姫の真実
始めは耳を疑った。
あれだけ頑なにオレの謁見希望を拒否していた王宮から、なんとお呼びがかかったのだ。
姫の実の兄、アダン王子が会ってくれる、という。
何がどうしてこうなったのかまるでわからないが、オレが気づかないところで何かがあったのかもしれない。
それもおそらく、アダンに会えばすべてがわかる。
そんな気がしていた。
ナタリアにそのことを伝えると、やはり驚いていたが、すぐに納得したような気配もあった。
そもそも今まで呼ばれなかったのがおかしいのだから、無理もないか。
「どんな話があるかわからないけど、さすがに王宮に危険はないと思うから、私は待ってるね。」
オレの危険というよりむしろ、オレはナタリアの身の方が心配だったが、寮に閉じこもっていてもらえば心配はないはず。
オレも久しぶりの王宮ラファエラパレス、しかも今までの経緯も謎が多いことから、一定の警戒感は持っていった。
だが、オレを待っていたのは、かつてと何も変わらない笑顔だった。
「よく来た、エリアス。久しぶりだな。」
「アダン王子・・・。」
オレの義理の兄になる、はずだったサルサール王国の第一王子、アダン・サルサール。
突然、姫の死を言い渡されたあの日から、ずっと会いたいと思っていた相手。
一体何があったのか。
姫はどこにいるのか。
何故今の今まで、会ってもらえなかったのか。
聞きたいことが多すぎて、言葉が出てこない。何から話したらいいのか。
「言いたいことは山のようにある、という顔をしているな。順を追って話さないといけない。」
話してくれる。
アダンは、全てを話してくれるようだ。
何故。
何故、今なのか。
「アダン王子、私は今まで、何度も何度も、王子に謁見を求めてきました。
しかし、都度却下され、許されることはありませんでした。
が、今私はこの場におり、アダン王子は会ってくださいました。
何故、今なのでしょうか?」
「その質問には簡単に答えることができる。理由は一つ。
状況が変わったからだ。」
「状況?」
どういう意味だ。
「その前に。」
アダンは見慣れぬ瓶を取り出した。
「これは、誓約の魔法酒だ。
これから、サルサール王族の秘密にまつわる話をする。
その秘密を守るために、事前に飲んでもらわないといけない。
この魔法酒を飲むことで、秘密を口外することができなくなる。」
なるほど、もっともな話だ。
もちろん、毒などを疑う気持ちもなくはなかったが、オレはアダンを信じた。
毒など使わなくても、アダンが本気になればその権力によりオレを殺すことなど造作もないはず。
姑息な真似はしないだろう。
魔法酒が注がれたグラスを受け取り一気に飲み干す。
普段酒など飲まないので、喉の奥がかあっと熱くなるのが不快に思えた。
「いい飲みっぷりだ。では一から説明していこう。」
アダン王子はゆっくりと、語り始めた。
「すべては、姫の『降知の儀』の日に遡る。エリアス、君が姫が亡くなられたと教えられた日の、ちょうど一週間ほど前のできごとだ。
『降知の儀』は王族の通過儀礼の一つで、特にサルサール家では重要なものだ。
17歳になった年に必ず行われる。
この儀式により、サルサール家の若者は皆、両親より特殊な能力を分け与えられる。
その中の一つの力が姫に備わったことにより、すべては動き出した。」
「一つの能力? 魔法ですか?」
「魔力を消費するという意味では魔法かもしれないが、厳密に魔法、と呼べるものかはわからない。
一般的な魔法のイメージとは異なるため、『力』とか『能力』と言った方がしっくりくるかもしれない。
その、姫が得た新しい能力、それは、『未来を予知する能力』。」
「・・・未来を、予知。」
当然、知らなかった。
姫がまさか、そんな能力に目覚めていたなんて。
一族に秘められた能力ゆえ、オレにすらも姫は話さなかったのだろう。
「未来予知、といっても、具体的には自分の周りの近しい人たちの、本当に大まかな未来がわかる程度のもので、それほど優れたものではない。
関係の薄い者の未来はわからないし、自分自身の未来もわからない。
そのため、本来は特に使い道もない能力だった。
しかし、たまたま姫は、その能力でエリアス、君の未来を見てしまった。
それは、エリアス、君がごく近い時期に、死ぬ未来。」
・・・死?
オレが、死ぬ?
「さすがにショックかい? 自分が近いうちに死ぬと言われて動揺しない者はいないからね。
しかし姫は、今の君よりもあるいは強く、ショックを受けてしまったんだ。
忘れられない。
姫が泣きじゃくりながら私を訪ねてきた日のことを。
私には君の未来は見えないから、姫から話をきいて驚いたよ。
まさか姫の婚約者である君が、もうすぐ死んでしまうなんてね。
もちろん姫は、そんな未来は絶対に受け入れられないといった。
未来を変えたいと。変える方法を教えてくれ、と。」
「・・・未来を変えるなんて、そんなことが可能なんですか?」
「簡単ではないが、不可能ではない。
それから、私と姫は、二人で君を救うための作戦を考えたのさ。」
オレを救う・・・。
オレが一切知らないところで、まさかそんなことが行われていたなんて。
「救うためにはまず、どうして君が死ぬのか、それが知りたかった。
姫は当初、漠然と君が死ぬ、ということしかわからなかったが、何度も予知を繰り返すことで次第にコツを掴んできて、死因を突き止めることができた。
君は、4大公爵のガルバン家によって殺される。
理由は・・・これはとても残念なことだが、姫と婚約していたため、だ。」
「え・・・。」
ガルバン家とオレは、何の利害関係もないはずだ。なのに何故?
しかも理由が、姫との婚約?
「困惑するのも無理はない。私も姫も、最初は何故ガルバンが君を、と不思議に思ったものさ。
そしてその理由がまた、驚きだった。
実は、ガルバン家の跡取り息子、ディエゴ・ガルバンが姫のことを気に入っていて、結婚したいと考えており、それには君が邪魔だった、というわけだ。」
「な・・・!」
「未来を確実に変えるためには、根本原因を根元から変えなければならない。
そうでなければ、また結局同じ結末に辿り着いてしまうからだ。
ここで考えられる解決方法はいくつかしかない。
まずは、ガルバンの長男を先に仕留めること。
だがこれは、我らとガルバン家との大きな戦争になってしまう可能性が高いため、無理だった。
ではエリアスを遠く、国外などに逃がしてはどうか。
これも結局追手がかかって同じことになる。
そもそも理由を開示してもしなくても、姫と別れる選択肢など君はとらないだろう。
では姫と二人で逃げたなら? 余計にガルバンを刺激して、これも結果は変わらない。
では、他には方法は一つしかない。
姫自身がいなくなればいい、ということだ。」
「そんな馬鹿な!」
「その通り、バカげた話だ。姫は、私が死ねば問題は解決する、と何度も言った。
だが、私はそれを許可しなかった。当然だ。
君の命と姫の命、天秤にかけるなら私は間違いなく姫を選ぶ。実の妹なのだから。
おっと、勘違いしないでくれよ、私は君の命も大切に考えている。
それでも姫とは比べられないというだけの話だ。
だが姫は折れなかった。なんとしても、エリアスを助ける、と。
そして出した結論が、自分の存在そのものを消してしまうことだった。」
存在を・・・?
「『降知の儀』で姫が手に入れた力には、未来予知の他にもう一つあった。
それが、自分という存在の消去。王族である私と王を除く他者の記憶の改ざんだ。」
記憶の・・・まさか、まさかそれは。
「姫は、自分自身に関する人々の中の記憶を、消去した。
それにより、姫がいた、ということだけは皆覚えているが、それ以外については徐々に、しかし数日で完全に、忘れてしまった。」
オレは・・・耐えきれず、その場で崩れ落ちた。
あとからあとから、涙が流れた。
誰にも言えなかった。
だが、苦しくて苦しくて仕方がなかった。
その理由が今、ようやく明らかになったのだ。
「エリアスに問う。姫の名前を憶えているか?」
「・・・わからない・・・。わからないんです。
オレはいつも、彼女のことを名前で呼んでいたはずなのに。
今はずっと、姫、と呼んでいて・・・。」
それには答えず、アダンは続ける。
「もう一つ。姫の顔を、覚えているか?」
「顔も・・・言葉も、仕草も、声も、何も覚えていません・・・。」
ずっと、思い出したくて仕方がなかった。
何故思い出せないのか、ひたすらに自分を責めた。まさかこんな原因があったなんて。
「悔やむことでないないし罪悪感を覚えるところでもない。それは当然のことなのだ。
姫の記憶消去の力が働いているのだから。」
結果、姫は亡くなったことにされ、人々からは姫に関する記憶も消え、オレとの婚約もなくなった。
姫がいなくなって婚約が亡くなったのだから、オレはディエゴ・ガルバンから殺される理由がなくなり、オレの死は回避された、ということだ。
「でもそれなら、どうしてそのことを一番最初に教えてくれなかったんですか。
そうする必要があったということですか?」
「君が我ら王族との関係を継続すれば、ガルバン家全体が何らかの理由で動く可能性が残るし、種明かしをしなかったのは、君がそれを良しとせず死を選ぶ可能性を考えたからだ。」
それは、確かにそうかもしれない。もし事前にそのような内容で相談を受けていたら、姫に負担をかけることをよしとせず、ガルバン家に殺される未来を選んだかもしれない。
いや、どうせ殺されるなら、最後まで戦ったかもしれないな。それはそれで、大きな戦乱になるかもしれないし、国にとってはありがたくない話だろう。
しかしこの話の流れでは、一つだけ大きな救いがある。
「姫は・・・生きているんですよね?
葬式をしたと聞きましたが、形だけの儀式だったんですよね?」
「葬式は確かに、その通り。姫の記憶は消えたが、姫の存在は漠然とだが認識されていた。
そのため、つじつまを合わせるために公式に葬儀を行い、姫は亡くなったことにした。
もちろん、王も了承済みだ。
すんなり頷いたわけではない。姫に死なれるよりは、という苦渋の選択だった。
だから、姫は生きている・・・が、今はもう、いない。生死もわからない。」
「いない?」
「他国で生きていくよう、調整していたのだが、その前に失踪してしまった。
もう二度と、我らに会うことはない、ということかもしれない。」
「姫が、行方不明・・・?」
「私の目の届く国ではなく、もっと遠く、誰にも知られることのない国にいた方がいい、と考えたのかもしれないな。」
「そんな・・・私が、探しに行きます!」
「無理だ。姫の名前も顔も背格好も記憶にないだろう。判別できるはずもない。
仮に接触できたとしても、エリアスからみれば見知らぬ他人にしか見えないのだ。
エリアスには思い出も記憶もない姫、そんな姫に出会ったところで何の感慨もわかないだろう。」
「そんな・・・、何か、何か方法はないのですか?」
「ない。姫のことについてはこれまで通り。もういないんだ。諦めるんだ。」
せっかく、姫が生きているとわかったのに。会うのを諦める?
それを受け入れるしかないのか?
「エリアス、姫のことはおいておく。話はまだ終わっていない。」
オレにとっては姫が最優先事項だ。それを差し置いて、まだ何の話があるというのだ。
「ここまでの話は、今からする話のために語ったものだ。種明かしが目的ではない。
最初に私は、状況が変わった、と言っただろう?
それはつまり、姫のおかげで回避することができたエリアスの死の運命が、また戻ってきている。」
「・・・やはり、死ぬと?」
「このままではそうなるだろう。」
「それは、何故そうなったのですか?
というより、オレの未来を見る姫がいないのに、どうしてわかったんですか?」
「ガルバン家の動きをずっと見はらせていた。
ないとは思うが万が一、ガルバンに一定の動きがあれば、それは元のルートに戻ったことになる、と姫に言付かっていたのだ。
つい最近のことだ。
ガルバンが動き始めた。
君を殺すためだ。」
「姫がいないのなら、オレが殺される理由は?」
「・・・これは、私に責任がある。本当に申し訳ない。」
「どういうことですか。」
「姫がいなくなったあと、私はエリアスを早めに立ち直らせたかった。
君は優秀な魔法剣士だし、私なりに心配もしていたんだ。
だから、姫とは別に、新たな婚約者を見つけられれば、と考え、ちょうど年頃の娘がいる、リナレスとウナムーノに声をかけた。」
まさか。
「ダイラ・リナレスとマルタ・ウナムーノからの求婚があったと聞いている。
どちらも断ったそうだが。
もちろん、それぞれの意志があるし、きっかけを与えただけで、判断は任せていた。
しかし結果的に、私のこの動きが間違いだった。
姫なき世界で、ガルバンは、そのいずれかに結婚相手を定め直した。
しかしそこに、また君がいた、というわけだ。」
なるほど。ガルバンからしてみればオレは本当に邪魔な男だ。
しかしオレは明確に結婚については断っているというのに。
「君が断っても、相手の思いが君にあれば、これはガルバンにとっては許されざることなのだろう。」
それはそうなのかもしれない。
「ということは、オレはもう運命から逃れられないということですか?」
「そういうわけにはいかない。姫の犠牲を無駄にするわけにはいかない。
君には生きてもらわなければならない。
だからこそ、今日会い、そしてすべてを話した。
私が君にこの話をしたことで、また状況は動いているはずだ。
だが、運命とはかなりの強制力を持つ。多少の変化では運命は変わらない。
ガルバンをなだめ希望の結婚をさせてやるのか、そうでなければこの国から逃げてもらった方がいいかもしれない。」
「やりかたは任せると?」
「ここから先は、私にも何が正解なのかはわからない。自分の意志で判断し、生きるための選択をしてもらいたい。」
「姫に会うことができないなら、死んでもいいです。」
「君がそういう選択をすることも十分考慮した上で話した。だが、生きてもらいたい。これは、姫の意志だ。死を選ぶことは姫の意志を冒涜することになる。」
そんなこといわれても、必死で生きようとしても運命はオレを殺そうとするのだろう?
それなら結果、死ぬのは同じだ。
オレは生きることを諦めた。
オレが愛する姫は、もう、いないのだから。
物語は結末に向かっていきます。
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