第167話 『敵』
少し遅れました!すみません!
「──さて、と。ヴィオレットちゃんも起きたし、あたしはそろそろ帰ろっかな!」
「あ、すみません。最後に質問しても良いですか?」
「ん? うーん……良いよ! ま、答えるとは限らないけどね!」
この場を飛び去ろうとするチヨを呼び止め、問いかける。
彼女はこう見えて口が堅い。あまり踏み込んだ質問には答えてくれないだろうが、その分彼女個人の裁量で答えられる内容に絞れば、いくつかの情報をくれるかもしれない。
「先ず……貴女は私以外にも一部のダイバー──人間に戦いを挑んでますよね? その時に『鍛えてあげる』とも言っていたようですが……何故わざわざ人間相手にそんな事をするんですか?」
「何故って……まー、あたしが強い相手と戦いたいからかなぁ? 魔物ってさ、人間と違って鍛えても成長してくれないんだよね~。一応捕食するタイプの魔物は強くなるんだけど、そう言う魔物とはあたしの求める戦いとか出来なそうだから人間を鍛えてんの!」
……パッと聞いた感じでは特に変な部分は無い。
彼女自身バトルジャンキーであり、強い敵を求めるあまり自分で育てようというのは動機としてあり得るようにも思える。私自身、今日チヨに会うまではそう思っていた。
ただ……本当にそれだけなのか、と言う疑問が今の私の中にはあった。
(戦闘前のやり取りで垣間見た、チヨの笑顔の裏……あの表情がどうしても気になる)
迷っているような焦っているような……そんな表情をする者が、我欲の為に時間を使うだろうか。
「質問はもう無い? それならもう行っちゃうけど?」
「あ……でしたら、もう一つだけ確認を……」
チヨに鍛えられているダイバーはクリムや春葉アト等、私から見ても将来有望な者ばかり。
そして、彼女達の成長はその後から飛躍的に良くなっており、実際にチヨの言う『訓練』の成果は出ているのだ。
彼女の目的が強い相手と戦いたいからと言うだけにしては、あまりにも悪魔全体にとってリスクの高い行いと言える。だからこそ浮かんだ疑問。
私の認識を根底から変えるかもしれない確認の為、私は彼女に問いかけた。
「……貴女達悪魔は、人間の敵じゃないんですか?」
「──あははっ! 今更だね、その問いかけ。そんなの決まってるじゃん」
私の真剣な質問を朗らかに笑い飛ばし、チヨは笑顔のまま答えた。
「──敵だよ。悪魔と人は絶対に分かり合えない。……だから、早くあたしにくらいは勝てるようになってね。期待してるよ~!」
それだけ告げると、チヨは翼を広げて直ぐに飛び去ってしまった。
残された私は彼女の背を呆然と見送りながら、ポツリと呟く。
「……わからない。やっぱり、チヨの考えは読めない……」
自分達が『敵だ』と言った時、彼女の眼には隠しきれない『憎しみ』の色があった。
飄々とした態度を常にとっていたチヨのイメージとはまるで真逆。アレが彼女の本音の一端なのは間違いない。
(……でも、一体いつの間にあれ程の憎しみを……?)
『俺』やコメントの反応から、私が下層でチヨに遭遇するまで人間は悪魔の存在を知らなかった。
それはつまり、悪魔も人間を知る機会が無かったと同義の筈……
(──いや、違う。それならそもそも、チヨ達は日本語を知らない筈だ……)
下層の奥底にずっといたのなら、彼女達の言語は寧ろゴブリンキングの様な異世界語になる筈なのだ。魔法の詠唱はその言語なのだから。
それはつまり──
(悪魔はかなり昔から、一方的に人間の事を知っていた……と言う事になるな)
私のように【変身魔法】で人間社会に紛れているか……或いは、悪魔を見た人間が全員始末されて来たのか……
いずれにせよゾッとしない話だ。下手に配信で話せる内容ではないな……
「──って……そうだ、配信! ドローンカメラはどこに……」
すっかり忘れていたが、今回はドローンカメラを退避させていない。
以前ドローンカメラを遠くに待機させた結果、よりにもよってただのゴブリンに破壊されてしまったという失敗から学び、今回は最新技術によって開発された防刃特化のドローンを用意していた。
このタイプであればチヨの嵐の魔法にも耐えうるとして、試験的に追随させていたのだ。
実際、意識が絶たれる寸前まではドローンカメラが無事な事は確認していたし、近くに……ある……筈……
「あぁ……そうか……」
いつの間にそこにあったのだろう。
ドローンを捜索しようと一歩踏み出した私の脚に『硬く重い何か』がぶつかり、ボールのように地面を少し転がった。
私も馬鹿じゃない。もう何度も見た光景に、その正体が直ぐに分かった。
「──そう言えば、防水性は皆無でしたね……」
チヨの左手の重力に引かれ、私と共に水没したそのドローンカメラは……私と共に強烈な電気を流され、完全に機能を停止していた。
「……──【ストレージ】。今度はどのドローンにしようかなっと……」
すっかり慣れた手つきで、腕輪から次のドローンカメラを選んでいく。
……因みにこれは豆知識だが、一般的なダイバーが使うドローンカメラは、(潜るダンジョンの環境にもよるが)大体平均で二年程は持つらしい。
対して私は、チヨに会う度にドローンカメラが一つ壊れている。大体週に二個程度は、安定してドローンカメラが壊されているのだ。
「いや……良いんですけどね。儲かってますし、まだまだ予備もありますし……」
ただ、毎回配信の枠を取り直す手間がかかるのが納得いかないだけだ。……それだけなのだ。
「──はい! いつも通りの二回行動です!! またチヨに一つ壊されました!!!」
〔落ち着けw〕
〔生きててよかった!〕
〔キレてて草〕
〔もうすっかり慣れたなこの流れw〕
枠を立てて配信を再開すると、私同様にすっかり慣れた普段のリスナー達は待機画面を用意するまでも無く、直ぐに再び集まってくれた。
しかし、やはり最近見るようになってくれた新規リスナー達はそうではないらしく……
〔同接随分減ったな〕
〔新規っぽいの多かったからなぁ〕
〔そうか新規勢は『チヨ断』は初めてか〕
「変な名前つけないでくださいよ。ちょっと待ってくださいね、SNSで再開の投稿をしますので……」
チヨによってカメラが壊されるのを初めて見たのなら、場合によっては私がやられたと勘違いしているかも知れない。
……いや、まぁ今回は負けたのだけど、とにかく無事だという生存報告も兼ねて配信再開の投稿をする。
〔今回配信再開ちょっと遅かったけど苦戦したの?〕
「あぁ、先ずはその報告からでしたね……実は──」
誤魔化す事はいくらでも出来るが、次にチヨに会った時に普通にバラされる可能性もあるからな……ここは正直に戦いの顛末を語る事にした。
私が本気を出したチヨに負けた事や、感電による気絶から目を覚ますまでチヨが傍にいた事。その上でチヨは私に危害を加えるどころか、傷を癒して帰って言った事まで説明すると、コメントは随分と混乱している様子だった。
〔負けた!?〕
〔○すつもりは無いって本気か…?〕
〔実際ヴィオレットちゃんが気絶してたなら○そうと思えば○せたよな…〕
「ですね。私もそう思います。……因みに、切断から再開までどれくらいかかってました?」
ふと気になったので尋ねてみる。
気絶していた時間次第では、下手したら『ヴィオレット死亡説』とか流れていてもおかしくない。
〔大体10分くらい〕
〔13分〕
「そんなにですか……新規の方には心配をかけてしまったかもしれませんね……」
逆に言えばそれだけの時間、チヨは私を自由に出来た訳だが……本当に、何故私は無事なのだろう。
その後もリスナー達と軽く雑談をしていると、にわかにコメントが加速し始めた。
〔生きてた!!よかった!!〕
〔無事だったんだ!〕
〔ドローンカメラ本当に常備してるんだ…〕
どうやら私がSNSに投稿した内容が広まったらしく、一度配信を離れていた新規リスナー達が帰ってきたようだ。
「あ、投稿を見て戻って来てくれたみたいですね。この通り無事ですよ~。まぁ、今回は負けてしまいましたが……」
〔負けたの!?〕
〔何で無事なの逆に!?〕
早くも本日二度目になる反応だった為、彼等にも先程したのと同じ説明を繰り返すと、同じように混乱していた。
彼等を落ち着けるのは古参のリスナー達に任せるとして……この後の配信内容について、少し予定を変える必要が出てきたようだ。
(本当ならばこの後は下層の探索を進め、どこかにある最奥を探そうと思っていたが……その前にもっと実力を付けなければならないだろうな)
何せ最奥部には十中八九、チヨ達の本拠地がある。
いつか目にした悪魔の軍勢……あれらとも戦う日が来るはずだ。
その時、今の私の実力で戦い抜けるのか……今回のチヨとの戦いによる敗北は、私にそれを考え直させるのには十分過ぎる経験だった。
「──リスナーの皆さん、聞いていただけますか? ここからの配信は予定を変更して、私自身の戦闘技術の研鑽をしようと思います。最奥を探すのは後回しになってしまいますが、お付き合いいただければ嬉しいです」
〔ヴィオレットちゃんの思うままでええんやで〕
〔戦闘多めになるって事かな〕
〔それはそれで楽しみ!〕
「ありがとうございます。それでは先ず、そこらへんの魔物に片っ端から戦いを挑んでいきましょうか。エンチャント抜きで」
先のゴブリン達との戦争のように、悪魔の軍勢と人間のぶつかる日はいつかきっと来る……それまでにもっともっと強くならなければ。私も、皆も……




