求婚2
ダイラの年齢は現在18歳、オレより1歳年上だ。
この国における結婚の平均年齢からすれば、決してまだ遅くはないし、むしろ若い方だろう。
だがダイラの場合、リナレス家の事情もあり、かなり早くから婿取りを考えていたらしい。
「見合いすること数十回。なかなか相手に恵まれず。」
「数十・・・。」
結構な回数だ。
「相手に求める条件が高すぎるんじゃない?」
ズバリ切り込むナタリア。
オレにはとてもそんなことは聞けない。
「そうかもしれない。
だが、リナレス流剣術は私が継ぐわけだし、婿殿にまで剣の強さは求めていないのだが。」
「そんな、譲歩した、みたいな言い方してるけど、あなたに強さで勝てる男なんているわけないんだから、それは大前提でわざわざ言うのはおかしいよね?」
確かにそれに関してはナタリアの言う通りだ。
ダイラはあまりにも強すぎる。
彼女に勝てる相手は、サルサール王国どころか世界全体で見ても一握りなのではないか。
とするなら、初めから結婚相手の条件としては除外してしかるべきなので、あえて今更いうほどのことではない。
「ちょっと黙っていてもらえないか。
私はエリアス様に話している。」
さすがにむっとした様子で、ダイラはナタリアをにらみつけた。
それで引くか、と思ったら、ナタリアは一歩も譲らず、逆にダイラをにらみ返している。
背はダイラの方が少し高いが、全力警戒モードのハリネズミのようにとがった空気をまき散らしている分、ナタリアの方が迫力がある。
相手は最強剣士なんだけどね。ナタリアの胆力も大したものだ。
しかしどうしたナタリア、いつもと様子が違うぞ?
よっぽどダイラのことを腹に据えかねているのか。
二人は相性がよくないようだ。
「ナタリア、申し訳ないけど一度下がってくれるかな?」
今、ダイラに話をされているのは、ダイラの言う通りオレだ。ナタリアではない。
言葉こそ返ってこなかったが、ギラギラした抗議の目をぶつけられた。
見なかったことにしよう。
話が進まない。
「エリアス様、今の話にもあった通り、私は元々、結婚相手に剣の腕は求めていなかったのです。
だが、私は出会ってしまった。
世界に何人いるかわからない、私と同等に戦える方に!」
正直、剣においてはオレとダイラの間にはかなりの実力差があり、当然彼女の方が数段上だと確信しているものの、魔法ありの勝負で引き分けた、という事実があるからそんなことを言っても仕方がないのだろう。
ダイラはオレのことを、魔法込みなら自分と同等の実力者、と認識してしまった。
「参考までに聞きたいんだけど・・・。」
「何なりと!」
「今まで数十人の方とお見合いをした、と言ってたけど、それらの男性たちが、決め手として欠けていた点はどういうところなのかな? もちろん、剣の腕は除いて。」
「決め手として欠けていた、というとすべて私が断ったように聞こえてしまいますが、もちろん私が断られたケースも少なくないことは先にお伝えしておきます。
その上で、私が断った相手に、足りないと感じた点としては・・・。」
「点としては?」
「・・・容姿。」
「・・・。」
「見た目で愛することができそうになかった。これに尽きます。」
なるほど。
いや、大事。大事ですよ。
外見は気にしないとかなんとか、そういう人も確かにいるかもしれないけれど、結婚相手ともなれば、多少なりとも外見も気にしてしまうものだと、少なくともオレは思う。
そういう意味では、ダイラの言葉は非常に正直だ。
でも、ということは?
「オレは、その基準をクリアした、と?」
「私の目には今、エリアス様はまるで白馬の王子様のように見えています!」
・・・マジ!? これってあばたもえくぼってやつか!?
・・・まぁ、そこまで自分を卑下しなくてもいいか。
「いや、言い訳させてもらうと、最初に結界ドームで出会った時には、まったく意識していなかったのです。しかし、立ち会っている間、本当に短いあの戦いの最中、魔法の数々、剣の動き、判断力の速さ、などなど、私はそのすべてにときめいたのです!
私の気持ちは徐々に、そして最後には一気に膨れ上がりました。
もちろん、剣士として手を抜いたりは全くしませんでしたが。
そして今、改めてお会いして、私は確信に至ったのです。あなたしかいない。
私はあなたを愛している。
私と、結婚してください!」
「待って待って待って待って!」
下がってくれ、と言ったのにまた割り込んでくるナタリア。
「エリアスは結婚なんてできません! 婚約者がいるんだから!」
「な!?」
ダイラの顔色が変わった。
なるほど、ダイラはどうやら、そもそもオレの情報は何も持ち合わせていないのだ。
「ナタリア。」
少し強めに名を呼んだ。はっと悟ったように、すぐにナタリアは身を引いた。
婚約者については、やはり自分から話すべきだろう。
「ダイラ、サルサール王国の姫のことをご存知ですか?」
自然と言葉遣いを改めつつ、改めてしっかりダイラに向き合った。
「姫? それはもちろん。だが、姫様は先日・・・。」
ダイラは言い淀んだ。
それは、オレたちが知っている程度の情報は、当然のようにダイラも持っているからだろう。
「その姫が、婚約されていることは?」
話の流れが読めるなら、これだけでも伝わるだろう。
「・・・まさか!? エリアス様が姫のお相手と?」
「そういうことです。」
「エリアス様が姫の婚約者・・・。
それは・・・知らぬこととはいえ。私はなんというご無礼を。
まだお心の痛みも癒える時期ではないでしょうに・・・。」
姫の話題が出た段階から、オレは、ダイラの反応をつぶさに見ていた。
きわめて冷静に。
反応の仕方に、言葉の選び方に、ウソはないか。
何かを知っていて、とぼけてはいないか。
態度の節々に、違和感はないか。
「姫についての直近のお話、ご存知のようですね。」
「あまり詳しいことは存じませんが、最低限のお話だけは。」
「どなたからどのように聞いているのか、少し具体的に教えていただいてもよろしいですか?」
「それはもちろん。ただ、お会いしたことも数度しかありませんし、私と姫様とは関係が深かったわけでもないので、父から『突然のことだが、姫がお亡くなりになった』、と聞いた程度です。」
それが本当なら、4大公爵にも世間的に公表しているのと変わらない情報しかおりてきていないことになる。
そうでなければ、当主レベルのみで共有されているトップシークレットになっているのか、ダイラがウソをついているのか。
少なくとも、ダイラの言葉に嘘はないように感じる。
今、心底申し訳なさそうな顔をしているこの女性はきっと、上手に嘘をつくことはできない人だ。
「そうか・・・。何か情報があれば、と思ったんですが。と、話が逸れてしまった。改めて、ダイラ。」
「はい。」
「そういう事情もあり、お気持ちは大変ありがたいですし恐縮でもあるのですが、今ダイラの気持ちに添うことはできません。」
「・・・ごもっともです。
ですが。
私も冗談や酔狂で気持ちをお伝えしたわけではありません。
今はまだ、姫が亡くなられてから日も浅く、気持ちの整理もついていないことでしょう。
ですが、時間とともに姫へのお気持ちが落ち着いてこられたなら、改めて私のことを考えていただきたいのです。
私は粛々とその時を、お待ちいたします。」
「・・・ダイラ、それではあなたの大切な時間を無駄に浪費させてしまう。
オレのことは忘れて欲しい。
オレはそもそも、姫の葬儀にも呼ばれていないですし、亡くなられた事実を確認することもできていない。
つまり有り体に言うなら、私は未だに、姫が亡くなられたとは考えていない。」
「・・・! なんと。」
「何があったのか、その真相を一生かかってでも突き止めたい。
だから・・・本当に申し訳ありません。」
オレは頭を下げた。
ダイラは沈黙した。
長く、言葉が途絶えた。
ダイラは必死に考えているのだろう。
自分の感情と、今するべき行動と、発すべき言葉を。
「・・・わかりました。では、私もエリアス様にご協力いたします。」
「え?」
「結婚については、完全にお断りされた、ということで一旦諦めます。
冗談にもなりませんが、私はこれまでも何度も何度も結婚を断られてきたのです。断られた回数がまた一回、増えただけです。
ご縁がない時はそういうもの、仕方がありません。
その上で、私はエリアス様の近くでお手伝いをさせていただきたいのです。」
「それは大変ありがたいが・・・先程も言ったように、ダイラの時間を奪うようで申し訳ない。」
「私がそうしたいのです。お許しいただけますか?」
「・・・ダイラが協力してくれるのなら、こんなに嬉しいことはないよ。」
4大公爵のうち、あるいはもっとも協力を願うのが難しいと思っていたリナレス家に繋がりができるのだから、オレにとっては断る理由がない。
「ありがとうございます・・・!」
ダイラはオレの右手を両手でぐっと掴み、自分の方に引き寄せながらにじり寄ってきた。
近い近い。
「きっと、きっとお役に立ちます・・・!」
言いながら、オレの腕をさらに引き、意図的なのか無意識か、自分の胸の膨らみの近くにまで持っていく。
ん?
たった今、諦めたって言ったよね?
なんかちょっと、怖くなってきた。
大丈夫かな・・・。
鬼神のように怖い顔をしたナタリアが視界に入った。
いいね、ブックマーク等がとても少なく、泣きそうです。
ぜひぜひ、よろしくお願いいたします。