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第171話 深夜の捕物劇(後編)

 警告灯が赤く照らし出したビル内を、ゴブリンキングの魔石が放つ魔力を頼りに駆けていく。

 ビルの内部の構造は分からないが、流れてくる魔力を辿って目的地へ向かうのはこれまでもダンジョン探索でさんざんやって来た。今更道を間違えたりはしない。

 私の足音も絶えず鳴り響く警報音が誤魔化してくれるし、遠慮なく全速力で向かわせて貰おう。




 ビルに突入してから程なく。

 いくら大企業のビルと言えどダンジョンよりは遥かに狭い為、一分と経たずにかなり犯人に近付いてきた。感じる魔力の波動から、既に凡その位置まで手に取るように分かる。


(──きっとあの角を曲がった先だ!)


 ここまでくると争う様な物音や声までも聞こえて来た。

 やはり私が動くよりも先に警備員が向かっていたらしい。しかし──


「──抵抗を止めて大人しく……ぐぁっ!?」


 相手は元とは言えダイバーだ。

 今の渋谷ダンジョンのダイバーと比べると弱いが、それでも一般人よりはずっと強い。

 警告の声を無視した犯人に攻撃されたのか、一人の警備員が通路を越えて私の目の前まで吹っ飛んできたので、すかさず先回りして受け止める。


「っと! ──大丈夫?」

「ぅっ……! 貴女は、社員さんですか……!? こ、ここは危険ですので、直ぐに……!」

「いいえ、騒動を聞いて駆け付けたダイバーよ。L.E.Oには私もお世話になってるから、力になれたらって……」

「! そ、そうでしたか! お願いです、犯人達を捕らえて盗品を取り返してください……! 犯人は元・ダイバーなのか、異様に強くて今の私では……!」

「ええ、勿論。私に任せて頂戴」


 そう言って身に着けている腕輪を示すと警備員は申し訳なさそうな様子で頼み込んで来たので、勿論快く了承する。

 と言うかこの警備員の人、夕方にゴブリンキングの剣を持って腰を抜かしてしまった人だな……もしかしてその所為で本調子じゃなかったりするのだろうか。

 だとしたら本当に申し訳ない事をしたな。改めて反省しなければ。


(でも、とにかく今は反省よりも先にやるべき事をやってしまおう……!)


 警備員が飛んできた方向を見れば、目出し帽に全身黒で統一した『いかにも強盗です』といった身なりの二人組の姿があった。

 彼等の周囲には多くの警備員が倒れており、ここで何があったのかは明白だ。


「くそ……っ、後少しってところで!」

「怯むな! ダイバーとは言え相手は一人だ! それに俺達だって元・ダイバーだろうが……! 二人がかりでやれば問題ねぇ!」

「そ、そうだな……!」


(──見たところ、二人とも腕輪はしていない。発言の通り、二人ともダイバーの資格ははく奪された後のようだな)


 予想していた事だが、これで最大の懸念である『腕輪の機能を使った逃走』が出来ないことを確認でき、一先ずホッとする。

 警備員達を一蹴した後で気が大きくなっているのか妙に自信満々な二人へ向けて、私は言い放った。


「大人しく盗んだ物を返して自首しなさい。『元』が付くとは言えダイバーが罪を犯せば、一般人よりも遥かに重い罰を受けるのは知っているでしょう?」


 ダイバーは一般人よりも遥かに強い分、その力を犯罪に使えば罰則も非常に重い物になる。前世の感覚で言えば『プロのボクサーが拳を凶器と判断される』ような物で、一般的にも知られている事実だ。それは引退後も変わらない。

 既に暴行や傷害、器物破損に窃盗と多数の罪を犯した二人に下される罰はこの時点で相当なものになるだろう。

 一応彼等の今後を案じた提案だったのだが、私の言葉に対しての彼等の返答は──


「うるせぇ! 俺達はこいつでやり直すんだよォ!」

「すっこんでろ雑魚がァッ!」


 彼等は手に持った凶器──おそらくは予めどこかで入手していたのだろう警棒を手に、私に襲い掛かって来た。


「──警告はしたわ」


 やはり腐っても元・ダイバー。一般人よりは機敏な動きで、連携も取れている。

 しかし、彼等もきっと元・フロントラインの下っ端。精々が上層レベルだ。

 この程度ならスキルも武器がなくとも、一瞬で無力化するのは容易い。


「ぐぇっ!?」

「はぐぅ……っ!」


 彼等の攻撃を軽くいなし、反撃にそれぞれの腹部に一発ずつ拳を叩き込むと、彼等は忽ちその場に蹲り動けなくなってしまった。


「チクショウ……ッ! こ、こんな筈じゃ……!」

「盗品は……これね」


 苦痛に悶える犯人のポケットから魔力が漏れているのを確認し、そこへと手を突っ込んで赤く輝く剣の形をしたイヤーカフを取り出す。


(これが……)


 加工後の姿は初めて見るが、素晴らしい造形と言う他ない。

 全体的なディテールはゴブリンキングの剣に準拠しているが、ほど良いデフォルメがその風格を損なわぬままにアクセサリーとして成立させている。

 それでいて魔石の時と同様の強度を維持しており、柄の部分を親指と人差し指で摘まむように持てばちょっとした武器としても使えるだろう。エンチャントを施せばなおさらだ。


「あ、あのぉ……」

「──っと、ごめんなさいね。あまりにもキレイで見惚れていたわ。どこに預ければいいかしら?」


 おずおずと声をかけて来た警備員の青年にイヤーカフを見せて尋ねる。

 翌日の朝には正式に私の物になるとはいえ、今の私は別人としてここに来ている。

 取り返したこのイヤーカフも、今はL.E.Oの何処かに保管しておくべきだろう。


「そうですね……そちらのアクセサリーを保管していた金庫は破壊されてしまって、今は使えませんし……」

「かと言って、部外者の私に持たせてもよねぇ……──そうだ! 私、今夜はここで警護にあたるつもりだから、その間は貴方がこれを持っておくって言うのはどう?」

「いぃっ!? いっ、いえいえそんな! 三十億ですよ!? そんなのもう持ちたくないです!!」

「そ、そう……?」


 良い提案だと思ったのだが、慌てて拒否──と言うか拒絶する必至さに思わず気圧される。

 って言うかこれ、いよいよ本格的に夕方の一件がトラウマになってるな……大丈夫だろうか。警備員なのに……


「まぁ良いわ。それじゃあ一旦私のポケットに入れておくわね。犯人達の拘束もしないといけないし」

「そ、そうですね……」


 正直部外者のポケットに三十億預けるのは警備員としてどうなのかとは思うが、この場で一番安全なのはここだ。犯人の拘束後は直ぐに良さげな場所に移すから安心して欲しい。


「私はロープで犯人を縛っておくから、貴方は気絶している警備員達を起こしてくれる? 見たところ重症者はいないみたいだし、直ぐに目が覚めると思うわ」

「は、はい!」


 かなり痛烈な一撃を叩き込んだので、逃げようとしても暫くは足腰が立たないだろうが……まぁ、念には念をと言う奴だ。両手足をぎっちり縛って、出来ればスタンガンとかで気絶でもさせれば元・ダイバーと言えど逃げられないだろう。


「──【ストレージ】、っと」

「くそ……ッ!」


 ──ポロリ


「ん……?」


 腕輪から取り出したロープで犯人を拘束していたその時。

 イヤーカフが出て来たのとは別のポケットから、犯人の物と思しきスマホが転がり出て来た。勿論スマホを持っている事自体はなんらおかしな事ではないが……表示された画面の内容が問題だった。


『非通知設定』

「──っ!?」


 そのスマホは通話中だったのだ。

 私は犯人の拘束もそこそこに、そのスマホを急いで拾い上げて耳に当てる。


『……』

(──一言も発さない。やはりこちらの状況を把握する為の通話か!)


 意識を集中させてこちらから向こうの情報を探るべく耳を澄ます。

 すると静寂の中に『ヴーン……』と、何かの機械が稼働するような音がかすかに聞こえた。


(……駄目だ、情報が少なすぎる!)


 このご時世、似たような音を発する精密機械なんてどこにでもある。場合によっては自宅にあるという人もいるだろう。

 何か他に情報が無いかと耳を澄ませていると……


『──あら? もしかして、見つかってしまったかしら?』

「……ッ!?」

(喋った……!? 余裕の現れか……?)


 女性の声だ。

 イメージとしては20代後半から30代と言ったところで、まさに落ち着いた女性のイメージがぴったり当てはまるような声……しかし、なんだろうか。この感覚は……


(私は()()()()()()()()()()……?)


 いや、そんな筈はない。

 こっちの世界に来てからの私の交友関係は非常に狭い。もしも知っている人物であるならば、直ぐに分かる筈だ。


「──貴女は誰? 今回の窃盗犯のブレーンってところかしら?」


 向こうが声を発する余裕があると言う事は、会話で更に情報を得られるかもしれない。

 一か八かではあるが、先程の言葉の内容から考えて、こちらからアクションが無かったとしても通話を切られるまでそう時間は無かっただろう。

 幸い、今の私は【変身魔法】で声も変えている。会話が出来れば一方的に情報を得られるこの機会、逃すべきではない。

 私の問いかけに対する女性の返事は……


『そうね。私が彼等にお願いしたのよ。「オーマ=ヴィオレットちゃんが手に入れた三十億の魔石が欲しい」「手に入れられたら私が三十億で買ってあげる」ってね』

「……っ」


 どうやら相当自信があるらしい。

 随分と大きいヒントを二つもくれた。


(先ず、この女性は三十億と言う大金を平気で支払える金がある……または、それを拒否したとしても激昂した元・ダイバー三人を取り押さえられる実力がある……)


 いずれにせよ一般人ではないだろう。富豪か元・ダイバーか……或いは現役のダイバーか。

 そしてもう一つ……


(今回の犯人三人は『この女性なら三十億払えるはずだ』と信じるに足る根拠を提示できる人間だ……!)


 いくら欲に目が眩んだと言っても、金を払えない相手の指示でこんな犯罪に手を出しはしないだろう。元・ダイバーが強盗なんて、それだけで重罪どころの騒ぎではない。

 そもそもあの魔石は私が配信で堂々と世界中に存在を示している。個人の伝手で売り捌こうとしても、かなり危ないルートを使う事になる筈だ。

 彼等にとって確実な『買い手』はきっと、この女性ただ一人……相当の説得力がある人物に違いない。


(誰だ……? この声を聞いていると、何かを思い出しそうになる……! 金持ち……説得力……テレビか? 有名人の誰か……だとしても三十億なんて……!)


 ズキズキと、頭の片隅が痛み始める。

 私の中の何かがこの声に対して警鐘を鳴らしている……そんな感覚だ。


「……もう一度聞くわ。貴女、誰かしら?」

『答える訳がないでしょ? そんな事。……残念だけど、時間切れね。バーイ』

「な……ッ、待ちなさい!」


 ──プツッ……、ツー、ツー、ツー……


 こちらの制止の声も無視して、通話は一方的に切られてしまった。

 妙に記憶に引っ掛かるものを感じる声の女性……彼女が何者なのか、今回の実行犯は少なくとも知っている筈だ。


「──あぁ? なんだその眼は? 俺達は口を割らねぇぞ」

「元・ダイバーである貴方達に危ない橋を渡らせておいて、一人だけ安全圏から利益を得ようとした相手よ? このままだと貴方達は逮捕されて、最低でも無期懲役……庇うより、一緒に巻き込んだ方がマシじゃない?」


 もはや真の元凶である事以上に、この記憶の引っ掛かりの正体を明らかにしたい一心で彼等を揺さぶる。だが──


「──ぷっ、くく……! バカめ、俺達が捕まろうとあの人が手を回してくれりゃあ俺達は直ぐに刑務所暮らしとおさらばよ!」

「! そ、そうさ! いくら俺達だって何の保証も無い相手に従うかよ!」

「む……」


 自信満々な目だ。

 先程の女性が自分達を助けてくれると信じ切っている。……それが出来るような立場にいる女性と言う事なのか。


(……これは、流石に想定外ですね)


 ますますあの女性の正体を暴きたくなってきたが、この様子ではそれも難しそうだ。

 口を割らないというのであれば仕方ない。詳しい尋問はこの後駆けつけてくれるだろう警察に任せるとして、今はこの二人をふん縛ろう。


「──ぅぐぇぇ……っ! て、てめぇ、ここまで縛るか普通……!?」

「元とは言えダイバーだもの。強めに拘束するのは当然でしょ? 別に舐めた態度取られた事は気にしてないわよ? 全然……ねッ!」

「ぐおぉぉっ!? やめ、やめろぉ……ッ!!」


 拘束から抜け出す力が入らないよう、かなりギリギリまで関節の可動域を責めた縛り方をする。

 傍で二人組の片割れが脅えていたが……──結局今回の実行犯三人が口を割る事は無かった。



「ふぅ、作戦は失敗かぁ……」


 無数のサーバーが低い稼働音を立てる、薄暗い部屋。

 スマホの通話を打ち切った女性は、腰掛けている椅子の背もたれに体重をかけて残念そうに背筋を伸ばす。


「──~~っ! っ、はぁ……ま、良しとしましょう。所詮は魔石ですもの。計画に必須という訳でもなし……奪えなくても支障は無いわ」


 あの魔力があったとしても、計画が多少前倒しになる程度。いずれにしても時間の問題なのだからと、女性は笑う。

 既に計画は最終段階に差し掛かりつつある。その『最後の鍵』の成育具合を確認する為、女性は机に置かれたパソコンでとある動画を再生し始めた。


『──皆さん、ごきげんよう! 今日も私の探索配信に来てくださり、ありがとうございます!』

「ふふ……貴女ももう直ぐ『()()』ね。オーマ=ヴィオレットちゃん……」


 薄暗い一室にて、その女性はディスプレイに表示されたオーマ=ヴィオレットの頬を指でなぞりながら……一人、奈落の底のように昏い笑みを浮かべるのだった。

そろそろ再登場させておかないと皆さんの記憶から消えそうだったので……(多分既に皆忘れてる)

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― 新着の感想 ―
マジで誰だ⋯?
そいつ自体は覚えてたけど性別の描写なかったから男だと思ってましたよ、口調もそこまで女性寄りでは無かったし
初期に出てきたステータス画面見てなんか企んでた?驚いてた?人がいたような
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