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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
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同棲と魔物狩り

 そんなこんなでナタリアが、オレの部屋にやってきた。

 一人でいたくないだけだから気にしなくていい、とはいうものの、そういうわけにもいかない。

 男の部屋に女性を招き入れる以上、徹底したルールが必要だ。

 これは、のちのちオレが姫に説明しなければならなくなった時のことまで想定している。


「いや・・・だから、そんなのいいよ。」


「ナタリアのためじゃなく、オレ自身のためだから。

 オレのスペースは、こちらの角、半径1メートル四方。ここにカーテンをつける。それ以外はナタリアが自由にしてもらっていい。」


 本当は魔法で仕切りを作れればいいのだが、残念ながらオレはそのあたりは不得手だ。

 実家の両親はモノ作り魔法で商売しているので、両親ならできるだろう。

 教えてもらっておけばよかった。

 子供は地味なモノ作りより、派手な攻撃魔法を覚えたがるからな。

 ご多分に漏れず、オレもそうだったわけだ。


「あのね・・・。エリアスのスペース、狭すぎでしょう?

 というか、いいじゃん別に、共同スペースでさ。」


「だめ。それが嫌なら同棲はなしだ。」


 本当はこの厳しいルールに音を上げて、諦めて帰ってもらうのが一番なのだが、一方で身の危険を感じて怖いというナタリアの主張が気になるのも確かだ。

 ゆえにオレは、そのギリギリのラインを見極めてルールを作っているのだ。


「エリアスは融通が利かないなぁ。でも、それでも帰るわけにはいかないから・・・。

 今日からよろしくね。」


 意識してか、ナタリアは最高に可愛い笑顔で言う。

 オレは余裕で心を射抜かれていたが、あえて仏頂面を返しておいた。

 

 その他、オレが作った主なルールは以下の通りだ。


・オレがナタリアスペースを通過するときは、必ず声をかけてナタリアの了承を得る。

・帰ってきたときは必ずノックをするので、ナタリアに開けてもらう。15分待って開かなければいないと判断して入る。

・そのため、オレがいない時に風呂に入るときは10分以内に出てもらう。

・寝るときはオレのベッドを使ってもらい、オレは別の部屋の床で寝る。


「・・・エリアスってなかなか面倒な男だったのね。意外な一面を知ったわ。」


「同棲して初めて相手の嫌な面が見えてくるという典型的な例だな。

 きっと我々はうまくいかないから帰るなら引き止めないぞ?」


「そういうわけには・・・いかないのよね。」


 ため息を吐きながらナタリアは、オレのスペースに不法侵入してきた。


「あ、こら!」


 ナタリアはぐいぐい近づいてくる。角に追い詰められるオレ。


「ちなみにだけど。」


「ん?」


「ルールを破ったらどうなるの?」


 オレの胸板のすぐ前で、ナタリアの黄緑色の美しい髪が揺れている。

 刹那、オレはその場で固まってしまったが、すぐ我に返り外に押し返す。


「ちょ、押さないで!」


 オレは反射的に危険を察知し、すぐに手を離した。

 危なかった。

 今のはそのままの勢いで女の子を押し倒してその上に男が乗っかるという、割とラブコメにありがちな展開になるフラグだった。

 無事回避。

 

「ルールを破った場合は、おやつ抜きだ。」


「えー。じゃあ守る。」


 おやつが効果あるのか。


「ちなみに、同棲だけじゃなくて、外出中も私を一人にするのはなしね。絶対一緒にいてね? 怖いから。」


「そこまでするの? オレの自由時間は?」


「当面なし。その間に今後のことは考えるから。」


 なしってそんな。


「いいじゃん、四六時中私と一緒にいられるんだよ? 嬉しいでしょ?」


「・・・。」


 なんと答えたら正解なのかがわからず、オレは黙った。


「まぁ・・・今回の同棲は、確かにイレギュラーではあるけどさ。

 せっかくだから、少しは喜んでくれると嬉しいんだけどな。」


 後半のつぶやきは、ほとんど声が聞こえないくらい小さかったけれど、オレの耳はなんとか拾うことができた。

 オレも別にナタリアといて不快なわけじゃないし、むしろ楽しい思いの方が強くもある。

 あまり邪険にしすぎても可哀想なのかもしれないな。

 近づけすぎず、遠ざけすぎず、難しすぎる距離感を、バランスを取りながら渡り歩く日々が始まった。



 ナタリアとの同棲生活が始まって数日、寮でも学校への行き帰りでも、ずっとナタリアはオレの側にいた。

 本当は授業中すら一緒にいたいようだが、さすがに魔法科と魔法剣士科ではどうしようもなかった。

 だがそこは、周囲に同級生たちがいることもあり、一応納得したようだ。

 常に近くにいる、という意味では、たまにやってくるダイラと似たようにも思えるが、ナタリアはダイラと違い、物理的な距離では以前とほとんど変わっていない。

 つまり、ダイラのように密着してくるわけではない。

 そういう意味でも、ナタリアについては「オレと一緒にいたいだけ」などという邪推をする必要がなかった。

 ナタリアは、間違いなく何かを恐れている。

 それが、本当にリナレス家なのか、そうでないのかはわからない。

 聞けばやはりリナレス家、と答えるだろうし、本人も何を恐れているのかわかっていない可能性もある。

 漠然とした不安、というものは、確かにあるからな。

 そういうことなら、オレとしてはできる限り、ナタリアの傍にいて彼女を守りたいと思う。幼馴染であり親友として。


「最近ナタリアはよくエリアス様の傍にいるようだが。」


 数日ぶりにやってきたダイラが、オレの近くにいたナタリアを見つけて冷たく言い放った。

 今日は教室ではなく中庭にいたのだが、ダイラはいつも通り的確にオレを見つけてくる。

 何か魔法の発見アイテムか発信機でもつけられてるんじゃないだろうな、と思いたくなるほどだ。

 もちろんそんなわけないだろうが。


「エリアスの幼馴染で親友の私が、ただの友達のダイラより一緒にいることが多くて何かおかしいかしら?」


 ナタリアとオレの関係性にやや変化があったためか、ダイラとナタリアの喧嘩の種は今まで以上に増えた。

 これ本当にどうしたらいいのやら。


「はいはい、もういいから二人とも。

 で、ダイラは今日は何か情報は? ちょうどイサ―クも来たし。」


 ちょうどこちらに歩いてきていたイサ―クを見つけてダイラに示す。


「お? 何かオレ待ち? ごめんごめん待たせて。」


「別に少しも待ってはいない。・・・だが、今日はイサ―クにもやや関係がある話を持ってきた。」


「おお? 気になるね。聞かせていただきましょうか。」


「エリアス様、三日後ですが、何かご予定は?」


「・・・いや、特に予定はないね。何かあるの?」


「では、私と一緒に魔物狩りに参りましょう。」


 魔物。

 一見どこにも魔物の気配などなく生活しているので忘れがちだが、弱結界が張られた居住区から一歩外に出ると、まだまだこの世界には魔物が蔓延っている。

 国外の「人」の脅威もさることながら、国内の魔物にも油断することはできない。

 そんな、魔物たちを定期的に退治し、人々の安全を守っているのが、リナレス家を筆頭とした武闘派たちだ。

 もちろん、4大公爵以外にも、野良の討伐隊としてパーティーを組んで魔物を倒すことを生業とする者も少なくない。

 危険は大きいがその分、貴重なアイテムを多く獲得できるチャンスもあるからだ。

 実際、アウグスト戦士養成学校の生徒にも、野良の討伐隊を志している者も多い。

 イサ―クもそれにあたる。

 特に、国や公爵など、権威や規律に縛られたくない者ほど、野良の討伐隊を選ぶ傾向にある。

 オレは姫との関係上、元々公的な機関や部隊への所属を希望していたが、今は白紙の状態だ。

 驚異的なリナレス家の強さは、こういうところにも見て取れる。幼少の頃から魔物討伐を当然のように行っているのだ。


「オレは実は、生まれてこの方、アウグストの外に出たことがなくて、魔物討伐もしたことがないんだ。」


「なんと! エリアス様ですらそうなのですか。確かに、学生には未経験者も多いとは聞きますが。しかし、それならちょうどよかった。是非参りましょう。」


 興味はあるが、時期的にどうだろう。今やるべきことなのか。


「オレは昔、親父と少し魔物退治したことがあるぜ。とはいえ、強い魔法使いや剣士がいないと、オレだけだとどうしても手詰まりになるから、それ以降未経験だ。是非行きたい。」


 イサ―クは乗り気だ。

 だが・・・。


「私は反対。何が起こるかわからないし。今、あえて危険なことをしなくてもいいと思う。」


 ナタリアはやはり反対派だった。


「別にお前に来てもらおうなどと思っていない。エリアス様とイサ―クに話をしている。」


「いや、ダイラ。もし行くなら、ナタリアも一緒に来てもらう。ここは譲れない。」


 一般的に討伐隊を組む場合、回復役の魔法使いは絶対的に必要な職だし、今は約束もありナタリアとは離れるわけにはいかない。


「しかし急な話だと思う。いきなりダイラがそんなことを言うってことは、理由があるってことかな?」


「さすがエリアス様、その通りです。姫の情報につながるかはわかりませんが、その情報を持つかもしれない相手が、同日討伐を行うという情報を父が入手したのです。」


 そこまで聞くと、完全に話が変わってくる。行かない、という選択肢はない。

 ここから必要なのは、ナタリアの説得だ。


「ナタリア。聞いた通りだ。少しでも姫に近づけるなら、オレは行きたい。

 一緒に来てもらいたい。」


「・・・でも。」


 ナタリアはそのまま考え込んでしまった。

 じっと目線を動かさず、何かを考え続けている。

 普段なら嫌味の一つも言いそうなダイラも、先にオレが釘を刺したからか、何も言わず黙って待っている。


「一つ、一つだけ聞かせてほしい。その日討伐に出る、情報を持つかもしれない相手というのは?」


 確かにそれは気になるところだ。ダイラはもったいぶっているが、事前に聞いておきたい。

 言いたくなさそうだったが、オレがじっと見つめるとダイラは観念したように口を開いた。


「仕方ありませんね。本当は当日、実際に見つけるまで黙っておいて、驚いてもらいたかったんですが。

 ・・・その日、討伐に出る予定の人物、それは、ソロリオの天才魔法使い。」


 天才魔法使い! 響きだけで憧れるな。

 しかしオレは知らなかった。

 聞いたナタリアは目を見開いて、


「ピリ・・・くん。」


 くん?


「そう。まだまだ幼い、8歳のピリ・ソロリオくんです。」


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