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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
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青髪の最強剣士

 姫を探すため、真相を知るために早速動き出そう、とオレが心機一転した翌日、思わぬ方向に事態は動いた。


 アウグスト戦士養成学校は、朝から大騒ぎだった。

 各クラスの生徒たちがそこらで入れ乱れている。

 そしてその多くがオレを見るなり、「あっ」とか、「いた!」とか言うのだ。


 女子生徒たちの憧れの的、ということなら甘んじて受け入れるが、そういうわけでもなさそうだ。

 男にも注目されてるからな。

 なんだなんだ、本当に何があった?

 意味がわからず、とりあえず魔法剣士科の教室に向かいつつも、知り合いの姿を探した。

 その途中で、イサークとナタリアに出会った。

 たまたま、ではなく、どうやらオレを待ち構えていたらしい。


「なんかオレ、やけに注目されてる気がするんだけど。」


「そりゃあな。お前今度は何やらかしたんだよ?」


 イサークがやれやれ、とため息をつく。

 だが、その表情は笑っているような。

 やらかし、って、そんなことを言われても。


 昨日はナタリアと別れた後は、寮の自室で今後の行動についてひたすらシミュレートしていた。

 外出もしていないし、誰とも連絡もとっていない。

 そのどこに、やらかし要素があるのだ。


「あなたに来客が来てるのよ。」


「来客?」


 まったく想定外の話だ。どういうことだ?

 心当たりはまったくない。


「驚くなよ、エリアスに恋い焦がれる青髪のお姉様だ!」


「えっ? えっ? オレに恋・・・?」


 まさかそんなことが?


「イサーク! 話をややこしくしないの!」


 イサークはニヤニヤ笑っている。


「エリアスも、だらしない顔してないで、青髪って言われたら少しはピンときなさいよ。」


 えっ? オレだらしない顔してた?

 いや、それより、青髪ってもしかして・・・。


「まぁ今くらいは夢を見せてやりたいってことよ。

 これでエリアスとは今生の別れかもしれないからな。」


「縁起でもないこと言わないで!」


「とにかく、今は校長が出てきて対応してる。早く行ったがいいぜ。」


 青髪のお姉様と校長、って、何が起こっているんだ?

 わけがわからないまま、促されて大型結界ドームへ。


 大型結界ドームは、多くの魔法使いの共同作業によって作られた、ドーム型の戦闘用スペースだ。

 主に、学生同士の剣・魔法の練習試合や、特殊な魔法の研究などに利用されている。

 戦士養成という目的柄、どうしても模擬戦闘用のスペースは必要になるのだが、ただ場所を設けるだけでは魔法で校舎を破壊してしまう可能性もある。

 そうした状況を考慮し、魔法および物理攻撃に絶対的な耐久力を持つよう設計されている。


 大型結界ドームの防壁は、魔法は吸収、拡散し、物理攻撃には圧倒的硬度を誇る。

 つまり、その中ではいくら暴れても外部に被害が及ぶことはない、というわけだ。

 同時に、中に入れば外部からの攻撃に非常に強いシェルターにもなる。


 作成にかなりの時間と労力がかかるためどこにでもあるわけではないが、例えば王宮などには万が一のための避難場所として、小型の結界ドームが用意されていたりもするそうだ。


 そんな、アウグスト戦士養成学校に隣接している大型結界ドーム。

 ギャラリーが多い。

 本当に何事だろう?


 遠目で結界ドームの中を見ると、見慣れた校長と、イサ―クの言う通り、確かに青いショートヘアの女性が立っていた。

 髪の長さでは、今のナタリアと同じくらいだろうか。

 軽装だが、剣士風の出で立ちをしている。

 剣士科の生徒、ではないだろう。

 学生は皆、基本的に科ごとに定められた制服を着ているからだ。

 彼女の服装・装備には全く見覚えがない。

 だが、心当たりは、ある。


 先ほどナタリアに指摘されて、ようやく閃くものがあった。

 青い髪、それはサルサール王国では非常に有名な家系の特徴だからだ。

 その、有名な彼女がオレを訪ねてきた?

 面倒ごとの予感しかしない。

 正直このまま逃げ帰りたかった。

 何の用だか知らないが、オレには今、余計なことに時間を割く余裕はないのだ。


 いや、しかし待てよ。

 もし、彼女がオレの想像している相手なら。それはオレの目的にとっても、キーパーソンと言える相手なのではないか。

 これは逆に、降って湧いたチャンスと言えないか?


「まだか! いつまで待たせる!」


 大きな、非常に通る高い声だ。

 これだけの喧騒の中にあっても、その声は容易にオレの耳に届いた。


「だから居場所だけ教えてくれるよう、はじめに言ったのだ!」


 じっと待つのが苦手なようだ。校長が何やらなだめているようだが、校長の声は全く聞こえない。

 その様子がなんだか面白く思えたので、しばらくそのまま様子を見ようか、と思ったその時。


「あっ、エリアス! お呼びだぞ!」


 誰の声だかわらなかったが、オレを知る誰かに見つかり、大きな声を上げられてしまった。

 校長と青髪のお姉様が同時にオレの方を見た。

 校長の目はオレを見つけられないのか泳いでいたが、青髪のお姉様は過たずオレを射るように見ていた。

 優れた剣士の直観力だろうか。

 仕方がない。

 一歩前に出て、結界ドーム内に入る。


「校長、及びでしょうか。」


 答えようとする校長を押しのけて、お姉さまがずいと前に出てきた。


「私はダイラ・リナレス!

 リナレス流剣術を継ぐ者である。

 お前がエリアス・アルカイネだな?」


 そうダイラが名乗っている隙に、後は任せました、と言うように、校長はそそくさとドームを出ていった。

 そんな、このわけのわからない状況を説明もなしに丸投げされても。


「エリアス・アルカイネは私です。

 しかし、申し訳ありません。

 誰からも何の説明も受けていないので、この状況が全く理解できないのですが、ダイラ様は私に御用があるということでしょうか?」


「そうだな、突然訪ねてきた非礼は詫びよう。

 考えるよりも先に動く、が信条なのでな。

 要件は一つ。

 ある筋から、この学校にエリアス・アルカイネという手練れがおり、その実力は私をも上回る、という話を聞いた。

 私にとっては聞き捨てならない話だ。それならば、一つどちらが上か、手合わせ願いたいと思った次第。」


 いやいやいやいや、誰だよそんなこと無責任に語っちゃったやつ!


「ちょっと待ってください!

 そんな噂、どこからどう広がったのか知りませんが、事実と大きく異なります!

 私がダイラ様にかなうわけがありません!」


「校長は、エリアスは魔法剣士科でトップだと言っていたぞ。」


「・・・成績だけで言えばそうですが! 学校の成績と実戦での強さは異なります!」


「それはその通りだろう。

 が、噂の真偽を確かめる意図もある。

 たった一戦でいいのだ。

 なに、心配する必要はない。命まで取ろうとは考えていない。

 腕の一本二本落としたら勝負は止める。

 後は回復魔法で治療してもらえばいい。」


 腕一本たりとも落とされてたまるか!

 回復魔法なら治る、という問題ではない。

 治るにせよ、腕を落とされることによる想像を絶する瞬間的な痛みからは逃げられない。

 それをそんな、飲みの席での余興、くらいのノリで言われても。


 そもそも彼女に『真剣を使わない』という選択肢がはなからないのが信じられない。

 ダイラはさっと右手をギャラリーの方に広げ、オレの視線を誘導する。

 視線の先には魔法科の生徒たちがいた。

 おそらく回復役として集められたのだろう。

 その中に、ナタリアの姿も見つけることができた。

 不安そうな表情をしている。

 気持ちはわかる。

 

 が、今、最も不安なのはオレ自身だ。


「・・・すぐに回復してもらうにせよ、一歩間違えば命を落とす可能性があります。」


「真剣勝負とはそういうものだ。

 が、できる限り配慮はしよう。」


「いちいち配慮していては、真剣勝負と言えますか?

 殺さないように注意して、本気が出せますか?

 そのような中途半端な覚悟で戦う必要はないでしょう。」


「中途半端な覚悟?」


「・・・。」


 あ、言葉選びを間違えたかもしれない。

 だが遅すぎた。


「殺すつもりでかかってくるがいい。

 初めから私はその覚悟は持っている。

 そして、配慮など無用ということであれば、私もお前の命を取る心づもりで戦おう。」


 いや・・・そういうことじゃなかった。

『戦う必要はない』、という点を強調したかったのに。


 先程までにはあまり感じられなかった、ダイラの圧倒的な殺気。


 一見、同級生の女の子、と言われても全く違和感はない。

 リナレス家の特徴と言われる青い髪は肩にかからない程度の長さだが、ダイラが少し体を動かすたびに美しく靡いている。

 スラリと整ったスタイルは、一目で戦いのために鍛え上げられていることがわかるが、見方を変えれば大いに男どもの欲情を誘うであろう魅力にも満ちている。

 もしダイラが、この学校に通っていたなら、男たちからトップクラスの人気を集めただろう。

 口調は非常に強く男性的な喋り方をするが、声音は女性的で高い。

 そのためか、当初は威圧感というよりも、口調と声とのアンバランスさによりどこかしら可愛さすら感じられていたのだが、今はもう、その欠片も感じられない。


 今、そこにあるのは、ただ殺気のみ。

 殺したい相手に対する目。


 そんなもの、オレは今の今まで一生のうちで一度も見たことはなかった。

 人生初の体験。

 それが、今、オレに対して、可憐な若き女剣士から注がれている。


 戦いたくない。


 正直にそう言おうか、と考えた。

 だが、これはもう、無理だ。

 戦いを放棄した瞬間、殺されてもおかしくない。

 覚悟を決めた。


「・・・わかりました。では、お相手します。」


「よし!」


 ダイラはすぐに戦闘態勢に入りかける。


「エリアス!」


 ナタリアの声だ。心配してくれているのだろう。

 だがもう、引き返せない。


「一つだけ確認させてください。オレは魔法剣士です。本気で戦うということは、魔法を使わせていただくことになりますが、問題ありませんか?」


 やるからには当然勝ちにいく。

 姫のため、今こんなところで死ぬわけにはいかない。

 あと、切られて痛い思いもしたくない。


「もちろんだ。全力で戦え。」


 オレは剣を抜き、全神経を今から始まる戦いへと集中させた。

 ここから先は、余計な思考は不要だ。

 ただ、勝利するのみ。



 オレとダイラが戦闘モードになったことで、大型結界ドーム内にいた学生たちも、全員が危険回避のため一旦外に出た。

 ちなみに、このドームは外からでも内部の様子が見えるように設計されている。

 多くの学生に注目されることになってしまったが、もはやそのようなことも、何も気にならない。


 敵はサルサール王国最強の剣士家系、リナレス家の長女ダイラ。

 相手のペースになれば確実に負ける。

 間合いを取り、魔法をメインとして攻めるのがセオリーだろうが、自力の差がある相手だ、長引いてもやはり、勝利は望めない。

 第一、懐に入られたらその時点で詰みだ。

 勝機は一瞬。間合いに入られる前、できれば初撃で決めたい。


「いざ!」


 ダイラは思い切り地面を蹴り、間合いを詰めにきた。

 想定以上の速さに、あっさり先手を取られた。


 が、オレは冷静にダイラの足元を見ていた。

 まだ間合いは十分ある。

 両手で剣を構えている、と見せて、進行方向のダイラの足元に向かって氷魔法アイスバーンを走らせた。

 オレは、手を使わなくても魔法を発動することができる。

 割と驚かれることが多いため、できる者は少ないのかもしれない。


 ダイラの足を地面もろとも凍らせて動きを止めるべく放った氷魔法だが、あっさりとオレから見て右方向に躱されてしまう。

 一旦ダイラの前進の勢いは止めることができたが、あとニ歩でダイラの間合いに入る。

 だが、ここまではオレの想定内。


「ウォーターウォール!」


 今度は大きく左手を振り上げ、ついでに魔法名を詠唱もし、ダイラの足元から、水の壁を立ち上がらせた。

 無言かつ動作なしでも発動可能な水魔法を、あえて派手に発動したのは、単純にかっこつけたかったからだ。

 かっこいい自分を意識するとモチベーションもテンションも上がる。

 中二病? 何が悪い? ってなもんだ。

 そしてそれは、まだ自分に余裕がある証拠でもある。

 アイスバーンをよけたことで、ダイラのオレに迫る勢いは一旦殺されており、その上でさらに下からの強力な水流の直撃を受けたことで、ダイラはバランスを崩した。


 ・・・ここしかない!


 この時点で既に、右手に持つ剣に、ありったけの冷気を込めていた。


「氷王剣・・・。昇竜斬!」


 足元からオレの剣が近づくと、ウォーターウォールによって作られた水壁が、みるみるうちに凍り付いていき、同時にダイラをも飲み込んでいく。

 必死に逃れようとしたダイラだったが、左手左足が氷に捕まる。

 完全にオレの的になったダイラめがけて、冷気の剣を一気に上に走らせた。


 が、さすがにダイラにオレの剣は通らない。

 右手に持った剣で、オレの剣をしっかりはじき返されてしまった。


「くっ・・・!」


 しかし、オレの剣はただの剣ではない。

 冷気をまとった氷王剣だ。

 剣を弾かれても冷気は関係なくダイラの全身を覆う。

 みるみるうちにダイラは四肢の自由を奪われていく。


 ・・・勝った。


 これで、動けないダイラに剣を突き付ければ、一切ケガさせることなくオレの勝利が確定する。

 狙い通り。


 そうして、ほっと一息ついた瞬間、信じられないことが起こった。


 氷で動きを封じられながらも、完全に動きが止まるより一瞬早く、オレの目の前をダイラの剣が走った。


 次の瞬間、強烈な痛みがオレを襲う。


 左わき腹から右肩にかけて、ざっくりと切られた。


「う・・・ああああああ!」


 血が噴き出していたようだが、痛みで何もかもが真っ白になり認識できなかった。

 周囲の、特にナタリアの悲鳴も、聞こえていたはずなのに、何も聞こえなかった。

 死ぬ・・・死ぬ、のか?

 そう、死がすぐ傍までやってきているのを理解した。

 姫。

 姫に会いたい。

 まだ、姫に会えていない。

 姫のイメージは瞬間的にオレの視界をクリアにした。

 ダイラはまだ氷から脱出できていない。

 だが、もう時間の問題に見える。

 なんてやつだ。信じられない。

 オレの氷魔法に囚われながら、数秒しか動きを止められないなんて。

 オレは取り落としていた剣を拾い、全ての魔力を込めるイメージで、炎を作った。

 手加減している余裕はない。

 これほどの手練れだ、死ぬことはない、と信じるしかない。

 オレの炎王剣の剣先から放たれた「炎撃渦」は、渦を描きながら炎をまとう衝撃波となってダイラを襲う。

 氷を一瞬で溶かしながら、炎はダイラを包み、さらに後方に弾き飛ばした。

 直撃だ。

 それを確認した次の瞬間、激しい衝撃波に打たれる感覚があり、オレの左手が吹き飛んだ。


 ・・・う、そ・・・だろ。

 

 相打ち、だろうか。

 オレはそのまま、意識を失った。


 誰かに抱きかかえられる夢を見た。

 優しく、柔らかい手。

 姫だろうか。

 きっと最後に、姫が会いにきてくれたのだ。

 姫に会えた幸福と、もう会えなくなる絶望を同時に抱えながら、オレの世界は完全にブラックアウトした。


是非是非、いいね、ブックマーク等、よろしくお願いいたします。

激しく喜びます!

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