第151話 人鬼戦争⑯
「──当初俺達が立てていた作戦は、破棄する」
ゴブリンの包囲斉射から洞窟内へと退避した後、Katsu-首領-が第一声にそう切り出した。
洞窟内に暗い沈黙が流れる。
事前の作戦会議ではこの洞窟を拠点として、拠点防衛用のメンバーと攻略用のメンバーに分けてゴブリンキングの居る国を目指す算段だった。
拠点とした洞窟に【マーキング】を置き、負傷や休憩の度に拠点と下層を行き来する事で何度も万全の状態で挑むと言う、所謂『ゾンビアタック』。……その為の特殊な腕輪も、この下層の拠点が出来た段階で協会が支給してくれる手筈だったのだ。
だが、実際に下層に来てみればゴブリンの軍勢は私達が想定した以上に仕上がっており、その戦力差は絶望的だ。
この状態ではいくら拠点で回復が出来ると言っても、当初の作戦通りの進軍など到底できないだろう。
寧ろカラクリがバレてしまえば、下層に戻って来たところを狙われて死者が出るかもしれない。
周囲のダイバー達もそれをわかっている為、彼の言葉に反対する者は居なかった。
「作戦の破棄については、まぁええわ。それで、実際どうするつもりなんや? このまま洞窟に籠ってる訳にもいかんやろ」
「……考えられるのは、超少数精鋭によるゴブリンキングの討伐だ」
そう言って、Katsu-首領-は自らの考える打開策を語り始めた。
「先ず、包囲網の正面突破は先ず不可能だ。単純な戦力差に加え、唯一の出入り口を包囲されているのが厳しい。大人数で打って出れば、間違いなく犠牲が出る」
洞窟の地面に無数の魔石を並べ、私達の現状を再確認しながら説明は続く。
「かといって、更なる準備を整える時間がある訳でも無い。先程ゴブリンの包囲網の向こう側に、奴らが列をなして進軍してくる姿が見えた。時間が経つにつれて奴らの戦力は増していく一方だ。……今は向こうもこちらの出方を伺っているようだが、焦れてくれば圧倒的な物量で圧し潰してくるだろう。我々は今ある戦力と物資でこの難局を突破しなければならない」
そこで、とKatsu-首領-が目を向けたのが──
「……私ですか」
「ああ。ヴィオレットさん、貴女の【エンチャント・ゲイル】による飛行術……アレで上空から包囲を突破し、そのままゴブリンキングを叩くしかない」
周囲の視線が私へと集中する。
確かに地上を完全に包囲されている以上、上空からのアプローチしかない。
私としても、この状況で協力を惜しむような真似はしない。だが……
「──ぅわっ! うわゎっ!? ちょ、これ……っ、うひぃ!? 無理ィ!!」
両足に風を纏った春葉アトが、空中であっちへこっちへと振り回され……やがて縦に回転しながら地面に落ちた。
中々にシュールな光景だったが、周囲のダイバー達の表情は暗い。
そう……初めてあの感覚を体験したダイバーは、軒並みこの様子でまともに動く事は出来なかったのだ。
「……駄目か。この練度では弓を持つゴブリン達の格好の的だ。練習する時間もあるか分からない以上、他の作戦を考えよう」
自身も同じような失敗をし、その難しさをその身で味わったKatsu-首領-は、先ほどよりも難しい表情で地面に並べた魔石の配置に目を戻す。
しかし、いつもは即座に様々な案を出すKatsu-首領-が、ここでそのまま黙り込んでしまった。
……策が無いのだ。上空を抜ける以外に。
「あの~……すみません。もし、空を自在に飛べたとして、洞窟の出口で集中砲火されたら上空に跳ぶ前にやられちゃうんじゃ……」
と、気弱そうなダイバーがおずおずとKatsu-首領-に申し出た。
確かに彼女の言う様に、無策で跳ぼうとしても初動で落とされてしまうだろう。しかし、Katsu-首領-がその事を考えていないとは思えない。
「──いや、火車さんの【メルティ・リップル】と、『香』をウェーブダイバースのアーチャー達に撃ち込んで貰い、一時的に指揮系統を完全に麻痺させる算段だったんだ。距離が伸びる事で【メルティ・リップル】の威力が落ちるのを踏まえても、爆発によって広がる香の効果で十分な混乱は狙えるだろう」
「な、なるほど……変なこと言って、すみませんでした……」
「いや良い。今は少しでも違う視点の意見が欲しい。皆も何か考えがあったら、遠慮なく言って欲しい」
そう言ってKatsu-首領-が周囲のダイバー達に視線を巡らせるが、やはり良い案は浮かばない。
……勿論いくつかの案は出た。
だが、『壁を掘り、別の出口を作る』と言う案は時間がかかる点や、ダンジョンワームに急襲を受けるリスクから却下。
『洞窟に誘い込んで各個撃破』は終わりが見えない為に当然却下。
いくつもの案が出ては不可能と断じられる度、チラリと私に視線が向けられるのを感じる。
(まぁ……どう考えても、やっぱり『これ』しかない、よな……)
きっとKatsu-首領-もとっくに考えには上がっていた筈だ。
だけど、その案を口にする事は無かった。『危険すぎる』が故に。
自分の作戦に責任を持ち、それぞれの任に当たる人材を尊重するからこそ彼は信頼を得て来た。
そんな彼に、この作戦を提案しろと言うのは無理な話だ。だから──
「──私に、一つだけ案があります。作戦と言うにはあまりに厳しい賭けですが、これ以外に方法は考え着きません」
「! ヴィオレットさん、だが……!」
私の言葉に即座にKatsu-首領-が反応する。
やはり彼も分かっているのだ。今、ゴブリンキングを倒しに向かえるのは誰か……
「──私が単身で包囲を突破し、ゴブリンキングを討ちます」
もう、私しかいないのだ。
「──やはり、先ほどよりも増えているように思えますね……」
洞窟の曲がりくねった通路の陰から外の様子を伺うと、心なしかゴブリンの軍勢はアレから更にその総数を増やしているように見える。
……いや。実際に先程よりも、白樹の棍棒で武装したゴブリンの数が明らかに増えている。
物々しい気配も漂わせている辺り、近くこの洞窟に総攻撃を仕掛ける算段なのだろう。
そうゴブリン達を観察していると、傍らからKatsu-首領-の最後の確認が投げかけられた。
「ヴィオレットさん。……本当に任せて良いんだな?」
「ええ。ですが、私も危なくなったら洞窟内の拠点に戻ってきますからね? ここの防衛は任せましたよ」
そう言って私は自分の右腕に光る、『もう一つの腕輪』を見せる。
これは先程洞窟の拠点化が完成した際、協会職員から支給された特別な腕輪だ。
特別と言っても、強力な機能や魔法が搭載されている訳ではない。単純にこちらの腕輪にも一カ所だけ、本来の腕輪とは別に【マーキング】の座標が記録されていると言うだけだ。
その座標は洞窟の拠点に固定されており、これのおかげで本来の腕輪の【マーキング】を更新しながら何度でも拠点に撤退して補給と回復が出来る。
単純だが、非常に頼もしい最終兵器だ。
……しかし、それが使えるかどうかはこの拠点の防衛が出来ていればの話。
だからこそ、ここに残るダイバー達の奮戦が私の支えとなるのだ。そう言う期待と信頼を込め、Katsu-首領-に拳を突き出すと、彼もそれに応えるように私の拳に自らの拳を軽くぶつけた。
「ああ、勿論だ。俺もここの防衛の傍ら、新しい作戦も引き続き考えておく。だから、危険を感じたら遠慮なく、何度でも撤退してくれ」
「はい。では……ヒナさん、アーチャー部隊の皆さん──お願いします」
そう言って、私は後ろに控えていたヒナさんと、ウェーブダイバースのアーチャー部隊へ位置を譲る。
彼等の弓がそうであるように、既にここに居るダイバー達の武器にはエンチャントを掛けておいた。
ここに残って自分達の何千倍もの数の敵を相手に戦い続ける彼等に対して、私が出来る精一杯の協力だ。
(だけど、あの数のゴブリンと戦い続ければ、いつどんな事故が起きてもおかしくない……いくら直ぐそこの拠点で治療を受けられると言っても、即死させられればおしまいだ)
彼等に犠牲が出る前に私がゴブリンキングを討ち、ゴブリンに掛かっているバフを解除する。それさえ出来れば、ゴブリンは烏合の衆になり果てる。
ジェネラル同士、或いはコマンダー同士で争いはじめ、ダイバー達に害が向く事も無くなるだろう。
(私の働きに彼等の命が掛かっている……)
そう思うと、かつてない緊張感が身を包む。
絶対に失敗が許されない作戦開始の合図となる魔法が今……
「──撃てぇーーーーッ!!」
「──【メルティ・リップル】!」
放たれた。




