第154話 激突②
混乱に包まれたゴブリンの空中都市。
そのさらに上空を跳び回りながら、私とゴブリンキングは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「──ゥオァッ!」
「っ、そこッ!」
「クカカッ! ──ハァッ!」
鋭く放たれるゴブリンキングの一閃を左手に握るローレルレイピアで受け流し、右手に構えたデュプリケーターの刺突でカウンターを狙うが、ゴブリンキングはすかさず空中を蹴り回避する。
直後、回避の動きからそのまま体全体の回転に繋げたゴブリンキングは、直前に受け流された細剣を遠心力も利用した勢いで振り下ろしてきた。
「ぐ、くぁ……ッ!」
「ククッ!」
間一髪。二振りの細剣をクロスさせてゴブリンキングの一太刀を受け止めたものの、一瞬の硬直の後に後方へと吹っ飛ばされてしまう。やはり純粋な膂力では向こうに軍配が上がるようだ。
直後、追撃を狙うゴブリンキングが再び距離を詰めると共に、最初の一撃よりも鋭い刺突を放って来たが──
「──【エア・レイド】!」
「ッ!」
流石に正面からの突撃を容易く受ける程、私は甘くない。
攻撃を十分に引き付けたところで【エア・レイド】で強化した脚力を使い、目にも止まらぬ速度で攻撃を回避。更にゴブリンキングの背後を取る。
直前の距離が近かったこともあり、一瞬だがゴブリンキングは私を見失った。
「──【ラッシュピアッサー】!」
「!」
完全に虚を突いたカウンターの連撃。
至近距離から高速で繰り出す連続突きに、確実にダメージが入ったと確信したその直後……私は目の前の現実を疑った。
「躱し、切った……!?」
「カカッ!」
確かにスキルの発動にはスキル名の発声が必要であり、攻撃の方向やタイミングがバレてしまうのは仕方のない事だ。
しかし、完璧なタイミングで放った死角からの連撃の全てを、発声から攻撃までの一瞬で身体をこちらに向けて捌くなんて常識外れにも程がある。
更に言えば、私の得物がローレルレイピアとデュプリケーターの二振りであるのに対し、ゴブリンキングは細剣一振りだ。……手数で勝っている筈のこちらの連撃を、並々ならぬ力を感じるとは言え、細剣一振りと体捌きだけで躱し切られたのだ。
(──勝てない! このままでは、絶対に……!)
「グォォッ!」
「っ、く……っ!」
絶望的な能力の差。
以前の交戦から相当に強くなっているだろうとは覚悟していたが、それでも認識が甘かった事を思い知らされた。
(属性を変えれば……──いや、駄目だ! ゴブリンジェネラルでさえ、とんでもない再生力を持っていた! 闇以外の属性ではまともなダメージが入る筈がない……!)
攻撃範囲や速度だけで言えば風属性の方が勝るが、当てるだけでは意味が無いのだ。
未だにまともなダメージを入れられた事は無いが、少なくとも明らかに存在として格下のゴブリンジェネラルよりもゴブリンキングの再生力が劣ると言う事はないだろう。
『再生を封じる事が出来る闇属性での攻撃』……これが大前提。
しかし、闇の属性は攻撃の範囲においては一切の影響力を発揮しない。今のように攻撃が届かなければ、そもそもダメージ等入る筈も無い……
(こうなれば、イチかバチか──!)
「──【エア・レイド】! ……ッ、【ブリッツスラスト】!」
【エア・レイド】により強化した脚力で瞬間的にバックステップし、その直後【ブリッツスラスト】でさらに強化した脚力を使い、スキルの相乗効果で更に加速した刺突を放つ。
カウンターをもろに食らえば大ダメージも必至と言う危険な突撃だが、これが今の私に繰り出せる最速の一突きだ。
流石のゴブリンキングも、最初のバックステップに対して距離を詰めようとこちらに向かって来ていたところに放たれたこの一撃を捌く事は──
「ヌゥ……ッ! ──ガァッ!」
「なっ……!?」
(受け流された!? ──いや……掠った!)
タイミングを完全に合わせられたと思ったが、すれ違いの一瞬にほんの微かな手応えを感じる。
空中を数回蹴って振り向けば、ゴブリンキングの頬に一筋の黒い傷が刻まれているのが見えた。
(……当たる! 捨て身の突進なら、当たり得る……! だが──!)
今の一撃が掠り傷とは言え当たったのは、ゴブリンキングが今の攻撃を初めて見たからという、所謂『初見殺し』の要素が大きいだろう。
二度同じ攻撃は通用しない──黒い傷を指先でなぞり、愉しそうに笑みを浮かべるゴブリンキングの様子に、私はそんな確信を抱いていた。
「クク……ッ! ハァッ!」
「──速い……ッ!」
意趣返しのつもりだろうか。
ゴブリンキングは先程の私のように空中を力強く蹴りだすと、矢よりも速く私に迫って来る。
ダイバーとは違いスキルを扱う事の出来ないゴブリンキングだが、奴の脚力が元々私のそれを大きく上回っているのだろう。
私の突撃の余韻でそれなりに離れていた彼我の距離を、一瞬で埋めてしまう程の速度。
先の私程ではないが、それでも恐ろしく速い突進だ。だが──
(──……見切ったッ!)
『私の最高速より劣る』と言う事は、即ち『私なら見切る事も出来る速度』と言う事だ。
攻撃の直撃ルートから身体を僅かにズラし、完璧なタイミングで二振りの細剣を振るう。
相手の勢いを最大限利用したカウンターだ。まともに喰らえばゴブリンキングと言えど耐えられない筈……
「っ!? しま──ッ!」
しかし、私のカウンターは空振りに終わった。
何故か。
それは、私のカウンターの射程ギリギリで、ゴブリンキングの身体が止まったからだ。
(──ッ! 誘いか!)
奴は私のカウンターを見切っていた。いや、寧ろ最初からそれを狙っていたのだ。
私と違って自身の脚力だけで出したあの速度。当然、自身の脚力だけで止められるだろう。
こちらのカウンターの間合いに入る直前、奴は再び空中を蹴ったのだ。私の方に。
ゴブリンキングの突進はそこでピタリと止まり、カウンターを躱された私は大きな隙を晒してしまった。
おまけに私に向けて吹いた突風が身体を硬直させ、咄嗟の移動もままならない。
「オオォォォッ!」
「っ、ハアァァッ!!」
再び距離を詰めて放たれたゴブリンキングの高速の連続突きを、裂帛の気合と共に捌く。
敵が間合いを詰める為に要した一瞬のおかげで向こうの初撃にこちらの動きが間に合ったが……しかし、そこまでが限界だった。
【ラッシュピアッサー】を発動する余裕が無かった私は、二振りの細剣を扱っていると言うのにゴブリンキングの連撃に次第に押されていく。そして──
「クカカッ! ハアァーッ!!」
「うぐ……ゥッ!!」
ゴブリンキングのラッシュ攻撃を捌いた直後の隙を突かれ、私の腹部に重い蹴りが減り込んだ。
脚に纏っていた風がそれと同時に炸裂し、ぐらりと意識を揺らがせるほどのダメージを受けた私は、そのままゴブリンの弓隊が矢を番えて手ぐすねを引いている空中都市へ向けて落ちていく。
このままでは私の身体は、あの都市に墜落するより早く数多の矢に全身を射貫かれてしまう。
奴らの武器が魔力を帯びる白樹製と言う事もあり、直撃を受ければ魔族の私でも流石に絶命してしまうだろう。しかし、回避の為に空中を蹴ると言った力強い動作は今の私には難しい。
(今は、とにかく撤退だ……! 拠点に戻って、傷と体力を癒さなくては……!)
「かはっ……! ぅ……! ──【ムーブ・オン ”マーク”】……!」
霞む視界。痛みに呼吸すらもままならない中、私は何とか右腕に装着してある方の腕輪に手を添える。
そして辛うじて腕輪の機能を発動させ、私は何とかゴブリンの集中砲火を受ける前に撤退する事に成功したのだった。




