第159話 王の遺した物
「──そうですか……! 拠点で戦っていた皆さんも、無事に勝利を収めましたか。……よかった」
〔ヴィオレットちゃんのおかげやで!〕
〔あのゴブリンキングを倒しちゃうんだもんな…〕
〔倒す瞬間は見れなかったのだけが残念!〕
ゴブリンキングを倒し一段落と言う事で、私は再び【変身魔法】で翼を消した後に予備のドローンで配信を再開。
今はコメントも表示しており、彼等から拠点の状況を聞いてほっと息を吐いた。
〔残念と言えばデュプリケーターも残念だったね…〕
「あー……そうですね。結構手間もお値段もかかりましたし、私としてももっと使っていたかったのですけど……仕方ありませんよ」
実はデュプリケーターは、最後にゴブリンキングを地面に叩きつけた際の衝撃で破損してしまっていた。
発覚したのはゴブリンキングを倒した後、彼を縫い付けていた氷をエンチャントで溶かした時だ。
彼の身体を貫通し、地面にまで食い込んでいた刀身は、丁度そこでぽっきりと折れてしまっていたのだ。
ゴブリンキングの身体を地面に氷で縫い付けるためとはいえ全力で地面に向けて突き刺した訳だし、しかも元々デュプリケーターはローレルレイピアよりも脆い武器だった。破損は仕方のない事だと今では割り切ったが、随分と軽くなってしまった剣に最初は愕然としたものだ……何せ、今日が初陣だった訳だしな。
因みにそんなデュプリケーターだが、今は修理の為に折れた刀身も含めて腕輪の中に収納してある。今日の配信が終わった後でこの剣を作ったL.E.O.に持ち込む予定だ。
「それに、デュプリケーターが折れてしまったのは残念ですが……代わりにこのとおり『新しい武器』も手に入りましたから、この後の戦いも問題無さそうです」
そう言って私は左手に持つ『煌びやかな細剣』をドローンカメラへ向けて翳して見せる。
宝石を散りばめた訳でも無いのに色とりどりの輝きを放つ装飾は、まさに王の持つ宝剣として相応しい風格だ。
〔ゴブリンキングの細剣!〕
〔やっぱ凄いオーラだよなぁ…換金したら一生遊んで暮らせそう〕
確かに貴重な武器だし、感じる力も他の武器とは桁違いだ。
一度試しに【エンチャント】もしてみたが、この剣はデュプリケーター以上に【エンチャント】と相性が良い事も分かった。
これはあのゴブリンキングが私の戦い方を意識して進化した為なのだろう。詳しい能力に関してはまだ不明だが、間違いなく何らかの能力を持った魔剣だと推測できる。
コメントの言う通り、換金すれば莫大なお金が手に入るだろうが──
「換金なんてしませんよ。ローレルレイピアと共に、私の相棒にするんですからね」
あのゴブリンキングと言葉を交わし、この手で討ち取った私には、彼の遺したこの武器を換金しようとは思えなかったのだ。
このままローレルレイピアとの二刀流で──
〔大丈夫?デュプリケーターみたいに壊れない?〕
「……ですが、そうですね。貴重な物ですし、いざと言う時以外は大切にしまっておきましょうか。──【ストレージ】」
二刀流と言うのも強いけど、やっぱり一刀流もカッコいいししばらくは良いかなと思い直し、腕輪に宝剣を収納する。
別にうっかり壊してしまわないか怖くなったわけではない。決して。
〔おい!w〕
〔ローレルレイピア「ワイは砕けても良い…って事!?」〕
「そう言う訳じゃないですけど、でもこっちも収納したら武器が無くなってしまいますし……!」
仕方ないだろう。武器が壊れたのなんて初めてだったのだから。
第一、あのゴブリンキングのバフが解除されたゴブリンであれば、そもそも二刀流を披露する必要も無い。
ゴブリンジェネラルも傘下のゴブリンにバフをかけられるが、その効果はキングと比べると雲泥の差も良いところ。しかも、さっきまでの彼等のボスであるゴブリンキングは、本来のゴブリンキングよりも更に強化された『ゴブリンエンペラー』とでも呼べる個体だ。ローレルレイピアだけでも苦戦する理由が無い。
「……それに、なんかあの剣でゴブリンを切ると祟られそうじゃないですか?」
〔正直ちょっとわかる〕
〔これから向かうのってあのゴブリンキングの国だもんな…〕
〔ゴブリンキングが強くなった原因を探すんだっけ〕
そう。今私が向かっているのは、彼が治めていた国だ。
彼の言っていた『大釜の祭器』……以前私も見た事があるアレがあの国にもある事が分かった今、流石に放置はできない。
彼の最期の言葉を受け取った私が、この戦争に本当の意味で決着をつける為に『祭器』は破壊しなくてはならないのだ。
決意を胸に、再び『目的地』へ向けて空中を跳び跳ねる。
「──っと、進軍していたゴブリン達が見えましたね。後はこれを辿って行けば良い訳ですが……」
〔うわぁ…〕
〔これはひでぇな…〕
国に攻め込む際にも目印にしたゴブリンの行列だが、その光景はすっかり様変わりしていた。
あれ程整列して進軍していたゴブリンの軍は無数の派閥に分かれて小競り合いを始めており、もはやそこに規律は感じられない。
無言で揃えていた足並みは乱れに乱れ、口からはけたたましい叫び声が響く。
そうなればダンジョンワームを呼び寄せる事にもつながり、多くのゴブリン達が捕食されていく光景もあった。
王が消えて失われた事で、却って彼等に与えられていた規律や知性がどれ程の脅威だったのか改めて実感する。彼がゴブリン達にとってどれほど大きな存在だったのかも。
〔ゴブリンもすっかり元通りだなぁ〕
〔って言うか何で今更になってダンジョンワームに襲われるようになったんだ?〕
〔ダンジョンワームが襲うのは捕食の為。つまり捕食できないような巨大な相手は襲わない。ゴブリン達は足並みを揃えて進軍し、自分達が一つの巨大な魔物だと錯覚させる事でダンジョンワームに襲われるのを避けていたのよ……って言うのを今思いついた〕
〔↑途中まで感心してたのにこの野郎www〕
〔でもそう言うのあるかもなぁ…〕
情報の出所を聞かれても答えられない為口に出す事は出来ないが、実際ダンジョンワームは地中で感じる振動で獲物の大きさや凶暴性を把握する習性がある。ゴブリンの軍が下層を自由に横断できていたのは、そう言ったカラクリなのだ。
異世界では主に人間の軍が行軍中に襲われるのを避ける為に使っていた方法だったが、ゴブリンキングもそれを実行していたとは……
「まぁ、この分なら私が手を下さなくても勝手に淘汰されていくでしょう。気にせず森の国を目指しましょう」
〔了解〕
〔あの国も荒れてそうだなぁ…〕
リスナーの予想は的中した。
森の上に築かれたゴブリンの都では大規模な内紛が起こっており、その中心は王の宮殿のある広場だ。
数体のゴブリンジェネラルが宮殿の前で乱闘しており、その周囲ではそれぞれの傘下に加わったゴブリン達が火の着いた白樹の武器を振り回して争っている。恐らく私がばら撒いた簡易ナパームの炎で自ら火を着けたのだろう。
『燃えた武器の方が熱くて強い』と言った単純な理由だったのだろうが、その所為で当然木製の広場は至る所で火の手が上がっており、もはや誰がこの国を支配しようと崩壊待ったなしの状況だ。
(急がなくては……!)
『祭器』があるとすれば、間違いなく宮殿の中だ。
宮殿が崩壊して『祭器』が残骸に埋もれれば、今後どんな魔物がアレで力を得る事になるか解ったものではない。
(まだ発見が容易な今の内に『祭器』を発見し、そして確実にこの手で破壊する!)
「──【エア・レイド】!」
速度を上げ、広場に突っ込む。
そして狼牙棒を振り回すゴブリンキング達の脇を通り抜け、既に炎上を始めている宮殿へと迷う事無く飛び込んだ。
〔ちょ!?ヴィオレットちゃん!?〕
〔迷わず入ったなぁ…〕
〔まぁ確かにゴブリンキングの進化の原因があるとすればここしかないか〕
飛び込んだ宮殿の内部まではまだ火が入って来ていない。
幸い中は一本道のシンプルな構造であり、私は迷う事無く玉座の前まで辿り着く事が出来た。
そしてそこには──
(──やはり、ここにもありましたか……この大釜が)
大きな樹の幹から削り出したような豪華な玉座の目の前に、果たして『祭器』は存在した。
専用の台座に乗せられたそれは、結晶の洞窟では埋まっていた下半分も露出しており、まさに巨大な羽釜そのものと言った見た目だ。
〔何これ…デカい釜?〕
〔ゴブリンキングも米を炊くんか…?〕
〔これなんか見た事あるな…〕
〔洞窟のゴブリンの国にあった奴!〕
一部のリスナーが気付いたらしく、忽ち〔あの時のか!〕〔思い出した!〕と言ったコメントが溢れる。
ついていけてないリスナーも多いようだが、彼等は今回の一件で私の配信を初めて見に来てくれた人達だろう。
どうやら相当な人数が来ているらしいが……──今の私は、正直それどころではない。
『──力を求める者よ。汝、我との契約を望むか』
声が聞こえるのだ。
以前洞窟の底で聞いたものと同じ声が。間違いなく。
『──命を寄越せ。代わりに力をくれてやる。我と契約し、「天上の力」を得るが良い』
流れ込んでくる。声と共にイメージが、脳に直接。
それと同時に理解する。この声は耳で聞いているものではなく、そして日本語でもない。
純粋なメッセージを直接脳に叩き込まれている所為で、聞く対象にとって最も馴染みのある言語で囁かれているように錯覚しているだけなのだ。
(拙い……!)
大釜からは絶えず同じイメージが流れ込んでいる。
これは最早、契約だとか取引だとかの問題ではない。
(これは──『洗脳』だ!)
下層で争っていたゴブリンキング達もかつて、私と同じようにこの『声』を聞いたのだろう。
そして刷り込まれたのだ。力を求める事が至上の目的だと。
その結果戦いを求め、今回の一件に至ったのだ。
──『奴に一度でも身を任せた時、貴様も我と同じ末路を──』
彼の最期の忠告が蘇る。
『──力を求める者よ。汝、我と……』
それを塗り替えるように、大釜が送り込むイメージが脳裏に広がる。
──『大釜の祭器に注意せよ』
『──命を寄越せ。代わりに力を……』
二つの声がそれぞれ同じ言葉を繰り返し、ぐるぐる、ぐるぐると記憶とイメージが回転する。
そして──
──『決して甘言に乗るな。気を許すな。身を任せるな』
一際強く脳裏に過るゴブリンキングとのやり取り。記憶の中に浮かんだ彼の眼が、私を鋭く射抜いた気がした。
「ぐ……っ! ──【エンチャント・ゲイル】! 【螺旋刺突】!!」
私が受け取った彼の警告……その声に従い、私は無我夢中でローレルレイピアを突き出した。




