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第166話 本気の片鱗

 鋭く突き出されるチヨの拳が、脚が、以前よりも遥かにキレを増している。

 前回からの研鑽だけで説明のつかない上達は、これまでどれ程手加減をされていたのかを思い知らせるほどの変化だ。それに加えて──


(属性の扱いが、巧い……ッ!)


 雷を纏うチヨの右腕を、同じく【エンチャント・サンダー】で雷を纏わせたローレルレイピアで受け流し、直後に翼で加速して放たれた左膝蹴りを、風を纏った右脚で蹴って距離を取る。

 すると今度は風を纏ったチヨの右手が素早く空中を数回引掻き、生み出された無数の風の刃が飛んでくる。

 丁度少し前にゴブリンキングが使って来た攻撃と同じではあるが、その数と速度が桁違いだ。


(捌き切るのは不可能……だったら!)

「──【エア・レイド】!」

「甘いよ!」


 已むを得ず空中に逃れる私を、凝縮した嵐の魔法が襲う。

 チヨの右手から放たれたその魔法は風の魔力のアシストを受け、風威が増している。しかし……


(そう来る事は織り込み済みだ!)


 これまで何度も使って来たチヨの得意魔法を、私が警戒していない訳がない。

 チヨの魔法が放たれたと同時に再び空中を蹴り、直角に方向転換した私は再び地上へと降り立つ。そして──


「──【ブリッツスラスト】!」

「おぉっ!?」


 【エア・レイド】の効果が継続している内に、【ブリッツスラスト】で更に速度を増した私のデュプリケーターによる一突きが、僅かに驚いた様子のチヨに猛然と迫った。

 だが──


「今のは凄く良かったよ! もう少し距離が近かったら喰らってたかも!」

「ぐぅ……っ!」


 そう言いつつ平然と立っているチヨ。

 一方の私は彼女から数m程距離を取り、痺れの残る右手をプラプラと振ってその調子を確認していた。


(まさか、あの突きを素手で止めるとは……!)


 チヨの胸部を狙った突きは彼女の右手によって捕まれ、そこで止められてしまった。

 と、同時にデュプリケーターを伝って流れて来た雷の魔力から逃れる為、私は素早くデュプリケーターから手を放し距離を取ったのだが……


(──まだ微かに痺れている感覚がある。本調子とは行かないか……!)


 しかし……それはチヨも同じだ。

 冷気の属性を付与されたデュプリケーターを掴んだ代償は軽くない。彼女の右腕は二の腕まで凍り付き、まともには使えないだろう。

 加えてデュプリケーターから手も離せなくなった今、その氷は徐々にチヨの身体を伝ってその範囲を広げている。つまり──


(──今が好機!)

「──【エア・レイド】、【ブリッツスラスト】!」

「っ!」


 強化された脚力で再び突きを放つ。今なら雷を付与した右腕は使えない。

 今までの戦闘から考えて、チヨの扱える属性はおそらく『風』と『雷』の二つ。左腕の属性をもしも雷に変えたなら、こちらもローレルレイピアの属性を冷気に切り替え、右腕と同じように封じればいい。今の私には三本目の切り札があるのだから。


(良し! 勝っ──)

「──勝った。って言う顔だね?」


 チヨが翼を羽搏かせ、上空へと舞い上がる。

 逃げようとしているのかもしれないが、無駄だ。ここまで来たら普段は多少チヨに有利な空中戦でも、十分戦える。


「──【エア・レイド】!」


 脚力を強化し、このまま上空へと彼女を追おうと脚に力を込めたその時……彼女の口から紡がれる詠唱が耳に入った。


「『地よ 地よ 見えざる力よ 宿りたまえ 宿りたまえ 汝の腕を我が腕に 我にその御力の欠片を与えたまえ──』」

「っ!?」

(詠唱……そうだ! チヨには三つ目の属性が……!)


 異世界で多くの魔法を目にしてきた私も、まるで聞いた事の無い詠唱……おそらくはチヨのオリジナル。

 言葉の内容からその効果を考察するよりも早く、彼女の詠唱は完了した。


「『──奈落の腕』」

(チヨの左腕に異様な魔力が……!)


 一つの魔法に使われるとは思えない魔力が、彼女の左腕に集約された。

 魔法の種類としてはエンチャントに似ているが、アレでは維持にも膨大な魔力を要するはずだ。長くは持たないだろう。


(短期決戦用の魔法か……!)


 上空へ向かおうと力を込めた脚で、全力で距離を取るべく地面を前へと蹴りだす。

 推測するにアレは悪魔でも数秒間維持できるかどうかの魔法だ。チヨには悪いが、このまま時間を稼いで自滅を狙わせて貰う。

 しかし──


「っ!? 身体が持ち上がって……!?」


 バックステップした身体が、いつまでも地面につかない。寧ろどんどんと上空に持ち上がって行き、その先には──


(っ! まさか、さっきの魔法は……!)


 こちらに翳されたチヨの左手に、私の身体が吸い寄せられる。

 事ここに来てチヨの魔法の正体が判明した。あの魔法の正体は──


(『重力の中心』を自分の左手に付与したのか……!)


 どこまでの範囲がこの魔法の支配下なのか分からないが、今や重力は下に働かず、あらゆる物体は彼女の()()()()()()()()()()()()

 以前のゴブリンキング同士の戦闘で降った氷塊が溶け、地面の大穴に溜まった水も彼女の左手に集まり巨大な水球を形成している。私の身体はその水の中に落ち──


「これで決着!」


 強烈な重力にまともに動けない私の身体は、急降下するチヨによってそのまま地面に叩きつけられ……


「──ッーーーーーーー!!!!」


 チヨの左手から流し込まれた高圧の電流によって、勝負の決着が付けられた。







「──……い! おーい、起きて! ヴィオレットちゃん!」

「ん……ぅ……──っ!!」


 体を揺すられる感覚と、私に呼びかける声に意識が浮上する。

 いつの間に眠っていたのだろう。気を失う直前の記憶を探りながら薄目を開け──視界に映り込んだチヨの顔で全てを思い出した私は、咄嗟にガバッと身体を起こす。

 そして自分の身体を触り、その状態を確認する。


(【変身魔法】は……──解けていない……! 良かった……!)


 どうやら寝ている間に【変身魔法】が解除されるような事態には陥っていなかったらしく、私は依然として『オーマ=ヴィオレット』のままだった。

 元々私が自分にかけている【変身魔法】は睡眠中でも効果が解除されない類の魔法ではあるが、何らかの原因で術式に供給されている魔力が絶たれると結局効果が解除されてしまう。代表的なのが維持するための魔力が足りなくなったり、魔力の使用を封じられるような魔法をかけられたりだが……私の気絶中にそのどちらの事態にも陥る事は無かったらしい。

 その事実にホッと胸をなでおろし……──直ぐに、一つの疑問が浮かんだ。


(……どうして私はまだ無事なのだろうか)


 私は間違いなくチヨの手によって意識を絶たれ、そして今しがたチヨの手によって意識を取り戻した。

 戦闘中に負った身体の怪我やダメージもいつの間にやら完治しており、チヨが治療をしてくれたことは状況からも明らかだ。


「──チヨ……貴女が私の傷を……? 意識の無い私なんてどうとでも出来たでしょうに、どうして……」


 私の様子をニコニコと見守っていたチヨの右腕にはもう氷は残っておらず、足元には彼女が掴んでいたデュプリケーターが落ちている。私の意識が無い内に右腕を自切し、再生を済ませていたようだ。

 それだけの余裕があったのに、眠っている私に止めを刺したり連れ去るどころか治療を済ませて起こすなど一体どういうつもりなのだろう。

 動揺する私の問いかけに、チヨはあっけらかんと言い放った。


「どうしてって……だって、別に殺したくて戦ってる訳じゃないし?」


 ……この回答を受けて、正直もう私には彼女が分からなくなった。何の為に私の前に現れるのか、何の為に戦うのか──敵なのか、味方なのかも。

 だって、少なくとも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のだ。

 触れたら死ぬ指先、背後に回り込む転送魔法……どちらも一撃必殺を決める為の魔法であり、手加減の利かない攻撃である事から考えても、肌で感じたあの殺意は紛れも無く本物だ。


(『悪魔』って何なんだ……? 人間の敵じゃないのか? 異世界の『魔族』とは違うのか? チヨとユキの違いは一体……?)


 次々に疑問が溢れては、答えが出るより先に思考の果てへ流れ去って行く。

 結局得ようとした答えは何一つ得られず、この戦いは多くの疑問を私の中に残すばかりの結果となった。

 ただ一つ分かった事。それは……


「──私の負け、ですね……」

「うん! あたしの勝ち!」


 今の私では、まだ本気の彼女には勝てないという事実だけだった。

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― 新着の感想 ―
流石に魔法にも長ける種族だけあって切り札がどんどん出てくるな。ただの脳筋ではないですものね。やっぱりキングにはてをだせなかったのかな?。
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