第111話 大型コラボ配信⑯
私が告げたゴブリンキングが向かってきていると言う知らせに、広場周辺で戦っていたダイバー達は騒然となった。
ゴブリンと言う種の頂点にして絶対的な統率者であり、無数のゴブリンを率いながらも自身の戦闘能力も非常に高い。
簡単に言えば、私がゴブリンコマンダーと戦った際の状況を、数十倍悪化させたようなものだ。
圧倒的な数の差に加えて、膂力もコマンダーの比ではない。その上、奴は上級レベルの魔法も扱える事が解っている……
(一刻も早く皆に撤退して貰わなければ……!)
その為には、彼等の撤退の邪魔になるゴブリンを先に始末する必要がある。
「ハァッ!」
「ギアァッ!」
「──さぁ、今の内に撤退を!」
「あ、あぁ! ──【ムーブ・オン! ”渋谷ダンジョン”】!」
ダイバーを包囲していたゴブリンを横合いから切り裂き、その間にダイバーに撤退を促す。
私が作り出した時間を使って先ず一人、渋谷ダンジョンのロビーへと帰還を果たした。それにより周囲のゴブリン達からの敵意が私に集中するが、それには構わず直ぐに他のダイバー達を助けるべく跳躍する。
「他の皆さんも、逸早く撤退を! 殿は私が務めます!」
「す、すまん! 助かる! ──【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】!」
「──【ムーブ・オ……ちょっ! くそ……こいつ等、俺らを逃がさないつもりか!?」
「させるかよ! オラァッ!」
「天賦羅! ありがとう! ──【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】!」
私以外にも余裕のあるダイバーが救助に加わり、一人、また一人と下層からダイバーが減っていく。
これなら全員が撤退するのは間に合いそうだ……そんな考えが頭を過ったその時──
(──ッ! この殺気……!)
ゾクリと肌が粟立つ感覚。
視線を感じて要塞の奥へと目を向ければ、遠方から途轍もない速度でこちらへと迫るゴブリンキングの影が見えた。多くの部下を率いるその姿は、見る見るうちに近付いてきており……
(このままでは皆の撤退よりも奴がここに来る方が早いか……!)
そう理解するとともに、私は自らゴブリンキングの方へと駆けだした。
接近してくる私を見たゴブリンキングの口が、力ある言葉の羅列を詠唱する。そして──
「『大気よ逆巻け 疾風の矢となりて敵を穿て ──旋風の鏃』!」
「──【螺旋刺突】!」
私のレイピアとゴブリンキングの生み出した風の矢がぶつかり、発生した爆風が私達以外の全てを拒絶するように吹き飛ばした。
当然のように私の傍を飛んでいたドローンも風に煽られ……後方から嫌な破砕音が耳に届く。
「グギギ……ギャアァ!」
「ゲアァーーーッ!」
ゴブリンキングが率いていた軍も風に吹っ飛ばされ、バキバキと要塞を構成していた木材も捲れ上がり剥がれていく。
風が止んだ時……私の立っていた通路は、私とゴブリンキングを中心に直径約5mほどの歪な円形を残すだけとなっていた。
ゴブリンキングの風の魔法と私のスキルの余波が偶発的に生み出したこの場所は、やや不格好ではあるが決戦のリングのような様相を呈している。そのリングの外──風によって破壊された足場の、更に数m向こう側に残ったダイバー達に対して、私は声を張り上げた。
「皆さん、私が時間を稼ぎます! 残った皆さんも直ぐに撤退を!」
「! だが……いや、解った! ──【ムーブ・オン ”渋谷ダンジョン”】!」
私の言葉に一瞬躊躇したKatsu-首領-だったが、直ぐにこちらの意を汲んで先に撤退してくれた。
そう、彼らが居る限り私も撤退できないのだ。先程ゴブリンキングが放った風の矢は、速度・射程ともに高性能であり、私が前に出て対処していなければ犠牲が出ていたかもしれない。金属製の鎧を貫くほどの威力は無いかも知れないが、それでも鎧の上から骨を折る程度の威力はある。
即死こそしなくても当たり所によっては声を発せなくなり、撤退が困難になればそれは死んだも同然だ。奴の魔法を防ぐ為の人員は、絶対に必要なのだ。
彼が撤退した事で他のダイバー達も次々にこの場を去って行く。そして──最後に残ったのは私だけとなり、私自身も直ぐに撤退をしたいのだが……
「……」
「逃がしてくれる気は……まぁ、無いですよね」
目の前に佇む巨漢は、私だけは逃がすまいと怒りに燃える目を向けて来ていた。
不幸中の幸いとしか言えないが、先ほどの爆風によって私達の立つこの場所は周囲の要塞から完全に切り離されており、吹っ飛ばされたゴブリン達も簡単には助けに入って来れない。
ゴブリンキングの脅威である統率による数の暴力は、少なくともしばらく封じられているのだ。
この状況は奴にとって狙い通りなのか……ゴブリンキングの身体つきや、感じられる魔力を観察しながら考える。
(戦って勝てない相手ではない……と思う。だが、ここは上手く隙を作って、なるべく早く撤退した方が良いな……)
観察している時、奴の後方でゴブリンジェネラルらしき一際筋肉質で体も大きいゴブリンが、何やら下っ端に指示を出しているのが偶然見えた。
ゴブリンの言葉は分からないが、指示を受けたゴブリン達数十体ほどが要塞の奥の方へと駆けだした様子を見るに、何かを取りに戻ったと考えるべきだろう。
(木材を運んで橋でもかけるつもりか、或いは弓と矢を取りに戻ったのか……いずれにせよ、私の利に繋がる物ではない事だけは確かだな……)
時間が経てば状況は今より悪くなるのは間違いない。その結果、どうしようもない窮地に立たされる可能性も十分にある。
決着に拘ってここに長時間留まるのは、リスクがあまりに大きいと言える。
(配信が中断して皆も心配しているだろうし、そういう意味でも早く撤退して皆と合流するべきだよな……)
「──ガァッ!」
「ッ! ハッ!」
この状況で私はどうするべきか……ここからの立ち回りについて考えていると、ゴブリンキングが唐突にその拳を振り下ろしてくる。
奴の攻撃に合わせるようにレイピアが閃き、放たれた拳を受け流す。そして、私はそのまま全身を回転させながら奴の背後に回り込み──回転の勢いそのままに、がら空きの背中へ刃を……
(──っ、いや、後ろ蹴りか!)
僅かな動作から奴の攻撃を予測し、即座に動作を回避に切り替える。
ゴブリンキングは後ろ蹴りが回避されたことに気付くと、その場で身体を捻り、蹴り足と軸足を入れ替えての回し蹴りに繋げて来た。
攻撃と攻撃のつなぎ目があまりにもなめらかで、反撃を差し挟むだけの隙が無い。そして、意外な事に──
(部下達と違って、徒手空拳が主体なのか!?)
そう言えば、ゴブリンキングは最初に見た時から武器を持っている素振りが無かったな……そんな事をぼんやりと思い出しながら、次々に繰り出される足技を避けていく。
しかし、次第に私の位置は後方へと押しやられ、気が付けば足場の縁へと追い詰められていた。
「ゴアァッ!」
「く……っ!」
止めとばかりに突き出される蹴りに対応すべく、軸足の方へと回り込もうと地面を蹴るが──
「な、フェイント──!?」
次の瞬間には、私の眼前にゴブリンキングの拳が迫っていた。
後が無いと言う焦りもあったのだろうが、急に織り交ぜられたフェイント……それも拳の一撃に対して反応が僅かに遅れ、私は腕を交差させて防ぐ事しかできなかった。
そして拳の威力を受けて足場の外へと放り出された私に対して、さらにゴブリンキングは追撃に魔法を唱える。
「『母なる大地の熱き血潮よ 悠久を眠りし大いなる埋め火よ 我が望みに応えて目覚め給え ──地を裂く豪炎』」
地面から感じる魔力に視線を送れば、私の真下の地面が忽ち赤熱していくのが見える。
「っ──!」
(これは、あの時の……!)
直後、赤く染まった地面を溶かし、灼熱の炎が噴き出した。




