第148話 人鬼戦争⑬
「ヴァグルァッ!」
「っ、そこッ!」
闇を纏わせた二振りの細剣を構え、一息に距離を詰める私に向けて、ゴブリンジェネラルの狼牙棒が袈裟斬りに振り下ろされる。
左上から迫る狼牙棒の一撃を右前方へと跳んで回避し、私は勢いを殺さないよう右足で空中を蹴って更に加速。攻撃直後のゴブリンジェネラルに向けて、左手に握るローレルレイピアを突き出すが……
「ヴァアァ!」
「!」
ゴブリンジェネラルはそれに反応し、先端が地面に埋まった狼牙棒を握ったままサイドステップ。素早く回避行動をとった。
そしてそのまま地面に減り込んでいた狼牙棒を強引に振り抜くと、地面の欠片をまき散らしながら放たれた反撃の一振りが私に迫ってくる。
「く……ッ、なんのっ!」
私はその横薙ぎを身を屈める事で回避。
ゴブリンジェネラルの援護に放たれた無数の矢を両手の細剣で払い落としながら、小さな石片が身体にビシビシと当たるのもお構いなしにスキルを発動した。
「──【エア・レイド】、【ブリッツスラスト】! はぁッ!」
同時に使用した二つのスキルには共に私の脚力を強化する性質があり、そして私のグリーヴには今【エンチャント・ゲイル】の風が付与されている。
それらが共鳴して互いの効果を引き上げた結果、私の身体は弾丸の様な速度で放たれ、最速の一突きがゴブリンジェネラルの脚を穿った。
「グオォッ!?」
(これで機動力は削いだ! そして、この距離! もう攻撃は外さない!)
「──【ラッシュピアッサー】!」
大腿部に深々と突き立った刃を振り抜いて脚の筋肉を絶つと、傷口には闇の魔力が定着し、身体の再生を阻害する。
先程見せたような回避行動を封じられたゴブリンジェネラルに、【ラッシュピアッサー】のアシストを受けた私の連続突きを躱す事が出来る筈もなく──
「オォォ……──」
「──【ストレージ】! 良し、討伐完了です!」
闇を纏う傷口が急速に広がるように塵になっていく巨体から、これまた大きな魔石が転がり落ちた。
それをしっかりと腕輪に回収し、念の為に春葉アトの方へと振り返ると……
「──あ、ヴィオレットちゃん! そっちも今終わったところ?」
「はい。……そちらも今ですか?」
「そ! 今回の競争はほぼ引き分けかな。残念だけどね~」
同じく私の方を振り返る彼女と目が合った。
どうやら彼女の言う様に、私達のゴブリンジェネラル討伐はほぼ同時だったらしい。
まぁ競争と言っていた彼女もそれ程本気でもなかっただろうし、引き分けと言うのは結果的に都合が良かったかな。
「……因みにですけど、もしアトさんの方が勝ってたら何か考えてたんです?」
『──ウギィッ!』
「んー? まぁ、そうだね~……コラボ配信のお願いかなぁ?」
『──ゲァッ!』
「それは……別に競争なんて必要ないのでは?」
『──ォゴォ……ッ!』
確かに私は『誰でもコラボ歓迎です!』みたいなタイプのダイバーではない。色々秘密も抱えているし、例の『大型コラボ』以降は他のダイバーとのコラボは控えている。
しかし、コラボを避け続けてリスナーや他のダイバーから閉鎖的な印象を持たれるのも良くないだろうし、何より彼女の場合自分の経験から距離感を考えてくれている節も感じる。
だから春葉アトのように元々交流のあるダイバーであれば、コラボの機会があれば考えてみようとは思っていたのだが……
「あー、いや。探索配信じゃなくてさ、『ラウンズ・パーティー』みたいなゲームのコラボ」
『──ギェ……』『──グヒィ!』
「……なるほど、確かにそう言うコラボはやった事なかったですね。ちなみに私が勝った場合はどうするつもりだったんです?」
『──アバァッ!』『──ゲベェ……ッ!』
「そりゃ勿論景品出すよ! 『ラウンズ・サーガ』って言う面白いゲームなんだけど……」
『──ギィヤーッ!』
「それただの布教じゃないですか!?」
『──グワーッ!』
途中からそんな気はしていたが、案の定というやつだ。
もしかして謹慎中にゲームの配信をしている内に、ラウンズ・サーガが好きになるリスナーが目に見えて増えた事で布教の喜びに目覚めてしまったのだろうか……
「冗談、冗談! 無理に押し付けても布教は出来ないからね~、あはは~……──【レイ】、【レイ】」
『──グエェーーーッ!』『──ア……ッ』『──グギョォッ!』
「本当ですか? なんか圧凄かったですけど……──【ラッシュピアッサー】」
『──アギィ!』『──グフ……ッ!』『──ゴオゥ……』『──ヒギィ!』
「──いや、談笑しながら蹂躙すなやッ! 傍から見てて怖いねん!!」
二人でやり取りを交わしていると、突然横合いからティガーのツッコミが入った。
最初はちょっと気になった事を尋ねるだけのつもりで始まった会話だったが、思った以上に長い談笑になってしまったのだ。
一応ゴブリンの掃討も並行して行っていたのだが、それがティガーからは相当不気味に映ったようだ。
「なんっやねん! 『あはは~レイ、レイ』って! 流石に雑過ぎてゴブリンが可哀そうになるわ!!」
「えー……でも片手で気軽に出せるし、集団戦には便利なんだよ? ──【レイ】」
『──アバァーーッ!』『──フヴゥ……』
「分かるけども! せめて真面目に相手したろうや! にひゃ……ゴブリンと言えど、命なんやで!?」
「今、ゴブリンの事『200円』って言いかけませんでした? ──【ラッシュピアッサー】」
『──グゲェ!?』『──ガフッ』『──ギギィ……!』
「アンタはそれ解っててやっとるやろ!? ガッツリ両手で突き撃っとんのに顔だけこっち向いてるなんてことあるか!?」
『──ギャアァッ!』
「あ、でもなんやこれやってみると楽しいなぁ……」
「いや掌返し早すぎるでしょ……」
その後もジェネラルと言う主力を欠いたゴブリンの掃討は順調に進み、アレだけの大軍はそれからものの数分程度で一掃された。の、だが──
「──妙だな……」
ゴブリン達の姿が消え、静寂に包まれた部屋を見回していた闇乃トバリがぼそりと呟く。
私自身この違和感にはゴブリンの掃討を続けている時に気付いていたが……掃討が終わった今、その違和感がこの上なく大きくなっていた。
「ああ。……何故、境界からゴブリンの増援が来なくなったんだ? 早々に片付いたのは良いが、これではかえって不気味だ……」
そう。下層に続く境界の水面は静かに揺らめくばかりで、そこから新たなゴブリンが飛び出してこないのだ。
違和感の正体を口にしたKatsu-首領-の言葉に答えを返せる者はおらず、再び境界の部屋を静寂が支配する。
「──Katsu-首領-さん。疑問は尤もだが、今の内に出来る事はするべきだと思う。俺も使った分の矢を補給しておきたい」
「タジリサウス……ああ、そうだな。前衛のダイバーの内、余裕のある者は境界の警戒を続けてくれ! 矢や各種ポーションの補給や、治療を受けたい者から順にロビーに戻り、各自補給を済ませる事! それ以外の用も今の内に済ませておいてくれ! 下層での本格的な戦いに備えるんだ! 【マーキング】の更新を忘れるなよ!」
Katsu-首領-の呼びかけに了承を返したダイバー達が、次々に【マーキング】座標を更新した後、地上へと戻っていく。
今回境界の警戒を引き受けた私はすり鉢状になった縁ギリギリに立ち、境界の水面をじっと見つめる。
(……ゴブリンの増援は、掃討戦の途中まで確かにあの水面から現れていた。戦っている途中でその姿を確認していたから、それは間違いない……)
それがいつしかパタリと止んでおり、そこからは目に見えてゴブリンの数が減って行ったのだ。
「──どう思いますか? アトさん」
「ん? うーん、そうだね~……多分、ヴィオレットちゃんと同じ考えかな?」
「そうですか……やはり──」
「「待ち伏せ」……だね」
それぞれの推測の言葉が自然にハモる。
私がそうであるように、春葉アトも今思い返しているのだろう。この部屋に突入する直前、私に向けて放たれた矢の雨を。
(あの時はただの通路だったから簡単に撤退し、斉射を回避する事が出来たが……アレをもし、下層に降りた瞬間にやられるとしたら……?)
私であれば【エンチャント・ゲイル】で空中を蹴り、境界に逃げ込む事は可能だろう。
しかし、そこまでだ。私達の目的である『下層への突入』は叶わない。
境界の先は通路とは異なり、洞窟の部屋になっている。ほぼ360度から放たれるだろう矢の雨を避けながら攻撃に転ずる等、魔族の能力を使えばともかくとして『オーマ=ヴィオレット』には出来ない芸当だ。
(百合原咲の【サテライト・ウォーター】でも、正直確実性は無いだろうな……)
全方位を水の壁で覆う事が出来たとしても、またジェネラルの突進で破られてしまえばおしまいだし、何より百合原咲の負担が大きすぎるのだ。
「……アトさん、【ノブレス・オブリージュ】の状態での突破は可能だと思いますか?」
「流石に厳しいかなぁ……アレも無敵って訳じゃないからね。頭や脚に矢を受けて動けなくなったら、多分そのままやられると思う」
「そうですか……参りましたね、これは……」
「──失礼、今良いだろうか?」
推測される待ち伏せの斉射への対策に良い案が無いか模索していると、Katsu-首領-から声がかけられた。
「? Katsu-首領-さん、何かありましたか?」
「ああ。貴女達の話が聞こえてしまってな……その事について、一つ『やって欲しい事』があるんだ。実は──」
「……なるほど、先に下層側の情報を得ると言う事ですね」
「ああ。ヴィオレットさんの配信は拝見しているが、貴女は……その、諸事情でドローンカメラの予備を常に携帯しているだろう? その内の一つを偵察に使いたいんだ」
そう言い難そうに提案してくるKatsu-首領-。
まぁ、確かに私がドローンカメラの予備を携帯せざるを得なくなった事情について良い思い出はあまりないけど、そこまで気にしなくても構わないのだが……
「良いですけど……ロビーの物資にはドローンカメラもありませんでしたっけ?」
「一応あるにはあるんだが、ダイバーになった際に支給される格安の物しかなくてな……金は後で払うから、協力して欲しい」
「なるほど。そう言う事であれば、勿論提供はしますよ。ちょっと待ってくださいね。──【ストレージ】」
支給品のドローンカメラは操作範囲も動作性も、耐久性も最低限だ。
配信に使うだけなら何も不便はないが、偵察に使おうとすると必要な性能を全く満たしていない。そう言った事情から、私の持つ予備のドローンを頼ったと言う事らしい。
事情に納得した私は、早速使えそうなドローンをいくつか取り出し、地面に並べていくのだが……
「──いや、多すぎやろ!? コレクターなんか!?」
「已むに已まれぬ事情があるんです。私だって補充の度に揉み手で店員にすり寄られる上客になんてなりたくなかったですよ……」
「お、おぉぅ……なんやすまんな。今度アーカイブ見させて貰うわ……」
「はい。チャンネル登録もお願いします……」
「ちゃっかりしとるなぁ……」
そんなやり取りをしながら、境界の部屋にズラリと並べられたドローンカメラ。
店員のセールストークによって無駄に潤沢になった私の予備の在庫だが、こうして改めて見るとどう考えても買い過ぎだ。
……まぁ、それで財布が痛まないくらい稼げているから良いのだが。
「──これなんてどうでしょう? 操作範囲と精度に優れた代物で、慣れれば魔物の攻撃も躱せる機動力がありますよ?」
「いや、推測通りに斉射をしてくるのであれば、必要なのは寧ろ少しでも長く攻撃を耐えられる物が良いな。逆に操作範囲に関しては無視しても構わない。最悪落とせば映像は得られる」
「なるほど。そう言う事でしたら──」
店員から散々聞かされたセールストークを思い出しながら、ドローンカメラの性能を紹介し続ける。
その内補給から戻って来た『俺』に『なんでこんなとこでバザー開いてんだ?』とツッコまれたりもしたが、私のセールストークの甲斐あって最適なドローンカメラは見つかった。
「『アイアンナイト』……耐久性に全振りし、上層程度の魔物の攻撃であれば傷もつかないドローンカメラか。今はこう言うのもあるんだな……」
「まぁ、流石にチヨ相手には意味ないと思うんですけど一応買っておいたんですよ。決してセールストークに押し切られた訳じゃないです」
「う、うむ。……ともあれ、おかげで今回これが役に立つわけだし、良い買い物だったと思うぞ!」
何処か励ますような言葉と共に、『アイアンナイト』をパッケージから取り出すKatsu-首領-。
その見た目は鉄板の様な装甲を幾つも纏った武骨な物で、確かに名前の通りどこかフルプレートアーマーを纏った騎士の様な印象も受ける。
ただしその重量の所為で動きは鈍重。攻撃を受け止められる硬さを持ちながら、盾に使うにはかなり技量が問われる代物だ。
(……これやっぱりカモられてないか? 私……)
と、一抹の疑問が過ったが……
「ダイバー全員の補給が完了したのを確認した後、このドローンを下層に投下して様子を探るつもりだ。ヴィオレットさん達も警戒役を交代して、それぞれ補給に向かってくれ」
とのKatsu-首領-の言葉に意識を切り替え、私も補給の為にロビーへと戻る事にした。
「──【マーキング】、【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】」
この補給が終われば、いよいよ下層……あのゴブリンキングが待ち受けるだろう、敵の本拠地だ。
……最終決戦の時は近付いている。




