第149話 人鬼戦争⑭
「……さて、ドローンカメラの投下前に最終確認だ。各自、もう補給する物はないな?」
境界の縁で投下する武骨なデザインのドローンカメラ──『アイアンナイト』を構えたKatsu-首領-が、そう周囲のダイバーへと視線を巡らせる。
投下されたドローンカメラによってゴブリン達を刺激した結果、下層のゴブリン達が中層に向かってくる可能性がある為、安全に補給できる機会は今しかない。
そう言う意味を込めた確認に、ダイバー達が頷きを返す。
「──よし、では投下するぞ……!」
最後にそう言うと、Katsu-首領-は手に持つドローンカメラから手を放す。
そのまま吸い込まれる様に境界の中へと消えていく姿を見送るのもそこそこに、私達は手に持ったスマホでKatsu-首領-の配信画面──『アイアンナイト』が送ってくる映像に目を向けた。
──明るさ補正の掛けられた映像には、境界の壁面が下から上へと流れていく光景が映されている。
昔はともかく最新式のドローンカメラには標準搭載されている姿勢制御システムにより、自由落下するドローンがくるくると回転する事はない為、問題なく下層の光景を確認できそうだ。
落下は数秒程続き……境界を抜けた瞬間、視界がパっと開けた。そこに映された光景は──
「やはり、待ち伏せか……!」
Katsu-首領-の苦々し気な呟きが耳に届く。
外れて欲しかった予想ではあったが、映像にはドローンカメラに向けて矢を番える無数のゴブリン達の姿が確かに映されていた。
そして次の瞬間『ガッ、ザザッ──……!』と、耳障りな音を最後にカメラの映像が一瞬ぶれて、そして配信が強制的に終了される。……放たれた矢によってドローンカメラが撃ち落されたのだ。
(最後の瞬間……僅かにではあるが、映像は横から弾かれたように大きくブレていた。つまり、側面からも矢を受けていたと言う事だ……)
この事からもゴブリンの待ち伏せはほぼ全方位……境界を包囲する形で展開されているのは確実だ。
状況が分かっても対処が困難な状況の一つと言えるだろう。
「一瞬だったが、映像ではゴブリン達は数m程度の距離を開けて境界を包囲していた……下層に入った者を正確に射抜ける距離で、仮に最初の斉射を上手く防ぐ事が出来たとしてもゴブリンの数を減らすより早く第二波の斉射が来るだろう。つまり、今求められるのは……」
「広範囲・高火力の先制攻撃──私の出番って事ね」
Katsu-首領-の言葉を引き継ぐ形で名乗りを上げたのは、炎属性の魔法を扱う京都のダイバー『火車ヒナ』だった。
真っ直ぐに伸ばした黒髪を靡かせながら歩み出た彼女は、京都を拠点に活動するクラン『紅蓮』のリーダーであり、そのジョブは魔法使いから進化した『ドルイド』だ。
ドルイドは高火力の魔法を扱う事に特化したジョブであり、普通の魔法使いジョブと同じ魔法を使っても威力が桁違いになるどころか、その上で更に火力に特化した魔法の習得が可能と言う徹底的な『火力至上主義』を体現するジョブだ。
その分燃費が極端に悪く、探索時には常に大量のポーションの携帯及び摂取が必須になる等のデメリットもあるのだが、それは今は置いておこう。
「ヒナさん、やってくれるか」
「やってくれるもなにも……今まで高火力の魔法の使用を控えて来た所為でフラストレーションが溜まってるのよ。任せて貰わないと逆に私が困るわ」
「う、うむ……まぁ、そうだな。今回は思いっきりやってくれて構わないぞ」
「へぇ……貴方、話が分かるじゃない。そう言う融通の利く人は好きよ」
「身内に似たタイプの仲間がいてな。これでも活かし方は心得ているつもりだ」
……と、まぁ見ての通り彼女も火羅↑age↑と同じくトリガーハッピーの気があるダイバーだ。
ぶっ放すのがマシンガンかロケットランチャーかの違いがあるだけで、本質は同じと言っていい。
火羅↑age↑が【フレア・ガトリング】を好んで使う様に、彼女も代名詞となる様な魔法を持っているのだが……火力と範囲が広すぎる為、使用するタイミングさえ限られるそれがまさに今、求められているのだ。
彼女の頬は紅潮し、口元は三日月形に釣り上がっていた。
(──うん。ヤベー奴だ。この人)
ダンジョンと言う発散の場が無ければ、今頃事件の一つや二つ起こしてそうな危うさを感じる。
……いや、もしかしたらダンジョンがあった所為でこの素質が開花してしまったのかもしれないが、いずれにせよあまり関わりたくはない相手だな……
「そう言う訳で、協力お願いね。──ヴィオレットちゃん」
「へぇっ……?」
……いかん。咄嗟の事でつい、変な声が漏れてしまった。
「えっと、私の【エンチャント・ヒート】は杖に付与しても魔法の威力に影響はありませんけど……」
「分かってるわよ。頼みたいのは別の事……ま、エンチャント関係なのは間違ってないけどね」
「別……?」
「作戦があるのよ。それに貴女の協力が必要なの」
そして、彼女の作戦が告げられた。
……まぁ、作戦と呼べる程の物かと言うとかなり微妙な物ではあったのだが。
「──あー……準備は出来てるか? 二人とも」
「ええ。いつでも行けるわ」
「正直まだ不安なんですけど……」
何とも言えない表情でこちらを見るダイバー達の視線を浴びながら、Katsu-首領-の確認に自信満々に答える火車ヒナと……彼女の身体の前側に、ロープで固定された私の不安げな様子に周囲がざわつく。
どうしてこんな事になったのか……それを説明するには、今回彼女に使って貰う魔法について説明する必要がある。
彼女が今回使用する魔法は【メルティ・リップル】。
何処かかわいらしさすら感じさせる名前だが、直訳すると『溶かす波紋』。実際の効果は『莫大な魔力を収束させた蒼炎球を放ち、着弾点を中心に超高温の熱波を発生させる』と言う物だ。全く可愛くない。
で、この魔法の基点となる『蒼炎球』……実は、最高のパフォーマンスを発揮しようとした場合、射程がそれ程長くないのだ。
あまりにも高い温度で生成されるそれは外気に触れているだけでどんどん温度が奪われてしまう為、10mも離れた位置に撃てば本来の威力の10%未満にまで減衰してしまう。
要するに中層から下層に対して放った【メルティ・リップル】では減衰が大きくなりすぎて、まともな威力を発揮できないらしいのだ。
(だから私が【エンチャント・ゲイル】を使って境界内の位置調整を担う必要がある、と。……理屈は分からなくはないんだけど、この扱いには納得し難いなぁ……)
何せ絵面がほぼ抱っこ紐で固定される赤ちゃんだ。……私が1000歳を超えているのを思うと、本当にキツイ。色々と。
だが彼女の魔法に賭けた以上、最高のパフォーマンスを発揮してもらう為には私も最大限協力せねばなるまい。
「……じゃぁ、行きますか」
「ええ。私が魔法を撃ったら直ぐに上昇をお願いね……威力によっては、凄く熱いと思うから」
「はい……」
これ一番の貧乏くじ引いてるの私だよなぁ……と、身長差から微妙に地面に届かない脚をプラプラ揺らす。
そして火車ヒナはそんな私の思いなどお構いなしに境界の淵に立つと──
「さぁ、作戦開始よ」
「はい──【エンチャント・ゲイル】。……いつでもどうぞ」
私の返答に満足気に頷き……とん、と軽い跳躍で境界に身を躍らせた。
まるでインストラクター付きのスカイダイビングの様な姿勢で境界を落下しながら、私はタイミングを計る。
理想は境界を抜ける数十cm手前だ。
ゴブリン達の斉射が始まらず、尚且つ【メルティ・リップル】の威力が十分発揮できる距離。
しかし、そこにピンポイントで停止すると言うのはいくら何でも中々に難しい。
【エンチャント・ゲイル】による空中機動はあくまでも『空中を跳ね回る』と言う物だからだ。だから境界の出口が近づいてきた辺りで私は何度か軽く空中を蹴り、落下の速度を次第に緩めていく。
境界の中は本来の重力の影響の範囲外にある。だから一度緩めた速度が重力によって加速すると言う事はない。
(とはいえ、この姿勢……減速や上昇は簡単でも、加速は難しい。慎重に調整しなければ……)
速度や位置、姿勢の調整に苦心しながらも更に数秒後──
(──ここ! どうだ……?)
最後の一蹴りが放たれ、私達の身体は境界の中にて殆ど完全に静止した。
勿論ごくごく僅かに動いてはいるのだが、ほぼ止まっていると言っていいだろう。
「どうでしょうか? この位置は……」
「地上まで約5、6mってとこかな? うん。十分だよ」
そう言って彼女は自身の武器であるWD製の杖を正面に構える。
「さぁて……どんな威力になるのかな……?」
「言っておきますけど、撃ったら直ぐに撤退ですからね? 観察しようなんて言わないでくださいよ」
「分かってるわよ。残念だけど……──【メルティ・リップル】」
彼女が構えた杖の表面に刻まれた、WD特有の年輪模様が銀色に輝く。……これが杖に魔力が流れている証なのだろう。
その輝きは次第にどんどんと眩くなっていき……その後、杖の先端から蒼い高温の光球が放たれた。
「熱……ッ! ──ハッ!」
「おぶぅ!?」
放たれた蒼炎球によるものだろう熱を顔で感じた瞬間、私は思いっきり空中を蹴ると急上昇を開始する。
その所為で腹部を圧迫された火車ヒナがうめき声を上げるが、今は急いで距離を取らなければならない為無視する。
背後から聞こえる爆発のような音と、無数の悲鳴にも振り返らず、私は境界の中を只管中層に向けて飛翔するのだった。
次回、漸く下層です……!




