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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
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王子の思惑

 時間は、エリアスとダイラが出会った日より数日前に戻る。


 場所はサルサール王国首都アウグストの王宮・ラファエラパレス。

 アウグストは建国の英雄、ラファエラパレスは中興の女王ラファエラから名づけられた。


 生まれてこの方、サルサール王国を出たことがない父王とは違い、アダン王子は10代の頃から屈強な供を率いて頻繁に他国を訪ね歩き、見聞を広げてきた。

 そのため、ラファエラパレスが他国の王宮と比較して、はるかに装飾性だけでなく機能面で秀でていることを知っていた。

 エリアスに教えていた王宮裏口もその一つで、数ある王宮の出入り口の中でも王族しか利用できない、複数の選び抜かれた衛兵と、何重にも施錠されたセキュリティが自慢だった。


 しかし、そんな裏口も、姫がいなくなり、エリアスには利用を禁じたことで、すっかり活用される機会がなくなっていた。

 アダン自身も昨今は姫の件もあって非常に忙しく、王宮裏口は一年以上利用していない。

 王がいるとはいえ、その後継者たる自分が不用意に国を開けるわけにはいかない、ということもある。

 今日アダンが招いた客は、その裏口ではなく、正面の通常入口から王宮に入ってきた。

 衛兵及び親衛隊にも若干の緊張がある。

 姫とほとんど変わらない年齢の娘がいるにも関わらず、全く老け込むことなく、若々しい姿で颯爽としている。

 鍛えられた筋肉と、熟練の身のこなしを見てもただものではないことがわかる。

 短く刈られた青髪の剣士。

 名を、シーロ・リナレスという。

 4大公爵の一人で、世間一般からはリナレス卿と呼ばれる。

 アダンは以前、シーロから剣を習っていたこともあるため、迫力負けすることはない。割と気心も知れている。


「して、用向きは?」


 挨拶もほどほどに、シーロはアダンに問いかけた。

 単刀直入が彼、というより娘のダイラも含めた、リナレス家全体のいいところだ。


「リナレス卿の喫緊の懸念について、ですね。」


「ほう。北部防衛について、ですかな?」


 最近は落ち着いているが、北方敵国の南下は、確かにサルサール王国にとって長年の悩みの種だった。

 だが、今回の要件はそれとは違う。


「いえいえ、もっと内々の。」


「・・・あぁ、ダイラの婿取りですか。」


 察しがいい。シーロもそれだけ気にかけているということだろう。


「進展は?」


「いえ、今のところは。本人もそうだが、私が考える条件を満たす男はなかなか見つかりませんな。そして見つかった、と思っても断ったり断られたり、困ったものです。

 いっそのことアダン王子がもらってくださればよい。」


 アダンは王族のその年齢にしては珍しく、まだ独身だった。

 後継者問題もあるため、王からはかなりせっつかれてもいる。

 実はダイラの世話を焼いている場合ではないのだが、本人は気にしていない。


「ご冗談を。ダイラは私では満足できませんよ。何度剣の練習で骨を折られたことか。」


 王族相手でも一切手を抜かないのが、リナレス家のいいところではあるが、王にはそれが不愉快に感じられるようなので、受け取り方次第だ。

 アダンはむしろ、リナレス家には好感を持っている。


「忖度を知らぬ家系なのでね。アダン王子が駄目なら、良いお相手を紹介していただけるとでも?」


「ちょうど心当たりがありまして。ただ、もちろんこれは、強制ではありません。

 そして、当人の了承を得ているわけでもありません。

 彼はダイラと会ったことがないでしょうし、まして結婚など考えたこともないでしょう。

 ゆえにそう簡単に成立はしないと思います。

 ですが、水と油と思っていた二人が、あるいは予想外に相性がいい、なんてこともあるかもしれません。

 ダイラを、会わせてみませんか?」


 ダイラは幼い頃から王宮に評判が届くほどの可愛い女の子だったが、成長するにつれ、可愛さは美しさへと変わり、剣の修行によってそれがさらなる高みへと昇華されていた。

 大抵の男であれば、そんなダイラと結婚できるとなれば断る者はいないと思われるが、強すぎる剣の腕とリナレス流後継者という責任の重さ、そして彼女のやや変わった性格により、想定以上に断りを入れる者が多かった。


「どういう相手なのかが気になりますが、本人の自由意志でいいのであれば、ダイラを会わせることに反対する理由はありませんな。

 それとも、なにか気になることが?」


「一点。リナレス卿に妥協していただきたい点が。」


「ほう?」


「彼は剣士ですが、純粋な剣士ではありません。」


「・・・魔法剣士ですかな?」


「そういうことです。」


 リナレス家は剣を重んじるがゆえ、同時に魔法も使う魔法剣士を好んでいなかった。

 そのため、リナレス家全体では剣士が9割、回復役の魔法使いが1割というバランスで、魔法剣士は一人もいなかった。

 最近ではその噂が普及しつつあり、魔法剣士の方からリナレスの門を叩く者はいなくなっていた。


「納得はし難いですな。

だが、それならば、そもそもダイラとうまくいくとも思えませんし、意味がありますか?」


「ですから、あるいは、と。リナレス流剣術はダイラが継ぐと考えれば、相手が魔法使いでも魔法剣士でも関係ないでしょう。

 何より大事なのは、ダイラが気に入るかどうか、です。」


「それは確かに言われる通り。八方塞がりの婿探しの、一つの可能性としては、お受けしてみるのも一興ですな。」


 実際には、シーロの表情に出ているよりも悩みは深かったのかもしれない。

 アダンが考えていたよりも、すんなり引き受けてくれた。

 この話がもしうまくいけば、アダンにしてもシーロにしても万々歳だ。


「ありがとうございます。では、その者の名をお伝えします。

 彼の名は、エリアス・アルカイネ。」


 シーロは、聞き覚えがある、という表情をしている。

 それはそうだろう。

 好悪はともかくとして、姫との婚約が成った時には大いに話題になったものだ。


「ん? それはもしや、姫様の?」


 さすがにシーロは思い出した。


「そうです。」


「なるほど。。。平民は、と言いたいところだが、それはまぁいいでしょう。結局は本人たち次第ですからな。

 で、アダン王子から紹介していただけると?」


「いえ、できれば私のことは伏せて接触していただきたい。」


 アダンが関与していることが知れれば、エリアスに妙な疑惑を抱かせかねない。

 あくまで黒子に徹しなければならない。


「・・・わけありですか。

 まぁいいでしょう。

 ダイラには、腕のいい剣士がいるらしいから立ち会ってこい、とでもいいますかな。

 彼の実際の腕前は?」


「魔法剣士としては優秀ですし、学校では敵はないでしょう。

 が、ダイラに一対一で勝てる者がこの国にいますか?」


 この国どころか、世界的に見てもそんな男はそう多くないだろう。


「まぁそうですな。

 ダイラ以上という条件をつければ、婿取りは絶望的ですわ。

 せいぜいダイラが失望しない程度には頑張ってくれればいいのだが。

 王子から見て、エリアスはどういう男と?」


「私にとって、・・・かわいい弟のような存在ですよ。

 もし、良縁に発展するなら、よくしてやってください。」


 アダンは、義理の弟になれなかった男の顔を、懐かしく思い出していた。


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