう。いくつかのコメントに平然と返していく。
ただし、製法に関しては『ん~……秘密!』と隠していたが。
「──このチヨが言ってる魔槍の作り方って、前にお前がやった方法と同じなのか?」
「現時点では何とも……多分理屈は同じだと思うんですけど、狙って出来る物でも無いですからね……悪魔ならではの作り方とかもあるのかもしれませんが……」
背後から尋ねて来た『俺』に対して、正直な私の意見を返す。
以前クリムの使っていた市販品の槍が鋼糸蜘蛛の焔魔槍に変化した後、『俺』にはそのメカニズムについて『倒したスパイダーマザーの魔力が武器に流れ込み、鋼鉄製の槍がレベルアップした結果』だと説明していたが、アレは私が狙ってやった事ではない。
とどめとして投擲された槍を引き抜くよりも先に部屋全体が炎上し始めた為、避難の為に部屋から離れた結果、偶然条件が整ってしまっただけなのだ。
(そもそも、元々意思を持たない物体には魔力が宿りにくい。武器のレベルアップを起こそうとするなら、相当の魔力が必要になる筈なのに……)
あの時倒した『スパイダーマザー』は下層で一般的に遭遇する魔物と比べても遥かに強力な魔物であり、条件を満たすのに十分な魔力を保持していた。……いや、寧ろあのエリアで遭遇するにはあまりにも場違いな程、濃密な魔力を保持していた。だからこそ、クリムの魔槍はあの魔物の特徴を強く受け継いでいるのだ。
しかし、一般的な下層の魔物相手ではただ武器を変質させるだけでも相当な数の魔物を倒す必要があるだろう。自分も含めて他の生物が周囲にいない状況で……正直かなり面倒な気がする。
(正直割に合わないんだよな……特に弓とか頼まれたらどうにもならないだろうに、チヨはどうするつもりなのか……)
そんな事を考えている内にリスナー達の中から『魔法武器を作って欲しい』と言うコメントがいくつも溢れ出し、チヨの口からいよいよ決定的な発言が飛び出した。
『良いよ~! た・だ・し! あたしに勝負挑んで、まともな攻撃を当てられたらね! その時の武器を作り変えてあげるよ~!』
「……またなんとも、派手な宣伝に利用されたなぁ……」
「ですね……配信主が気絶してるのを良い事に、好き放題言いすぎでしょう……」
予想通りコメント欄は大盛り上がりだ。
特に一部のダイバーの興奮は凄まじい。何ならすぐにでも下層に向かいそうな勢いだ。
〔条件が無理ゲーで草〕
〔人類最強のヴィオレットちゃんで何とか達成できる条件を求めるなw〕
『え? ……んー……じゃあ、挑戦者の実力に合わせて手加減してあげるよ!』
「そこまでやりますか……」
彼女がそう言いだしたのは、まぁ……暇潰し目的とかそんなところだろう。今の発言により、下層に潜れるダイバーはかなりやる気になっているようだ。
何なら中層や上層のダイバーも早く下層に行こうと言い出している。……これ、SNSで多少諫めておいた方が良いかも知れないな。実力不足のダイバーが再起不能なダメージを負う前に。
その後、『挑戦者うっかり死なない?大丈夫?』と言うコメントがあり、そのコメントに対して慌てて『殺す気はない』とチヨが言い出した辺りで私が目覚めたと言う流れだったようだ。
「はぁ……面倒な事をしてくれましたね。本当に……」
とにもかくにも、今日の内に実力不足のダイバーが無茶をしないようにSNSで警鐘を鳴らしておく必要はあるだろう。私が発言した訳ではないが、発信元が私の配信である以上は責任があるからだ。
『 オーマ=ヴィオレット
@Ohma_Violette
今アーカイブでチヨの発言を確認しました!
チヨに会う為に無茶な探索をする事だけは控えてください!!
特に下層にまだ到達していないダイバーの方は自分のペースを守ってください!
あなた達自身の安全の為にもどうかよろしくお願いします! 』
私の投稿は直ぐにフォロワー達によって拡散されていき、一先ずできる事はやったと一息つく。
この警告文で思いとどまってくれない人は、多分直接の声掛け以外では止まってくれないだろう。
投稿の際にちらりと見えたが、やはり今回のチヨの発言も既にSNSでかなり拡散されてしまった後のようだし、乗り気なダイバー達の『下層突入宣言』もいくつか見えてしまった。
……せめて人死にが出ない事を祈るばかりだ。
「……一応、水曜日の雑談配信でも注意は促す事にしましょう」
「大変だな。お前も……」
「全くですよ。『あの時ドローンが壊れていれば』って初めて思いましたもん」
「折角生き残ったのに、それはそれで文句言われるんだなぁ……ドローンって」
◇
「──たっだいま~!」
「おかえり、チヨ。今日は随分ご機嫌ね? また良い相手でも見つかったのかしら?」
テンション高く部屋に帰って来たチヨに、娯楽小説を読んでいたユキが尋ねた。
彼女の言う『良い相手』と言うのは当然ながら『満足できる強者』と言う意味だが、最近のチヨはそう言った相手をそれなりに見つけていた。
主に戦争を切っ掛けに渋谷ダンジョンの下層に潜るようになったティガーや、魅國等の『外』からやって来たダイバー達だ。
ユキはチヨの表情からまた新しくそう言う『遊び相手』を見つけたのだろうと判断したのだが、チヨはニコニコと満面の笑顔のまま首を振って答えた。
「ううん! そうじゃなくて、これからそう言う人間がいっぱい現れそうなんだ~!」
「……それはまた、何かあったのかしら?」
「実は今日、ヴィオレットちゃんとあってさ~──」
「──って感じで、強い人があたしに挑むように挑発してみたの! これでしばらく暇潰しには困らないよね!」
そうのんきに笑うチヨに、ユキは深いため息を吐くと呆れた表情で告げる。
「あのね、チヨ……そんな挑発なんてしたら、あまり強くない人間にも付き纏われる事になるわよ?」
「…………──あっ」
ユキの言葉を理解したチヨの表情が固まる。
戦う事が好きなチヨとて、戦って楽しくない者の相手をする事は流石に面倒に感じる性分だ。
普段下層で見かけた際、愚痴を零したりダル絡みする相手は主にそう言ったダイバーなのだが、今後そんな相手からも勝負を挑まれる事になると今になって理解したのだ。
「ど……どどどどど、どうしよう……手加減するとか言っちゃったから大変な事に……!?」
「動揺し過ぎでしょ……ホント。精々巡回時間と巡回ルートを人間達に把握されないように気を付ける事ね。それか……思い切って一人か二人、殺せば弱い奴らは来なくなるんじゃない?」
「それはしない。けど……うぅ~……困ったなぁ……!」
そう言って大袈裟に頭を抱えるチヨを横目にユキは再びため息を吐くと、興味を失ったように再び手元の娯楽小説に目を落とすのだった。




