第162話 戦争後の雑談②
日曜日の戦争以降、ダイバー界隈──特に渋谷ダンジョンには大きな変化があった。
それは──
「そう言えば、最近は他県から渋谷ダンジョンの下層に潜るダイバーが増えて来たみたいですね」
きっかけはあの戦争だった。
ダイバーが身に着ける腕輪には、基本的に『三カ所の転送先座標』が登録されている。
1つ目は『自宅』。【リターン・ホーム】で転送できる、帰宅用の座標だ。
これは身バレやストーカー防止の為にある機能で、腕輪の登録の際や引っ越しなどで住所が変わる際に設定の更新が行われる。
2つ目は『マーキング』。【ムーブ・オン "マーク"】で転送できる、探索再開用の座標だ。
ダイバーが一番お世話になる座標であり、ダンジョン内であれば任意の場所に任意のタイミングで登録できる。
そして3つ目が『ダンジョンロビー』。これは基本的に各ダンジョンの受付に申請する事で、任意のダンジョンロビーを一つだけ登録して貰えると言う物だ。
私であれば【ムーブ・オン "渋谷ダンジョン"】で渋谷ダンジョンのロビーに転送できる機能であり、この機能で登録されているダンジョンは各ダイバーの地元のダンジョンである場合が多い。
前回の戦争で他県から参加してくれるダイバー達は、参加する際にこの3つ目の座標を自分達のメインとするダンジョンロビーから渋谷ダンジョンのロビーに一時的に変更して貰っていたのだが、戦争終了後にその座標を戻そうかという協会からの提案を拒否する者が多かったのだ。
目的は人それぞれだが、『ゴブリン達に足止めを喰らったせいで、チラリと見る事しか叶わなかった広大な下層を探索したくなった』と言う者が大半だった。
彼等の気持ちは分からなくもない。
何せ渋谷ダンジョンの下層は、ダンジョン内だというのに別の世界に来たような感覚を与えられる解放感がある特殊なエリアだ。それをチラ見せしただけでお預けを喰らったままでは未練も残るだろう。
と、いう訳で月曜日の再解放当日からティガーや魅國を始めとした他県のダイバーが渋谷ダンジョンで探索配信を開始したのだが……ここで思い出して欲しいのが、他県から参戦したダイバーは皆、その周辺で『猛者』と呼ばれるに相応しい実力者ばかりだったと言う事だ。
当然彼女達はダイバー界隈において、特にそれぞれの地元においての影響力は非常に高い訳で……要するに、彼女達を追う様に他の県のダイバー達がこぞって渋谷ダンジョンに流入し始めたのだ。
その流れは忽ちSNSやニュースサイト、TVでも注目を集めて拡散され、更に多くのダイバーを集める事態になり、今となってはある種のブームになりつつある。
「聞いた話では、今となっては上層や中層にも渋谷ダンジョンの下層を目指すダイバーが集まっているとか」
〔そうそう〕
〔上層とかすごいぞ。アレだけ広くて入り組んでるのに滅茶苦茶ダイバーとすれ違うし〕
〔たまに勘違いで裏・渋谷ダンジョンの方に潜ってるダイバー居るの笑う〕
〔騒動もすっかり落ち着いて今は見張りの職員もいないからなぁw〕
〔昨日コメントで注意したら「『裏・渋谷ダンジョン』って何!?」って驚いてたわw確かに何で裏ステージがあるんだって改めて思ったw〕
流れて来るコメントに目を通しながら、時に話題をこちらからも広げながら情報を集めていく。
いくつかの配信は私も実際にアーカイブを確認したが、流石に数が膨大で全てを追うのは非現実的である為、リスナー達からの情報提供は非常に助かる。
(こうしてみると、やっぱり今の時点で下層の探索に入れているのはあの日参加してくれたダイバーくらいのようだ。まぁ、再解放からまだ三日目……仕方ないかな)
下層の探索をするダイバーが増えれば、恐らくはチヨ達も居るだろう最奥部が見つかるのも早くなる。彼等の活躍に期待しつつ、私も探索を頑張ろう。
そう内心で意識を高めていたところ、コメントに一瞬、やや不穏な流れがあった。
〔そう言えば最近急に強くなったダイバーもいたなぁ…無礼童とかって言ったっけ?〕
〔↑そいつの名前出すな。特にヴィオレットちゃんの配信では〕
〔↑↑迷惑系は無視してどうぞ〕
(『無礼童』……確か、私のアンチの一人だったかな……?)
一応私も彼の事は情報として知っている。
彼は以前、私が主導で企画した下層探索の大型コラボの際に参加を希望していたのだが、その普段の配信内容や言動からお断りさせて貰った一人で……コメントにもある通り、『迷惑系』と呼ばれるダイバーだ。
その際に確認したアーカイブは何とも酷い内容で、ダンジョンワームのいる中層でわざと他のダイバーの傍をどたどたと音を立てて駆け抜けたり(当然被害者のダイバーはダンジョンワームの警戒をしなければならなくなる)、そこら中に香を撒いてミノタウロスを興奮させたり、トラップスパイダーを投げつけたりと、他のダイバーに積極的に迷惑をかけてはその姿を嘲笑いながら配信に載せると言う内容だ。
特に最後の行動に関してはその後協会から特に悪質として謹慎も言い渡されており(例に挙げた他の二つは稼ぎとして自ら実行するダイバーもいる為グレー扱い)、その際も彼は反省の色は見せていなかった。
(一応大剣使いとしての実力はそこそこあったが……彼が下層に……?)
自らの研鑽よりも他者を蹴落とす事に注力する者が潜れる程、下層は甘くない。
真っ当な努力云々の話以前に、その精神性はレベルアップの成長幅にも直接大きな影響を与えるからだ。
心から反省して活動の方針を変えた結果、精神的にも成長したというのであれば特に問題無いのだが……
(……なんか、妙な胸騒ぎがするな。念の為に心に留めておこうかな……)
他のコメントに流され、一瞬で消えたその名前が不思議と印象に残った。
◇
「──【パワースラッシュ】!」
振り下ろした大剣が突進して来たランページブルを両断し、更に下層の地面に深々と減り込む。
〔パワーすっご〕
〔一撃か〕
〔無礼童なんか強くなったよなぁ〕
引き抜いた大剣を片手で振り回しながら、実感する。
(──あぁ、やっぱり最高だ。この力は……)
天が味方しているのだという確信が今の俺にはあった。
あの忌々しいオーマ=ヴィオレットに許しがたい侮辱を受けてからと言うもの、俺はひっそり下層に挑戦を続けていた。
最初は洞窟の直ぐ傍でよく見かけるアークミノタウロスにも負けるような体たらくだったが、多額の借金をしてでも整えた装備やアイテムのおかげで少しずつ勝てるようになり、レベルも上がった。
少しづつ強くなって何とか下層に慣れた後は白樹をネットで売買して借金の利子を払いながら、更に装備を整え続けた。
探索の情報源として、オーマ=ヴィオレットの配信だって見た。奴の顔を見るのはうんざりだったが、そのおかげで比較的安全なルートや美味しい狩場の情報も手に入った。
そして、とびっきりの情報がついこの間入って来た。
ゴブリンキングの進化の原因……あの『大釜』だ。
以前オーマ=ヴィオレットが別の洞窟でもあの『大釜』を見つけていた事を配信で知っていた俺は戦争翌日の月曜日、再解放と同時に下層に向かうと、最短距離で結晶の洞窟に向かった。
オーマ=ヴィオレットが『声』だの『洗脳』だの言っていたが正直信じちゃいなかったし、そんな物が本当にあったとしても無視すれば良いだけの話だ。
ゴブリンキングがあそこまで強くなった原因が本当にあの大釜なのだとしたら、利用しない手は無い。もしも使えなかったとしても、アレがトレジャーなのだとすれば換金で借金は完済できるかもしれない。
他のダイバーはあの大釜を忘れているのか、オーマ=ヴィオレットの事を信用しているのか知らないが、結晶の洞窟を目指す間他のダイバーに出くわさなかったのは幸運だった。思えば俺はこの時から運命って奴に導かれていたのかもしれないな。
そして洞窟の底に、果たしてあの大釜はあった。
近付いたところで突然現れたダンジョンホッパーが鳴き出した時は驚いたが、咄嗟に対処も出来た。
ダンジョンホッパーを倒した際に飛んでいった魔石が偶然大釜の中に入ってしまい、仕方ないと思いつつ回収の為にその中に入った時だ。……俺は運命の声を聞いたのだ。
『──力を求める者よ。汝、我との契約を望むか』
『──命を寄越せ。代わりに力をくれてやる。我と契約し、「天上の力」を得るが良い』
それと同時に俺は大釜の──祭器の使い方を理解した。
そしてもう一つ確信した。オーマ=ヴィオレットがあの時祭器を破壊したのも、近付くなと言っていたのも……他のダイバーが俺のように力を付けるのを恐れた為だ。自身の立場を揺るがす者の台頭を恐れた為だと。
……いや、そもそも奴のあの力も大釜から貰った物なのではないか。そう考えれば奴の急激な成長にも、ゴブリンキングが奴と同じ力を振るったのも説明できる。
なるほど、今なら奴の気持ちも少しは分かる。この力は共有するべきではない。存在を秘し、独占すべきものだ。
『──【ストレージ】!』
俺は祭器の中の魔石を回収するどころか、ここに来るまでに倒してきた魔物の魔石を腕輪から取り出し、祭器の中に残して外に出る。そして、与えられた知識の導くまま、俺も知らない言葉を祭器に投げかけた。
『偉大なる我らが王の名の下に、小さき命の欠片達をここに捧げまする。大いなる意思の一部となれるよう、どうかお受け取り下さい』
意味もわからず、しかし完璧に発声されたその合言葉により、魔石は溶けるようにして祭器に吸収される。
それを見届けた俺は再び空になった祭器の中に入り、もう一つの合言葉を唱える。
『捧げられし命の欠片よ、契約に従い今こそ器に満ち、我が身にその力を宿したまえ!』
するとどこかから湧き出した輝く液体が俺の身体を包み込む。
祭器を満たすには到底足りない量である為、半身浴の様な状態にしかならなかったが……その全てが俺に吸収された時、俺はこれまでにない力が自身に宿っている事を実感した。
それから俺は配信でこの力を振るい、配信外では獲得した魔石を換金せずに祭器に捧げる事で急速に力を付けて来た。
祭器は他者の眼に止まらぬよう腕輪に回収しており、使う時だけ例の洞窟の最奥で取り出す様にしている。
あそこは良い。人目につかないし、誰かが来れば直ぐに身を隠せる。
こうして着実に『実力』を付け、直ぐに『天上の力』で奴を見返してやる。そうすれば……
(──そうすれば俺の天下だ! これであの方に──……?)
……今、何か変な事を考えたような……まぁ、気のせいだろう。気にしなくていい。
とにかく今はリスナーも増えてきているし、直ぐに借金も完済できるだろう。俺の未来は明るいのだ。何も気にする事は無い。何モ──




