第133話 渋谷ダンジョンの異変
「──中層でゴブリンを確認……? しかも、異常に強い上にチーフ同士が抗争せずに徒党を組む……?」
木曜日の午後。私にとっては配信の無い休日……私は普段とは違う大人の女性の姿で渋谷を散策し、時間を潰すついでに日がな一日、映画やゲーセン、スイーツ巡り等を満喫していた。
そして、休憩がてら落ち着いた雰囲気のカフェにてスマホを弄っていた時、そんな情報が私の目に入って来たのだ。
(……これって、渋谷ダンジョンの中層の話なんだよな?)
念の為に投稿された内容をもう一度確認するが、やはり渋谷ダンジョンの話で間違いないようだ。
だがやはり渋谷ダンジョンの中層でゴブリンなど見かけた事のない私としては、この呼びかけの投稿にもまだ半信半疑であり、一応他にも同じような投稿が無いかSNSの情報に目を通す。
しかし、他にも様々なダイバーが各エリアで確認した異常を訴えており、更に画像の添付までされてはどうやらこれが質の悪い冗談ではないのだと信じる他ないようだ。
(こんな情報、昨日の雑談配信では聞かなかった……)
私の雑談配信では、渋谷ダンジョンを探索するダイバーを中心に、ダンジョン探索における悩みを相談される事も多い。
昨日の配信でも何人かの相談に乗って、私なりの解決案や対処法を伝えたばかりだ。
つまり昨日の時点で今回の様な異常事態が発生していたのならば、その時点で誰かから相談されていると考えるのが自然なのだ。しかしそうではなかった事を考えると、この異常事態はまさに今日、初めて確認されたと考えて良い……と思う。
(或いはゴブリンにやられた屈辱から黙っていた人もいるかもしれないけど……)
とにもかくにも今日、渋谷ダンジョンでこの異変は表面化した。
浅層のゴブリンが減り、上層のゴブリンが増え、中層にゴブリンが発生する。そして、いずれのゴブリンも強化されている……全てゴブリン関係とくれば、昨日のゴブリン戦争の決着に今回の異変を結びつける者が現れるのは自然な流れだ。
案の定SNSにもそう言った考察があらゆるところで囁かれており、ゴブリンキングの影響なのではと言う声も多かった。
(ゴブリンキングの影響は本来、他のエリアにまでは届かない筈……だけど、今回の一件は単なる偶然の積み重なりで起きるような現象でもない……か……)
浅層のゴブリンの数が減った事は乱獲されたと考えればまだ辻褄は合うようにも思えるが、異常を訴える声の中には浅層のゴブリンに撤退させられた新人ダイバーの物もある。
強化されたゴブリンを乱獲できるダイバーが浅層に居るとも考えにくいし、ゴブリンチーフが抗争しないと言う情報は決定的だ。
それに、私の脳裏にはある魔物の姿がちらついてならなかった。
(結晶の国のゴブリンキングはともかく、森のゴブリンキングは明らかに見た目も能力も変化していた。以前よりも小柄になり、そして武器や両足に魔法を付与する戦い方……アレではまるで、私を参考にして進化したような……)
……以前にも似た変化をした魔物はいた。
私を倒す為、私を喰う為に、本来の在り方を歪めてでも戦いに特化した姿になったダンジョンワームが。
(──レベルアップ……いや、ゴブリンは捕食するタイプの魔物じゃない。そう言うタイプの魔物はもっと、身体の構造が捕食に適した形になっているものだ。だけど……もし、本当にレベルアップやそれに近い事がゴブリンに起きたとしたら……?)
前回のゴブリンキングの姿に起きた変化の原因が『それ』だと仮定すると、あの時森のゴブリンキングは自分と同格の相手を倒した事になる。
もう一度同じような変化が……進化が奴の身に起きていてもおかしくはない。
(……明後日の探索配信で、少し様子を探ってみる必要があるかもしれないな)
飲み終えたコーヒーを机に置き、会計を済ませた私はとある場所へと向かう。
日も傾き始めて、まさに頃合いだ。今日渋谷へと足を運んだ『本当の目的』を早い内に済ませてしまおう。
渋谷ダンジョン全体に起きた異変は、間違いなく近い内に私の活動にも大きな影響を与えるだろうから。
──そして、翌日の金曜日。事態は私が予想するよりも早く、またしても急変した。
この日の私は渋谷ダンジョンの異変を確認する為、様々なダイバーの配信に目を通していたのだが、その内の一つにて『決定的』と言わざるを得ない瞬間を目撃してしまったのだ。
『いやー……やっと下層の入り口まで来ましたよ!』
彼は高校生の頃からダイバーになり、今までソロ活動でコツコツ実力を伸ばしてきたダイバーだ。
既に直通路がネット上に情報として流れている為か、ここまでの探索は至極順調。異様に強いゴブリンとの戦闘を避けながらも、何とか境界の前に辿り着いていた。
〔ソロでここまで頑張った!〕
〔下層は基本的にパーティー推奨だし今日はここまでかな〕
『ですね。装備も新調したいですし、僕の予定としては……──ん?』
ここまで慎重に探索を進めていた彼はここでも冷静に準備期間を設ける為、一旦探索を中断しようとしたのだが、その時境界の中から一つの影が飛び出した。
〔ゴブリン!?〕
〔白樹装備持ってる!〕
〔これ狩れれば白樹手に入るやん!〕
〔一応イレギュラーケースって言えるのかコレも〕
〔これはラッキー!〕
『いえ、待ってください。何か、まだ……』
いくら強くなっていてもミノタウロスレベル。一体であれば今の彼の敵では無い上、装備の新調を検討しているこの段階で白樹が手に入れば大きい。
周囲に他のゴブリンがいない事もあって浮つくコメント欄だったが、彼は身構えながらも冷静に状況の判断をしていた。
──そして、彼の判断は正しかった。
先程姿を現したゴブリンが呼び水となったかのように、下層に続く境界から次から次にゴブリンが溢れ出したのだ。
『うわわわわっ!?』
〔ちょ!?〕
〔多すぎ!!〕
〔なんだこの数!?〕
〔イレギュラーケースってこんな感じだっけ!?〕
『撤退! 撤退します! ──【ムーブ・オン! ”渋谷ダンジョン”】!』
迅速な判断が功を奏し、彼は危なげなくダンジョンから帰還した。
──しかし、中層にて確認されたこの光景こそが決め手となった。
この数十分後。ダイバー協会の判断の下、渋谷ダンジョンは異常事態発生として封鎖され、探索中の全てのダイバーが強制的にダンジョンを撤退させられた。
そして翌日、ダイバー協会は今回のゴブリンの異常を『下層のゴブリンキングによる侵略行為の前触れであると断定』。森のゴブリンキングが『指定討伐対象』に認定され、渋谷内外問わず、有力なダイバー達に討伐依頼が出る事になったのだった。
「『指定討伐対象』……ダンジョン及び、地上の治安を著しく乱すと判断された極端に危険な魔物ってとこでしょうかね?」
「ああ、大体そんな認識で合ってる。そう言う魔物が確認された場合、国中の強いダイバーに対して今回のような大規模な討伐依頼が出るんだよ」
私のスマホに表示されているのは、『下層の指定討伐対象「ゴブリンキング」に関する緊急依頼』と題された協会からのメール。
そこには討伐作戦の日時が記載されており、どうやらかなりの大人数を集めた総力戦になるようだ。
「作戦開始が日曜日で、その事前の打ち合わせと準備の為に土曜日に一度リモートで会議……ですか。随分と急ですね」
「状況が状況だからな。今は渋谷ダンジョンは緊急事態で封鎖されてるようだし、相当ゴブリンの侵攻ペースが速かったんだろう」
メールの文面を見る限り、どうやら作戦への参加は余程の事情が無ければ強制だと考えても良さそうだ。
どの道ダンジョンが封鎖されたままでは私達ダイバーも探索配信が出来ないし、そう言う意味でも渋谷ダンジョンのダイバーは参加が必須となるだろう。
私は協会からのメールに添付されていたリンクから専用のページに移動し、表示されたフォームにて作戦参加の意思を伝える。
そして、SNSにて土曜日の配信が出来ない事及び、日曜のゴブリンキング討伐作戦に参加する旨の内容を投稿したのだった。




