第117話 日曜日の大型コラボ①
タイトルに数字が付いていてまたか?と警戒させたかもしれませんが、今回のコラボはダイジェスト気味にして長くても3話に纏める予定です。単純に一話ごとにタイトルを考えるのが大変だなって思っただけなのでご安心ください
「──はぁ……疲れた……」
「お疲れ様です。今日は色々ありましたからねー」
少しトラブルはあったものの無事に大型コラボ配信初日を終わらせた私達は、明日の為に【マーキング】の座標をもう一度下層入り口の境界に設定しなおした後で自宅へと帰還した。
下層探索の直後にダンジョンの入り口から潜りなおして中層最奥まで駆け抜けると言う、ある種のRTAのような事をした『俺』はすっかり疲れ果てており、帰宅後は直ぐにソファーに倒れ込んでしまった。
「はい、タオルです。……お茶も淹れてきましょうか?」
「頼む……」
タオルで顔の汗を拭きながら言葉少なに返答する『俺』に頼まれるまま、冷蔵庫の中の麦茶を用意して持って行く。
レベルアップを積み、普通の人間とはかけ離れた体力を持つに至ったダイバーでも、流石に浅層から中層最奥までのダッシュは堪えたようだ。未だに息は少し荒く、拭いたそばから汗をかいている。
そんな『俺』に対して息の一つも上がらないこういう時、体力が豊富な魔族の身体と言うのは便利だと実感する。……一方で、人間との違いにも嫌と言う程気付かされるが。
「どうぞ。……どうでしたか? 下層に潜ってみて」
「ん……──そうだな……」
お茶を一口飲んで息も大分整った『俺』が、私の問いかけに少し考えた後で答えを返す。
「魔物の強さに関しては言うまでも無いが、そんな魔物が常に全方位から来るかもしれないってのが精神的に来るものがあったな……レベルが上がって魔物への対処に余裕が出て来てからは大分マシにはなったが、基本的に前後と上下に注意しておけば良かった中層までとは違う緊張感があった」
「なるほど……」
その後も丁寧に説明してくれる『俺』の言葉に耳を傾けながら、今日の出来事とこれまでの探索を振り返る。
確かに広大な下層と言う環境は、それまでの渋谷ダンジョンとは大きく異なる。
狭い洞窟や迷宮では魔物の襲ってくる方向は限られていたが、下層はそうはいかない。ランプが無くても十分視界が確保できる分、多くの事に意識を割くことになる。
特にタフな魔物に苦戦する時期は、その精神的な負担が多くのしかかっていたようだ。
(こう言う意見は参考になるな……)
私は人間よりも感覚が鋭い魔族の身体を持った分、こういった人間の感じ方には疎くなってしまった。
だからこそ『俺』の感じ方をこうして教えてもらう事で、私は学ぶ必要があるのだ。『人間の感覚』と言う物を。
大型コラボと言う形で共に下層を探索する事になる、これからの為に。
「……ありがとうございます。非常に参考になりました」
「いや、俺こそ世話になってるからな。このくらいで良ければいくらでも話すよ」
と、『俺』が飲み終えた麦茶のコップをコトンとテーブルに置いた丁度その時、彼の腹がぐぅと小さく鳴った。
すっかり体力も回復した事で、どうやら今度は空腹を思い出したようだ。
「……そう言えば、もう夕飯の時間も過ぎてるな。簡単に何か作るか……」
「じゃあ私は先にお風呂入ってきますね」
「ああ、解った」
「──ふぅ……」
【変身魔法】を解き、本来の姿で湯船に浸かってリラックスする。
こっちの世界に帰って来る前から変わらない、一日の最後にかかさないルーティンの一つだ。
姿を偽っていた堅苦しさや違和感が、まるで湯に溶けていくようにスッと消えていく。
(──ん? ……いや、気のせいか……)
何か僅かな違和感が最後に小さく胸に引っ掛かったような気もしたが、この時の私にはその正体は分からなかった。
「──お風呂上りました」
「おー……じゃ、俺も入るか」
「お風呂から上がったら、また募集の選別の手伝いをお願いしますね」
「はいよー」
明日の分のコラボメンバーは既に決まっているし、来週の分もメンバーだけなら既に決まっている。
ただ、今回のコラボ配信を見て新たに応募するダイバーや、逆に怖気づいてしまってキャンセルを申し出るダイバーも居るかもしれない。
こういうチェックはなるべく頻繁にしておく必要があるのだ。
「あぁ、やっぱり希望者は増えてますか。コラボ配信も思った以上に大変ですね……」
スマホで応募者が増えている事を確認し、その大変さにため息が漏れる。
だが──
(それでも、やっぱり人と関わるのは楽しいし……受け入れて貰えるのは嬉しいな……)
こういう風に思えるからこそ、大変な作業も苦にはならない。
寧ろ『この人と会えるのか』『この人はどんな人だろう』。そんな楽しみをスケジュールできるこのコラボ企画は、私の目的を抜きにしてもやって良かったと心から思える物になっていた。
「お……多すぎないか? この数……」
「まぁまぁ、兄さんはコラボするのが危ない人を弾くだけで良いですから」
もっとも、この感覚が伝わらない『俺』にはただ大変なだけの作業なようだが。
「──どーもぉ~! 俺達、『ウェーブダイバース』でぇーっす!! 今日は渋谷に輝く一番星! オーマ=ヴィオレットチャンの配信にお邪魔しまぁ~っす!」
「「「ウェ~イ!!」」」
〔ウェーイ!〕
〔ウェーイ!〕
〔のっけからこのテンションか…〕
〔濃いなぁ今日のコラボ相手〕
……そんなこんなで迎えた日曜日。
今回の大型コラボはメンバーの過半数を占める彼等、『ウェーブダイバース』の自己紹介から始まった。
配信開始前には当然挨拶もしたのだが、裏では普通の感じだった闇乃トバリとは違い、彼等はその時からこんなテンションだった。
いや、寧ろ配信開始前の方がテンションが高かったように思えるが……まぁ、彼等の探索配信のアーカイブを見る限り、本格的な探索が始まれば問題は無いだろう。
……それに、私としては既に彼等に対してちょっと好印象を持っているのだ。と言うのも──
「っしゃ、アーチャー隊ナイッスゥ! こっからは俺らの本領だぜぇ!」
「「「ウェウェウェーーーイ!」」」
ウェーブダイバースには『アーチャー隊』なるメンバーがいる。
そう。その名が示す通り、世間一般で不遇な扱いを受けている弓使い系ジョブのダイバーを集めて編成したメンバーなのだ。
彼等はクランのメンバーをジョブで選ばず、ノリで選ぶ。クランの雰囲気に合ってそうなら、或いは楽しくやれそうなら最低限の審査基準で身内に引き入れるのだ。
『ノリが合えばとりあえず仲間』『活かし方は後で考える』と言う彼等のスタンスは、弓使い系のダイバーにとってまさに救済でもあった。
そして今回のコラボ前、彼等は言ったのだ。
『この大舞台で世間の弓使いの評判覆したら面白そうじゃね?』と。
「はっはぁ! アクミノちゃん、もうバテてんのぉ!? もっとアゲてかねぇと映えねぇぞぉ!」
「ヴフー……ッ! ヴフー……ッ!」
彼等はその言葉の本気度を裏付けるように、アーチャー隊の活躍の場を既に考えていた。
弓使いのスキルによって逸早く魔物の位置を把握、共有し、エンチャントをした弓による属性矢の雨で先制を取る。
そして接近された時はクランリーダーのOKAサーファー自らもタンクを買って出て、既に満身創痍のアークミノタウロスの攻撃を捌く。
大剣と大盾を駆使するパワーファイターである彼がシールドバッシュで魔物を突き飛ばせば、すかさず魔物には後方から矢が射かけられ、終始戦闘を有利に運んでいた。……これが下層の初戦なのだから、素直に感心させられた。
「──痛っつぅ~……流石にちょっとなめ過ぎたかぁ?」
……まぁ、流石に大盾ごと彼が殴り飛ばされた時は焦ったし、フォローにも入ったが、中層ダイバーは伊達ではない。
防御の姿勢はしっかりしていた為、軽傷で済んだようだ。
「座ってオカっち、パパっと治しちゃうし」
「サンキュ~!」
(弓使いに魔法使い、ヒーラーか……流石ノリで仲間を選ぶクラン。人材がバリエーションに富んでいるな……)
軽いノリと派手な色合いの装備で誤解される事もあるようだが、確かに彼にもKatsu-首領-とは違うリーダーシップがあるようだ。
その証拠に、彼が配信前に掲げた目標は既に達成されつつある。
〔弓使いって下層だとかなり有利なんだな〕
〔索敵と先制能力が高いからな…見通し良くて広い下層は確かに独壇場かも〕
〔レベルアップ前からこれか…また弓使うかな〕
〔俺もソロでやってく為に片手剣使ってたけどまた弓も鍛えておこう〕
弓使いダイバーと他のダイバーの間にある溝は深い。それがこの世界の常識だった。
ダンジョンと言う環境でしか魔物との戦闘機会が無い世界で、遠距離におけるアドバンテージは弱い。加えて一発ごとに矢を消費する弓使いを仲間に加えるくらいならば、中距離で広範囲を攻撃できる魔法使いの方が良い……そんな風潮を彼は本気で覆そうと言うのだ。このコラボを切っ掛けに。
(もし、私も異世界で彼のように動いていたら……)
……いや、全ては過去だ。それに、向こうの世界には配信のように全世界へ向けて個人が何かを発信する手段はない。
実際に長い年月に渡って魔族による被害が出ている以上、私にできる事はなかったのだ。
……
「──ィオレット? おい、ヴィオレット?」
「っ! あ……な、なんですか兄さん?」
「休憩はもう十分だってよ。探索に戻ろう」
「そ、そうでしたか。すみません。ちょっと考え事を……」
〔どうしたの?〕
〔なんかあった?〕
〔連日のコラボで疲れてるとか…?〕
気が付けば、戦闘が終わってそこそこの時間が経過してしまっていたらしい。
私を心配する『俺』やリスナー達のコメントに「大丈夫です」と安心してほしい事を伝え、笑顔を意識して話を続ける。
「ただ話に聞いていたよりも弓使いの皆さんが優秀で、ちょっと驚きました」
話題を逸らすと言う目的もあったが、私のこの言葉には一切の嘘偽りはない。
実際私はアークミノタウロスのいる方へ誘導こそしたが、彼等の索敵の範囲が思ったよりも広く、私が警告を出すよりもずっと前に彼等から制止がかかったほどだ。
以降の流れに関しても、クランの連携力もあるのかもしれないが、終始戦闘を有利に運ぶ立ち回りに彼等の力があったのは誰の眼にも明らかだった。
「おお、嬉しいこと言ってくれんじゃん! もちヴィオレットチャンのエンチャントのおかげもあるけどさ、優秀なのよウチのアーチャー達も!」
「ええ、正確なアシストを即座に熟せるのは間違いなく皆さんの実力だと思います」
私の言葉に乗っかる形で、自分の仲間達を自慢気に語るOKAサーファー。
もしかしたら普段の彼等の扱いに思うところは常々あったのかも知れないな……彼のこう言うところには素直に好感が持てるし、少しだけだが私も本心からの評価としての一言を添える事にする。
というか、事実として相当の実力が無いと出来ないからな。振り上げられた斧の柄を矢で射抜いて、アークミノタウロスの重心を崩すなんて芸当は。
〔いいぞー!もっと言ってやってくれー!〕
〔サポートの立ち回りとか滅茶苦茶参考になる〕
〔まぁ洞窟とかじゃこういう動きも出来ないんだろうけどな〕
〔環境による不利はあったにしても流石に過小評価ではあったよ〕
コメントでも少しずつ評価に変化は出てきているようだし、この調子なら下層の探索を見据えて早い内から弓使いをクランに引き入れると言う流れも出来るかもしれない。
『世間に沁みついた常識を覆す』……異世界ではついに叶わなかった目標を今まさに達成しようとしている彼に元気をもらい、私も意識を切り替える。
「──さぁ、休憩も終わりです! 探索を進めていきましょう!」




