第113話 大型コラボ配信⑱
「皆、ヴィオレットさんが帰って来たぞ!!」
「! 良かった、また配信が中断されたから、またクリムが下層に向かおうとして大変だったんだ……──って、うおっ!?」
「ヴィオレットさーーーん!!!」
渋谷ダンジョンのロビーに帰って来た私を迎えたのは、今回のコラボに参加していたダイバー達の歓迎の声……それと、人一倍私を心配していたらしいクリムのタックルだった。
本日二度目と言う事もあって今回は押し倒される事はなかったが、もしかして今後この娘は毎回のように飛びついてくるつもりなのだろうか……
「ぅぐぅ……! ご、ご心配をおかけしました、クリムさん。皆さんも、お待たせしました」
「いや、改めて無事で良かった。今回の探索で──」
「あ゛あ゛ぁ゛ぁぁーーーっ!!! ヴィオレットさんの髪が焦げてるぅぅーーーーーッッ!!!」
「……あー……、クリム。一旦落ち着いてくれ頼むから……」
私に抱き着いたままの体勢で私の髪を触っては叫ぶクリムを、Katsu-首領-が宥める。
そう言えば、地上に帰る事に集中しすぎて髪の長さとか諸々を【変身魔法】で元に戻すのを忘れていたな。しばらく髪の長さには注意しないと……
後ろ髪を指先で弄りながらそんな事を考えていると、クリムを引き剝がしたKatsu-首領-が私の正面に戻って来る。
そして呆然と両手を虚空でわきわきさせているクリムを尻目に、咳払いを一つしたKatsu-首領-が再び話し始めた。
「ん゛んっ! ──改めて、先ずは無事で良かった。見ての通り、俺達も貴女のおかげで皆無事だ。今回の探索で得られた経験は、この場の皆にとって何よりの宝となった事だろう。勝手ではあるが、代表して感謝する」
「いえいえ、元々その為に立てた企画でしたから……」
有力なダイバーに下層の経験を積ませ、彼等を起点に近しいダイバーを下層に慣れさせる……それが私が今回のコラボを企画した最大の理由だ。
私一人では到底探索しきれないような広大な下層だが、今回のような機会で経験と実力を身につけたダイバー達が探索に加わればその情報を私も配信やSNSを通して得る事が出来るようになる。そして、やがてはそれが最奥の発見に繋がるのだ。
彼等にしても下層の探索が出来るようになれば収入も増え、更に強力な装備を手にすることで探索が更に安定するようになるメリットもある。……今回の企画がその切っ掛けになる事が出来れば、それだけでこのコラボを企画した買いがあると言う物だ。
「ところで……あのゴブリンの要塞やゴブリンキングのその後について確認しても良いだろうか」
「あぁ、その事で伝えておかなければならない事があるんです。……皆さん、聞いてください。実は──」
「……ゴブリンキングが、下層に複数体いる!?」
「確かなのか!?」
「直接この目で確認した訳ではないのですが、おそらく間違いないかと……」
衝撃の事実にダイバー達が騒然となる。
ロビーの中で私達の会話にこっそり耳を澄ませていた他のダイバー達も、今回の情報には思わず表情を変えてこちらに視線を向けてしまっていた。
「私の配信のアーカイブを確認して貰えばわかると思うのですが……ゴブリンキングを最初に確認した時、彼は荒野に広がった別のゴブリンの群れと交戦状態にありました。つまり……」
ゴブリンがゴブリンキングに刃を向ける……普通であれば、そんな事は起こりえないのだ。
ゴブリンキングは、他のゴブリンに対する絶対的な支配力を持っている。ゴブリンキングが誕生すれば周囲のゴブリンはその存在に引き寄せられるように集結し、その支配下に加わる。そして忽ちにして軍隊が結成されるのだ。
だが、下位種のゴブリンがゴブリンキングに敵対する事例がたった一つだけ存在する。それこそが──
「──既に他のゴブリンキングの支配下に置かれていたゴブリン軍との衝突……つまり、戦争が発生していたと言う事か……」
「はい」
互いの存在を認識した二体の王は、決して相容れる事はない。上層で確認されるゴブリンチーフ同士の『抗争』がそうであるように、二つの軍が互いを認識した時、ゴブリンキングは種の本能からか『戦争』を始めるのだ。
そして王を失った軍は勝者の軍に丸々吸収され、勢力を拡大していく……
「ただ、ゴブリンキングは滅多な事では自分の拠点……『国』から離れることはありません。下層の探索においては彼等の拠点にさえ近付かなければ、ゴブリンキングと遭遇する事はないでしょう」
「ああ。クランのメンバーを中心に、下層に行く者には俺からも注意しておく。ゴブリンを見かけたら近付くな……とな」
「お願いします。私も自身のSNSや配信で注意喚起を促しますね」
ゴブリンキングはその戦闘能力の高さに比べて、遭遇の危険性が少ない魔物と言う事で知られている。王としての責任感なのか、彼の種族は拠点を離れる事が非常に珍しい。精々他のゴブリンキングの国に全面戦争を仕掛ける時くらいだ。
当然その光景は遠目からも良く分かる為、ゴブリンの戦場や拠点に近付きさえしなければ比較的安全と言える。……寧ろ、国周辺の哨戒に当たっている事もあるゴブリンチーフやコマンダーの方が、遭遇のリスクがあると言う点では危険かもしれないな。
「下層のゴブリンには気を付けるとして……どうでしたか? 今回下層に潜ってみて」
「ああ……ゴブリンの拠点のような危険な場所に近付きさえしなければ、多少は戦える相手もいた事が分かった。今回の探索で俺達のレベルも上がった事だし、ウチのクランのメンバーも少しずつ経験を積ませていこうと話していたところだ……無茶はしない範囲でな」
「そうですね。それが良いと思います」
その後に聞いた話では、探索中に数人、相性の良さそうな個人勢ダイバーに目をつけていたらしく、配信終了後にでもスカウトするつもりなのだそうだ。
下層の探索を共にしたダイバーが加われば、他のクランメンバーを下層に慣らせる際にも頼もしいだろうと言う事で中々に気合が入っていた。
今回彼は中々のリーダーシップを発揮していた印象もあるので、飯テロの『クランに入る場合はおいしそうな料理に因んだダイバー名に変更する』と言う謎の条件さえ受け入れられるダイバーなら問題なくスカウトできるだろう。……闇乃トバリは無理そうだな。
因みに百合原咲曰く、ラウンズの方は今回の一件でスカウトはしないとのことだ。まぁ、あそこの入団条件は特殊だからな……面接官でもある春葉アトもこの場にいないし、さもありなんと言ったところか。
そして配信終了予定の時刻まで残った時間の使い道だが……折角なので、今回の探索の成果を配信に乗せようと言う運びとなった。
要するに受付での換金の様子を配信すると言う事なのだが、その結果は……
「──い、1,500万!? この鉱石一つで!?」
「はい。内包する魔力の純度が高く、希少性の高さも考慮してこの査定となります。よろしいでしょうか」
「は、はい! そりゃあもう! ……~~! ぃよっしゃぁ!! これで高品質の甲冑に手が届く!!」
「他のトレジャーの査定に移りますね」
「あっ、はい。おねがいします……」
「レイドバルチャーの魔石ですね。こちらは依然希少価値が高いので──」
「こ、こんなに! あの、この価値ってやっぱり次第に下がっていくんですよね……」
「そうですね……研究資料としての価値はやはり、どうしてもそうなります。他のダンジョンで同じ魔物が確認されたりすると、希少性も薄まるので──」
「や、やっぱり今の内に稼ぐべきなのか……? いや、でも個人で無茶はなぁ……今回で集団戦にも多少は慣れたし、クラン入るか……?」
「えぇ!? この矢、納品できないんッスか!?」
「はい……流石にここまで小さくなってしまうとこれ以上の加工が限られますので、規格外となってしまいます」
「そんなぁ……」
「あ、ですが、こちらの木箱でしたら何とか基準を満たしているので納品できますよ!」
「お、お願いするッス!」
それぞれ良くも悪くも想定外と言う事が多く、結果的には下層の旨味とリスクを程よくアピール出来たのではないかと思う。
探索の過程で発見された鉱石トレジャーや、薬草トレジャーはそれぞれ発見したダイバーの物と言う取り決め通り揉める事はなかったが、やはり高額で換金されるそれらは羨望の対象として映る。
今回の探索でそれらを得られたダイバーにも、得られなかったダイバーにも、ついでに配信やアーカイブを見ているダイバー達に向けても『無茶な探索だけはしないように』と軽く釘は刺しておいたが……まぁ、これ以上は流石に自己責任だ。上手くやってくれるよう祈っておくとしよう。
「──っと、そろそろ予定していた時刻になりますね。では皆さん、配信終了の挨拶がありますので、一旦集まっていただけますか?」
ロビーにかけられた時計で時刻を確認する。
現在時刻はもうすぐ午後の八時と言ったところ。大型コラボと言う事で普段よりも遅めに設定した終了予定時刻だったが、この時間から配信を開始するダイバー達も当然居る。
彼等の邪魔にならないよう、ロビーの隅へと皆を呼び集め、私達は配信の締めくくりの挨拶を始めた。
「本日は普段よりも長い配信をここまで見て下さり、ありがとうございました! 最後に今日参加してくれた皆さんから一言頂いて、配信の締めとさせていただきます! ──では、Katsu-首領-さんからお願いします」
「わかった。そうだな……今後、俺達『飯テロ』は下層の探索も視野に入れて活動をしていくつもりだ。クランメンバーの強化にも本腰をいれて、下層探索が出来る精鋭の育成にも力を入れていく。これからの俺達の活動にも注目してくれると嬉しい。ちなみに、俺達と下層に挑戦したいダイバーの募集もしているぞ! ……まぁ、過去の活動に妙な物が無いかの審査は当然あるがな!」
「はい、Katsu-首領-さん。今日はこのコラボに参加してくださり、ありがとうございました! では次は隣の──」
と、行った様子で次々にダイバー達の一言を配信に収めて行き……
「──では、次は……兄さん!」
「え、俺もか!? ──あー……今日からダイバーとしての活動を再開させていただきます。ソーマです。配信頻度はまだ未定ですが、明日のコラボ配信にも参加しますのでよろしくお願いします」
「はい。そう言う訳で、私と同じく『トワイライト』のメンバーである兄さんの配信も見てくれると嬉しいです!」
と、『俺』にパスを出して一言貰ってから、最後に私自身が一歩前に出て配信のまとめに入る。
「先ず、今回の配信を見て『自分も下層に挑戦してみようかな』と思った方に一つ忠告を。貴方に中層をソロで探索する実力が無ければ、まだ時期尚早です。また、それだけの実力がある方に関しても、先ずは信頼できる自分と同等以上の実力を持ったダイバーで、最低十人以上のパーティを組んで挑戦する事。決して無茶はしないでください」
今回のコラボに参加したダイバー達は、その誰もが私が配信を確認して問題無いと判断した実力を持っている選りすぐりのメンバーなのだ。
その所為で『自分も少しならいけるかも』と思ってしまったダイバーも居るかもしれないので、最低限釘をさしておく。
特に最初のアークミノタウロス六体との戦闘では参加したダイバー達だけで倒せていたが、アレにしても大勢のメンバーで戦力を分散できたから可能だったのだ。元々群れで行動する事も多いアークミノタウロスに、少数メンバーで遭遇してしまえば本来勝ち目は薄いのだと注意を促す。
加えて下層のゴブリンには近づかない、ダンジョンホッパーは危険、悪魔を見つけたら即撤退等、複数の注意点を付け加える。
「……と、最後に怖がらせるような事を言ってしまいましたが、実力がちゃんと伴ったダイバーが監督してくれていれば危険性はぐっと下がります。先ずは私の企画するコラボに参加してみるか、丁度先程Katsu-首領-さんがクランメンバーを募集していましたし、一人で潜ろうとするくらいなら『飯テロ』に入る事を検討した方が皆さんの為だと思いますよ」
そう言ってKatsu-首領-に目配せすると、彼もこちらへ小さな礼で答えてくれた。
無謀な特攻を防止するためとはいえ利用する形になってしまったが、受け入れて貰えたようで良かった。……とはいえ、やっぱりちょっと悪い気もするので、後で何かお詫びの品でも渡しておこう。
「──さて、もう時間となってしまいました。兄さんがチラリと話していました通り、明日も引き続きコラボ配信をする予定ですので、またよろしくお願いしますね! では皆さん、ごきげんよう~!」
これで土曜日の大型コラボ配信は終了です。
今回想定よりもかなり長くなってしまったので、日曜以降の大型コラボに関してはチラリと振れる程度にしようと思います。(視点の切り替えを増やす事でコラボ配信感を出そうとしたのが完全に裏目でした……)




