第100話 大型コラボ配信⑤
とうとう番外編とプロローグ等を除いた話数も100を突破です!
これもここまで評価や感想で応援してくれた皆さまのおかげです! 今後もよろしくお願いします!
「──【ラッシュピアッサー】!」
「ぅ……くっ! そう簡単には──ぐ……っ!」
【エンチャント・ダーク】で付与した闇を纏うレイピアが、空中に黒い軌跡を描いてチヨを追い詰める。
スキルを活かした連続突きだけでは動きを見切られて回避されてしまう為、時折突いた直後のレイピアで斬りつけながらチヨの予測を外していく。
先程カウンターとして放った突きがチヨの右肩を捉えられたのは幸運だった。肩に沁み込んだ闇の魔力がチヨの傷を再生させない為、右腕全体の動きが鈍くなっている。
そんな状態でもその後のラッシュ攻撃で一度も深手を負わない立ち回りが出来る辺り、やはり悪魔の身体スペックの高さを感じるが……どうしても回避しきれず防御に使った左腕や、両脚についた浅い傷口にも闇の魔力は定着している。
(流石にそろそろ全身に蓄積したダメージが無視できなくなってくる頃合いだ……)
一か八かの反撃がいつ来てもおかしくない。一方的に攻められているチヨの眼は、その隙を伺っているように見える。
「っ!」
(! バックステップ……距離を取るつもりか! だが──!)
「──逃がしません!」
僅かな予備動作から先を読んだ私はすかさず跳躍し、チヨの後をぴたりと追従し攻撃の手を緩めない。
その時──
「──しつこいよ!」
「っ!」
チヨの背後からバチバチと閃光を放つ尻尾の先端が、まるで槍のように迫る。
雷の魔力を纏った一撃……これは──
(エンチャント!)
「く……、はぁっ!」
エンチャントの魔法をチヨが使える事に関しては別に驚きはない。
あの魔法は異世界では特に珍しい物でもなかったし、構造を知っていればかなり簡単に習得できる魔法でもあったからだ。だが、問題はそこではない。
(『一手』、使わされた!)
雷の魔力を付与された尻尾をそのままには出来ない。だから今、私はギリギリで回避したそれを、ローレルレイピアの振り下ろしで『切り落とした』。
そう……チヨを攻撃し続けなければならない超至近距離で、私は隙を作らされた。
「──ぐぅっ!!?」
「っ痛ぅ……! でも、その分の価値はあったかな……!」
腹部に鈍い痛み。ドレスアーマーの甲冑が無い部分に、思いっきり蹴りを食らったようだ。
そのまま悪魔の脚力は私の身体を上空へと吹っ飛ばし……
「これで──」
(ッ、マズい……!)
きりもみ回転しながらチヨへと視線を向けた先で、彼女の左手に凝縮された嵐が生み出されたのが見えた。
地面と違って踏ん張りの利かない空中では、あの嵐を受け止める方法はない。
「──あたしの勝ちだ!」
眼前に迫る嵐の螺旋。私は腕輪に指を添え……
「──【ムーブ・オン! ”マーク”】!」
予め記録していた座標──チヨと戦う直前まで立っていた岩場の上の座標へとワープする。
(! っと、そう言えばあの岩は消し飛ばされていたんだったな……!)
最初の嵐と螺旋刺突の激突で足場が消失していた為に空中へと投げ出された私だったが、直ぐに空中を蹴って姿勢を立て直すと少し離れた地上で上空へと嵐の魔法を放っているチヨの方へと急ぐ。
「なっ、転送魔法!? そうか、そう言えばさっきの人間たちも使ってたっけ……」
意外にも私の動きに直ぐに気が付いたチヨは嵐の放出を中断し、そのままこちらへ向けた左手から無数の風の刃を放ってくる。
今更この程度の攻撃、接近しながらでも対処は出来る。だが、当然ながらチヨの攻撃はそれだけに留まらなかった。
「──『地よ、地よ、手を伸ばせ。見えざる腕にて尽くを絡め捕れ』」
「なっ……!?」
(呪文の詠唱!? いや、それよりも──!)
目を閉じ、こちらへの攻撃を続けながらまるで祈るように静かな声で紡がれる言葉……その響きは間違いなく……
(異世界の呪文と全く同じ……!)
直ぐに記憶の底を掘り返し、該当する呪文を思い出して対処を試みる。
今回チヨが使おうとしている魔法は恐らく──
「──『天をも墜とす重力場』」
チヨが魔法の詠唱を終えると共に、私の身体が急激に重くなる。
そして靴に纏わせた風では支えられなくなった私の身体は、凄まじい力で地面へと引っ張られ……
「ぅ……──ぐぅっ!!」
両足が地面を踏みしめると同時に、足首ほどの深さまで両足が地面に減り込んだ。
魔法の効果を思い出せたおかげで姿勢だけは整えられたが、もしもそれさえも間に合わなければ今頃私はうつ伏せの姿勢で地面に磔にされていただろう。
「はぁ……はぁ……! 流石に……勝負あり、かな……?」
「チヨ……!」
声に顔を上げれば、全身に傷を負い、息も整っていないチヨと目が合った。
自ら至近距離までやって来たチヨに対して、私も攻撃を仕掛けたかったが……
(剣が重い……!)
およそ細剣の物とは思えない重量となっているローレルレイピアが思うように持ち上がらず、それも叶わない。
絶えず全身に降りかかる重圧に追撃を警戒した私は、せめて撤退の準備の為に腕輪へと再び手を近づけ……
「──今日は……はぁ、はぁ……ここまで、かな……」
「……?」
「はぁ……はぁ……実はさぁ、あたしも、この魔法あんまり得意じゃないんだよね~……はぁ、はぁ……」
「では、今日の戦いは、これで終わりで良い……ですよね……?」
彼女の様子から察するに、チヨの方も魔法の維持が限界らしい。
既に戦意も消えたその様子に、あくまでも腕輪から指は離さずに会話に応じる。
恐らくはそれを伝える為にここまで来たのだろう彼女にそう確認すると、チヨは疲弊さえも心地好いと言いたげに笑みを浮かべる。
「はぁ……はぁ……、──うん、十分楽しんだからね! 満足したよ!」
「そう、ですか……」
「やっぱり、強いね、ヴィオレットちゃん! あたしもまた……はぁ、はぁ……鍛えなおさなきゃ……ふぅ……じゃあ、また明日ねー!」
一体どこからそんな元気が溢れて来るのやら……随分と楽しそうに、そして一方的に喋ったチヨは、満足気な笑顔のまま私の前から飛び去った。
それから数秒ほどして重力から解放された私は、急に体が軽くなった事でバランスを崩し、尻もちをついてしまった。
「鍛えなおさなくても、良いですよ……。はぁ……」
そして疲労の籠った息を吐きながら地面にへたり込む。
(なんか、異世界に居た時よりも体力が落ちたような……もしかして、知らない内に鈍ったかな?)
まだまだ戦闘は熟せる程度の余裕はあるが、それでも何となく自分のイメージよりも余裕が無い気がする。
まぁ、異世界はダンジョンの外だろうと魔物が溢れていたからな……週に二日しか戦わなくなった事を考えれば、無理もないのかも知れない。
(兎にも角にも、何とかチヨは撤退したか……これで探索配信は継続出来るな)
私がチヨを撤退させたことは、地上に避難したダイバー達も配信を通して知ったはずだ。
事前の打ち合わせではチヨの撤退を確認し次第、再び腕輪の機能で下層に再集合する事になっているし、もう直彼らもやってくる事だろう。
……
…………
………………?
(なんだ? 随分と遅いな……)
地面に座り込んで体を休めながら待つ事、数十秒。
ここに戻って来るだけなら腕輪の機能で一瞬だと言うのに、誰一人として帰ってこない。まさか、打ち合わせの内容を忘れた訳でもないだろうに……
「そうだ! カメラを呼び戻して、配信で伝えれば良いじゃないですか!」
今回はちゃんとカメラを避難させていたのだから、手っ取り早くこちらから呼んでやればいいのだ。
早速ドローンカメラを私の元に呼び戻す為の操作をして……っと。
……
…………
………………来ない。
(あれ? なんか嫌な予感……)
「……気は進みませんが、確認しなければならないでしょうね……」
カメラを退避させた場所は覚えている。
向こうがこちらに来ないのなら、私がカメラの場所まで行って確認せねばなるまい。
疲労を訴える脚に活を入れ、よっこいせとばかりに立ち上がり歩き出す。
……正直、自分の眼で確認する前から心のどこかで嫌な確信はあった。
だけどそれでも私は希望を持っていたのだ。……一応は。
だが、やはりこれは……心のどこかで分かっていたとしてもこれはあまりにも……
「なんて……なんて見事なぺっちゃんこ……!」
そこには凄まじい力で地面に押し付けられ、煎餅のように潰された元・ドローンカメラの姿があった。
【悲報】三号機、逝く




