第142話 人鬼戦争⑦
すみません! 盛大に遅れました!
(皆遅いな。もしかして、後ろの方で何かあった……?)
「ハッ! ヤァッ! ──【フルスイング】ッ!」
浅層から上層へと続く境界の部屋の入り口に一足先に到着した私は、それから周囲のゴブリンが可能な限り皆の元へ向かわないようにこの場所で戦い続けていた。
途中で発動した【騎士の宣誓】により後方へ向かったゴブリン達も引き戻しながら狩り続け、その間に捌き切れなかった攻撃も何度か受けたが──
「くっ……──【ウェポン・ガード】、【ヒール】!」
その度にゴブリン達を吹っ飛ばし、傷を癒し、戦い抜いて来た。
(──193……194! 溜まった!)
「──【ノブレス・オブリージュ】! 【ステータスオープン】!」
ここまで倒したゴブリンをカウントし、ノルマを達成し次第【ノブレス・オブリージュ】を使用。その場で使用時のレベルを把握する。
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配信者名:春葉アト
レベル:98
所属国籍:日本
登録装備(5/15)
・魔合金のハルバート(L・E・O)
・聖騎士の甲冑セット(オーダーメイド:L・E・O)
・魔力式探索ランプ(ラフトクラフト)
・聖騎士の兜(オーダーメイド:L・E・O)
・チェーンメイル(UMIQLO)
ジョブ:パラディン Lv77
習得技能/
・光魔法の……
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(──レベルが上がってる……! 次は196体倒した後か……)
【ノブレス・オブリージュ】再発動の条件に関わる必要最低限の情報だけを横目で確認し、私はゴブリン達へ再び視線を移す。
いくら倒しても境界から湧き出すゴブリン達は倒しても倒してもキリがなく、私がこの場所を離れれば忽ちこの浅層に蔓延るだろう事は想像に難くない。
(上層に突入して押し留めない限り、境界から溢れて来るゴブリンは止まらない……でも、一人だけ上層に行くのは流石に足並みズラし過ぎだよねー……)
行けるか行けないかで言えば、多分出来る。
通常時では流石に厳しいかも知れないが、【ノブレス・オブリージュ】のバフがかかっている間であれば、問題なくこの群れを突っ切る事が出来るだろう。だが、その代償は無視できない。
(【騎士の宣誓】の効果は多分境界を跨いでくれないし、私が強引に上層に突入したらここに居る分のゴブリン達は他の皆の所に行っちゃうよね……)
既に後方で何かトラブルがあっただろう事は、他のダイバー達が追いついて来ない事から察している。
ここでこのゴブリンの群れを野放しにするのは、何かしらの異常事態に困っている彼等に更なる問題を押し付けるだけだ。
(……まさか、全滅してるって事はないよね……?)
ありえない……とは言えないのがダンジョンと言う環境だ。
今は渋谷ダンジョン全体が異常事態の真っ只中であり、何が起きても不思議じゃない。
特に浅層にはもう一つの境界がある事も考えると、そっちから何か厄介な魔物が彼等の方へ向かってしまった可能性だってある。
(……いっその事、一旦戻ろうかな? 私が合流すれば何とかなる事かも知れないし、そうでなくても状況の把握くらいは出来るだろうし……)
脳裏に過った嫌な想像に、私の弱気な部分が顔を出す。
暫く一人で戦っていた所為で、若干ネガティブになっていたのかもしれない。
一瞬後方へ向けた視線。それが私の隙に繋がってしまった。
「──く……こいつッ!」
「ギギ……ッ!」
突如脚に掛かった重さに視線を向けると、私の左足に組み付き、不気味な笑みを浮かべるゴブリンと目が合った。
直ぐにハルバートでその頭部を貫こうとするが──
「ギギャアーッ!」
「チィッ……! 邪魔!」
させまいと飛び掛かって来るゴブリンの対処に追われて、対応が一手遅れる。
そして、その隙に……
「痛……ッ! 調子に、乗るなァッ!!」
「グベッ!」
脚に走った痛み。目を向ければゴブリンの乱杭歯が、私の脚に食い込んでいた。
直ぐに脳天を切り払い塵に還したものの、傷口の痛みに脚がふらつく。
このままでは戦闘に支障が出かねない為、直ぐに【ヒール】で傷を癒そうとするが──
「ギャッギャーーーッ!!」
「ギャゲーッ!」
「く……──【ウェポン・ガード】! ──痛ッ!」
殺到するゴブリンを吹っ飛ばした反動で脚がもつれ、バランスが崩されてしまう。
スキルの共鳴で強化した【ウェポン・ガード】のノックバックにはこれまで散々お世話になって来たが、それがここに来て裏目に出てしまったようだ。
咄嗟にハルバートを杖代わりに転倒だけは防いだものの、膝を着いてしまった。
「──【ヒール】!」
【ウェポン・ガード】のノックバックで稼いだ一瞬で脚の治療は済ませたが、周囲からゴブリンが迫る中でこの姿勢になってしまったのは非常によろしくない。
『撤退』……その二文字が脳裏を掠めたその時だった。
「──アトさん、伏せてください!」
「っ!」
「──【エア・レイド】!」
咄嗟に身を屈めた私の頭上を越えて駆けつけた一人のダイバーが細剣に纏わせた風を振るい、周囲のゴブリンを吹っ飛ばした。そして……
◇
「──お待たせしてすみませんでした! 怪我はありませんか!?」
春葉アトに襲い掛かろうとしていたゴブリン達を吹っ飛ばし、安全を確保した後に振り返る。
まさかあの春葉アトが膝を着かされるとは思わず、他のダイバーを置き去りにしてつい駆けつけてしまった。
視線が合った春葉アトは一瞬目を瞬かせていたが、直ぐにハッとした表情になるとすっくと立ちあがる。
「全然! そもそもあたし、怪我しても自分の魔法で治せるからね! これくらい何てことないよ!」
「そうでしたね……でも、少し焦りましたよ……」
「ごめんごめん!」
からからと笑う春葉アトの様子から本当に問題は無さそうだと判断し、ゴブリン達に視線を戻したその時──
「ヴィオレットさん! アトさんは大丈夫……みたいで安心しました!」
「うへぇ……この数を今まで抑えてたのかよ……! 流石に最強と名高いだけはあるな」
「境界も目の前だ! 一気に突破して、上層に向かうぞ!」
「おぉーーーッ!!」
他の前衛ジョブのダイバー達が私に数秒遅れて到着し、境界の部屋のゴブリンの掃討が開始された。
渋谷ダンジョンのロビーでもそうしていたように部屋の隅から包囲し、ゴブリンを境界へと追い込むようにその輪を狭めていく。
見たところゴブリン達の中に特別強い個体が混ざっているという訳でもなさそうだし、ここまで行けばこの部屋の制圧も時間の問題だろう。
掃討が始まって直ぐに後衛担当の魔法系ジョブのダイバー達も駆けつけ、遠距離から援護の攻撃魔法を包囲されているゴブリンの群れに撃ち込んでおり、趨勢は決したと判断して良さそうだ。
そんな中、やがて到着した一人のダイバー──百合原咲が春葉アトの傍に駆け寄り、彼女の身を案じて問いかけた。
「アトちゃん、大丈夫!?」
「咲ちゃん! 見ての通り、ピンピンしてるよ!」
「もう、また無茶ばかりして……! 心配、した……ん──」
「咲ちゃん……? おーい?」
……そこで百合原咲の声が途切れた。
気になって振り返れば、彼女の視線は春葉アトの左脚に注がれているように見える。
顔からは血の気が引いた様子で、春葉アトも不思議そうに彼女の様子を伺っている。
「──百合原さん、一体どうしたんですか?」
傍から見ても尋常ならざる彼女の様子に、思わず駆け寄り何事かと尋ねると……百合原咲は私の声に気付いてもいない様子で、春葉アトの左脚を震える声で指し示し、問いかけた。
「……アトちゃん、その脚……何があったの……?」
「え? あぁ、まぁちょっとゴブリンに噛まれちゃって……って、あれ? これって──」
「──ッ!!」
百合原咲の指摘を受けて春葉アトが指し示した左脚……その大腿部には、ゴブリンの歯型を象るように『黒い傷痕』が痛々しく刻まれていた。




