第155話 激突③
「──ガハッ! っ、ハァ……ッ、ハァ……!」
「! ヴィオレット、大丈夫か!?」
間一髪のところで転送機能を使って拠点に戻って来た私だったが、転送直前の落下の勢いが残っていた私の身体はそのまま地面に強く叩きつけられてしまった。
強烈な衝撃に肺の中の空気が吐き出されてしまい、荒い呼吸を繰り返していると、私の呻く声に逸早く気付いた『俺』が心配そうに駆け寄ってきた。
「えぇ、何とか……ぐっ!」
「っ、その腹の痣……ゴブリンキングか……!? 医療班、来てくれ! ヴィオレットが負傷してる!」
「ふぅ……ふぅ……」
私の腹部にはゴブリンキングからの蹴りで出来たと思しき痣が、くっきりと残されていた。
内臓にまでダメージが入っているのだろう。未だに鈍い痛みが取れない中、何とか体を起こして拠点の様子を確認する。
(バリケードは、もう無い……今はダイバー達が総出でゴブリン達と戦って、何とか持ちこたえている状況か……)
戦況としては今のところほぼ拮抗しているようだ。
通路から広間に出て来たゴブリンを包囲する形に配置した戦線により数的有利を確保しながら、後方のゴブリンアーチャーからの射撃は百合原咲の【サテライト・ウォーター】がしっかりと防いでいる。
一方で火羅↑age↑の【フレア・ガトリング】を始めとした魔法の援護射撃を防ぐ手立てはゴブリン側には無く、後衛を守る役目も担う前衛のダイバー達は時折交代で休ませる事で消耗を抑えているようだ。
先程すぐに駆けつけてくれた『俺』も、休憩中のダイバーの一人だったのだろう。
──と、戦況を分析していると、どうやら彼等にも私が撤退して来たと言う情報が広まったらしい。
こちらに背を向け、絶えず迫り来るゴブリン達から拠点を守ってくれていたダイバー達の声が聞こえてくる。
「──ヴィオレットが負けたってのか!?」
「──ゴブリンキングって、そこまでヤバいのか……」
「──おい! 目の前の敵に集中しろ!」
どうやら私が情けない姿を見せてしまった事で、味方の内にも動揺が広がってしまったようだ。
もしかしたら、このまま弱った姿を見せていては味方の士気にも係わるかもしれない。そう感じた私は腹部の痛みを堪えながら立ち上がり、足がふらつくのを堪えてなんとか平静を装う。
「ふぅ……、っ!」
「ヴィオレットさん、医療班です! 無理に動かず、姿勢はそのままで! 直ぐに治療します! ──【ヒール】!」
丁度そのタイミングで『俺』の呼びかけに応じた医療班のスタッフが私に駆け寄り、魔法による治療を施し始めた。
じんわりと温かい感覚に心身ともに癒されながら、心配そうに傍に寄って来た『俺』を安心させるように話しかける。
「……少し不覚を取りました。傷を癒したら、直ぐに再戦します」
当初の作戦にもあった『ゾンビアタック』と言う奴だ。この二つの腕輪の機能を使えば、命と拠点がある限り、私は何度負けても万全の状態で再戦できる。
(──逆に言えば、今この拠点を守っているダイバー達が持ち堪えている間しか使えない方法でもある訳だけどな……)
今は大丈夫そうでも、この先コマンダーやジェネラルが複数体攻めてきた場合、戦線の維持が出来るのかは不安がある。特にジェネラルは、闇のエンチャント以外での倒し方が想像できない難敵だ。
今は春葉アトのハルバートに付与した闇の属性があるから何とかなるだろうが、それの効果が切れてしまえば対処法が無くなってしまう。
再戦前にエンチャントの掛けなおしをするのは当然として、早いところゴブリンキングに『決定的な攻撃』を届かせる方法を見つけなければ……
(とはいえ、近距離での【ラッシュピアッサー】が躱された今、【ブリッツスラスト】の攻撃くらいしか思いつかない。見切られやすい直線の攻撃に加え、完全な制御が難しい速度での突撃はあまりにもリスクが高いが……それでも、やるしかないのか……)
──と、考え込む私の焦燥に気が付いたのだろうか。突然『俺』が私の肩に手を置き、視線を合わせると諭す様に話し始めた。
「落ち着け、ヴィオレット。無策で戻っても同じ目に遭うだけだ。……ここで一度、ステータスを確認したらどうだ? もしかしたらここまでの戦いでレベルが上がって、新しいスキルが増えているかもしれないぞ?」
そう言って、じっと意味ありげな視線を向ける『俺』。
(──! なるほどな……)
彼のアイコンタクトによって、言葉の裏に含まれた意図を察した私はそのアドバイスに頷きを返す。
そして治療が済んだ事を確認して医療スタッフの協会職員に礼を告げると、私は他のダイバーや職員から離れて人の居ない一角へと向かって歩を進めた。
そしてコメントを表示してこそいないものの、配信は継続しているドローンカメラを正面に移動させる。
「すみませんが、ここで一度ステータスの確認の為に一旦配信を待機状態にしますね」
今回の一件で私の配信に始めて来てくれたリスナー達の中には事情を知らない者も居るかもしれないが、自分のジョブや能力を隠しているダイバーもそこそこ居るしまぁ問題無いだろう。
多少コメントが荒れたとしても、きっと常連のリスナー達が説明してくれる筈だ。
そう信じて配信を待機画面に切り替えてから、私は自身のステータスを確認する為の機能を発動した。
「──【ステータスオープン】」
腕輪から投影された私の現在のステータス。
相変わらず私自身のレベルは『測定不能』と表示されているものの、名前も分からないジョブのレベルは『俺』の言っていた通りかなり上がっていた。
これならば使えるスキルが増えていなかったとしても、新しいエンチャントの属性を使う言い訳としては十分だろう。
(さっきの『俺』の言葉の本当の意味は、新しいスキルの確認の他にも『苦戦しているようならレベルアップを言い訳に新しい属性でもなんでも使え』という事でもある。実際、現状の手札で戦うにはあまりにも分が悪い相手だし、他の属性で切り抜けられるのであれば……)
そう考えながら自身のステータスを確認していく。そして、スキル一覧の最後まで目を通したところで──
「──! これは……!?」
私の眼に、この窮地を打開する切っ掛けとなるかもしれない情報が入って来た。
『それ』は名も知らないジョブのレベルが上がった為か、或いはクリムの【クレセント・アフターグロウ】のように私の戦い方が発現させた物なのか……
(名前も聞いた事の無い『このスキル』にどれほどの力があるのか……ゴブリンキングとの戦いで使う前に、試してみよう)
「幸か不幸か……試し切りの相手には困りませんからね──」
そう言って、私は洞窟の通路の方へ──ダイバー達とゴブリンが戦う場へと向かう。
と、丁度前衛を交代したところなのだろう。後方へと下がって来たKatsu-首領-とタイミングよくパッタリ出くわした。
「ん……? 何かあったか? ヴィオレットさん」
「いえ、先ほど確認したところ新しいスキルがいくつか発現していたので、試し切りに来ました」
「! 分かった。承知していると思うが、前衛は今も交戦中だからそこだけは気を付けてくれ」
「はい。勿論──【エンチャント・ゲイル】」
他のダイバーに迷惑をかけるようなタイミングや場所に割り込むなと言う事だろう。勿論承知していると、頷く。
許可を得たと判断しグリーヴに風を付与したところで、Katsu-首領-から一つの提案が投げかけられた。
「……ところで、ゴブリンキングには勝てそうか? 厳しそうなら、作戦を組みなおす事も──」
私一人を再び死地へ送り出す事に抵抗を感じているのだろう。Katsu-首領-の言葉に振り向くと、彼の眼はどこか不安気に揺れていた。
……私の知る限りKatsu-首領-と言うダイバーは普段からクランを率いており、また大人数での探索の際はそのリーダーシップを活かして指揮を担う事も多い。その為、自身の弱った姿をあまり見せないダイバーだ。
実力と経験、そして自信が『彼に求められる役割』にとって重要である事を理解しているからだろう。
そんな彼がここまで追い詰められている……それ程までに、今の状況は絶望的なのだ。
(……それなら、猶更彼にこれ以上の負担はかけられないな)
「正直に言うと、勝てるかどうかはまだ分かりません。……ですが、作戦を組みなおすにしても、このまま貫くにしても──先ずは私の『新スキル』を見てから判断してください」
新しいスキルがどの程度強力なのか、まだ使った事の無い私には分からない。
だけど、私はただただ自信満々に笑顔を見せると、前衛で戦うダイバー達の更に前に一足飛びに躍り出た。
「えっ、ヴィオレットさん!? どうしたんですか、こっちに来て……」
「新スキルの試し切りです! もしかしたら、ゴブリンキングに対しても有効かもと思いまして」
「新スキル!? 見たいです!」
前線に出た私に真っ先に声をかけてくれたのは、魔槍を振るい無数のゴブリン達を相手に余裕を持って立ち回るクリムだった。
……なんか他のダイバー達より少し前に出ている気はするけど、その方がやり易いのかもしれないな。
「新スキル……?」
「え? はい。……えっと、貴女は……?」
何やら小さく呟いた声が聞こえたので視線を向けると、そこにいたのはフードマントを被った女性だった。
フードからチラリと覗いているのは綺麗に切り揃えられた黒い前髪と、その下から覗く怜悧な瞳。
彼女は私が振り向いたのが想定外だったのか、直ぐに視線を逸らして他のゴブリンの討伐に戻ってしまった。
(……あんなダイバー、いたかな……?)
少なくとも会議の時には居なかったと思うが……まぁ、あの時は彼女のクランリーダーが参加していたのかも知れないけど。
「? どうしたんですか? ヴィオレットさん」
「あ、いえ。何でもないです」
私も他の県のダイバーまで完全に網羅している訳ではないしな……気のせいかも知れない。
見たところ徒手空拳で戦うスタイルのようだが、実力は間違いなくこの場にいるダイバーの中でも最上位レベルだ。
あれならばこの作戦に参加していてもおかしくないし……何より、本来いるべきでないダイバーが混じっていれば、私より先にKatsu-首領-が気付くだろう。
「では、気を取り直して……新スキルを使ってみましょうか! ──」
◇
「──それでは、皆さんにエンチャントも済ませましたし……私はゴブリンキングの元へ向かいます。今度こそ、きっと勝って見せますよ! ──【ムーブ・オン ”マーク”】!」
新スキルの試し切りが終わった後。
その場にいたダイバー達の武器に再び属性を付与しなおしたオーマ=ヴィオレットは、ダイバー達の声援を受けながら転送魔法で拠点を去った。
「……いやはや、凄まじいな。これは」
「ヴィオレットの新しいスキルか……これなら確かに、ゴブリンキングにも勝てるんじゃないか?」
「希望が出て来たな」
彼女の姿を見送ったダイバー達は久方ぶりの静寂に腰を下ろし、身体を休めながら目の前の光景に感嘆のため息を漏らす。
その息は白く染まっており、周囲の気温が低下している事を伺わせた。
彼等の眼前には、先程までは無かった『壁』が出来ていた。
数多のゴブリン達をその内側に封じ込めた氷の壁が。
何やらマウスのダブルクリックが暴発して変な範囲選択をされる事があったので、変になっている箇所があるかもしれないです……
投稿前に一応自分でも確認はしましたが、変な箇所に気が付きましたら誤字報告等で指摘していただけるとありがたいです。




