ナタリアのお弁当
王および王子への謁見希望は一向に認められる気配はなかった。
姫と一緒にいる時には全く感じることはなかったのだが、王族とオレとの間にあるあまりにも分厚い壁の存在を、今更のように思い知るしかなかった。
とにかく現状、王か王子に合わないことには、話は何も進まない。
オレは初手から手詰まりだった。
そして、これは今日明日に解決に至ることができる問題ではないのだ、ということを理解し始めた。
焦って動いたところで、それは先日と同じ暴走にしかならず、有意義な未来への卵を何一つ生み落とさない。
オレは今、焦燥の中にあっても泰然と動かないという鉄の精神を要求されているのだ。
そう考えるしかなかった。
結果的に、今までと変わらない日常生活を続けることが、最短ルートの可能性が高い、と気づき始めた。
イサ―クやナタリアを見てもわかる通り、オレの周囲の人々だけでなく、王族も含めた関係者まで含め、「姫の死」はさして大きな影響を及ぼしていなかった。
この国でも時折、有名な誰々が亡くなった、という話題が大きく取り上げられることはあったが、あくまで一過性の話題に過ぎず、何ら日常を揺さぶるようなこともなく、あっという間に元の生活が戻ってくる。
それと、同じだ。
姫の死は、オレが思っていた以上に、あくまで一過性のニュースでしかなかったのだ。
オレ以外の人々にとっては、姫はあくまで時々話題に上る有名人ではあっても、それ以上でも以下でもない、あくまで興味関心外の存在だったのだ。
そのような状況の中で、いつまでも姫が姫がと叫び続けていても、どうにもならない。
悔しくて苦しくて仕方がなかったが、どうしようもないことだった。
後はその気持ちを、オレが自分自身の中でどう処理するか、という問題でしかなかった。
それ以外の選択肢など、どこにもなかったのだ。
一旦、オレの心の中だけに、この気持ちはしまい込もう。
そして機会を待つのだ。
今はそれしかできない。
姫は死んではいない。
オレはそう確信している。
そして、間違いなく姫が生きているのなら、今焦らなくても、生き続けてくれるに違いない。
何らかの理由、または陰謀によって、オレに会うことができなくなってしまったに違いない。
姫はきっと、オレの助けを待っている。
どんなに時間がかかっても、オレはそれをやり遂げる。
だから・・・まずは、学校に戻ろう。
戦士養成学校へ。
アウグスト戦士養成学校の魔法剣士科を主席卒業し、その上で将来的にはこのサルサール王国における最強の魔法剣士になるのだ。
それこそが、今オレが、サラサール王や王子へ最接近するための唯一かつ最短のルートだ。
国際情勢から鑑みるに、北方のネピレ山脈をさらに超えた北の果て、世界一の大国オランド帝国からの圧力は増すばかりだし、南の海峡の向こうにある砂漠国バルデス国の動きも気になるところだろう。
サルサール王国は、強い剣士や魔法使いを何よりも必要としている。
そして、その両方を操る魔法剣士は、非常に稀有な存在だ。
何より、他国にも魔法剣士を育成する学校は存在しておらず、アウグスト戦士養成学校は、世界で唯一の魔法剣士養成科を持つ、教育機関なのだ。
そこで結果を出し、無視できない強者となれば、オレの意志も今よりははるかに通りやすくなるだろうし、王への謁見の機会は必ず訪れるはずだ。
であれば、姫のために強くなる、という当初からのオレの目的は引き続き全くブレない。
今まで通りのことをして、今まで以上の強さを手に入れるのだ。
当面の目標としては、ここ、サルサール王国首都アウグストの王宮に自由に出入りできる立場になることだ。
ぼんやりと、王宮の親衛隊になる、あるいは4大公爵のいずれかに仕える、などと考えていたが、もう少しそこら辺の立ち位置を明確にしておく必要がある。
・・・ナタリアに相談してみるか。
おそらくナタリアは学校にいるはずだ。
姫と会えなくなってから初めて、オレの中に学校に行く理由ができた気がした。
オレがナタリア・パレンシアと初めて出会ったのは、幼少の頃だった。
当時の記憶など既に全くないので、具体的にいつからの付き合いなのかはわからない。
ただ、小さい頃からの付き合いだから幼馴染、というわけだ。
子供の頃のオレは、主にモノ作り魔法を生業としている両親の意向により、剣術よりも魔法を主として習わされていて、10歳になるまで国立魔法学校に通い続けていた。
家系図を遡っても、貴族の貴の字も見つけることができない由緒正しい平民であるそうで、それを恥じてか両親は当時の幼いオレには家系図を見せたがらなかった。
家系図を見せたがらないなんて、まるで「実は王家の血を継いでいた」などという裏設定が出てきそうな話ではあるのだが、オレの感触として、そういう事実は100パーセントありえないと断言できる。
伝説のろくでなしが先祖にいたため、それを隠したいとか、どうせそんなところなのだろう。
そういう話なら、寧ろ聞かない方が幸せになれるはずなので、自らのルーツ探しをすることは、おそらくない。必要もないしな。
そんなオレに対して、ナタリアは割と由緒正しい出だ。
ナタリアが生まれたパレンシア家は、サルサール王国4大公爵であるウナムーノ家に長年仕えており、その影響を受けて、ナタリアは幼少から魔法学校に通わされていたらしい。
というのは、ウナムーノ家は特に治癒・回復・解毒など、主に医療系の魔法を得意とする家系であり、配下に対しても同様の魔法を学ぶことを推奨している。
医療系の魔法は、戦時だけでなく、平時においても重宝される魔法であり、国家においてはなくてはならない能力でもある。
そういう意味で、物理攻撃や魔法攻撃に特化する他の3公爵と比較しても、ウナムーノ家は特殊な立場にいると言っていいだろう。
サルサール王族からしても、攻撃力に欠け、下克上を狙ってくるような可能性のないウナムーノ家は、むしろ欠かすことができない大貴族なのだ。
そんな、ウナムーノ家配下のパレンシア家の一人娘として生まれたナタリアは、当然のように回復特化の魔法使いになるべく魔法学校に通い、卒業した後はさらにアウグスト戦士養成学校の魔法科に、さらなる洗練された魔法の習得のために通っているというわけだ。
ナタリアは自ら平民と言うが、パレンシア家である時点で貴族かそれに近い立場と思われるし、いずれにしてもオレから見れば、まごうことなきエリートだ。
本来なら、平身低頭、ごまをすりつつ愛想笑いの一つでも浮かべないと相手にもしてもらえない相手なのかもしれない。
が、とはいえ幼馴染だ。
お弁当のおかずの一つくらい、ひょいともらっても笑って許してくれる関係性を築いている・・・はずだ。
ひょい。
「あっ、私のたまごやき!
・・・ってエリアス!
学校、出てきたんだ。元気?
あとたまごやき返して。」
「ナタリアさんナタリアさん、オレ、久しぶりで弁当忘れてきちゃったんだよね。」
「そっか。一品につき一芸披露で話に乗るよ?」
オレにはオレのキャラがあるので、それはちょっとハードルが高すぎて無理かもしれない。
オレが返答に窮していると、ナタリアは無言でおかずを放ってくれた。
一瞬で飼いならされたオレは空中を飛ぶおかずにパクリと食いつく。
「お行儀が悪い!」
いや、あなたがやらせたのでは。
「・・・お久しぶりです、エリアスさん。」
「あ、ども。」
ナタリアと昼食を共にしていた二人の女子は、なんとも気まずそうにしている。
気まずいと言っても、オレがナタリアに飼われているところを目撃したから、ではおそらくない。
当然、姫の件を知っているからだ。
気軽に触れていいものか、はたまた触れずにいるとそれはそれでどうなのか、などと、話題の振り方に心底困っていることだろう。
そしてそれは、別にその二人に限ったことではなかった。
他の級友たちも、ほぼ似たような反応をしていたから、余計にオレはすぐに気づくことができたわけだ。
だからここは、オレの方から気にしなくていい、ということをアピールしないといけないな。
「ナタリアって、本当に料理うまいよね! もう一個放って!」
周囲の空気を変えるためなら、ナタリアの犬にだってなってやろう。
キャラ崩壊も覚悟した。
今だけな。
道化を演じるのだ。
空気を読んだのか、ナタリアは続けておかずを放り投げてくれた。
教室の端まで飛ばされたおかずをオレは追いかけ、あえて演出派手めに口でゲット。
上がる歓声、鳴る拍手。
続けて投げられた三つ目のおかずは完全に間に合わなかったので、咄嗟に魔法で氷の円柱を下から作り、床への落下を防いでパクリ。
ちなみにオレは、物を浮かせたりするような魔法は使えない。
使えるのは、基本3属性として教えられている、火、水、氷だけだ。その他多くの応用属性魔法も世の中には存在しているが、基本を押さえた上での自己研鑽が必要となり、学校では学べない。
投擲おかずを無難に食したオレを見て、おお、という歓声とともに教室の空気が緩んだことを確認。
そのままさらりと本題へ。
「ナタリア、放課後、一緒に帰らない?」
「いいよ。ちょうど私、甘いもの食べたいなって思ってたんだ。」
いや、勝手に食べればいいと思うのだが、その言い方ならオレがおごる流れなわけか。
ま、お弁当のおかずももらったし、それくらい仕方ないか。
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