第97話 大型コラボ配信②
「──グアアアァァッ!!」
クリムがアークミノタウロスをソロで討伐した数分後、事の成り行きを見守っていた私の視線の先で残っていた最後のアークミノタウロスが倒され……響き渡った断末魔の後、周囲には再び静寂と束の間の平穏が戻って来た。
「はぁ……! ふぅ……! やった……──勝ったぞ……ッ!」
〔おお!〕
〔おめでとう!〕
〔¥10,000〕
〔¥5,000〕
とは言え、流石に彼等も疲労が溜まっているようだ。
一番戦闘が長引いていた事もあってか、戦闘を終えた5人はそれぞれ地面に座り込んで荒い息を吐いている。
因みにアークミノタウロスの討伐速度は飯テロ、ラウンズ、クリム、ソーマパーティ、他個人勢ダイバー組(クリムが入っているパーティ)の順番だ。
ラウンズは安定感を重視している戦い方だったが、それでも非常に無駄の少ない連携が見事だった印象。
そして飯テロは──
(まさか2体のアークミノタウロスを受け持って、その上で誰よりも早く討伐するとはな……)
連携の精度や参加したメンバーのバランスが良かった等、有利な要素が多かった事は否めないが……それでも4人でこの戦果だ。正直なところ、何で今まで下層に来るのを渋っていたのか分からない程の実力を感じた。
ソーマ……『俺』のパーティと、クリムが一時的に抜けた個人勢パーティは可もなく不可もなくと言ったところか。
それぞれの実力は十分優れていたのだが、慣れない連携で強みを消されてしまう事も多かった。これに関しては振り分けた私にも責任の一端はあるな。
まぁ、それを見極める為の戦闘でもあったので、有意義な時間だったのは間違いない。
とりあえず、今は──
「皆さん、アークミノタウロスの討伐おめでとうございます。そして、お疲れさまでした。しばらくの間、周囲の警戒は私がしておきますので……──そうですね。その間にレベルアップ等の確認がてら、身体を休めておいてください」
「あ、あぁ……助かる……」
気にするなと片手を振って伝え、パーティの再編成を考えながら周囲に気を張り巡らせる。
先程の戦闘中にも数体のダンジョンホッパーが索敵に引っ掛かり、その度に始末しておいたが……アレで終わりと決まったわけじゃないからな。
大量の魔物を呼ばれてしまえば、広範囲を攻撃できる魔法を封じている私だけでは彼らを守り切れないだろうし……何よりも警戒すべきは、チヨが今の戦闘で発生した音や魔力に気付いたかもしれないって事だ。
(もし気付かれてこちらへ近付いているのであれば、逸早くそれを察知して私の方からチヨの方へ向かう必要がある)
この近くまでチヨが来てしまえば、例の境界がある洞窟が見つかるのも時間の問題だ。
そうなれば奴は中層からやってくるダイバーを待ち伏せしかねない……いや、バトルジャンキーと仲間のユキにまで言われる彼女の事。ほぼ間違いなくやるだろう。
「──早いところ、あの洞窟から離れなければ……」
◇
「皆、見てくれ! アークミノタウロスを倒した事で、早速レベルが上がったぜ!」
〔めでてぇ!〕
〔さすカツ!〕
俺達『飯テロ』はアークミノタウロス達との戦闘を終え、休憩がてら地面に腰を下ろしてつかの間の雑談配信をしていた。
腕輪から投影されたステータス表示を画面に映しながらレベルアップを報告すると、リスナー達からの賞賛と祝福のコメントが贈られる。
戦闘開始までは緊張や不安も混じっていたコメント達だったが、先ほどの戦いで俺達『飯テロ』が下層の魔物相手でも十分に戦える事を見せる事が出来た為か今ではすっかりいつもの調子を取り戻していた。
〔¥10,000 圧勝すごかった!〕
〔なんで今まで下層に来なかったん!?〕
「ん? あー……まぁ、やっぱりどのくらいの装備が必要なのかって『指標』が無かったのが一番の要因だな」
下層の魔物や状況に関してはオーマ=ヴィオレットさんがこれまでも配信で伝えてくれていたが、生憎彼女は攻撃を受け止めるのではなく避けるタイプのダイバーだ。
魔物の脅威や環境は伝わっても、実際に攻撃を無事に受け止めるのにどれ程の耐久性が必要なのか分からず、いつまでも踏ん切りがつかなかったんだよな……
〔なるほど〕
〔一応アークミノタウロスは他の未踏破ダンジョンでも見つかってるし、そっちは参考にならなかったの?〕
〔↑ダンジョンホッパーがいる上にレイドバルチャーとか言う新種も確認されてるんだからアークミノタウロスに対応出来るだけじゃ意味ないぞ〕
「まぁ、そう言う事だ。後、もう一つ理由があってな……それがコイツ──火羅↑age↑の成長待ちだ!」
「っ! ──ど、ども……」
そう言って俺は飯テロの中では比較的新人である火羅↑age↑の肩に手を置き、自分の体をずらして今の戦いの功労者の存在をアピールする。
手を肩に乗せた時にビクッと震えた火羅↑age↑は、伸ばした前髪の隙間から覗く片目を彷徨わせながら控えめに挨拶をした。
この反応からも分かるように、こいつは自己主張がやや苦手なタイプのダイバーだ。今もなるべく話題を振られないよう、俺の身体の影で気配を消していたのを引きずり出したような形になってしまったが……こうでもしないと配信に映ろうとしないからなコイツ……
〔カラアゲくーん!〕
〔さっきの戦いカッコよかったよー!〕
〔¥250〕
〔温めお願いします!!〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔¥250〕
「ゎ……あり、ありりゃっ……ぁぅ……」
〔かわいい!〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔かわいい!!〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔¥250〕
〔¥250〕
加速するコメント、飛び交うプレチャ……これを素でやってるんだからある意味恐ろしいな。
まぁ、戦闘中のこいつはまた別の意味でおっかねぇんだが……
「──失礼、今良いでしょうか?」
「ん? っと、ヴィオレットさんでしたか。そろそろ休憩も終わりに?」
声をかけられたので振り返ると、そこにいたのは今回の企画の発案者でもあるオーマ=ヴィオレットさんだった。
ダイバー歴の短さに対して圧倒的な速度で実力を伸ばし、今や渋谷ダンジョンで誰よりも先を行く攻略最前線だ。
一人のダイバーとして尊敬する彼女が立っているのに俺が座ったままと言うのはどうかと思い、こちらも立ち上がる。それにアークミノタウロスの最後の一体が倒されてから数分が経過している事から、そろそろ休憩も終わりだろうしな……
「ええ、それもありますが──【ストレージ】。……これを火羅↑age↑さんに」
「これは、杖ですか? っ、この材質もしかして……! 良いんですか、こんな貴重な物を?」
こちらの問いかけに答えながら、ヴィオレットさんは腕輪から取り出した一本の白い杖を俺へ手渡してきた。
その色や材質から直ぐにこの杖の正体に思い至った俺は、確認の意味も込めて尋ねる。
「勿論、配信の終了時には返していただくつもりではありますが、最悪壊れてしまっても構いません。それも含めて必要な確認ですから」
聞けば、この杖はやはり攻略最前線であるダイバーに贈られる『テスト品』の一つだったようだ。
名称は『白樹の杖』……名前からも分かるように、これまでヴィオレットさんが納品してきた下層の白い樹の枝を原材料とした杖であり、もしかしたら今後の最高級品となるかもしれない逸品。
それをウチの火羅↑age↑に預けてくれる理由は、以前も雑談配信で言っていた『テスト品』としての役目を果たす為だろう。
実際に探索で試用し、使い勝手や耐久性を現地で確かめる……確かにメイン武器がレイピアであるヴィオレットさんより、火羅↑age↑の方がテストには向いているか。
「では、ありがたく使わせていただきます……そう言う訳だが、やってくれるか?」
「──ぅん。──【ストレージ】」
俺の確認に小さく首肯で答える火羅↑age↑は、それまで手に持っていた『ミノタウロスの魔石杖』を腕輪に収納し、『白樹の杖』を両手で受け取った。
体格の小ささも相俟ってまるで弟にプレゼントを渡すような気になりつつ振り返ると、既にヴィオレットさんはコラボ参加者達が休憩している真ん中に立っており──
「それでは皆さんの体力も回復したところで──下層の探索を再開します!」
と、大きな声で宣言がなされた。
◇
「──ねぇ、チヨ。そろそろ時間じゃない?」
「ん~……? あぁ、ホントだ……──ふぁああぁ~……仕方ないなぁ……」
「どうしたのよ? 最近特にそんな調子だけど」
「だってさぁ~……ヴィオレットちゃん、今あっちの方に行ってるんでしょ~? 楽しみが無くってさぁー……」
「それでも仕事なんだから、ちゃんと済ませなさい。ちょっと見て回ってくるだけじゃないの」
「変化の無い場所をただ見て回ってくるのって結構だるいんだよ~……退屈過ぎてさぁ……」
「良いじゃない。平和って事なんだから」
「そーですね~──はぁ……いってきまぁーす……」




