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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
2/18

親友二人と陰謀説

 王宮の裏門を追われて、一週間ほどが経過した。

 オレは、まだ全く現実を受け入れることができずにいた。

 完全に、混乱の真っただ中にいる。


 既に姫の死は公にされ、国民の知ることとなっていたが、オレにはそんな話、未だに悪い冗談のようにしか思えない。

 時系列を整理すると、オレが姫を訪ねたちょうどあの日、戦士養成学校にも王宮から緊急通達が下されていたそうだ。


 その内容は、オレが聞いた内容と同じく、姫が崩御された、というもの。


 詳しい死因などは一切なく、ただ、亡くなられたということのみ。

 葬儀は翌日王宮内にて行い、国民の参列は一切認めない。

 その日は各種学校等は休校、緊急性の低い労働は休日とし、喪に服すようにということだったそうだ。


 その内容を、たまたま学校にいたイサ―クは一番に知ることになった。

 直後、すぐにオレを探し始めたそうだ。


 オレは午前中だけ学校で魔法の授業を受け、午後、姫の元に向かっていた。

 三日に一度の姫への訪問は、この一年、ほぼ変わらないオレのルーティーンだった。


 イサ―クは、オレの行動パターンはある程度知っていたが、その日が訪問日だったかどうか、判断が付かなかったらしい。

 探すだけ探したが、学校でオレのことを見つけることはできなかった。


「でよ、念のため王宮裏口に様子を見に行ったわけよ。

 そしたら、衛兵に剣を抜こうとする大馬鹿を見つけたもんで、咄嗟に蹴りをいれてさ、衛兵には平謝りよ。

 で、そのままエリアスをかついで寮まで全力で戻ってきたってわけさ。」


「いや、真面目に助かったよ、イサ―ク。

 本当にありがとう。」


 イサ―クがもし来てくれていなかったら、と思うと背筋が凍る。

 どんな地獄絵図になってしまっていたか、想像するのも恐ろしい。


「まてまてまてまて待って!

 それはそれとして、さすがにエリアスの状態、ひどすぎたんだから!

 血の量がすごくて、イサ―クも全身血まみれ、その全部がエリアスの血。

 寮生みんなドン引きよ!

 もう一歩遅かったらホントのホントに死んでたかもしれないのよ!

 イサ―クは完全にやりすぎよ!」


 ナタリア・パレンシアが、その時の状況を思い出しているのか、頭を抱えながら悲鳴を上げるように言う。

 ナタリアはイサ―クと同じく同級生で、オレとは幼馴染でもある。

 オレがイサ―クに抱えられて、養成学校から少し離れた場所にある寮まで帰ってきた時には、内蔵に骨が刺さったためか、多量の出血で瀕死の状態だったそうだ。

 イサ―クは魔法が一切使えない重戦士科の学生なので、回復魔法が使える学生を探していたところ、既に寮の自室に帰っていたナタリアが騒ぎに気づき、オレを治療してくれたそうだ。

 

「まぁ、オレも正直、あっ、こりゃやべえって思ってたよ。

 だから慌てたわけよ。

 慌てて担いできたせいで、余計骨が内蔵に刺さったのかもしれないけどな。生きててよかったよ。」


 イサ―クはわははと笑う。

 全然笑いごとじゃないけどな。

 

 ともかく、オレは二回続けて、九死に一生を得たことになる。

 衛兵に剣を向けようとしたところを、イサ―クに止められて一回。

 イサ―クに蹴り殺されたところを、ナタリアに回復してもらって一回。


 特に、友人に蹴り殺されそうになるなんて、なかなかできる体験じゃない。

 叶うならそんな体験一生したくなかったけどな。


 もちろん、イサ―クはイサークで、必死でオレを救出しようとしてくれたのだ。

 感謝することはあっても、恨みなどは一ミリもない。


 あのままもし、本当に衛兵相手に剣を抜いていたら。

 頭に血が上ったオレは全力で何人もの衛兵を殺してしまっただろうし、その結果、大量虐殺者および国家の大反逆者として、誅殺されていたのは間違いない。

 

「お姫様のことはさ、残念だったけど・・・。元気出して、ね?」


 オレの様子を伺いながら、ナタリアは恐る恐る、という感じで姫の話題を持ち出した。

 その流れに乗るように、イサ―クも口を開く。


「エリアスの気持ちはわかる。だけどよ、いつまでもそのままでもどうしようもないぜ? とりあえず学校には出てこいよ?」


 今オレたちは、寮と王宮裏口のちょうど真ん中あたりに位置する森の中で、会話をしていた。

 適度に開けた場所が近くにあり、川もある。

 魔法や剣の練習をするのに便利なので、よく一人で利用していた。

 弱結界が張られたサルサール王国の居住区内なので、動物はともかく魔物などの類は一切出てこないため、危険もない。


 オレはここ数日、毎日この森で剣を振りながら今後のことをひたすら考えていた。

 あれから学校には、一日も出ていない。

 学校に姿を見せないオレを心配してか、イサ―クとナタリアは二人で様子を見にやってきたというわけだ。


「申し訳ないんだけど、真相を明らかにするまでは、学校どころじゃない。」


「それはそうだけどよ・・・。

 せっかく魔法剣士科の主席として卒業できそうなところまで来たんじゃないか。

 あまりにももったいない。

 お前の人生の根幹がひっくり返っちまう。

 将来を嘱望されている存在だろう? 」


 オレの学校での成績は上々で、魔法剣士科の中ではトップクラスだった。

 姫に恥ずかしい思いをさせてはいけない、という思いで、必死に努力した結果だ。

 あくまで、姫ありきの努力であり成果。

 つまり、姫がいなければ、そんな学校での成績などもはやどうでもよかった。


「オレが王宮を訪れるまで何も聞かされず、姫の顔も見られず、王も王子も会ってくれず、ただ帰れと突き放されるという状況だ。

 それでも、まだオレの人生の根幹がひっくり返っていないとでも?

 明るい未来予想図を想い描ける状況だとでも?」


「まぁそれは確かにそうだが・・・。」


 つい言い方がきつくなった。

 悪いイサ―ク、そんなつもりじゃなかった。

 どうにも動きが取れない状況の中で、吐き出せない鬱憤ばかりが溜まっていたのだ。

 すぐ謝りたい気持ちだったが、不器用にも言葉が出てこなかった。


「でもね、エリアス。」


 美しい黄緑色のショートヘアを指で軽く弄びながら、切り株に腰かけたままのナタリアはオレに言う。

 あれ?

 いつナタリアは、髪を切ったのだろう。

 美しいロングヘアのナタリアのイメージがよみがえる。

 幼馴染ではあるが、オレはそんなナタリアを、心から美しいと思っていた。

 いや、しかしショートも相当似合っている。


「王様がそう決めたのなら、それで仕方ないんじゃないかな?

 お姫様に最後に会いたかったっていうエリアスの気持ちはわかるけど、もうお葬式も終わっちゃったわけだし・・・。

 今更エリアスがどうにかしようとしたって、どうにもならないよ。

 さっきは冗談みたいに言ったけどさ、実際、エリアス、本当に危なかったんだよ?

 私は、エリアスが本当に死んじゃうんじゃないかって、怖くて怖くて、回復魔法を使うのにも手が震えて仕方なくて。」


「ナタリアは本当にボッロボロ泣きながら治療してくれたんだぜ?

 ちなみに、なんでこんなひどいことしたのよ! ってオレは罵倒されっぱなしでさ。

 勘弁してくれって話だよ。」


「もうイサ―ク、それはいいから!

 ・・・でも、それくらいひどい怪我をさせないと、エリアスが逆に危ないってイサ―クは思ったんだよね?

 今ならわかるよ。

 エリアスが、お姫様の件の真相を追うっていうのは、それくらい危ない目にまた合うかもしれないってことなんだよ? 」


「・・・わかってる。」


「わかってないよ!

 私は確かに、お姫様には会ったことないからわかんないけど・・・。

 エリアスには死んでほしくないの!」


 もし、逆の立場だったなら、オレもナタリアに同じことを言うかもしれない。だから、彼女の気持ちはよくわかった。きっと、それが最も冷静な判断なのだ。

 だが。


「オレには姫が亡くなったなんて、全く思えないんだよ。」


 つい先日まで、当たり前に会い、当たり前に時間を共有してきたのだ。

 そんな彼女が、いきなりいなくなるなんてことは、考えられないし、ありえない。


「これはきっと、何かの間違いなんだ。

 そうじゃなけりゃ悪質な陰謀だ。

 陰謀なら、必ず、真相を暴き出さないといけない。」


 オレの目の前に、まだ見ぬ敵がいる。

 オレの姫を連れ去った、憎き敵だ。

 倒さなければならない。

 姫を、助け出さないといけない。


 オレは右手に持った剣に左手を添え、指先から放たれる冷気を乗せていく。

 みるみるうちに剣は冷気をまとう。

 そのまま目の前の川の流れに沿って、冷気を叩きつけるように薙ぎ払った。

 姫の敵を両断するように。

 姫を罠に陥れた何者かを叩き切るように。

 川は一瞬にして凍り付き、目の前には夏とは思えない真冬の景色が広がった。


「・・・相変わらずの威力だがよ、それは剣の修業とは認めないぜ。ただのやけくそだ。賞賛できる行いじゃあねーな。

 ・・・ま、怒りに任せて炎をまき散らして森を火の海にしなかったところだけはほめてやるよ。

 オレは先に帰る。

 エリアス、落ち着いたら早く出て来いよ。」


 イサ―クは呆れたようにそれだけ言うと、学校の方向へ踵を返しかけた。

 まだ時間は昼過ぎ、寮に帰るには早いため、学校に引き返すのだろう。


「イサ―ク、もう帰っちゃうの?」


 ナタリアは立ち上がることもなく、ため息をついている。


「あぁ、もう話すことは話したからな。」


 今日ここに来てから、イサ―クはあの日起こった事実を淡々と語り、ただ学校へ戻れ、と伝えてくれた。

 きっと考えていることは、ナタリアも似たようなものなのだろう。

 すべて終わったことなのだ、忘れて、改めて未来を見つめ直せ、と。


「イサ―ク、オレは間違ってるか?」


 歩き始めていた背中に問いかけた。イサ―クは足を止めた。


「・・・間違っちゃいないだろ。オレがお前の立場でも同じことを考えたかもしれないしな。

 だけどよ、友人として言わせてもらうなら、お前の考えが正しかったとしても、その正しさを根拠としてさらに突き進んでいくのはやめさせたいところだな。」 


「婚約者なのに葬儀に呼ばれなかった。

 どういう状況なんだ?

 そんなことがあり得るのか?

 だからこそ何かしらの陰謀だと考えるオレは、おかしいのか?」


 オレの方を見ることはなく、横顔を見せながらイサークは応えた。


「おかしくはないさ。陰謀の線もゼロじゃない、と第三者的視点でも感じる。

 だが一方で、国家規模で姫の死は公表されているわけだし、姫が生きている可能性をお前に対して無責任に肯定してやる気にもならない。」


「姫は死んだと?」


「わからない。

 わかるわけがない。

 だが、この国では姫は死んだ、とされている。それが真実だ。」


「オレは姫の死に顔も見ていない。」


「お前は貴族でもなんでもなく、あくまでオレと同じ平民だ。

 婚約者であっても、王族との身分の差は如何ともし難いし、姫がいなくなればなおさらだ。

 姫がいなくなった瞬間、お前はその死を一緒に悲しむ資格すら剥奪されたのかもしれないな。」


 その可能性は、考えなくもなかった。

 だが、姫の兄である王子も、王や王妃も、オレに対して親身に接してくれていたし、身分の差を持ちだしてオレを貶めるような方々ではなかった。

 少なくとも、オレの前では。


 だからこそ、そのような現実は信じ難かった。

 王の笑顔や、気さくに話しかけてくれる王子の記憶は非常に明確だった。

 姫の相手として受け入れられていると感じていたし、様々な面で期待もされていた、はずだ。

 なんでなんだよ、どうしてなんだよ。

 今すぐにでも二人にそう問いかけたかった。

 不敬でもなんでも、この際関係あるものか。

 王と王子といっても、義父と、義兄になるはずの二人だったのだ。


「仮に、仮にオレが姫の存在が失われた瞬間に一切の価値を失ったのだとしても。 そうだったとしても、一言くらい、オレに対して何かあってもいいんじゃないか。」


「オレやお前が想像していたよりもはるかに、身分の差はこの国にまだ根強く存在していた、と考えるしかないのかもなぁ。

 それを肯定するのは、辛いことだけどよ。」


 姫との結婚において、オレに反対勢力が存在しているのは理解していた。

 身分差別解消を掲げるサルサール王国にあっても、いまだに身分による差別意識が非常に強い連中も多い。

 義兄となる王子がいることで、オレが姫と正式に結婚したとしても即座にオレが王位継承者になるわけではない。

 だが、継承順位が兄王子に次ぐ2位になってしまうことが、彼らの脅威になっていたのも間違いないだろう。

 とはいえ、オレは別にそれを望んで姫を愛したわけではないのだから、それはどうすることもできないし、少しずつ理解を得ていくしかないと考えていた。

 それが甘かったということか。


「身分を問題にするやつらの陰謀という説は、十分考えられるってことか・・・。」


「おい、エリアス、考えることはいい。だけどよ、口に出すのはよせ。」


 イサ―クは完全にオレの方に向き直りながら、周囲を気にする素振りを見せた。

 オレの存在が目ざわりで、姫がターゲットにされた可能性。


「この一週間何度も考えたことだ。

 もし姫が本当に、亡くなったのだとしたら、それはすべて、オレのせいなんじゃないか。

 病気を患っているようには全く見えなかったし、王宮にあって事故も到底考えられない。」


 と、なると。

 考えたくないことだ。

 オレは姫がもう生きていないなど、ありえないと信じている。

 だが、万が一、姫がもう、生きていないのなら、・・・殺された、としか、考えられないのだ。


「エリアス、そういう考え方はよせ!

 そもそも、そういう陰謀が張り巡らされた場合、危害を加える対象が姫になるはずがない。

 直接お前を攻撃してくるはずだ。」


 そう、確かにそれはその通りだ。

 王族である姫の命を狙うなど、想像を絶するリスクが伴う。そもそも恨みの矛先はオレに向けられてしかるべきだ。

 その状況の中で、はるかに狙いやすいオレでなく、姫を狙う理由とは?

 だからこそわからないのだ。


 オレを攻撃せずに姫を亡き者にしようとする理由など、あるのだろうか?

 そんなものはオレには到底考え付くことができない。

 ということは、やはり姫が死んだという話はすべてがウソだとしか思えないのだ。


「姫が死んだなんて、国家規模の大ペテンだ、すべてが大嘘だ。」


「・・・エリアス。」


 黙ってオレとイサ―クの会話を聞いていたナタリアが静かに口を開いた。


「気を悪くするかもしれないけど、言わせて。」


 ナタリアは立ち上がり、オレを真正面に見ながら一歩を踏み出した。


「結局さ、王族との婚約なんて、そもそもが間違いだったのよ。

 色んな所に歪みができるし、二人の間では身分差なんて関係なかったとしても、周囲には様々な思惑が勝手に渦巻いちゃうものだったんだよ。

 無理があったんだよ。

 だからもう、そんなところにいるのはやめて、帰ってきたらいいんだよ。

 私たちのところにさ。

 王族は結局、私たちにとっては剣士、魔法使いとして仕えるべき存在で、それ以上の関係性を私たち庶民が構築するべきじゃなかったんだよ。」


 オレとナタリアとの関係は姫よりも長い。

 オレが姫と交際しようと考え始めていた頃、ナタリアがどのような反応をしていたのかは全く覚えていないが、あるいは今のように反対しながら不機嫌な顔をしていたのかもしれない。

 基本的にナタリアは、オレと姫の関係を喜んでくれていない印象が強かった。

 それはオレにとって、とても悲しいことだった。

 オレは幼馴染のナタリアを、同時に親友だとも思っていたから。

 しかし、その関係性は、壊れることなく今の今まで維持された。

 そして、今、姫がいなくなった。

 あるいはナタリアは、オレが王族と関わることで、このような未来が訪れることをどこかで予測していたのだろうか。

 オレはナタリアに返す言葉を持たない。


「帰ってきなよ、私たちのところにさ。

 あなたの愛する姫はもう、いないんだから。」


 オレにとっては、そんなナタリアの言葉は到底受け入れられるものではなかった。

 だから正直、その場ですぐに反論したい気持ちもあった。


 だが、一方でナタリアの気持ちもわかる部分があった。

 決して悪意があるわけではなく、オレのことを思って言ってくれている。

 最大限その気持ちを尊重して、オレは黙った。


 ナタリアも、そしてイサ―クも、二人とも得難い親友だと思っている。

 だが、オレが姫のことを追い求めれば追い求めるほど、二人はドンドン離れていくのかもしれない。

 それは非常に辛いことだ。

 だが、そこに姫か、彼らかという選択肢はない。

 オレは必ず姫を探し出す。



少しでも続きが気になった方は、是非ともいいねやブックマーク等、よろしくお願いいたします。


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