第123話 春葉アトの復帰配信②
時刻は16時半を少し回った頃。
スマホで春葉アトの配信を見続けていた私は、今まさに下層で繰り広げられている予想以上の光景に目を見開いていた。
「──まさか、これほどとは……!」
春葉アトの指示によりラウンズのメンバーが下層から撤退し、現在の配信画面には春葉アトとチヨの一対一の戦いが映し出されている。
春葉アトの全身にはスキル【聖痕】により茨のような紋様が光となって現れており、彼女が激しく動く毎に紋様の茨から舞う光の粒子が美しく尾を引く。
しかし、それ以上に目を引くのが二人の激闘だ。
一つの攻撃が次の攻撃に繋がり、流れるような連撃が戦局を傾けたかと思えば、僅かな隙に差し込まれたカウンターを起点に一気に盤面を覆されるようなシーソーゲームが決着も付かぬまま繰り広げられ続けている。
その配信に流れるコメントもまた驚愕と興奮に湧きたっており、SNSの口コミもあってか平日にも関わらず同接数が凄まじい勢いで上昇している。
いや、興奮しているのはリスナー達だけではない。今まさに配信主である春葉アトと激闘を繰り広げているチヨもまた、その喜びを隠そうともせずに頬を紅潮させていた。
『あははっ! 凄い! 凄いよ! まさかあの子以外にも、こんな人間がいたなんて!』
『あたしこそ、ちょっと驚いたよ……! まさかあたしの目測を超える相手が、あの子以外にも居たなんてね……!』
チヨの腕が鋭い突きを放てば、春葉アトの斧槍がそれをいなす。
反撃の一閃をチヨは上体を逸らす事で躱し、更に無茶な姿勢からカウンターの蹴りを見舞う。
しかしその蹴りも春葉アトが距離を詰め、斧槍を捻る事で差し込んだ柄によって阻まれる。
そのままタックルをかましてチヨを吹っ飛ばした春葉アトが、追撃として繰り出した横薙ぎの一撃を、チヨは先程の意趣返しとでも言うように距離を詰め、振るわれた斧槍の下を潜り抜けて肉薄。柔軟にしなる尻尾が、鞭のように春葉アトの甲冑に叩きつけられ、そのパワーで春葉アトを二歩、三歩と後退させた。
更に接近時に付けた勢いを殺さぬまま両手を地に着け、逆立ちのような姿勢からカポエイラのような蹴りの追撃。
しかしその攻撃に合わせて春葉アトが発動したスキル【ウェポン・ガード】によるノックバックが、逆にチヨの身体を吹っ飛ばして戦局をリセット。ここに来て漸く二人の距離が開き、僅かな静寂が訪れた。
……まさに、互いに一歩も引かない接戦だ。
配信直後は僅かに感じさせていたブランクは既に解消され、寧ろここに来て彼女の動きは更に洗練されて来ていた。
彼女はその尋常でない観察眼でこの戦いの駆け引きの全てを経験値として取り込む事で、今まさにリアルタイムで成長しているのだ。
(これが復讐と言う枷が外れた春葉アトか……)
悪魔を前に引かないどころか、寧ろ優勢に立つ事もある程の実力。
……だからこそ、惜しい。そんな感情が湧き上がって来て仕方がない。きっとチヨも同じ気持ちだろう。何せ──
『本当に残念だよ、アトちゃん。こんなに楽しい時間が、もう終わっちゃうなんて……』
『──く……!』
まるでチヨの言葉が合図だったかのように、春葉アトの全身を覆っていた茨のような模様がフッと消える。
彼女が戦闘の途中から発動していたスキル……【聖痕】の効果が切れたのだ。
こうなってしまえば流石に状況を覆す事は難しい。【ノブレス・オブリージュ】が使えれば違ったかもしれないが、かと言ってそれでチヨを倒し切れるかと言われると……多分難しいだろう。
春葉アトは実力では決してチヨに見劣りしていない。寧ろ、近接戦闘の実力に関して言えば、彼女の方が上だ。だけど……
(今回チヨは飛行と魔法を封じていた……)
恐らくは彼女自身が楽しみたいが為に。
地上での近接戦に限って言えば、恐らく今のがチヨの全力なのだろう。だが、いざとなれば魔法による遠距離攻撃や飛行による絶対的なアドバンテージが確保できるチヨに、春葉アトのリーチでは届かないのだ。
『でも楽しかったよ! あの茨の魔法みたいな奴を使ってからは特にね! また貴女とは戦いたいな!』
『あはは……あたしとしては、せめてもう少し鍛えてからにして欲しいかなぁ~』
『ん~……じゃあ今度から貴女も私が鍛えてあげよう! クリムちゃんみたいに! 楽しみにしててねーーー!!』
『……はぁ……』
と、まぁ最後は私を含む大半のリスナーの想像通り目を付けられた春葉アトは、戦う前より元気になったチヨが飛び去るのを見送ると、戦いの疲労とは別の理由で疲れたような表情でため息を吐いたのだった。
◇
「──お疲れさま、アトちゃん」
「あー……うん。流石にちょっと疲れちゃったかなぁ……」
「凄かったよリーダー!」
「流石先輩ッス!」
決着がついたのを配信で見届けたのだろう、次々にラウンズの仲間が下層に戻って来て私を労ってくれた。
「下層の探索を再開する前に、少し体を休めていきましょう。その間の魔物は私達で相手をしますから」
「ありがと。じゃあ、せっかくだからお願いしよっかな」
と、そう申し出てくれた彼女達の厚意に甘える事にして、私は丁度良い大きさの岩に腰掛け、周囲を見張るラウンズメンバーの背中を見つめる。
こうしてみると、本当に皆頼もしくなったものだと思う。
私が謹慎する前のラウンズとはちょっと雰囲気は変わってしまったけど、それぞれの推しの為に下層の魔物を蹂躙する姿から彼女達の根幹は変わっていないのだと解っているから、こんなあり方もまぁ良いかと受け入れられた。
「……」
そんな中、百合原咲が自分の槍を握る手に、悔しさが滲んだように力を込めていたのが妙に気になっていた。
「──じゃあ今日の探索はここまで! 噂の白樹も結構取れたし、明日は早速装備の新調が出来るか確認しようと思います!」
チヨとの戦闘後、探索は順調に進んだ。
いい具合に白樹が並んだ木立も見つけられたし、探索の舞台が下層になると言う事でハルバートから全身甲冑まで全部の装備を新調しようと思っていた私的には満足いく探索だった。
そして探索終了の時刻となり、安全なロビーに戻っての挨拶で配信の締めくくりの時間。
〔お疲れ!〕
〔久しぶりにラウンズネキの探索配信見れて良かった!〕
〔アトサキコンビが見られて感無量〕
〔今後ってアトちゃんの探索配信はどうするの?〕
「今後かぁ……確かに謹慎前はあんまり探索の様子を配信しなくなってたもんね。だけどこれからは探索も配信していくつもりだよ! その分雑談とかゲーム系の配信は減っちゃうけど、許してね!」
あの時期の私って色々あって復讐心とか警戒心の塊だったからなぁ……もしかしたらリスナーに残念な思いをさせていたのかもしれない。
だけどその原因だったエンドも捕まり、胸のもやもやもヴィオレットちゃんのおかげで晴れた今となっては何の問題も無い。
寧ろ下層の情報交換の為にも探索の様子は広く共有するべきだし、復帰を切っ掛けに心機一転と言うのも悪くない。
〔全然いいよ!〕
〔アトちゃんのやりたいようにするべき〕
〔と言うか謹慎中のゲーム配信なんて寧ろ下手なライバーよりやってたからなw〕
〔多すぎなんよw〕
〔なお全部ラウンズ・サーガ派生ゲーw〕
「ちょっと、なにさ! ラウンズ・サーガ派生系は良ゲー多いんだぞ!?」
ラウンズゲー配信ばっかで何が悪いのか、と、冗談交じりに嚙みついてみれば、コメントも楽しそうに応えてくれる。
〔知ってるw〕
〔俺もラウンズ・タクティクス始めたよ~〕
「おお! 『円タク』かぁ~良いよね……もっかい配信しようかなぁ」
〔謹慎中にもう三周しただろうが!〕
〔確かに「アトちゃんのやりたいようにするべき」とは言ったけどwww〕
〔円タクは面白いけど一人用だから参加型できないのが残念〕
〔ゲーム配信減らすって言った傍からw〕
まぁ、流石に半分冗談だけど。
ただ、流石に大学で単位も取らないとだし、一応今年で卒業だしなぁ……サークルの引継ぎとかもあるし、前ほど探索は出来ないかもしれない。
「──アトちゃん、そろそろ配信の締めをお願い」
「っと、そうだね。えっと……どこまで話したっけ?」
「今後はアト先輩の探索配信もやって行くってとこッス!」
「ありがと。じゃあ、それ以外のお知らせも多分無いし、終わろっか! いつまでもロビーの一角占拠してたら悪いしね~」
私がそう言って目配せすると、今回の参加メンバーが周りに集まって一斉にカメラの方を向く。
今からやるのは、ラウンズがクラン内コラボで集まった際の恒例行事。それぞれの信念の元、より多くの声を味方につける為の重要な儀式だ。
「それじゃあ、今回は一番右端のローズちゃんから! せーのッ──」
「ランスロットさんを──」
「トリスタン様を──」
「ガラハッドきゅんを──」
「ガウェイン様を──」
「パーシヴァル先輩を──」
「「「「「推せ!!!!!」」」」ッス!」
「ありがとうございました~!」
〔圧www〕
〔ロビーの皆ビクッてしてて草〕
〔そして表示される推しアンケートw〕
〔やっぱこれだね〕
最後のはそれぞれのラウンズ・サーガの推し騎士の名前です




