第173話 数百億+三十億の女
体調はほぼ回復しました!
投稿再開します!
「──と言う感じで、加工をお願いした訳です」
「なるほど。……はい、L.E.O店長から聞いた話と整合性も取れました。問題は無いようですね」
「嘘を吐く必要がありませんからね」
あの後、私は警察署に出向き、イヤーカフを返還して貰う為の情報提供を行っていた。
聴取は私が思っていたより随分と穏やかに進んだ。昼ご飯に関しては『出前が取れます』と言われたものの、費用がこちら持ちなのが若干の不満点ではあったが……まぁ稼いでいるのでそのくらいは許容範囲だ。かつ丼は美味かったし。
ただ、一つ気になったのは……
「──情報提供ありがとうございました。こちら、お借りしていた品です。ご確認ください」
数時間の事情聴取と確認の末、返還された魔石のイヤーカフを確認する。
見た目だけでなく魔力の感覚や気配の特徴から判断しても、間違いなくあのゴブリンキングの魔石から作られたイヤーカフだ。
「ありがとうございます。……なんか、意外でした。こういう証拠品って、もっと返還を渋られると思っていましたので」
「……確かに、証拠品は現物を至上とする事が多いです。後になって調べる必要があったり、扱う情報に間違いや取りこぼしは許されませんからね。しかし、今回の証拠品に関してはそもそも情報が最初から得やすかった。だからこそ、今回の様な即日の返還が条件付きで許されたのです」
「は、はぁ……?」
聞けば、今回のイヤーカフの元になったゴブリンキングの魔石の入手経路や、価値が証明された瞬間が尽く配信に載っていたというのが交渉として有利に働いたようだ。
特に、あの戦争でゴブリンキングを倒して獲得したという点は時間と場所の証明として特に強い効力を持っている。盗品でない事は明らかで、その価値はダイバー協会が専用の機材で計測している為疑いようもない。犯人達が魔石の存在を知った経緯も凡その説明はつく。
配信の動画に関しては更なる調査がかけられるだろうが、現物の持つ情報として必要な物の大半はそこからでも得られると踏んだのだろう。まぁ、あと考えられるとすれば──
「それに……これはここだけの話ですが、貴女の知名度や人気の影響も大きいでしょうね。貴女が命がけの戦いの末に得たゴブリンキングの魔石を証拠とは言え強引に押収すれば、それを配信で知ったファンからの警察に対するバッシングは想像に難くない。……要するに、日和ったんです。上層部が」
「……そう言う事、私に言っちゃって良いんですか……? 配信者ですけど……」
「勿論、これはご内密に」
そう言って口元に指を添える警官。
彼の表情から察するに、今回の警察の対応を知ったら知ったで『日和った』と言い出すファンも居ると解っているのだろう。
どっちに転んでも何か言われる以上、まだ不正や横領等のマイナスイメージに繋がりにくい対応を取ったというのが今回の警察の判断なのかなと思った。
「……それよりも、配信は大丈夫ですか? 今日も配信すると聴取の前にSNSで言っていましたが」
「っと……そうですね。まだ私服のままですし、早く帰って準備しないと……因みにここって、腕輪使っても大丈夫ですか?」
「警報が鳴るので駄目ですよ。署の外に出てからお願いします」
「あはは……やっぱり」
腕輪の機能はダンジョン外でも一部使用が許可されている。鞄の代わりに使える【ストレージ】や、移動手段として非常に優秀な転送機能等がその代表だ。
しかし、同時に何を持ち込まれるか分からないという側面もある為、腕輪にはダンジョンの外で使用した際に機能ごとに特殊な信号を周囲に送っているらしい。専用のセンサーがそれを感知すれば警報が鳴り響き、周囲にその事を知らせるようになっている施設も多いのだ。
……因みに後で知った事だが、警察署では年に数回やらかす人が出るらしく、結構この辺りシビアらしい。聴取の時でも穏やかだった警官の笑顔が、妙に迫力を増す訳だ。
「──皆さん、ごきげんよう! 諸事情でいつもより遅れてしまいましたが、今日も探索配信やっていきますよー!」
朝から色々とあったが、何はともあれ無事に配信開始だ。
取り調べが終わった後にSNSで配信の予告をしていたおかげか、いつもと違う開始時刻にもかかわらず多くのリスナーが待機に集まってくれていた。
〔ごきげんよう!〕
〔SNSで取り調べ受けてたって書いてたけど大丈夫?〕
〔昼間のニュース見て驚いた〕
〔まさかL.E.Oに強盗が入るとは…〕
〔イヤーカフ綺麗!〕
〔三 十 億 の 女〕
〔報道でも見たけど本当に宝石みたいな魔石だな〕
コメントの反応を見る限り、既に何人かは私の配信が遅れた理由について想像できていたようだ。
私は事情聴取を受けていた為に見ていなかったが、あの事件ではニュースでも大々的に取り上げられ、犯人の狙いが私の三十億円のイヤーカフであった事なども踏まえて放送されていた事を、あの後、先に自宅に帰っていた『俺』から聞いた。
「綺麗でしょう? このデザイン、ゴブリンキングの剣をモチーフに加工して貰ったんです! 私が最初に配信でお見せしたかったのに、先にニュースで放送されてしまったのは正直不服ですけどね……おのれ強盗」
〔災難だったなぁ…〕
〔実際に付けてるのは今初めて見たから…〕
〔でもよく返してもらえたね。証拠品になってしばらく帰って来ないと思ってた〕
「あ、それについても軽く説明しますね。実は──」
と、コメントの疑問に答える形で大体の流れをざっくり説明する。
……勿論上層部が日和った云々は省いてだ。
「──と、今回は幸運も重なって、交渉で返して貰えました。ただ、毎回こうも行かないと思いますので、今後加工を頼む事があった時は私も何かしら対策しようと思います」
〔配信ってこんなメリットもあるんだな〕
〔確かにエンドの裁判でも配信の動画が証拠になってたっけ〕
〔↑マジか〕
〔言うてどう対策したものか…〕
〔ヴィオレットちゃん相手にするの避ける為に預けた後を狙ったんだろうしな…〕
〔こればかりは店側の対策に期待するしかないと思う〕
今回の一件で分かった事は、犯人が一度でも手にしてしまえばその品物は証拠品になってしまうと言う事だ。
つまり私の対策とは──
(深夜の店に入った時点で、疑わしきは罰する!)
どの道営業時間を過ぎた店に入った時点で不法侵入の現行犯なのだ。市民にも逮捕権が発生するし、何の問題も無いだろう。
仮に問題があったとしても、私は【変身魔法】で別人になっていればどうとでもなるしな。
(……あれ? コレ、一番質悪いの私では?)
一瞬そんな疑問もわいたが、多分気のせいなので対策諸共胸に秘めておこう。
「まぁ対策するとは言いましたが、三十億円の品物を手にするような機会ももうそうそう訪れないでしょうし、そこまで深刻に考える事でもないですかね」
〔それもそうか〕
〔あんなゴブリンキングが何体も出て来ちゃ堪らんしな〕
そんな会話をコメントと交わしながら、レベリングと立ち回りの向上の為、武器への【エンチャント】を制限した状態で魔物を相手に戦い続けて数十分。
以前ラウンズが下層でやっていたようにダンジョンホッパーを捕獲して強引に鳴かせ、魔物との連戦に次ぐ連戦を戦い抜いた後の事だ。
「──来ませんね。もうこの辺りは狩り尽くしましたか。……では、お疲れ様でした」
「リリリリリーーーリ゛……ッ!」
ダンジョンホッパーが鳴いても魔物が現れない事を確認し、デュプリケーターの一突きで止めを刺すと、崩れ去る塵の中から落ちた魔石がカツンと小さな音を立てて地面に転がった。
〔憐れ…〕
〔ダンジョンホッパーくん、こういう扱い最近増えたよなw〕
〔下層に順応したダイバーにとっては便利なアイテム扱いなの流石にかわいそうで笑うw〕
〔↑なにわろ〕
〔その内生き残るために鳴かないようになったりするんだろうか…〕
「本末転倒ですね、その進化……」
先程までダンジョンホッパーがけたたましく鳴いていた反動で、妙に落ち着かない静寂が広がる。
こうなると、しばらくは歩きながらの雑談タイムだ。
何せ最低でも数百メートル程の範囲の魔物は狩り尽くした後。このタイミングで偶然目の前に現出でもしない限り、暫く魔物と遭遇する事は無い。
最低限の警戒だけはしながらリスナー達と和気藹々と談笑していたその時、一つのコメントが目に付いた。
〔ゴブリンキングの剣って使わないの?〕
(あぁ、そう言えばまだ説明してなかったっけ?)
確かにこのコメントの言う様に、今回の私はずっとローレルレイピアと修理の完了したデュプリケーターで戦っていた。
使い慣れた二本である事に加えて、ちょっとした事情からゴブリンキングの剣を使うのを躊躇っていた為だ。
その事についてまだ説明をしていない事をコメントで思い出した私は、これを丁度良い機会と捉え、リスナー達に話す事にした。
「言い忘れていましたが、まだゴブリンキングの剣は使いません。と言うのも、実はまだあの剣って所有者登録も済ませて無いんですよね。当然登録装備にもなっていないですし、万が一すっぽ抜けたり紛失したら大変な事になってしまうので、まだ使いたくないんです」
〔まだだったの!?〕
〔なんで!?〕
「な、名前が決まってなくて……」
腕輪の機能には『登録装備に設定されている武具を手元に転送する機能』があるのだが、登録装備に設定するには武器に名前を決めて『所有者登録』を先に済ませている必要があるのだ。
しかしゴブリンキングの剣に付けるのに丁度良い名が中々思い浮かばず、結局その所為で所有者登録ができないのだと明かした。
〔なるほどなぁ…〕
〔トレジャー装備とかの名前は拘るダイバーも多いしな〕
〔次の雑談枠で決める?〕
「ええ。実は私もその心算だったんです。協力お願いしますねー」
彼等の反応を見ると、こういう時はやはり集合知を頼るに限るなとますます実感する。
この際だ、ゴブリンキングの名前についても悩んでいたし水曜日の雑談配信でセットで相談してしまおう。
勿論、両方とも妙な名前を付けるつもりは無いが、正直私のネーミングセンスでつける事自体躊躇しているしな。
〔今の内から考えとこw〕
〔こういう時はいくらでも頼ってくれ!〕
と、早くもやる気に満ち溢れるコメントの数々。
私のクラン名『トワイライト』を決めてくれた配信から人も増えたし、これは良い案が期待できそうだ。
少し気が早い気がしないでもないが、期待も込めて笑顔でお礼を告げる。
「助かります。何せ数百億円の剣ですからね……下手な名前付けられませんし……」
〔ん?〕
〔えっ〕
「えっ?」
私が感謝を伝えた直後、一瞬コメントが完全にストップした。
万が一配信のバグとかだと困るのでそのまま様子を伺っていると、やがて再びコメントが動き出したのだが……
〔今ヴィオレットちゃん数百億って言った?〕
〔数億の間違いだろ…だよな?〕
「あっ、すみません。言い忘れてました! 実はこのイヤーカフのデザインを話す時にゴブリンキングの剣をL.E.Oの職人さん達が見る機会があったんですけど、その時に『数百億円の値が付く魔剣だからさっさと所有者登録済ませとけ』って叱られちゃいまして……」
正直うっかりしていた。ついでに話した気になっていたが、思い返せば確かに値段には一切触れていなかったっけ。
そんな訳で改めてゴブリンキングの剣の事について説明したところ、コメントが今日一の速度で流れ始めた。
〔そんなもんの名前付けられるか!!!!!!〕
〔プレッシャーで胃が死ぬわ!!!!〕
〔なんでそんなヤバい事言い忘れられるのこの娘…〕
〔なんか着る高級車って呼ばれるドレスアーマーが急に安っぽく見えて来たぜ…〕
〔感覚バグるでこんなん…〕
リスナー達の興奮は中々収まらず、この後数分間に渡り名付けを拒否られた上、この日の配信中度々擦られる事になったのだった。




