第132話 風雲急
「──これがダンジョンかぁ……実際に来てみると、かなり暗いんですね。ランプの明かりも結構強い筈なのに……」
ゴブリン達の戦争に決着がついた翌日、渋谷ダンジョンの浅層にて一人のダイバーがデビューした。
今年大学生になった彼はダンジョン探索に関して最低限の知識を身に着けてはいたが、やはり実際に経験するとそのギャップに腰が引けている様子だ。
〔新米ダイバーは皆そんな感想になるらしいね〕
〔配信だとカメラの暗視補正があるからな〕
「いや、これ本当に怖いなぁ……最初はゴブリンとかで慣らすって言うけど、どこから来るのか……」
おっかなびっくり歩を進める彼の耳に、野犬の唸り声の様な物が届く。
カメラもその音をしっかり拾っていたようで、コメント達も直ぐに反応した。
〔この声コボルトか〕
〔ちょっと運が無いな〕
〔ゴブリンよりは強いからな〕
「すぅー……ふぅー……だ、大丈夫。僕も訓練は受けてますからね……不意打ちにさえ気を付ければ、なんてことない筈……ッ! き、来た!」
「ゥオオオォーーーーン!!」
暗闇から飛び掛かるコボルトに素早く反応した新米ダイバーは、振るわれる鍾乳石の槍を盾で受け流し、右手に持った斧の一撃でコボルトを返り討ちにした。
「や、やった!」
〔まだ!〕
〔コボルトは最低二体で来る!〕
「っ、そ、そうでした!」
「ガアァァーーッ!!」
「くぅっ! よ、良し、何とか防げた! これでとどめ!」
間一髪ではあったが鍾乳石の槍を盾で防ぐ事に成功した彼は、訓練の成果もあってかその後は危なげなくコボルトに勝利を収めた。
〔お見事〕
〔ナイス~!〕
〔魔石回収忘れずにね〕
「は、はい。……これで合計500円かぁ。時間に対して高いような、リスクに対して安いような……」
〔浅層はそんなもんよ〕
〔ゴブリンなんか一体200円よ〕
〔上層まで行くと小遣い稼ぎには十分らしい〕
〔旨味が明確に出て来るのは中層から〕
「ですよね……僕も早く、せめて上層まではいかないと!」
学費の足しにする為にダンジョンに潜る事を決意した彼は、その後も浅層の探索を続けていたのだが……
「……なんか、思ったよりゴブリンって少ないんですね。僕の印象だと寧ろ、コボルトよりゴブリンの方が多い印象だったんですけど」
〔確かに少ないよな〕
〔ここまで狩ったの全部コボルトだもんな〕
〔乱獲してるダイバーでもいるのかね?〕
〔そう言えば上層だとゴブリンが増えてるなんて聞いたけど関係あるのかな〕
「上層ですか? ……うーん、まぁ僕としてはコボルトの方が少しとは言え美味しいので良いんですけどね」
〔お、ダンジョンに慣れて来たな〕
〔早めに慣れるのは良い兆候〕
〔実際ゴブリンは外れだしなぁ〕
そんな調子で彼はこの後も浅層の探索を続けたのだった。
──一方その頃、上層にてとあるパーティーが探索配信をしていた。
「リンちゃん、お願い!」
「うん! ──【ファイアーウェーブ】!」
「ギャアァーーッ!」
息の合った連携でブラックウルフの群れを部屋へ誘導し、仲間が攻撃範囲から離れると同時にリンと呼ばれたダイバーの杖から波状の炎が放たれた。
波は部屋の半分を飲み込み、ブラックウルフの群れに大ダメージを与える。そして──
「よっしゃ! こっからあーしの出番!」
「ギャイィン!!」
大盾を前面に構えた騎士の女性ダイバーがタックルを敢行。全身が燃えているブラックウルフ達を壁に纏めて叩きつけ、止めを刺した。
「リンちゃんおつかれ~! シーちゃんも良いタックルだったよ!」
「ううん、セっちんの誘導のおかげだよ」
「そーそー、いっちゃん危ないとこ担当してくれてんだもん。いつもありがとね」
彼女達は同じ大学の同級生で集まった女性ダイバーのパーティーだ。
騎士、斥候、炎魔導士系統のジョブ構成と言う若干偏った編成ながら、優れた連携力を活かしてここまで大きな問題にぶつかる事無くやって来た。
〔¥1,000 おめ~!〕
〔魔力大丈夫?〕
〔疲れてない?〕
〔皆ナイスー!〕
「お、おめあり~!」
「プレチャありがとうございます!」
「魔力や体力の心配をしてくれる人もありがとう。私達はまだまだ大丈夫ですよ~」
女性しかいないパーティーと言う事で心配される事も多いが、なんやかんや言ってダイバーとしてレベルアップを重ねて来た彼女達だ。体力だって非ダイバーの男性より多い。
全然問題ないとアピールし、魔石をしっかり回収した後にも探索は続く。
やがて斥候役であるセっちん──セツナが、ジョブのスキルによって強化された眼でその姿を捉えた。
「ぅわ、この先ゴブリンの群れがいる。しかもかなり群れデカいよ」
「えー……アイツら稼げないしやりたくないなぁ。スルーしない?」
「私も賛成。魔力も節約したいし」
大きな群れともなれば、炎の魔法を使わされる事は必至だ。探索を効率良く続ける為にも、ここで無駄遣いはしたくない。そう判断した彼女達は一つ前の分岐路まで戻るが──
「ちょ、待って。向こうもゴブリンの群れ。それもまたデカいやつ」
「またぁ……? うーん……避けらんない感じかぁ」
「運が悪いねー……」
結局もう一つの通路の先からもゴブリン達の気配が感じられると言うセツナの一言で、ゴブリンの討伐を余儀なくされたパーティー。
辟易とする彼女達に、リスナーがコメントでアドバイスを送った。
〔二つの群れ衝突させれば少しは美味しいかも?〕
〔ゴブリンチーフは互いを認識すると抗争を始めるからな〕
「あ~、どのみち魔法使うなら多く倒した方が得か」
「セツナちゃん、大丈夫そう?」
「無理はしなくていいからね、セっちん」
「んー……ま、大丈夫っしょ。ゴブリンだし、ブラックウルフに比べりゃよゆーよゆー」
そう言ってセツナは軽い打ち合わせをした後、奥の通路に素早く駆けて行きゴブリンの群れを挑発。続いて全力で引き返し、もう片方の通路の先に居るゴブリンにも大声で存在をアピールした。
「来いよゴブリーン! 知能なんか捨ててかかって来ぉーーい!!」
〔コ○ンドーで草〕
〔ヤローオブクラッシャーーーー!〕
〔ネタ古いw〕
「え、何が?」
〔知らなかったのねw〕
〔偶然って怖いw〕
コメントのノリに疑問符を浮かべながらも、彼女の動きに迷いはない。
二つの群れを引き付ける事に成功した彼女は、そのまま二人の仲間の待つ分岐路までゴブリンの注意を引きながら誘導し……そして計画通り、二つの群れを率いるゴブリンチーフ達は互いの存在を認識した。
(良し、成功!)
「リンちゃん、アイツらが抗争している隙に──」
「待ってセっちん! 何か変だよ!」
「えっ?」
シーちゃん──シーリスの呼びかけに視線だけで振り返ると、そこには抗争を始めるどころか、彼女の追跡を止めない二つの群れ……いや、一つの大群が完成していた。
「──はぁっ!? ちょ、この数はヤバくない!?」
「に、逃げよう! 二人とも!」
「うん! セっちん、速くこっち来て!」
「あたしは大丈夫! スキルで直ぐ追いつく! けど……話が違うって皆ぁ!!」
コメントに文句を言いながらも軽快なフットワークで逃げるセツナ。
一方で文句を言われたリスナー達も、この現状に困惑していた。
〔何で!?〕
〔これおかしいぞ!?〕
〔普通は争う〕
〔コレ上位種湧いてる?〕
〔イレギュラーケース!?〕
〔イレギュラーケースは一つ先のエリアの魔物が境界を越えて来る事。でも中層にはゴブリン系の魔物はいない筈なんだけどな……〕
彼女が見たところ、彼等の困惑は情報が間違っていた良い訳には思えず、セツナは一つの可能性に思い至る。
(え、何? もしかして、今この渋谷ダンジョンで何か変な事が起きてるって事……?)
──同時刻、中層にて。
「く──っ、舐めんなよ、ゴブリン風情が!」
「──【ハードスラッシュ】! 気を付けろ、妙に強いぞこいつ等!」
「解ってる! 数も多いし、どうなってんだ!?」
〔中層だよなここ?〕
〔しかもゴブリンチーフが協力関係って事は上位種の傘下って事?〕
〔ちょっと情報調べて来るわ。絶対おかしい〕
これまで確認されていなかったゴブリン達に、中層ダイバーが苦戦を強いられていた。
と言うのも、彼等が相手している群れにはゴブリンチーフが複数体居る事に加え、ただのゴブリンまでもがミノタウロスの様なタフさと膂力を獲得していたからだ。
だが、こう言った想定外にも即座に対応して来た彼等のパーティーは、この状況に対しても最適解を導き出し、対処していく。
「シールドバッシュだ! こいつ等、ミノタウロスと違って軽い! 多い分は吹っ飛ばして、各個撃破を狙え!」
「おう! 壁を背にするのも忘れんなよ!」
「中層ダイバー舐めんなァ!!」
〔この対応力流石ガントニキだわ〕
〔比較対象がミノタウロスになるゴブリンって何…?〕
〔そんだけパワーがあるって事なんだろうけど…どういうことだよマジで〕
約十分後。何とか数十体のゴブリン達全てを返り討ちにした彼等だったが、最後に残った三体のゴブリンチーフには特に苦戦を強いられた。
「はぁ……はぁ……」
「なぁ、ガント……今のって本当にチーフだったよな……?」
「その筈だが……明らかにミノタウロスよりも強かった……」
「ゴブリンチーフってあんなに強い魔物だったか? そんな訳ないよな……?」
「あり得ねぇだろ……見ろよ、あいつの攻撃受け止めた盾。凹んでる……」
〔ひぇっ〕
〔これちょっと上層のダイバーに伝えないとマズくないか?〕
〔上層のチーフもこんな事になってんの!?〕
〔下手したら死人出るぞ〕
〔協会に報告して来たけどいつ見て貰えるか…〕
中層の地面に座り込み呼吸を整えるダイバー達。
重騎士のジョブを持つ仲間の盾にくっきりと浮かぶ『拳の痕』を見た彼等の判断は早かった。
「……撤退だ。ゴブリン相手に撤退させられるのは不本意だが、明らかに何かが起きている」
「賛成だ。今の一戦でこの盾、かなりガタが来てる。次同じ事があったら最後まで持たん」
「そう言う訳で悪いなリスナーの皆。俺達は今日はここまでにする。出来れば今回の異常をSNSで拡散してくれると嬉しい」
「あっ、絶対にゴブリンの強さがおかしい事も書けよ!? ただのゴブリンにやられたなんて風評被害も良いとこだからな!?」
〔解ってるってw〕
〔とりあえず凹んだ盾のスクショ欲しい。拡散に使いたい〕
「っと、そうだな。ホラ見ろよここ……これゴブリンチーフの拳の痕なんだぜ?」
〔これはマジで緊急事態〕
〔そもそも中層にゴブリンがいる時点でおかしいんだよな…〕
〔なんだって急にこんな事に…〕
渋谷ダンジョンの各エリアで次々に確認された異常事態の情報は忽ちSNSで広く拡散、共有され、それは多くのダイバーが目にする事になった。




