第102話 大型コラボ配信⑦
ちょっとだけ前回から時間飛びます
「──お? あそこにうっすら見えるのって森じゃないか?」
探索を再開してからしばらくして、個人勢ダイバーの一人がそう言って遠くの方を指差した。
「そうですね……皆さんまだ白樹の枝の収穫をしていませんでしたし、最後に寄っていきましょうか」
「おお、そう来なくっちゃ!」
「助かります」
私の提案に皆の表情が華やぐ。
スマホで時刻を確認すればもう17時を回っており、今日の配信終了予定時刻である19時までもう2時間を切っていたため、この辺りで彼等が白樹の枝の採取をする時間を設ける事にした。
(それにしても、白樹製の杖の性能は中々素晴らしい物のようで良かった)
ここに来るまでの間に炎魔法を扱う『ハイメイジ』である火羅↑age↑が、私の貸し与えた『白樹の杖』を用いて戦っているのを何度か見たが……あの武器は彼の性質と非常に相性が良かったらしく、その派手な活躍はこの場にいるダイバー達や配信を見ているダイバー達に白樹の枝の価値を十二分にアピールできていた。
(魔力の通りが良い素材で作られた杖は魔法の発動までの時間を省略したり、使用する魔力の節約が出来たりと様々なメリットがある。これは魔法使い系のジョブにとっては必須級の装備になるだろうな……)
私がこっちの世界に来る前に身に纏っていた『アラクネ糸のローブドレス』も魔力との親和性が非常に高く、装備者が魔力を流すだけで硬さや性質を自在に変える事が出来る為、あらゆる攻撃に対して柔軟に対応できると言う優秀な装備だった。
魔力が扱える者にとって、装備品の魔力に対する親和性は非常に大きなファクターなのだ。その点で言えば、白樹の枝は将来的にかなり期待できる素材と言えるのだが……
(ただ……『もう一つ』の方はちょっと微妙だったな)
今回支給された白樹製の武器は杖だけではない。試作品と言う事で、当然ながら物理的なダメージを与える武器として『白樹の剣』も渡されていた。
これは白樹の枝を片手剣の形に加工したものに金属の刃を取り付けた武器で、白樹の魔力親和性と剣としての性能を何とか両立させようとした結果だ。
こちらの武器に関しては少し数が多い魔物の群れに遭遇した際、私が試用してみた。元々私のクランに支給された物でもあるし、エンチャントの感覚がどれ程変わるのかも試してみたかったのだ。
そして実際に使ってみた感想だが……一応スキルの威力や持続時間を底上げしたりと、エンチャントとの相性以外にも白樹の魔力親和性の高さからくる恩恵は確かに感じた。
しかし──
(やっぱり木製の武器が通用するレベルには無いんだよな、下層って……)
刃の部分や芯には金属を使用しているものの、それ以外の木製部分はどうしたって脆くなる。
『白樹の剣』も金属で一部補強されていたものの、頑丈な体を持つ下層の魔物相手に使った結果、数体倒したところで限界が来て折れてしまったのだ。
(コメントでゴリラの握力って言ったリスナーは許さないとして、ちょっと面白いアイデアも出てたんだよなー)
白樹の剣が折れてしまった時のコメントは、主に物理ジョブのダイバーを中心に残念がる声が多かった。
だが、コメントの中には改善案を模索するリスナーのアイデアも飛び交っており、その中にもしやと思える物がいくつかあったのだ。
(特に今は失われたと言う『ダマスカス鋼』の製法を使うと言う発想は面白かったな。見た目的にも配信に映えるだろうし……)
コメントの補足で知った事だが、かつて実在したダマスカス鋼は鉄鉱石と木炭等をるつぼに入れて高温の炉で溶かす事で作っていたらしい。この木炭を白樹の枝で作れば、もしかしたらそれを用いたダマスカス武器にも白樹の特性が備わるかもしれない。
まぁ私の場合はエンチャントの為に左手を空けておきたい関係で二刀流が難しく、実際に使う機会は無さそうだけど、コメントには使ってみたいと言う声が溢れていたので鍛冶職人の方にはぜひ再現を頑張って欲しい物だ。
──なんて事を思い返している間に、私達は目的地の森のすぐそばまでやって来ていた……のだが。
「なぁ……アレって何か解るか?」
「秘密基地……みたいに見えるな。結構本格的な……」
私達の眼前に乱立する木々の上部を見上げれば、樹冠に隠れるように作られた木製の足場が眼に入った。
それは無数の木々の間を跨ぐ一本橋によって繋がっており……中には広く作られた足場に築かれた、簡易的な家のようなものまで散見された。
明らかに何者かの手によって作られた拠点だ。ダイバーの誰かが口にしたように、『秘密基地』と言う形容がしっくりくる。
「だけど……ここ下層だぞ? ヴィオレットちゃんが来るまで、未踏だった場所に誰がこんなものを……」
「まさか……エルフが居るのか……!?」
「エルフ!? マジかよ……」
〔うわエルフ超見たい!!〕
〔実在したのか…〕
〔いたとして言葉通じるかな…〕
「いや……もしかしたら、ここチヨの家とかなんじゃ……」
〔あり得る…〕
〔確かにどこかには家がある筈だもんなぁ〕
〔悪魔の家とか怖くない…?〕
ダイバーの憶測に釣られ、コメントも一喜一憂している。
しかし比較的期待の声の方が多いようだ。特にエルフと言う言葉に魅力を感じるリスナーは多いようで、『ぜひ見たい』『付き合いたい』等とまだ実際にいると決まった訳でもないのに大盛り上がりだ。
(いや、期待するのは分かるんだけどな……ただ、あの橋や家の大きさとか考えるとなぁ……)
「……皆さん、あくまでも警戒は絶やさずにいてください。でないと……──っ!」
浮き立った一部のダイバー達に私が軽く注意しようとした、まさにその瞬間……風を裂く音と共に足場の上から放たれた一本の矢。
その軌道を見切った私はすかさずダイバーの一人の前に立ち、高速で飛来したそれをローレルレイピアで叩き落とした。
「何者ですかっ!」
攻撃されたと言う事実に周囲の空気が一瞬で変わり、浮ついていた一部のダイバー達も臨戦態勢に入る。
そして、どういうつもりかと言う私の問いかけに、矢を放ってきた『敵』が足場の縁に姿を現し、声を上げた。
期待と警戒の入り混じった視線の先……足場の縁から身を乗り出し、姿を見せたのは──
「──ギャギャッ! ギィィーッ! ギィィーッ!!」
「キキッ! ギョギャッギャ! ゲゲーゲッ!!」
それは子供のような身長に、角を携えた小鬼のような魔物……そう。彼等はリスナー達が期待したエルフでも、ダイバー達が警戒した悪魔でもなく……
「お前等かよぉーーーーッ!!!」
「俺達の期待を返せ!」
「紛らわしい真似しやがって!!」
〔許せねぇ…俺、許せねぇよ…!〕
〔エルフどこ…ここ…?〕
〔なんで下層にまで居るんだよこいつ等…〕
〔かつてここまで憎まれたゴブリンがいただろうか〕
〔↑多分クソほどいると思うけど…〕
勝手に期待していた一部のダイバー達から怨嗟の声が上がり、それに呼応してコメント欄からも一見場違いなゴブリンへとヘイトが向けられる。
期待と警戒を裏切って現れた所為か、彼等からはどこか目の前のゴブリン達を侮っているような雰囲気も感じられた。
……しかし、冷静な見方をするダイバーも当然存在する。
「慧火-Fly-……どこまでだ?」
「規模が大き過ぎて解らんが……チーフが複数いるのに、抗争もせず手を組んでいる事から考えて、『コマンダー』以上の個体が居るのは間違いない」
「……キングの気配は感じられないって事だな?」
「今のところは……だが、俺よりも先に向こうが気付いて攻撃してきた。……スカウターも居るのは間違いない」
「解った。──皆、目に見える足場にばかり気を取られるな! 他の樹の上にもスカウターが潜んでいる可能性が高い!」
Katsu-首領-と慧火-Fly-がゴブリン達の戦力把握と警戒を促し、
「──【サテライト・ウォーター】。私の水魔法で矢の威力は殺せます。防御や回避に自信の無い者は私の後ろに」
「遠距離攻撃が得意な人もこちらに! 矢の攻撃は百合原さんが対応できますから!」
百合原咲が魔法で空中に作り出した水球を操り、矢を防ぐ盾とする。
他にも腕輪の中から今使っている物よりも一回り大きな盾を取り出す者や、自身のジョブの補正を受けられないもののこう言う状況を想定して用意しておいた弓矢を取り出す者等、個人勢の中にも素早い対応をしている者もいるようだ。
「なぁ……これってもしかして、ちょっとヤバいのか……?」
「そ、そうなのかも……」
ベテランダイバー達の物々しい様子に、どこか状況を楽観視していた少数のダイバー達が遅れて警戒を強め始める。
そうこうしている間にも、樹上に張り巡らされた足場の上を駆けまわる影はどんどんと多くなっていき……
「なるほど、ゴブリン流の空中要塞……と、言ったところでしょうか」
こちらの準備がようやく整った頃には、数えるのも馬鹿らしくなるほどのゴブリン達がこちらに向けて矢を番えていた。




