第134話 渋谷ダンジョンの現状
土曜日の午後一時。
普段であればダンジョンの探索配信を開始するこの時刻、私は珍しく『俺』と共に自宅の中で待機していた。
目の前にはテーブルの上に置かれたノートPC。画面に表示されているのは、今回リモートで会議をする数十名のダイバーと、ダイバー協会の職員と言う顔ぶれだ。
数十名と言う数はゴブリンの規模に対して少なく感じる人数だが、今回の会議には『人数の多いクランの場合、会議に出るのはリーダー一人だけで構わない』と言う事だった為、実際の作戦にはこの数倍以上の人数が集まる物と思われる。
クリムや春葉アト等の見知った顔も居れば、配信越しにしかあった事のない顔も多い。……しかし、一度も名前を聞いた事のないようなダイバーは誰一人としていなかった。
皆が皆、他県に聞こえるような知名度と、それに見合った実力を備えた者ばかり。
下層のゴブリンキング討伐に際して開かれる今回の会議に集められたこのメンバーは、その殆どが翌日の作戦で共に肩を並べて戦う仲間なのだと改めて実感した。
『──そろそろ時間ですね。会議を始めましょう。先ず、この場に集まってくれた皆さんに感謝を。私はダイバー協会の……──いえ、時間も限られている事ですし、自己紹介は割愛しましょう。今回集まっていただいた貴方方についても、その実力から既に顔を見れば誰か一目で解る者が殆どでしょうし、同じく割愛します。ではそう言う訳ですので、早速本題に入りましょう』
挨拶もそこそこに……と言うか、殆どを省略して本題まで一気に流れを飛ばした男性は、今回の会議で進行役を務めるダイバー協会職員だ。
土曜日の昼だと言うのにスーツをキッチリ着こなした彼の顔には、ここ数日慌ただしい日々を送っていた事がうかがえる疲労が滲んでおり、充血気味のその眼には有無を言わせぬ迫力があった。
もっとも、翌日の作戦に関する準備に必要な時間を含めると、こちらに余裕が無いのも事実だ。会議を早く終わらせるに越したことはない。
何せ今回の作戦に参加するのは、渋谷のダイバーだけではないのだから。
『さて、今回の日取りを聞いた際に急な話で驚いた者も多いと思います。そこで、先ずは現在封鎖中の渋谷ダンジョンが今まさにどのような状況に置かれているかを実際に見ていただきたい』
ここで協会職員の操作で、パソコンの画面に一つの映像が表示された。
映し出された光景から、渋谷ダンジョンのロビーに取りつけられた監視カメラの物だろうと言う事が分かるのだが……
(なんだ? ダンジョンの外なのに、随分と緊張してるな……?)
普段とは異なりしんと静まり返ったロビーには、全身を重武装で固めた協会の職員や警備員が待機していた。
彼等の表情から伝わる緊張は尋常ではなく、まるでダンジョンを探索しているダイバーのそれを思わせる。
それに加えて、まだ気になる事はある。
(今は昼間なのに薄暗いと思ったら、シャッターが下りているのか……)
渋谷ダンジョンロビーは壁の三方向がガラス張りになっており、この時間帯は外から差し込む日光でかなり明るい。
だが、今はまるで外界と隔離するかのようにその三方向全てのガラス窓が、シャッターで閉じられていた。
この異様な光景に、隣に座る『俺』も少々困惑しているようだ。その時──
『──ガン! ガン!』
「な、なんだこの音……?」
『き、来た……ッ!』
静かだった映像に、突如として断続的な金属音が響く。
隣で見ていた『俺』の困惑を他所に、映像の職員達は即座に身構え、封鎖中のダンジョンの方へと向き直る。映像越しには分かりにくいが、どうやら音の発生源はそこのようだ。だが、それは……
「ダンジョンを封鎖している金属柱が、微かに震えています。つまり、この音は──」
『ご推察の通り……この音は、ダンジョンの中からゴブリン達が封鎖扉をこじ開けようと暴れる音です』
『っ!』
ロビーに響き渡る音の正体を知ったダイバー達が息を飲む。現在金属柱で上から押さえつけられている分厚い金属扉一枚を挟んだ、そのすぐ先にゴブリンの大軍が控えている。映像で伝わるその事実によって、ロビーに緊張が満ちている理由も直ぐに察するところとなった。
『知っている方も居らっしゃるとは思いますが、あの金属柱はビル全体を貫いている巨大な重しとなっております。強化されているとはいえ、ゴブリンがいくらこじ開けようとドアを叩こうが暫くは開く事はありません。しかし、これは今更言うまでも無い事と思いますが……時間が経つほどゴブリンの数は増え、状況は悪化の一途を辿る事になるでしょう。それに伴いダンジョンに突入するハードルが高くなり、事態の解決は難しくなる……我々の置かれている状況は、これで十分理解していただけたと思います』
映像が閉じられた事で再び見えるようになった面々の表情に、映像を見る前以上の覚悟が滲んでいるのが分かる。
今回の作戦の失敗が何を齎すのか……今となっては、この場にいる誰もが理解していた。
その様子を見た協会職員は満足気に一つ頷き、口を開く。
『改めて明日の作戦の目標を伝えます。今回の一件の原因である下層のゴブリンキングの討伐、これが最終目標です。今回はその為の作戦を共有する場として、この会議の場を設けさせていただきました』
そこまで言いきってから、『失礼』と一言添えて水を口にする職員。
どうやらここからは本格的な作戦の説明になるようだと察したダイバー達が、姿勢を正す。
そして、彼の口からその内容が明かされた。
『前提として……今回皆さまには腕輪の機能を使わず、入り口からダンジョンに突入していただきます。これはダンジョンの内部の状況が分からない為、腕輪の機能でダンジョン内に転送した場合に分断される危険がある為です』
彼のこの説明に異を唱える者は居ない。
ダンジョン再開放日のロビーもそうだが、多くの人で混雑した場所への転送は基本的に危険が生じる。
SFで良くあるような融合事故は、腕輪の機能で転送先の位置が重ならないように転送場所を勝手にずらしてくれる為に発生しないらしいのだが、この機能が原因で転送先がズラされた結果『ダンジョンについた時には四面楚歌』なんて事もあり得るのだ。
職員男性の説明は続く。
『また、ダンジョンの再解放と同時にゴブリンがロビーに溢れる事が想定される為、作戦の第一段階としてロビーに溢れたゴブリンを掃討しながら、戦線をダンジョン内部へ押し戻していただきたい。この作戦に際して作戦参加者の腕輪の機能制限を一時的に緩め、ロビー内でのスキル及び一部魔法の使用を許可する事が協会内会議にて決定されております』
この説明の最後の方で、ダイバーの誰かから安堵のため息が漏れた。
流石に下層に潜れるダイバーと言えど、スキルも無しに実質ミノタウロスと同等以上のゴブリンの群れを押し返すのは厳しいのだ。
『全てのダイバーが突入した後、一時的にダンジョンの入り口を封鎖します。これは別のルートからゴブリンが地上へ溢れて来ない為に必要な事ですので、ご理解ください。危機に陥ったダイバーはいつでも腕輪の機能で撤退出来る為、退路を絶たれるわけではありませんが、再突入に備えてなるべくマーキングの後に撤退してくださると助かります。また、撤退先にはロビーを指定してください。ダンジョン再封鎖後のロビーには協会職員が待機し、一時撤退したダイバー達の回復や補給のサポート等、継続的な支援を致します』
若干早口ながらも聞き取りやすい声で作戦の共有は進む。
作戦の資料として浅層から中層までのダンジョンのマップも画面に表示されており、図解も交えて非常に分かりやすい説明となっていた。
『──このようにダンジョン内では最短ルートで下層を目指し、先ずは下層の入り口となっている洞窟をダイバーの皆さんで押さえていただく……ここを第一目標とします。ここまでで質問はありませんか?』
一息に話し終えた職員がそう尋ねて水を口に含む。
私としては問題ないと考えていた為、様子見していたところ、一人の女性ダイバーが小さく手を挙げる。
『火車ヒナさん、どうぞ』
『はい。ロビーで使用を許可される魔法が一部と言う事ですが、具体的にはどのような魔法を使わせていただけるのでしょうか?』
『主に回復や補助、小規模範囲の攻撃魔法に限定させていただく予定です。こんな状況ではありますが、施設の機能が無事でなければ我々も万全なバックアップが出来なくなってしまいますので……』
質問者の彼女は、京都のダンジョンをメインに活動しているダイバーだったな。
広範囲を焼き払う魔法が得意で、火羅↑age↑とは別の方向性で大暴れする炎魔法使いだ。
確かに彼女が得意とするような魔法をロビー内で使うとなると、室内と言う事もあり大惨事は免れない。この制限は重要だろう。
と言うか、質問の仕方からして許可が出れば撃つつもりだったのだろうかこの女性は……
『……わかりました。そうなると、私の魔法の使用は主にダンジョン突入後になりそうですが、それでもよろしいでしょうか?』
『勿論です。魔法系のジョブの方は魔力のリソース管理等がありますので、戦闘に関しては各自の判断で行っていただいて大丈夫です。……おっと、そうでした。ロビーの戦闘に関してもう一つ。私達が提示したこの条件下の戦闘で、仮に貴方方の攻撃で設備が破壊されたとしても、我々が貴方方ダイバーに責任を追及しない事をここに明言しておきます。……まぁ、一応最低限の配慮はして欲しいですが』
最低限の配慮と言うのはまぁ、徒に被害を広げたりさえしなければ大丈夫だろう。
私もロビーでの戦闘では闇以外のエンチャントを武器に施すのは止めておこう。炎や風は勿論だが、雷はあらゆる物を伝って精密機械を破壊しかねないからな……
『他に質問はありませんか? 大丈夫であれば作戦の共有を続けさせていただきますが……』
彼の確認に誰も手を挙げなかった事を確認した職員は、作戦の続き──下層に到達してからの本格的な動きを説明し始めた。
『問題ないようですね。それでは次に、洞窟の確保が出来た後の話ですが──』
こうして翌日の戦いに向けて作戦を共有する事、約三十分。その後、各自の戦闘スタイルや能力の再確認。それに伴う作戦の微調整や、ロビーで補給したい物資の相談等に約三時間をかけ、残りは必要な物資の準備や移動の時間に充てる事として解散となった。




