第122話 春葉アトの復帰配信①
『あたしはッ! 帰って来たあぁぁぁーーーーッ!!』
〔開幕からうるせぇ!w〕
〔第一声それなんかw〕
〔おかえりいいいいいいいいいいい!!!〕
〔草〕
〔俺達も!待っていたーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!〕
〔探索が久しぶりなだけで配信はいつもやってたやろがい!w〕
金曜日の午後1時。
多くのファンが待ちに待っていたであろう、春葉アトの復帰配信が始まった。
大半の社会人や学生が見られない時間帯にも拘らず、この配信の同接数は開幕から十万人を超えており、彼女のファンの多さが窺い知れる。
(まぁ、私も彼女の復帰を楽しみにしていた一人なんだけど)
表向き中高生の年齢として通している私は彼女の復帰をコメントで祝う訳にはいかないが、心の内でエールを送る。
因みに前回の雑談配信で高野恋から伝えられていたように、今回の配信はクラン『ラウンズ』の内タイミングが合った数名を含むクラン内コラボ配信だ。
そのメンバーは──
『もう。先ずは挨拶でしょ、アトちゃん』
『あはは……ゴメンね咲ちゃん。ついテンション上がっちゃって……』
〔アトサキコンビ復活だ!〕
〔二人揃ったこの頼もしさも懐かしい…〕
〔謹慎前でもアトちゃんは探索配信中々やらなくなってたからなぁ…古参勢として感慨深い〕
先ずクランのサブリーダーであり、春葉アトと共にクランを創設した百合原咲。
彼女は過去パラディンに覚醒する前の春葉アトと良く一緒にダンジョンに潜って配信しており、当時はクラン内でも特に仲の良かった相棒としてファンから親しまれていたようだ。
春葉アトが一人パラディンになり、有名になり過ぎてしまった事で起きた様々なトラブル……その末に先ず百合原咲がラウンズを抜ける事になり、それが原因だったのか春葉アトも探索配信をあまりしなくなった。
それがこうして再び同じ配信で、それもダンジョン内で復活した事に喜ぶファンも多いようだ。
『おかえりなさいッス、先輩! 今日は胸を借りるつもりで頑張るッス!』
『恋……あんた今回の趣旨解ってる?』
『一応今日は私達が先輩のサポートする側なんだけどな~……』
勿論、私の雑談配信で今回の一件について教えてくれた高野恋も参加している。
春葉アト、百合原咲と年齢が同じ彼女も大学生であり、比較的無理なく時間が取れたのだろう。
……と言うか、雑談配信のコメントでは『あたし達がサポートする予定ッス!』と言っていたのに、もう忘れているのだろうか。……いや、もしかするとこういうキャラ付けなのかもしれないが。
そんな彼女にツッコミを入れている二人は彼女がクラン内で築いた友人であり、二人とも彼女より少し年上の社会人ダイバーだ。
詳しい事情は公開されていないが二人ともサービス業に努めているらしく、休日が一般的なオフィスワーカーとはずれている為、普段から平日の配信がメインと言う事もあり今回の配信に参加できたのだろう。
『今回はこの五人で探索して行くよ! とりあえず最初は下層を目指しながら慣らしていこうかな~。皆、今日はよろしくね!』
『ええ』
『ハイっス!』
『はい!』
『はーい』
〔よろしく!〕
〔この光景をまた見られるなんて…〕
〔↑大げさやろw〕
そんなこんなで中層から始まった復帰配信。
当然ながら中層の魔物では彼女達の歩みを止められる筈も無く、すっかり道順も知られている事もありサクサクと迷う事無く下層の入り口である境界まで到達した。
『どう? アトちゃん。感覚は戻った?』
『ん~……まだちょっと鈍いかなぁ。やっぱりこの辺じゃあもう何の足しにもならないや』
確認する百合原咲に、肩を軽く回しながら答える春葉アト。
ここまでの短い時間でも分かったが、半年と言う長いブランクはやはり彼女の動きを若干鈍らせていた。ハルバートの動きにあの日程の冴えが無く、攻撃から次の攻撃への繋ぎも微妙なぎこちなさが出てしまっている。
中層で戦う程度であれば気にもならないごく僅かな誤差ではあるが、その僅かな誤差が本人にとっては如何ともしがたい違和感なのだろう。彼女の表情も渋い。
〔えぇ…?〕
〔言われてみればそうだったような…?〕
〔俺には分からん……〕
〔やっぱりちょっと動きがアレだよねー(棒〕
〔¥1,500 ノブレス・オブリージュとスティグマ見たい〕
『ん? あ、プレチャありがとね~! うーん……だけどゴメンね。その要望に今は答えられないかなぁ……』
〔なんで?〕
〔○○使っては探索配信ではご法度だぞ〕
〔スキルだって魔力使うんだからこういうのはやめようね〕
恐らくこういう配信を見たのは初めてなのだろう。
無茶な要求をするコメントに対して謝る春葉アトだったが、彼女が要望に応えられない理由は他にもあった。
『勿論こういう要求がタブーって言うのもあるんだけどさ……そもそもあたし、今はノブレス・オブリージュ使えないんだよね~』
〔!?〕
〔え、どういう事?〕
〔アレって使用に条件があったのか〕
あっさり打ち明けられたスキルの欠点に驚愕するリスナー達。勿論その情報を知らなかった私もびっくりだ。
そもそも彼女の持つ二つのバフスキルに関しては『パラディンのみが習得できるっぽい』と言う情報しか出ておらず、正確な能力も不明だったのだ。
……そして今日、この瞬間にそのベールがはがされる事になった。
『別に隠してた訳じゃないし、折角だから説明しようかな。あの二つのスキルには使用後の反動があってさぁ──』
と、情報の重要さを感じさせない様子で明かされた二つのスキルの詳細は以下の通りだ。
・『スティグマ』……配信で公開されたステータス画面に表記された正式なスキル名は【聖痕】。
10分間あらゆる回復魔法を拒絶し、さらに魔物からのヘイトを引き上げる代わりに自身のあらゆる能力が爆発的に向上する。効果終了後、合計八時間以上の睡眠をとるまで【聖痕】を再使用できない。
・【ノブレス・オブリージュ】。
自分の全ての能力を30分間強化する。使用者のレベルが高い程、強化の効果量も比例して上昇する。
スキルの効果解除後、スキル使用時の自分のレベルの倍の数の魔物を倒すまで、【ノブレス・オブリージュ】を再使用できない。
『──って訳で、【聖痕】の方は使えるんだけど、ここで使ったらいざと言う時に使えなくなるから今は駄目。【ノブレス・オブリージュ】はそもそもまだ再使用の条件を満たしてないから使えないんだ』
〔いや反動キッツ…〕
〔強ければ強い程更なる力を得られる代わりに、相応の義務を背負わされる。そしてその義務が更にレベルを押し上げ、効果も反動も大きくなっていく…『力に対する責任』って事か〕
〔なんであの時アークミノタウロス一体にそんなスキルを……〕
〔使わないと勝てなかったとか…?〕
『うーん……って言うより、あの時はホラ。もう引退も覚悟の上だったからね。折角なら……って理由もあったけど、それよりもヴィオレットちゃんにカッコいいとこも見せたかったから、ついやっちゃった!』
(えぇ……?)
確かにあの時の彼女は自分の行いの報いとして、引退だって覚悟していた。
だから『折角なら使っちゃえ』となる理由も分かるが……今の言い方だと寧ろ、私にいいとこ見せるってのがメインの動機に聞こえるんだけど……
『まぁ、後悔はないよ。狙い通り、あの子のアーカイブ凄い伸びてたし。……本当に感謝してるからね、あの時あたしを止めてくれた事。そのお礼の意味もあったんだ』
〔はぇ~…なるほどぉ〕
〔ふ……まんまと鬼リピさせられたぜ……〕
〔俺らもヴィオレットちゃんには感謝やな〕
〔この配信のアーカイブきっとあの子も見るんやろな…〕
『あはは……そう思うとちょっと照れくさいね』
そう言って少し頬を染めながらはにかみ、髪を弄る春葉アト。
正直自分がやりたくてやっただけだったので、私としては受け取り過ぎな気もするが……きっと私がそれを伝えても、彼女から『こっちもあたしがやりたくてやっただけだから』と返されるだろうという事が容易に想像できた。
(多分、こういうのは素直に受け取っておく方が良いのだろうな……)
この一件に更にお返しなんてことをすれば、お互いに延々とお返しをし続けるループに陥りかねないし……。
と、そんなことを私が考えている間に、彼女達の話題は目の前の境界に今すぐ飛び込むかどうするかと言う方向に変わっていたようだ。
『それで、どうするッスか? 下層に行く前にもうちょっとこの辺で慣らしていくッスか?』
『スキルの再使用条件もついでに満たしていきます?』
『うーん……良いや! ここからは下層で慣らしていくよ。皆も下層の配信を見たいでしょ?』
〔それはそうだけど…〕
〔無茶はしないで!〕
〔アトネキなら何とかなるでしょ〕
〔今の時点で下層潜ってるダイバーより動き良いしな……〕
『っし、決まり! ──じゃ、先に行ってるね~!』
『え、ちょっ!?』
『あぁ、もう! ほら、皆も行きますよ!』
周囲の返答も待たずに軽い調子で下層へと飛び込む春葉アト。
彼女をサポートする為に来ている他のメンバーも、当然急いで彼女の後を追う。
この流れに〔下層を甘く見ているのでは……〕なんてコメントもちらほら流れたが、その数分後にはそんなコメントも無くなっていた。
『──ん~……? まだちょっと固いかなぁ……』
〔えぇ……?〕
〔アークミノタウロス二体を一人でやっといてまだ鈍いのか…〕
ハルバートを軽く振り回しつつ体の調子を確かめる春葉アトの足元には、今まさに塵に還りつつある二つの巨体。
下層に突入して間もなく遭遇した六体のアークミノタウロスの内の四体を他のメンバーが一体ずつ引き付け、残った二体の相手を彼女一人で受け持った結果がこれだ。
二体がかりの猛攻は彼女自身の体捌きと【ウェポン・ガード】によって届かず、ハルバートの長い射程と偏重心による重い一撃のノックバックも併せて、挟み撃ちも通用せず一方的に蹂躙されていた。
『これ、あたし達のサポートって必要だったんスか……?』
『勿論! 流石に今の動きだと六体同時はちょっと手に余ったかもしれないし』
『絶好調なら一人でやれたって言ってないッスか? それ……』
『あはは~』
その後も様々な下層の魔物を相手に、彼女のリハビリは続いた。
レイドバルチャー等、一部の魔物には時間がかかる事もあったが概ね苦戦と言う事も無く、やはり謹慎前から彼女の適性狩場は下層以上だと言う事が証明された形だ。
『そっか……ダンジョンホッパーに鳴かれると、今みたいな事になるんだね~』
『うん。私達はもう慣れてるけど、一人で潜ってると撤退に追い込まれるダイバーも珍しくないみたい』
〔も う 慣 れ て る〕
〔流石やw〕
〔「鳴け」〕
〔ホッパーの鳴き声震えてたよ…?〕
〔イベント前のラウンズによる「"逆"スタンピード」のいつもの光景w〕
ダンジョンホッパーの鳴き声もまるで意に介した様子もなく、彼女のタフさが微塵も衰えていないのが解る。
この辺は日頃続けていたと言うトレーニングも功を奏したのだろう。動きも配信開始から格段に良くなってきており、完全復活も目前と言ったその時……ついにその時が訪れた。
『お~い!』
配信に映る光景の外から聞こえた明るい呼び声。
カメラの画角が大きく動き、遠くの上空へと焦点が合わせられるとそこには──
『おぉ~~い! 皆ぁ~~!!』
まるで慣れ親しんだ仲間のように、満面の笑顔で手を振りながら飛んでくるチヨの姿が映っていた。
復帰配信回は次回までの予定です




