動き出した事態
帰り道、オレはピリの前だったからこそ気を張ってはいたものの、その実内側は完全に空虚だった。
とりあえず最低限今後のことを考えてソロリオ家との繋がりを作るので精一杯だった。
ピリはもっとオレの話が聞きたいようだったので、また会いたいとも言ってくれた。
今はそれで十分だ。とにかく一度、自分の感情を整理したかった。
思えばオレは、ずっと姫に会いたいと思いながら、その対象の姫の顔を、全く思い浮かべることができないでいた。
一体いつからだろう。
思い返す限りかなり早い段階からだ。
ひたすら姫に会いたいと願いながら、その姫の顔がわからないなど、どういう冗談だ。
このままでは、オレは仮に姫に再開できたとしても、姫を姫と認識できないのではないか。
それはとても恐ろしい想像だった。
そんな仮定を肯定するなら、オレの姫を探すという行動自体、意味をなさなくなる可能性が高い。
・・・いや、そんなはずはない。
これは緊張が続き、疲れが溜まったことで一時的に出てきた記憶の混乱の症状なのだ。
しばらくすれば、回復するに決まっている。
オレは、そう自分を納得させることで、自分を繋ぎ止めた。
そうしないと、すべてが壊れてしまう気がしたから。
立ち上がり、前に進むためには、どうあっても希望が必要なのだ。
そういう状態にあって、ナタリアが同棲してくれているのは、オレにとってありがたいことだった。
ナタリアと他愛もない話をするたけでも、多少気分は和らぐし、正気も保てた。
気がつけばオレが作った同居ルールは完全に破られていて、ナタリアはオレに寄り添ってくれていた。
部屋にいる間だけは、二人の間の距離は、限りなくゼロに近づいていた。
もちろんナタリアからしてみれば、何もできないオレを介護でもしているような心持ちだったことだろう。
それでも、少しずつオレは安定を取り戻していった。
そんな時。
無理を押して出ていった学校で、オレは先日シーロ・リナレスから情報を得ていた相手に出会うことになった。
正確には向こうから、オレを訪ねてきたのだ。
その相手、ウナムーノ家の長女、マルタ・ウナムーノは、それこそ突然、オレの前に現れた。
ナタリアには何の事前連絡もなかったようだ。
シーロの話がどうも真実味を帯びてきた。
「お噂はかねがね。一度お話をしてみたいと思っていたの。」
「ありがとうございます。私もナタリア・パレンシアからマルタ様のお話はうかがっておりました。」
「あら、ナタリアから。知り合いなの?」
「・・・幼馴染です。」
ナタリアは情報を伝えているはずなのにマルタは知らないという。
つまり、下からの情報など一切興味がないか、知らないふりをしているのか。
「まぁ、そうなのね。あのリナレスのお転婆と同等に渡り合うほどの方をきちんと私に紹介しないなんて、今度厳しく叱っておかなくては。」
ナタリアを叱る?
・・・あぁ、どうやらこの人はオレとは合わないタイプらしい。
「ナタリアにはいつもよくしてもらっておりますので、むしろ、ほめておいていただけると・・・。」
「まぁご冗談を。パレンシアとかいうよく覚えてもいない弱小貴族の娘、そんな者を私がほめることなどありえませんわ。」
彼女はどうしてこんな風に育ってしまったんだろう。話が全然かみあわない。
「今日はちょっと、あなたの顔を見るだけのつもりだったのだけれど、一目見て私はあなたが気に入ったわ。
このままうちにおいでなさい。両親に紹介の上、準備を始めます。」
「準備?」
「あなたのこと、私がもらいうけます。
私と結婚なさい。」
「・・・。」
絶句した。
前もって、そういう話がある、とシーロに聞いていてよかった。
何も事前情報なくそんなことを言われたら、それこそ大混乱だった。
それにしてもこのあからさまに上からくる感じ、本当にきつい。
「マルタ様、私はサルサール王国の姫と婚約しております。」
「姫は亡くなられたじゃない? そんな婚約は既に無効。問題ないわ。」
「・・・仮にそうだとしても、私はまだ、姫が亡くなったとは考えていません。大変申し訳ありませんが、私は今、誰かと結婚することはできません。」
「え、今あなた、何を言いました? まさか断ろうという気ではないでしょうね。」
「お断りいたしました。」
「私は、マルタ・ウナムーノよ?」
「存じております。」
「私はまさに才色兼備を体現する者。世の男という男が求めてやまないほどの魅力を持つ女です。」
自分でよく言ったものだ。何かのお笑いショーだろうか。
「それを平民風情のあなたが断ると?」
「申し訳ありません。」
「認めません。これは決定事項です。」
ナタリアは、マルタのことを「少し癖が強い」と表現していたが・・・それでは弱い。少しどころじゃない。
助けを求めようと周囲を軽く見回す。
ナタリア・・・にとっては、相手は主筋。何も言えないだろう。
イサ―ク・・・は、見当たらない。
ダイラ・・・は、いるわけがない。ここは学校なのだから。
まぁ、学生でもないのに最近は定期的に来てはいるが。
援軍は期待できない。一人でなんとかしなければならない。
とはいえ、ちゃんと断っているのに、「認めない」とか「決定事項」とか言われると、何も言いようがなくなる。どうしたらいいのだ。
「なんと言われようと、結婚はいたしかねます。申し訳ございません。」
疲れるが、根気よく断るしかない。
「認めないと言ったわよね? 式も近々予定しています。」
ちなみに、マルタは外見だけを見るなら、自分でも言う通り、確かに世の男の多くを虜にできそうなくらいの絶世の美女だ。
なのだが、それはこの際何のアドバンテージにもならないし、そもそも内面が残念過ぎる。
高圧的かつ独善的、究極のわがまま。
結婚できません。認めません。結婚しません。いえ、します。
いつまで続くのだろうか、このやりとり。もう疲れた。
「エリアス様!」
延々と応酬を繰り返してそろそろ逃げ出そうかと考え始めていた時、救世主の声が聞こえた。
振り返るまでもない。この声は。
ダイラ・リナレスだ。
「貴様! エリアス様に何をしている!」
「あらあら、ダイラ様。まったくお呼びでありませんよ?」
「エリアス様に何をしていると聞いている!」
「結婚してさしあげる、というお話を少し。
お見合いが失敗続きでまったくお相手が見つからないあなたには関係ありませんのよ?」
「エリアス様には先日、私の方が先に求婚している!」
「あら。初耳だわ。でも断られたのでしょう? それなのに未練がましく来られたと?」
いや、自分も断られてるの、わかってて言ってる?
「エリアス様は姫と婚約なされている。そのため、私との結婚を保留されたのだ!」
保留? 保留って?
ダイラはダイラで問題あるんだよなぁ。
「姫は亡くなられた。ゆえに婚約もなくなった。
だから私と結婚する。何か問題がおありになって?」
問題だらけなのだが、もういちいち突っ込むのも面倒になってきた。
「エリアス様は、お前との結婚など望まれてはいない!」
「何を言うかと思えば。そんなことあるはずもないわ。ねぇ、エリアス様?」
「何度もお伝えしていますが、結婚はお断りいたします。」
「・・・。」
「聞いたか、愚か者め!!」
「あーあー、聞こえない、聞こえないわ。エリアス様、式は来週を予定しています。
よもや結婚を断られることなどあろうはずもありませんが、万が一そんなことがあった場合には、あなたのお命の保証はできませんわ。
では、来週楽しみにしております。次は式にて。」
マルタは、とんでもない捨て台詞を吐いて去って行った。
しかもこの後すぐ、オレを正式にマルタの婚約者とすると発表までしてしまった。
本当になんて連中なのだ。
怒り心頭のダイラは、シーロの許可のもとリナレス家全体として反対表明をしてくれた。
当時にピリにも連絡をとったようだが、ソロリオ家にはオレの直接の関わりが薄い分、ソロリオ家全体を動かすことはでかなかったらしい。
しかし、このマルタ・ウナムーノの件がきっかけとなり、沈黙していた大きな2つの勢力を同時に動かすことになった。
王族サルサール家と、4大公爵ガルバン家だ。
事態はついに、終末に向かって大きく進み始めたのだ。
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