第104話 大型コラボ配信⑨
すみません、ちょっと書き直してたら遅れました!
──時間は少し遡り、ヴィオレット達がゴブリンの要塞に乗り込んだ頃。
先に要塞に侵入を果たし、香炉による工作を終えた慧火-Fly-は要塞の木製の足場の裏に張り付くようにして静かに移動していた。
(折角ここまでバレる事無く潜り込めたんだ。この拠点の急所を探るくらいはしておきたいからな……っと)
時折足場の上をどたどたと慌ただしく行き来するゴブリン達を板材の隙間から覗き見ながらやり過ごし、他の魔物への警戒も兼ねて周囲の様子を伺う。
(この森……ゴブリンの拠点が随分と張り巡らされてるな。うかうかしてると、他の通路を行き来するゴブリンから見つかっちまうかも……)
足場の所々にかけられている『もぞもぞと蠢く袋』を隠れ蓑に、そう内心で警戒を強める慧火-Fly-。
ここまではあまり不安視していなかった他の足場だったが、配置やゴブリンの移動経路を考えるとそろそろ自分が今潜んでいる足場と合流するだろう事は想像に難くない。
(合流地点の付近では他のゴブリンから発見されるリスクが特に高くなる……この辺りが限界ってとこか……)
彼の目算では頑張ればもう少し深入りできそうではあるが、初見のエリアにおけるソレを彼はあまり信じていない。
地上の理屈では想像も出来ないところから『想定外』が次々と飛び出してくる。それが現在彼がいる魔境……ダンジョンなのだ。
『もう少しくらいは……』と、考え始めた辺りが引き際である。彼は父からの教えを忠実に守って来た。
(ゴブリンの移動経路、足音の離れ方、通路の構造……まぁ、ここまででも十分色々と分かったな。この拠点の構造には、明確な規則性があるようだ。この拠点の中で統率者が生まれたと言うより、統率者ありきで造られた拠点だな。全体的な構造は放射状か? そう仮定すると、この軍のトップがいるのはその中央区画ってところだが……いずれにせよ、『コマンダー』程度ではこんな規模にはならない。この拠点、ちょっと予想以上に面倒かもしれないな……)
ここまでに得た情報と現在地から得られる情報を総合し、大まかな全体像を把握した慧火-Fly-がここまでの道を引き返そうとしたその時だった。
「──ググギ、ガッギャ」
「ギャァギ、ゴゴッガ」
(? この鳴き声……やっぱり、ゴブリンコマンダーか。会話の相手は……ゴブリンスカウター?)
足場の下から僅かに身を乗り出して遠くの様子を伺うと、枝分かれした通路の合流地点にて何やらやり取りをしていた二体のゴブリンが今まさに別れるところだった。
そしてゴブリンコマンダーはゴブリンスカウターが駆けだすのを見送ると、すぐそばにある簡易的な家のような構造物の中へと戻っていく。
慧火-Fly-には当然ゴブリンの言葉は分からないが、それでも何かしらの連絡を拠点間で行っている事が伝わった。そして、ゴブリンスカウターが向かったのは慧火-Fly-が中央と想定している方角だ。
(くそ、森が薄暗くて遠くの様子は分からないか……だが、やはりコマンダーはこの軍の中でのトップじゃなかったか……)
ゴブリンコマンダーがわざわざ自分の家と思しき構造物の外まで下位種であるゴブリンスカウターを見送ったと言う事は、あのスカウターはコマンダーよりも上位の個体からの使者だったと考えるのが妥当……そう判断した慧火-Fly-は、最悪の可能性を想像する。
(巨大な拠点内でのスムーズな情報伝達と統制力……ほぼ間違いない、キングがいる……! 早いところKatsu-首領-に合流して、皆にこの事を伝えねぇと……!)
◇
「──と、いう訳だ。これ以上この拠点に攻め入れば、俺達はゴブリンキングの支配する小国を相手にすることになる」
集められたダイバー達の前でそう説明した慧火-Fly-の言葉に、一同の間に緊張が走る。
今私達が乗り込んだこの場所はまだまだ要塞の末端に過ぎず、コマンダーがトップの基地だと考えているダイバーも多かったところにまさかの『キング』の登場だ。無理もない。
ゴブリンの群れはトップの格によってその規模は大きく変わる。同格の群れが衝突する事で数が増減する事もあるが、基本的には上位個体の群れに吸収される形でどんどん規模が膨れ上がるのだ。
それがゴブリンキングともなれば、最低でも数万のゴブリンを従えているだろう事は想像に難くない。
「ど、どうする? ゴブリンとは言え、国を相手にって……」
「流石に人数が足りないんじゃないか? ここは撤退もありだと思う」
何より不気味なのが、こうしてダイバー達が話し合う余裕があると言う事だ。
私達がこの場で倒したゴブリンの総数は大体数百体程……軍全体の数%になるかどうかと言うレベルと考えると、この静寂はあまりにも不穏が過ぎる。
「いや、行けるとこまでは行ってみないか? 撤退するなら腕輪で一瞬なんだし……」
「俺も賛成。こう言っちゃあ何だが……ちょっとこの状況が楽しくなって来てるんだよな」
慎重になる者の意見に別の意見が飛び出した事が切っ掛けとなって、他のダイバーの意見が次々に溢れ出す。
戦力差やここが敵の拠点である事を理由に慎重になる者と、撤退はいつでも出来るのだから積極的に攻めるべきと判断する者。中には撮れ高や戦利品等を意識した意見もあった。
先程私がゴブリンの落とした弓と矢を拾っていた姿は他のダイバーにもバッチリと目撃されており、それに倣うようにして皆がゴブリンの扱っていた武器が白樹で出来ている事を思い出し、一斉に回収を始めたのだ。
ただゴブリンと戦うだけだったら奴らの魔石が安い事もあり、ここまでの討論にはならなかっただろうが……奴らの持っている武器はもしかしたらとんでもない価値があるかもしれない。それに気付いた事が、戦う理由の一つとなってしまったことは否めない。
要するに今、彼らは三つの派閥に分かれている訳だ。便宜上『慎重派』『冒険派』、推移を見守る『中立派』と形容するが、現状は冒険派の意見が押しているように思える。
元々ダイバーは未知を前に冒険心を掻き立てられやすい者程成長が早く、その為冒険派には若くして実力を身に着けている者が多い。
特に、彼らの意見を後押しする有力なダイバーの存在が大きい。
自身も冒険派でありながら、若手のホープの代表としてすっかり知名度を獲得したクリム。
彼女は飛びぬけた槍の腕前と鋼糸蜘蛛の焔魔槍と言う強力な武器で、先ほどの乱戦時も凄まじい活躍を見せていた。その討伐数はここに居るベテランダイバーの中に混じってなお、二位につけるほどだ。
そして──
「あ……あの、僕も……このまま攻めるのに賛成です……も、もっと『この杖』を使いたい……ので……」
クリムにダブルスコア以上の差をつけて、圧倒的な討伐数を誇った堂々たる一位……一見引っ込み思案で言葉数も少なく、大人しい印象を与えるダイバー──火羅↑age↑が冒険派として手を挙げた。
彼は小柄な体格と中性的な顔立ちが特徴であり、か細い声からも気弱な印象を受ける。……しかし、そんな彼の小さな声が決め手となった。
「火羅↑age↑さんは、まぁ……そうですよね……」
「あ、あくまでも行ける所まででお願いしますよ!?」
「いや、あの……俺達もそんなキングの討伐までは考えてないので……そう! そこそこで行きましょう!」
一瞬で慎重派と冒険派の両陣営が委縮する。
彼らの脳裏にはここまでの火羅↑age↑の戦いが鮮烈に焼き付いているようだ。
「……大丈夫なのか? 火羅↑age↑」
「Katsu-首領-さん……うん、僕はまだまだ大丈夫……!」
「そ、そうか。……ほどほどにな」
彼の所属するクランのリーダーであり、すっかり保護者扱いされているKatsu-首領-でさえこんな感じなのだから、火羅↑age↑の扱いが普段からいかに難しいのかが容易に想像できると言う物だ。
(流石、配信である種の記録を持っているダイバーはキャラが濃いなぁ……)
このコラボに参加させる際にも、彼を許可するかどうかはもの凄く迷わされた。
配信のアーカイブを確認しても彼自身の普段の素行には問題無かったし、時には他のダイバーの危機に助けに入った事もあるくらいには実力・性格共に優良ダイバーなのだが……
「……なぁ、いざとなったらお前が止めてくれよ? 乱戦になって、Katsu-首領-と火羅↑age↑が離れたらとんでもない事に……」
「わかってますよ。いざとなれば、痺れさせてでも止めます」
……いずれにせよ、ここからの戦いは慧火-Fly-が鍵になりそうだ。




