第121話 5月に入って
すみません、大遅刻しました。サブタイトルは考える時間も無かったのでやっつけです。
後半ガッツリ修正したので、ちょっとおかしくなってたら指摘してくださると嬉しいです……
「──と言う感じで、今回は下層を探索する際の注意点を紹介しました! こういうリクエストが来ると、皆さんも下層の探索に乗り気なのが伝わってきますね~」
5月に入り、桜も散り始めた水曜日。
私は配信前にリスナーから募ったリクエストを基に、様々な疑問に答えたり相談に乗ったりする雑談配信を行っていた。
今回はダンジョン下層のコツや注意点と言った内容の相談が多く、本格的に下層の探索を視野に入れるダイバーが増えたんだなぁと感慨深い思いだ。
〔¥5,000 参考になった!ありがとう!〕
〔言われてみれば確かに下層で姿勢を低くしたりしてるの見た事無いなぁ〕
〔最近ゴブリンをやたら見かけるらしいけど、対処って上層までと同じ感じで良いの?〕
「ゴブリンですか……ホント最近よく見かけますよね。ゴブリンキングの傘下に入っているのでバフで強くなってはいますが、アークミノタウロス程ではないので落ち着いて対処すれば大丈夫な筈です。ただ、近くにゴブリンキングの国が無いかだけは確認してくださいね」
〔はーい〕
〔了解!〕
(ゴブリンか……私も何度も遭遇したけど、"はぐれ"って感じでもないんだよな……)
私が下層に突入したばかりの頃は全く見かけなかったゴブリンだが……最近は不思議と色々なところで遭遇する。
他のダイバーの配信を確認したところ日時や場所問わず、様々なダイバーが同じように遭遇しているらしい。
ネットでは『ジャーナ』と言うダイバーが映像に収めた『戦争』が何かしら影響しているのではと言われていたりもするようだが、正直原因は私にも分からないと言うのが実情だ。
(まさかゴブリンキングが三体とはな……三国志よろしく勢力が上手い事拮抗しているのであれば、下手につつくのもマズいだろうし、結構面倒だ)
例の映像は私も確認したが、どちらのゴブリンも白樹製の装備を持っていなかった事から考えて、あの森のゴブリンが関わっていたとは思えない。場所に関しても森の周辺から離れた場所だった。
一体でも厄介なゴブリンキングが三体……いや、そもそも本当に三体で済むのかも怪しい所か。あの森のゴブリン達も別のゴブリンキングの勢力から攻撃を受けていたのだし、そこと今回の配信でぶつかった勢力のどちらかが同じと言う保証も無いのだから。
そんな事を考えていると、ふと一つのコメントが目に入った。
〔もうコラボ配信はしないの?〕
(っと、そうだ。今は配信が最優先だな)
ゴブリンに関する思考を一旦脇に置き、コメントからの問いかけに返答する。
「コラボ……少し前までやっていた大型コラボの事ですよね? でしたら、暫く予定はありません。もう私以外にも下層の探索を進めているクランも多いですし、今は彼等に協力を求める事も出来ますからね。私も本格的に下層の探索をしていきたいですし」
〔そっかー…〕
〔仕方ないね〕
〔コラボ中は探索進まんからなぁ…〕
〔下層初めては怖いよな。わかるわ〕
私の返答に残念そうなリアクションが流れる。
しかし、下層の探索者は増えているのも事実なのだ。
広大なエリアである為、入り口付近から離れてしまうと流石に機会も少なくなるが、探索中に他のダイバーの姿を見かけた事もあったほどだ。
あの時のコラボを切っ掛けに多くのクランが複数人で探索する事が多くなり、個人勢もその流れに乗ってクランに入る者や、あくまでもクランには所属せずに個人勢同士でパーティーを組んで潜ったりと、今やそれぞれの方針で下層を探索している。
下層に初めて潜る事に恐怖心もあるとは思うが、そんな時は是非とも彼等に協力を仰いでほしい。個人勢の中には報酬こそ必要だが初めての探索をサポートする活動をする者がいるし、そちらが不安であれば今も新たな仲間を募集しているクランもある。
下層は個人での探索のリスクが多い為、私としてはクランに所属するのがおすすめだ。……これを言うと『ソロで下層に潜ってる奴が何言ってんだ』と突っ込まれるので直接口には出せないけどな。
〔下層初めてって言えばアトさん復帰したらやっぱり早速下層に行くのかな〕
〔明後日で釈放だ!〕
〔↑釈放言うなw〕
「アトさんですか……そうですね、あの人の場合実力が伴っているので即潜ると言う判断をしてもおかしくはないですね」
春葉アトが謹慎を言い渡されてもうすぐ──いや、明後日の金曜日には半年になる。
SNSで日に日に減っているカウントダウンの数字から考えても、恐らく謹慎開け当日に復帰配信をするだろう。と言うか、既に復帰配信のお知らせが彼女の雑談配信やSNSで発信されている。
以前の彼女はパラディンの注目度や、それが招いたラウンズの騒動を警戒してか、探索の様子をあまり配信していなかったようだが、元凶だったフロントラインはもう存在しない。
復帰を切っ掛けに心機一転、再び配信をするようになるかもしれないと彼女のファンたちがやり取りしているのを見かけた事もあったっけ。
(彼女が下層に潜ると言うのであれば、止める理由はないな……寧ろ、今更中層ではリスナー達も納得しないだろう)
中層に現れたアークミノタウロスを蹂躙した様子から見て、彼女の実力が下層においても十二分に通用するのは間違いない。それは実際にダンジョンに潜った事が無い、一般リスナーの眼にも明らかだったことだろう。
まぁ、一つ気がかりがあるとすれば──
〔ブランクとか大丈夫なのかな〕
〔流石に鈍ってそうだよなぁ…〕
そう、半年間の謹慎と言うブランク。
どれほど優れた戦士でも、これ程の期間戦闘から離れていれば勘は鈍る。
勿論イメージトレーニングや鍛錬は欠かしていないようだが、限度はある。それは春葉アトも例外ではない筈だ。
「もしかしたら、暫くは下層探索でも慣らしの期間を設けるかもしれませんね」
〔アト先輩なら復帰初日にあたし達がサポートする予定ッスよ!だから安心して欲しいッス!〕
〔恋ちゃん!〕
〔高野恋ちゃんだ!〕
「恋さん、お久しぶりです。そう言えば、ラウンズの皆さんの下層探索も順調なようですね。そうですか、皆さんがアトさんのサポートを……それなら問題無さそうですね」
コメントに現れた見知った名前からの報告に頷きながら、安堵に笑みを浮かべる。
ラウンズの下層配信……つい数か月前まではありえなかったそれは、今ではすっかり当たり前の光景となっている。
私とのコラボの後、百合原咲を始めとしたコラボ参加メンバー達が率先して、クランメンバーの実力向上を目的とした下層探索を何回かに分けて行っていた。
『中層で戦える程度の実力がある事』と言う、私の設けた基準では応募できなかったメンバーから希望者を募り行われたその企画は成功を収め、晴れてラウンズはそのほぼ全員が下層に潜れるだけの実力を得るに至ったのだ。……まぁ、流石にソロでの探索が出来る者はまだ居ないようだが。
〔チヨは大丈夫?〕
〔アトさんチヨからガチ勝負挑まれない?〕
〔クリムちゃんが組手に付き合わされてたし、多分同じような感じになるだろ〕
「あ……そう言えば、それがありましたね」
少し前話題になったのが、クリムがチヨに戦いを挑まれたと言うニュースだった。
まぁ、実際は戦いは戦いでも『模擬戦』──所謂組手のような物で、チヨもクリムを傷つける目的ではなかったようなのだが、それでも当時の私は肝を冷やしたものだ。
他にもチヨは下層で見かけたダイバー達に気軽に接触し、愚痴を聞かせたりダル絡みしたり、気まぐれに行動を共にしたりと気ままな姿が目撃……と言うか、配信に載せられている。
それらの彼女の行動に関して、以前チヨに会った……いや──チヨが襲い掛かってきた際に直接聞いたところ、ダイバー達への接触はただの暇つぶしであり、クリムとの組手は純粋にクリムの成長を促す為だったのだとか。
後、なんか私と話しをするより戦う方が面白いとかディスられた。仮にも配信者である私に対して、とんでもない暴言だと思う。
……まぁ、私に対する暴言はともかくとしてだ。
私としてもクリムが強くなるのであれば願ったり叶ったりだし、実際に被害も出ていない為あの時はそれ以上彼女の行動を咎める事はなかったが──
(チヨが春葉アトを見つけた場合、私と同様に襲い掛かる事もあり得るのではないだろうか……)
◇
『ど、どうするッスか!? チヨがアト先輩を襲うかもって……!』
『落ち着きなって、恋。って言うか、打ち合わせ中にヴィオレットちゃんの配信にコメントするのはどうかと思うよ? 流石に……』
ヴィオレットが雑談配信をしているまさに同時刻。
春葉アトの復帰を明後日に控えたラウンズのメンバー達が、テレビ通話にて当日の打ち合わせをしていた。
万が一にも事故が起こってはならない、春葉アトの初下層探索配信。
ネットで情報収集していた時にたまたま見つけてしまった『【雑談&相談】下層探索を目指す皆さんの疑問にお答えします!【下層探索の歩き方!】』と言う配信タイトルに目を引かれ、そのままヴィオレットの配信を見ていた高野恋は春葉アト本人からの軽い注意を受けて頭を下げ──ふと気づく。
『す、すみませんッス、アト先輩! ……あれ? あたしヴィオレット先輩の配信見てるって言いましたっけ……? それにコメントしたのもバレてますし……』
『……さっ、打ち合わせの続きしよっか!』
『アト、貴女もヴィオレットさんの配信を閉じてからね』
『うぐぅ……っ!』
芋づる式に自身も配信を見ている事がバレた春葉アトは、百合原咲からの注意を受け、名残惜しそうにしぶしぶ配信を閉じた。
なんやかんやで彼女も気になっていたのだ。
『──それで、どうするの? 実際』
『チヨって悪魔に襲われたら、って事? そうだなぁ……まだあたしは直接見た訳じゃないけど、多分何とかなるんじゃない?』
『多分って……貴女の事なのよ?』
悪魔に襲われる事の重大さを理解しているのかと、自身も直接チヨの姿を見た事がある百合原咲が詰め寄る。
春葉アトの実力を知っている彼女からしても、相手があの悪魔だと思うと心配せずにはいられなかった。
『大丈夫、大丈夫。お互いに全力でやったらあたしは勝てないけどさ、チヨもきっとそれは解るだろうから、きっと向こうも全力では来ないよ』
『……そう。やっぱり貴女でも、あの悪魔には勝てないのね……』
あっけらかんと言い放たれた敗北宣言。
自分の最も信頼するダイバーである春葉アトならもしかしたら……心の片隅で、そんな過信ともとれる信頼を置いていた百合原咲は消沈する。
しかし、次の瞬間彼女の口から飛び出した言葉には耳を疑った。
『そりゃあ勝てないよ。だって──あたし、空に逃げられたら追撃手段が無いもん』
『え……』
まるで『地上でなら負ける事はない』とでも言いたげな春葉アト。
その言葉の真意を彼女達が身をもって知るのは、もう少し後の事だった。




