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第153話 激突①

(──見えた! アレか!)


 全速力でゴブリンの国を目指す事、数分。

 洞窟から数十㎞は離れただろうかと言う場所に、以前と変わらずその国はあった。しかし──


「! これは──!」


 嘗てそこに広がっていた森は完全に開拓され、出来上がっていたのは大規模な木製の街だ。

 勿論地上で見られる人間の街の様な文明を感じさせるような物ではないが、区画が整備され、家らしき構造物が規則正しく並んでいる。

 元々あった樹々を柱に、地表から数m程の高さに組まれた足場の上に作られたそれは、まさにゴブリン版の空中都市と言ったところだろうか。


(規模は以前に存在した森を丸ごと飲み込む程か……)


 この変化だけでも驚愕させられるが、そこに集まっているゴブリンの数は空中都市にある家よりも遥かに多く、地上部分では都市の数倍の広さに渡ってゴブリン達が群がっているのが見えた。

 しかも、遠くの方からは今もゴブリン達が徒歩で国へと向かって近付いている姿も見られる辺り、こうしている間にも下層に現出したゴブリン達が勝手に集まって軍の規模を拡大しているようだ。


(これが今のゴブリンキングの支配力か……! 浅層にまで影響を与えるのだから、下層に湧いたゴブリンがその場で傘下に入るのもおかしくはないが……道理でゴブリンの数が減らない訳だ)


 やはりこの戦い、ゴブリンキングの討伐以外に勝利は無い。

 その事を再確認した私はゴブリンキングに直接戦いを挑む為、空中都市の中心を目指す。

 以前この場所にあった空中要塞を拡張した結果が現在の形であるのなら、今も中枢はこの都市の中心にある筈だ。


「──! 気付かれましたか……!」


 私が空中都市の上空に差し掛かった時、地上の方からゴブリンの雄叫びが上がった。

 恐らく魔物の接近を知らせる為だろう。見張り役のゴブリンが緊急事態を知らせたようだ。

 その声を合図に都市の家々から弓で武装したゴブリン達が次々と現れ、更に緊急を知らせる雄叫びが空中都市全域に伝播していく。

 そして、現れたゴブリン達は整備された道を埋めるように整列し、こちらへ向けて構えた弓を引き絞った。

 最初の雄叫びからここまでほんの十秒足らず。忽ち空中都市は武装を完了した空中要塞へと姿を変えてしまったのだ。


「……これでは中々降りられませんね」


 私に向けて放たれる矢を払い落としながら、若干高度を上げる。

 整備された区画は良く見れば前回の要塞時代の面影を感じさせる雪の結晶の様な構造となっており、末端の方は建てられた家々のおかげで攻撃の密度にも若干の(むら)があるのだが、都市の中心に近付くにつれてその斑は無くなっていく。

 特に、中心に聳える宮殿の周囲には大きな広場があるようで、そこを埋め尽くしたゴブリン達からの斉射は洞窟を包囲したゴブリン達から放たれた物よりも激しく、ゴブリンキングの居るだろう宮殿に突入しようと降下等すれば忽ち撃墜されるだろうと言う事が容易に想像できた。とはいえ──


(規模こそ想定を超えてはいたが、ここまでの流れは概ね予想通りだな)


 ゴブリンの国が森の位置にある事も、近付けば矢の妨害がある事も、以前の戦いから当然想定していた。

 当然この状況に対する対策は既に講じてあり、私はゴブリンの矢の射程外まで高度を上げた後、左腕に付けている方の腕輪へと手を添える。


「──【ストレージ】、【エンチャント・ヒート】」


 両手を開ける為に一度ローレルレイピアとデュプリケーターを収納し、代わりに腕輪から取り出したのは、毎度おなじみカラーボールだ。

 私に気を利かせてくれた協会のバックアップのおかげで今回は残弾を気にせず使えるこれに、炎を付与して簡易ナパームとして投下しまくる。

 地上でやればどう考えても倫理に反する行いだが、ここはダンジョンで相手はゴブリンだ。これは合法。遠慮なく行こう。


「そぉれ!」


 両手に抱えた簡易ナパームを無造作に空中都市にばら撒くと、その正体を知らないゴブリン達は矢の斉射でそれを迎撃する。

 そんな事をすればどうなるか──


「ギィアアァァァッ!!」

「ヒギッ!? ギョアァッ!!」

「グヒィィィッ!!」


 空中で破裂したカラーボールから、燃える液体塗料が都市や宮殿、ゴブリン達の頭上にまで降り注ぐ。

 身体や都市の足場となっている木材に付着した塗料は擦っても取れるどころか、どんどんと周囲に広がり炎上は広がっていく。

 ついでに取り出した『香』もばら撒き、さらにパニックを拡大させる。

 身体に塗料を付けたゴブリンが半狂乱に逃げまどい、仲間や建物に触れるごとに被害は無軌道に拡大されていく。

 簡易ナパームが投下されたほんの数秒後、宮殿の前には文字通りの地獄絵図が広がっていた。

 そしてこの騒ぎは当然、『彼』の耳にも届いたのだろう。──燃える宮殿の中から、小柄な人影が満を持して現れる。


「! 来ましたね……ゴブリンキング!」


 私とそれほど変わらない体格にも拘らずとんでもない存在感を放つ王は、燃える都市やゴブリン達、そして、自らの宮殿へと順に視線を巡らせ……最後にその眼が私を射抜いた。


「──ッ! 【ストレージ】!」


 その気迫に一瞬身が竦むが、私は直ぐに腕輪に指を添え、アイテムを取り出す。


(この『香』でゴブリンキングの理性を多少なり削れれば……!)

「──【エンチャント・ヒート】! 喰らえッ!」


 炎の性質を付与された『香』が、煙を撒きながらゴブリンキングの元へと【投擲】される。

 流石にあれ程の知性を持つ個体の理性が一瞬でなくなるような事はないだろうが、それでも判断力を鈍らせる程度の影響は期待できる筈だ。

 しかし……ゴブリンキングはニヤリと笑みを浮かべると、私に向けて手を翳した。


『風よ集え 逆巻き うねり 数多を蹴散らせ ──空の乱渦!』

「!」


 ゴブリンキングが唱えた呪文により、翳した手を中心として風が渦を作る。

 空気が掻き乱され、投下した『香』はまき散らす煙ごと吹き飛ばされてしまい、ゴブリンキングの周辺には届かない。

 『香』を無力化した竜巻はそれだけにとどまらず、獲物に食らいつく大蛇のように今度は私へと真っすぐに突き進んできた。

 大口のように開かれた旋風から私は素早く飛び退き、何とか風の影響範囲を抜け出す事に成功する。しかし……


我が意に沿い(エンチ)て、脚に宿れ(ャント)──荒ぶ豪風よ(ゲイル)!』


 その隙に両足に風を纏わせたゴブリンキングが、私を追って空中へと飛び出してきた。


(──やはり、こうなるか!)

「──【ストレージ】、【エンチャント・ダーク】!」


 急激に距離を詰めて来るゴブリンキングを迎え撃つべく、一旦収納していた二振りの細剣に闇を宿して構えを取る。


我が意に沿い(エンチ)て、刃に宿れ(ャント)──紅き猛火よ(ヒート)!』


 一方ゴブリンキングもまたその手に握る一振りの細剣に炎を灯し──


「はあぁっ!」

「グガァッ!」


 激突した刃が闇と炎の魔力を散らし、空中を花火のように彩る。

 今まさに、人とゴブリンの戦争……その勝敗を決する戦いが始まったのだ。







「く……、不味いぞKatsu-首領-! もうバリケードが持たねぇ!」


 戦闘が始まって約十分。

 ゴブリンの突撃を抑えていたバリケードだが、度重なる攻撃によってガタが来ていた。

 コンテナは歪に変形し、長椅子も金属製の骨組みがひん曲がってしまっている。盾持ちのダイバー達が陰から支えていなければ、今頃このバリケードは決壊していた事だろう。

 だが、それも限界か──そう判断したKatsu-首領-は、直ぐに次の策に移るべく周囲のダイバー達へ指示を飛ばす。


「前衛組は一旦退け! 『リセット』だ!」

「了解!」


 Katsu-首領-の指示を受け、潜伏ついでにバリケードを支えていたダイバー達が一斉にバリケードから離れる。


「ギャギャギャ! ヒャッハー!!」


 それとほぼ同時に、これまでの戦いでとっくに限界を迎えていたバリケードは崩壊。

 ゴブリンの大軍が拠点へとなだれ込んできたその時──まさにこの瞬間を狙っていた一人のダイバーが、巨大な自身の得物を振りかぶった。


「──【フルスイング】!」

「ハギャギ……!?」


 彼女──魅國が振るった巨大な鉄扇は、オーマ=ヴィオレットのエンチャントにより風の性質を帯びていた。

 それにより、ただの一扇ぎとは比べ物にならない暴風が指向性を持って吹き荒れる。

 コンテナや長椅子の破片と言った金属塊もゴブリンもお構いなしに拠点から追い出され、その先にある帯電した通路に一塊となって圧し潰された。


「アギャアッ!」


 今の風によって数十体程のゴブリンが塵に還ったものの、ゴブリンの戦力規模から考えれば何の痛痒にもならない程度の被害に過ぎない。

 直ぐにKatsu-首領-は次の指示を飛ばし、再び襲ってくるだろうゴブリンに備える。


「今の内に陣形を整えろ! 前衛は鶴翼の陣だ! 後衛は援護を怠るな!」

「応!」


 力強い返事と共に、ダイバー達がそれぞれの武器や盾を構えて陣を築く。


「クリムは前に出がちな癖がある。今回は特に気を付けろよ!」

「はい! 気を付けます!」


 悪癖を指摘されたクリムの素直な返事が響く。

 元々純粋な戦闘センスに秀でていたクリムは、最近特訓と称してチヨに絡まれる事が多い事もあってかその実力を大きく伸ばしていた。

 魔槍の助けもあって既にトップクラスの実力を身に着けている彼女にとっては、この悪癖も『多少の無茶』で済んでいたが、今回ばかりはその限りではない。

 何事も無いようにと祈りながら、Katsu-首領-はその傍に配置されたダイバーに声をかける。


「アトさん、貴女は状況に応じて自身の判断で動いてください。その方が周りの皆も安心できる」


 この防衛線に限らず、今回招集されたダイバーの中でも切り札となる一人。

 彼女はクランリーダーでありながら実戦での指揮は苦手と公言しており、この作戦ではKatsu-首領-の指示で動く事になっていた。

 しかし、彼女ほどの戦力となると下手に作戦に縛り付け過ぎるのも大きな損失となると言う事で、今回の防衛線ではその場の状況に応じた立ち回りを許可する事になったのだ。


「了解! ま、任せておいてよ。この相棒(ハルバート)の届く範囲は守ってあげるからさ……!」

「アトちゃん……そのセリフ言いたかっただけでしょ?」

「あははっ、バレた? いやぁ、良くあるセリフだけどさ、ファンとして一度は言ってみたいじゃん?」


 ドヤ顔でハルバートを構えた春葉アトに、百合原咲の冷静なツッコミが刺さる。

 直ぐに普段の表情に戻った春葉アトだったが、今のやり取りで周囲の緊張も程よくほぐれたようだ。

 そして、丁度春葉アトに声をかけた百合原咲にも重要な役目が与えられている。


「百合原さんは後方でゴブリンの動きを把握し、いざと言う時は【サテライト・ウォーター】で敵の矢を防いでくれ」

「了解です。──【サテライト・ウォーター】!」


 今回の防衛線において、Katsu-首領-が特に脅威と考えているのがゴブリンの弓兵だった。

 それは前回の下層での自身の経験からの判断だったが、中層や洞窟の外で見た斉射の隙の無さからその認識は更に強くなっていた。


「ティガーさんは誘い込んだ敵の無力化を! 細かい動きは貴女に任せます!」

「おっしゃ、任せときィ!」


 弓の弦や四肢の腱等を斬り、ゴブリンの戦力を削ぐのが今回ティガーに任された役割だ。

 水の魔法で矢を防ぎ、ティガーのかく乱で戦力を削ぐ。上手くいけば戦闘能力を無くしたゴブリンが蓋となり、防衛が更に容易になるかもしれない。


「魅國さん! 合図で陣が動いたら、またお願いします!」

「はいな。それまでは魔法での援護に努めます」


 そして今回の防衛において、春葉アトに並ぶ切り札が彼女──魅國だった。

 先程実際に使用した風によるリセット。再び使う際は彼女の前の陣を自ら開ける必要があるものの、間違いなく窮地を覆す強力な手札となるだろう。


 事前に決めておいた動きを改めて指示したKatsu-首領-は、自身もまた鶴翼の一部として前衛に加わると、スマホにて時刻を確認する。


(──もうじき、ヴィオレットさんにエンチャントを付与して貰ってから十二分……効果が切れるまでおよそ八分程か……!)


 オーマ=ヴィオレットから付与されたエンチャントの時間制限は二十分。

 付与して貰った効果が切れる寸前に再び魅國の鉄扇で戦線をリセットし、ダイバー達の戦力低下を前提とした陣を新たに組みなおす必要がある。

 ……そして、そのタイミングを知らせるのは自分なのだ。


(落ち着け、俺! こう言う状況でこそ冷静になれるのが俺の強みだろう!)


 脳裏で自らを鼓舞し、愛用の長剣と盾を油断なく構える。


「グォオォォッ!」

「ギヒヒッ!」

「ギャハーッ!」


 先程の反撃も意に介さず、再び拠点へと雪崩れ込んでくるゴブリン達。

 その姿を確認したKatsu-首領-は、深呼吸を一つした後、声を張り上げた。


「ここからが本番だ! 気合を入れろォ!!」

「うおおぉぉぉッ!!」


 オーマ=ヴィオレットがゴブリンキングと接敵したと同時刻、拠点と化した洞窟にてもう一つの戦いの火蓋が切られた。

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― 新着の感想 ―
これはどっちも大変だな、延々ゴブリンをしばいても終わらない悪夢だわ。
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