第131話 新生
『行くぞーーー!!』
『ぶっ殺せェーーー!!』
『森に近付けるなァーーー!!』
森のゴブリン達が荒野に姿を現した直後、両軍は雄たけびを上げて激突した。
ゴブリンの頭数による戦力差は歴然であるものの、白樹の武器を持つ森のゴブリン達は一撃で敵のゴブリンを葬れるアドバンテージがあり、また要塞から絶えず放たれる矢の斉射の援護も味方して敵の侵攻を最前線で食い止める事に成功していた。
しかし、その拮抗も数分の後に破られる。
敵のゴブリンの中に、ちらほらと白樹の武器を持つ個体が現れ始めたからだ。
それは以前、森のゴブリンキングが結晶の国の大釜を破壊する為に差し向けたゴブリン達の武器だった。
『ぎゃあぁぁーーッ!』
『ヤバい! 武器が奪われ……ぐああーーーーッ!!』
一体森のゴブリンが倒される毎に、敵のゴブリンは一つ白樹の武器を獲得し、戦局は不利に傾いていく。
矢の斉射は止まる事が無いとはいえ、ここに来て単純な数の暴力が戦線を徐々に……しかし確実に森の方へ押し込んでいく。
森からも倒されたゴブリン達の代わりに追加の戦力が投入され、チーフやコマンダー、果てはジェネラルまでもが最前線に乗り込んだ。
だが、結晶の国からも同格のゴブリンが現れ、一度傾いた盤面を立て直すには至らない。
『マズいぞ……このままでは……!』
森のゴブリンジェネラルの一体の口から弱音が零れたその時、敵の軍の中心付近に上空より飛来した小さな影が視界に入る。
小さな影と言っても、ゴブリン以上の大きさはある。背後の味方から放たれた矢の類ではない。
影の正体を見極めようと目を向けた瞬間、その影を中心に発生した竜巻が敵のゴブリン達を蹂躙した。
『お、王……!』
『王だ!』
『我らの王が来た!!』
喝采に湧く森のゴブリン達。
その声に応えるかのように、竜巻を裂いて現れた一つの小柄な人影こそ、森のゴブリンキングが祭器の力で生まれ変わった姿だった。
彼の体躯は変化前よりも全体的に小柄になっていたが、全身に充満した魔力と覇気は以前よりも遥かに洗練されていた。
加えて、彼は大釜より一振りの武器を授かっていた。
王が掲げるに相応しい風格を放つ、華美な装飾と恐ろしく鋭い刃を持つ細剣が。
『やれ、やれェーーー!』
『王を討てェーーー!!』
結晶の国のゴブリン達は自分達の軍の中心に現れた王を討つべく、一斉に飛びかかる。
しかし森のゴブリンキングが手に持った細剣に手を添え、呪文を唱えると戦局は一気に覆された。
『我が意に沿いて、刃に宿れ──紅き猛火よ!』
影が掲げた細剣に炎が纏わり付き、襲い来る敵の群れを両断する。
それはまさに、かつて彼自身が戦ったオーマ=ヴィオレットの力そのものだった。
◇
「な──ッ!?」
配信の映像に映し出された戦いを見て、私は思わず息を飲む。
森の中心付近から上空へと飛び出し、戦場に降り立ったゴブリンキングらしき個体が使う武器が、魔法が、技が、私の戦い方と酷似していたからだ。
〔!?〕
〔エンチャント!?〕
〔ビビった…一瞬ヴィオレットちゃんかと思った〕
〔でもエンチャントとレイピアって言ったら…〕
〔ヴィオレットちゃんはゴリラじゃなくてゴブリンだった…?〕
コメントも動揺しており、あろう事か私=ゴブリンキング説まで飛び出す始末。
(その説だけはやめろ! 魔族バレよりヒドイじゃないか!!)
しかし今は水曜日の昼間。学校に行っている体の私は、彼等に異議のコメントの一つも送れない。
嘗てないもどかしさを抱えながらゴブリンの戦争の行く末を見守っていると、両足に直接風属性のエンチャントを施したゴブリンキングは、低空を縦横無尽に跳び回りながら敵のゴブリンをチーフ、コマンダー、ジェネラル問わず、一太刀の下に葬り去って行く。
たった一体が大暴れするだけで敵の戦意が戦力と共にどんどん削ぎ落されていく様はまさに圧巻の一言で、この戦争の中心が彼である事は一目瞭然だった。
〔森のゴブリン達完全に勢いを取り戻したな〕
〔と言うか結晶側のゴブリンの勢いが完全に死んだ〕
〔パニック起きてて草〕
〔戦線がどんどん上がって行く……〕
これがゴブリンキングとそれ以外の格の差と言う奴なのだろう。雑兵では傷の一つも与えられない事を理解したのか、結晶の国を治めるゴブリンキングがその巨体でもって森の国のゴブリンキングの前に立ちはだかった。
〔これ本当に同じゴブリンキングなのか…?〕
〔体格全然違うって言うか、森の奴は完全に見た目変わってるよな?〕
〔並べて見るとホント子供と大人の体格差だよな〕
向かい合う二体のゴブリンキング……ややこしいので、仮に『森の王』『晶窟の王』と呼称しよう。
両者の体格差は言うまでも無く、手に持つ武器さえも彼等は大きく異なっていた。
晶窟の王は森に進行する途中で入手したのだろう、白樹の丸太そのままのような巨大な棍棒を豪快に振り回し、森の王を近付けさせまいとする。
しかし森の王は小柄故の身軽さと両足に纏わせた風を使う事で、空中を素早く、且つ自在に動く事が出来る。
初めて見るであろうその動きを晶窟の王は捉える事が出来ず、ついに森の王は棍棒の攻撃と攻撃の合間を掻い潜り、容易くその懐に潜り込んだ。
『──ッ!』
だが、炎を纏うレイピアが晶窟の王の巨体へと突き込まれる寸前、森の王の足元の地面が一瞬にて赤熱する。
咄嗟に空中へと跳躍した彼を追うように伸びる火柱を、足に纏わせた風を叩きつける事で弾いた森の王は、そのまま背後を狙って空中を飛び回るが……
『「風よ集え 逆巻き うねり 数多を蹴散らせ ──空の乱渦」!』
晶窟の王が上空へ向けて放った竜巻の魔法が、森の王が空中を飛び回る際の風の流れを掻き乱すと、その小さな身体は忽ち風の渦に巻き込まれ、吹っ飛ばされた。
外見はパワーファイターに見える晶窟の王も、やはりゴブリンキングである以上は魔法の扱いにも長けているようだ。
本能か知性か……私も良く使う風の空中機動の弱点を、こんな短時間で見抜いてしまった。
〔森のゴブリンキング吹っ飛んだ!〕
〔これ決まったか!?〕
しかし森の王も外見こそ小柄だが、ゴブリンキングが更に強化された個体である事に違いは無い。
当然のように戦線に復帰し、今度は吹き飛ばされないよう地上に降り立ち、再び晶窟の王へ向かって疾駆する。
その途中に立ちはだかる晶窟のゴブリン達は鎧袖一触で塵と化し、彼の脚をほんの一瞬も止める事は出来ない。
忽ち彼の進路からゴブリン達が逃げ出し、割れた一本道にて再び相対する二体の王。
晶窟の王が持っていた丸太を森の王へと投げつければ、森の王はそれを一刀の下に斬り捨てる。
無手となった事で却って手数を増した晶窟の王は地面に叩きつけた拳から魔法を発動し、隆起した地面が森の王の脚を僅かに止める。
追撃に魔法を放とうと手を森の王へ翳した晶窟の王だったが、その瞬間彼の周囲に無数の長大な氷柱が生み出され、その先端を晶窟の王へと向けていた。
『ッ! 「──炎よ、舞え」ッ!』
簡易的な炎の魔法で氷柱を溶かそうとするが、これは森の王が魔法で作り出した物。普通の氷のように簡単には溶けない。
咄嗟に発動できる程度の魔法では森の王の魔法を防ぐ事は出来ず、その身に無数の氷柱が突き立つ。
『グギッ……!?』
その内の一本──特に鋭く長い氷柱が晶窟の王の脚を貫き、まるで杭のように深々と地面に縫い付けていた。
『ガアァァァッ!』
即座に有り余る膂力で強引に氷柱を砕き、身動きが出来るようにはしたものの、既に森の王は再びレイピアを晶窟の王へ向けている。
『「──盾よ」!』
魔法で生み出した小さな盾でレイピアの突きを受け流そうとした晶窟の王だったが、その行動は読まれていたらしい。
次の瞬間、森の王は晶窟の王の無防備な背中に狙いをつけていた。
『オオオォォオォォッ!!!』
『ア……ッ、グアアアァァーーーッ!!』
〔動きはっや…〕
〔俯瞰視点なのに目で追えなかった〕
〔流石に終わったなこれは〕
森の王のレイピアが鋭く閃き、その先端が晶窟の王の胸板を裂いて飛び出すと、まるで決着を告げるようにレイピアが纏っていた炎が激しく燃え上がり、火柱となってその姿を紅く照らし出した。
莫大な魔力が込められた一突き。それだけではギリギリ姿を保っていた晶窟の王だったが、背中から胸板を貫いていたレイピアを森の王が一閃。
切っ先が鎖骨を裂き、首を上り、頭を越えて王冠の様な角を切り裂いた事で今度こそ完全に致命傷を負う。
その姿が忽ち崩れ去ると、煤のように黒い塵の中からゴトリと巨大な魔石が彼の前に転がり出でた。
『ゥオオオオォォォォーーーーーーッ!!』
レイピアを頭上に掲げ、雄たけびを上げる森の王。
その姿に森のゴブリン達からは喝采と勝鬨の声が上がり、晶窟の王に付き従っていたゴブリン達は新たな主の雄姿の前に膝を着き、忠誠を誓った。
自分達の王が敗れた途端、仇とも呼べる相手に即座に鞍替えする姿は一見薄情にも見えるが、これがゴブリンと言う種族の性質だ。
上位種の存在に逆らう事の出来ない、絶対的な上下関係……つまりこの瞬間、晶窟の王が率いていた大軍勢は、その規模がそのまま森の王の配下となったと言う事だ。
〔この数もう森に入りきらないだろ…〕
〔どうするんだこんな数〕
〔これで三国統一かぁ…〕
〔↑いや、何か未発見のまま潰された国がもう一つあったから合計4国〕
〔そう言えばあったな。ヴィオレットちゃんが森のキング見つけた時に戦ってた相手の国だっけ〕
〔そうそう。それで──〕
『や~……良い物見れましたね! 正直もっと長丁場になる事も覚悟してたので、こんなに早く決着がついたのは意外でしたが……それでもこれは貴重な映像となった事でしょう!』
〔まぁ確かに決着は早かったな〕
〔いうてもう2時間近くは経ってるぞ〕
〔ホントだもう4時だ〕
目に入ったコメントに釣られてスマホの時刻表示を見てみれば、確かに現在時刻は16時を十分程回っていた。
(もうこんなに時間が経ってたのか。雑談配信の内容を考える時間も欲しいし、そろそろ準備を始めようかな……)
見ていた動画アプリを閉じて、スマホのメモにトーク内容の案をまとめていく。
やはり今回の配信でメインとなる話題は、今も見ていたゴブリン戦争の終結だろう。
下層にはまだゴブリンキングがいるかもしれないが、何はともあれ今回の一件で確認されていた分のゴブリンの国は一つに統一された。
これによって今まで中々近づけなかった場所の探索も容易になり、未踏だった下層の情報がSNSにも流れる事だろう。
「あとはゴブリンキングは国の存在を脅かすようなものが無ければ国に引きこもるでしょうし、暫くは平和になりそうですね」
こうして下層の覇権を巡るゴブリン達の戦争は、幕を閉じたのだった。
◇
──ゴブリン達の戦争が終結して直ぐの事。
『王! ここでよろしいでしょうか!』
『うむ。宮殿より祭器の方を運んでくる故、貴様等はここで暫し待て』
『はっ!』
『貴様は民を集めよ。此度の儀式は我がこの地の覇権を握った事を示す特別な物だ。民総出で祝え』
『ははぁっ!』
森の木々の中でも特に大きな樹冠に覆われた森の国の中枢広場にて、部下に指示を出した森の王は白い宮殿の中に姿を消し……やがて身の丈の数倍にもなる祭器を手に、再び広場に姿を現した。
『王! 王! 王!』
『我らの真の王に忠誠を!』
『王! 王! 王!』
『王! 王! 王!』
広場に満ちるだけでは飽き足らず、周囲の木々や国の外の地面さえ埋め尽くす民達の歓声に片手を上げて応えた森の王。
彼は魔法で作り出した台座に祭器を乗せて安定させると、その上に晶窟の王の魔石を乗せて高らかに叫ぶ。
『偉大なる我らが王の名の下に、小さき命の欠片達をここに捧げまする。大いなる意思の一部となれるよう、どうかお受け取り下さい!』
数日前、結晶の国の最奥で行われたのと同じように、祭器が巨大な魔石を取り込んでいく。
そしてその全てが祭器の底に溶けて消えた後、森の王はその中に足を踏み入れ──
『捧げられし命の欠片よ、契約に従い今こそ器に満ち、我が身にその力を宿したまえ!』
晶窟の王の力をその身に吸収していく。
祭器を満たした液体に満ちる濃密な魔力が全身に染み渡り、今以上の力が溢れ出す。
今の姿と力を得た時に感じた全能感も、晶窟の王に止めを刺した時の興奮も、それがただの通過点だったのだと言う実感が心の底から湧き上がる。
体に流れ込む魔力の本流は収まらず、至福の時間が永遠になったと錯覚した森の王がふと気付くと──
『……おぉ……』
いつの間にか儀式は完了していた。
祭器の底で自らの手を見つめる。今回の儀式にて、どうやら彼の姿に大きな変化は起こらなかったようだ。
しかし、そこから感じる力は最早、ゴブリンキングと言う種の区分すらも超越していた。
『……これが、これこそが天上の力……ッ!』
歓喜に打ち震え、拳を握る。
自然と溢れ出した魔力が光を屈折させ、陽炎のように可視化された。
『ハ、ハハハハハハハッ! ハハハハハハハハハハハッ!!!』
祭器の底より、森全体に笑い声が木霊する。
今ここに、ゴブリンキングと言う枠さえも超えた新たな魔物が誕生した。
(素晴らしい……まさに至高の力だ……! だが──)
一頻り笑った後、彼はふと気づく。
(もはやここに敵はいない。ゴブリンと言う種は既に我が統一した。折角得たこの力も、振るう相手がいなければ……──いや)
歓喜の反動が来たかのように、手にした力が無駄となる虚無感に一瞬飲まれかけ……ふと思い出す。
以前この国に喧嘩を売り、未だに決着のついていない敵の存在を。
自身が進化の方向性として、強さの指標として思い描いた『黒き角を持つ敵』の姿を。
(……決めたぞ。次は貴様が示したこの力で貴様を倒し、我こそが至高の存在だと『角持たぬ種』共にも知らしめようぞ!)
下層を統べた覇王の敵意が、次の標的を定めた瞬間だった。




