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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
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涙と体温

 気が付いた時には、オレはベッドで寝ていた。

 目は覚めていたが、意識は起きていなかった。

 思考が止まっている。

 ぼんやりと天井を見、目だけを少し動かした。

 見覚えがない。

 もう一度目をつぶる。少しずつ、遠くから戻ってくる努力をする。手繰り寄せていく。

 ここはどこだ、何があった、何故寝ていた。

 やがてゆらゆら浮遊していた思考が、体とガチッと結びつく。

 怪我・・・はない。

 左手・・・も、ある。

 そのまま左手を動かし、右肩付近を触ってみて理解した。

 誰かが回復魔法で治療してくれたのだろう。

 だが、怪我は治っても想像を絶する痛みの気配は残っている。

 もう痛くはないはずなのに、オレは無意識に顔をゆがめた。

 その段階でようやく、横でオレの名を連呼する女性の姿に気づいた。


「ナタリア・・・。」


「エリアス! よかった、目が覚めて、本当によかった。」


 ナタリアは泣いていた。

 つい最近も、泣き顔、見たな。

 そして、オレが知らないところでナタリアが泣いていた話も、つい最近聞いたような気がする。


「ボッロボロに、泣いてるね。」


 そういうと、ナタリアは余計に泣いた。

 思い出してきた。

 イサ―クに助けられて、結果オレが死にかけた時にも、大泣きするナタリアに助けられたのだ。

 その時は、オレが意識を取り戻した時には夜中だったこともあり、イサ―クが傍にいてくれた。

 オレの無事を確認したあと、一度帰ったイサ―クがナタリアを連れてきてくれたのだが、その時は、ナタリアは泣かなかった。

 イサ―クがいたからかもしれないし、意識を取り戻したという話をイサ―クから聞いていたため、泣くほどではなかった、ということかもしれない。

 ただ、今、目の前にいるナタリアは、長い付き合いの中で一度も見たことがないくらいに激しく、泣いていた。


「オレが、生きてる、ということは・・・?」


 勝った? のだろうか?

 いや、お世辞にも勝ったなどとは言えない勝負だった。

 オレが今生きているのは、ただ運が良かったからだ。


「・・・ダイラは? 生きてる?」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔を上げたナタリア。

 激しく首を縦に振った。


「大丈夫・・・生きてる、生きてるよ!」


 そうか、よかった。殺していなかった。

 何がどうなって生き延びてくれたのかは全くわからないけれど、とにかく生きているのなら、それだけでよかった。

 特に最後の一撃は、ダイラの安否を気遣う余裕は全くなかった。

 ただ、死ねない、その一念のみで、全力の一撃を放ったのだ。

 そして気を失う直前、オレの炎撃渦がダイラに直撃するのを、確かに見た。

 それなのに命を拾ったというダイラは、やはりただ者ではない。

 ふと気が付くと、先程まで自由に動かせていたオレの左手は、ナタリアによって強く強く握られていた。

 左手に軽く力を入れて動かすと、ナタリアは気づいて両手の力を緩めてくれた。

 オレはそのまま左手を持ちあげると、ナタリアの黄緑色の髪に触れた。

 かすかに、震えるような反応があった。


「また、助けてもらったね。ありがとう。」


「もう・・・こんな危険なことはやめて。」


「ん、まぁ今回に関しては不可抗力だったというか、オレから望んだことじゃなかったしね。」


「そうかもしれないけど。ダイラさんとの勝負は断ることもできたと思う。」


 そうしたいのは山々だったのだが。

 あの場であの圧力を、当事者として目の当たりにしていないと、なかなか伝わらないだろう。


「初めから『命がけの勝負なんて絶対に無理!』という態度をとっておけばよかったのかもね。

 ただ、彼女と近づければ姫のことが何かわかるかもしれない、と思ってしまったんだよね。

 だから下手な断り方をして心証を損ねたくなかった。」


 危うく、そんな大事な相手を殺してしまうところだったけどね。


「たぶんそんなことだろうとは思ってた。

 リナレス家に近づきたいなら、あんなチャンスないと思うし。」


「そうなんだよ。さすがナタリア、よくわかってる。」


「エリアスから4大公爵から調べていきたいって話を聞いた直後だったし、さすがにね。」


 ナタリアは大きく一つため息をついた。

 少し、落ち着いてきたらしい。


「そのお目当ての方は、先に意識を取り戻してお待ちになってますよ。」


「え? そうなの? それは急がないと!」


 ゆっくり体を起こし、調子を確かめる。

 全身、特に問題はない。万全の状態だ。

 さすがナタリア。

 あれだけ深く抉られた傷も、すっかり消えてしまっている。


「ところでここは・・・あ、学校の医務室か。」


「そういうこと。ダイラさんは、中庭に。

 またどんな無理難題言われるかわかったものじゃないし、私も一緒に行くね。」


 ナタリアはすっと立ち上がって身なりを整え直した。


「無理難題? 彼女はそういう感じの人じゃない気がするけど。」


「そう? だってエリアス、強引に勝負させられたじゃない。」


 確かに強引だった。

 ただ、信念に基づいた強引さだったためか、それほど不快には思っていない。


「純粋に強い人と戦いたい、自分がナンバーワンでいたいという思いがずば抜けて強いんだろうね。」


 ナタリアは不満そうだ。


「どうしてかばうの? 大体エリアス、今から改めてダイラさんに会うことに、抵抗はないの?」


「抵抗って、どうして?」


「あんなにひどい傷を負わされて、殺されかけたのに。」


「それを言うなら、オレだって最後は明確に殺意を持って攻撃しちゃったわけだし、お互い様だよね。

 大体、模擬戦で怪我させられたからって相手のことをどうこう言うほど、お互い狭量じゃない、と思うけど。

 それとも、ダイラ様が何か不満でも言ってたの?」


「そういうわけじゃないけど。」


「じゃあまずは、とりあえず改めて会ってみようよ。」


 ナタリアはダイラのことが、あまり好きではないようだ。

 オレを殺そうとした敵、という認識なのかもな。

 そういうことなら、ナタリアも一緒に行ってダイラと会話をすることは、悪いことではなさそうだ。

 どれだけ気を失っていたのか聞くのを忘れたが、もしかしたら結構待たせてしまっているのかもしれない。

 オレは小走りで中庭を目指すことにした。


「ちょ、ちょっと待ってよ!」


 ナタリアが追いついてきていなかった。

 オレは一旦ナタリアを待ち、追いついてきたところでナタリアの右手を左手で握った。


「・・・え?」


「ほら、急ぐよ!」


 ナタリアが付いてこれるかこれないか、というギリギリのスピードで走り、少し強めに手を引いた。

 オレの大怪我を二度も回復魔法で治療してくれたナタリアの手はとても柔らかくてほんのりあたたかい。


 ふと思った。

 オレは今の今まで、ナタリアと手を繋いだことがあっただろうか?

 正直、記憶がない。

 長い付き合いだ、実際には手を繋いだことくらいあったかもしれない。

 だが、まったく意識してこなかったので、記憶に残っていないのだ。

 幼馴染だからこそ意識してこなかったし、意識せずに済んだ。

 でも、そんな間にもいつのまにか女の子は成長していて、ナタリアは、大人の女性になっていた。

 といっても、オレの中のナタリアのイメージは、昔っからずっと、大人の女性だった。

 子供っぽさを持つ、大人の女性、という方が正しいか。

 そしてオレは今、ナタリアの体温を確実に意識していた。

 不思議な気分だった。


是非是非、いいねやブックマーク、評価など、よろしくお願いいたします!

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― 新着の感想 ―
[良い点] とてもこの世界に入っていけるような感じがいい [気になる点] 文字が大きいかも。人ぞれぞれだけど [一言] ブクマと評価しておきました。よかったら僕の小説読んでくれません?別に大したもので…
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