見えたもの
「そこの女! パレンシアと申したな! 貴様、何者だ!」
リナレス卿はナタリアに向かって突然吠えた。
「・・・え?」
オレもイサ―クも驚いたが、当然ナタリア本人が一番驚いただろう。
ナタリアはある程度の緊張感はあれ、基本的には部外者的立ち位置でいたはずなのだから。
先程も感じたことではあるが、シーロ・リナレスは、ウナムーノ家とパレンシア家のつながりをやはり知っていたということだろうか。
となると、リナレス家とウナムーノ家はよほど折り合いが悪い、とみてよさそうだ。
「さてはダイラとエリアスの結婚を妨害しにきたか!」
いや、だから。
ダイラと結婚はしないというのに。
「ウナムーノ家は、長女とエリアスを結婚させようとしているそうだな。
私が知らぬとでも思ったか!」
「は?」
「えっ!?」
どこから出てきたその話。
オレが結婚?
次から次へと何故オレ?
オレは姫と婚約しているというのに、どういうことなのだ?
しかも、まさかのウナムーノ家。
ナタリアがわたりをつけようとしてくれていたばかりなのに。
反応を見るに、ナタリアも初耳だったようだ。
・・・と、いうより。
ナタリアは相当にショックを受けている様子だ。
動揺の仕方が普通じゃない。
それにしても、このオレの結婚話の連続と、姫がいなくなったことに、もしかしたら何か関係があるのだろうか?
「リナレス卿、お待ちください!
彼女は確かにパレンシア家ですが、家とは関わりなくオレとイサ―クの友人です!
ここに付いてきたのも、回復魔法が使える彼女はオレとイサ―クの身を案じてくれただけで、他意はありません!」
シーロはナタリアから一切目を離さない。
オレの言葉が聞こえていないことはないだろうが、完全に無視されている。
「答えよ、ナタリア・パレンシア!」
「えっ・・・あ、えと・・・。」
ナタリアは今の状況が理解できない、と言った風情だ。
心ここにあらず、か。何かに気づいたのか、思い出したのか。
それでも、ゆっくり事態を飲み込んだのか、突然当事者となってしまったナタリアがおずおずと口を開く。
「私がここに来たのは、友人のエリアスとイサ―クが心配だったからで・・・。」
つい今しがた、オレがシーロに説明したのと同じことを繰り返した。
聞こえてなかった?
「その、ウナムーノ家の長女とエリアスを結婚させる、なんて話は本当に初めて聞いて・・・。
長女って、マルタ様ですよね?」
「左様。以前から婿探しをしているのは知っていた。
いちいちダイラの見合い相手にかぶせてくることもあったからな。
性懲りもなく、エリアスにも興味を示しておるそうだ。
大方、ダイラとの勝負の噂でも聞きつけたのだろう。
性根の悪さはさすがウナムーノ家よ。」
なるほど、ダイラと引き分けた、という事実が、オレの身の回りにかなり大きな影響を呼び込んでしまっているらしい。
「でも・・・エリアスと私は幼馴染で、ウナムーノ家にも伝えていたのに、私には一言も・・・どうして。」
「ふん、どうやらウナムーノがエリアスを狙っている件は本当に知らんようだな。
お前とエリアスが幼馴染だろうがなかろうが、ウナムーノにとっては関係ない話よ。
必要であれば手段を選ばず手に入れる。そういうやつらだ。」
シーロの主観、という点を差し引いても、どうもウナムーノ家に対する印象が180度変わってきている。
正直、ナタリアのパレンシア家が繋がっているという時点で、無条件に信用できると思い込んでしまっていた。
もちろん、双方の話を聞かなければ、何とも言えないのだが。
シーロは思い込みが激しい感じもするし。
「でもお父様、そもそもナタリアは最初に名乗りましたよ?
どうしてその時点で追い出すなり、対処しなかったのですか?
私は特に気にされていないとばかり。」
ダイラは疑問を口にした。
「泳がせておいたのよ。問題があれば殺せばいい話だ。」
なるほど。怖すぎる。
「それはごもっともです。私は元々ナタリアがパレンシア家と知っていましたから、先に伝えておけばよかったですね。
殺しますか?」
ダイラは氷のような目でナタリアを見据えた。
本気かよ。
色々戦い方をネタバレしてしまった上で、ダイラとまた戦わないといけないのか?
しかも今度はシーロとチコという超一級剣士が二人もいるし、護衛もかけつけてくるだろう。
その一人一人だって、きっと結構な腕のはずだ。
イサ―ク、ナタリアと協力したとしても到底勝ち目はない。
「ナタリアは何も悪くない!
リナレス家は、無実の女性を理由もなく殺すのか!
ダイラ! オレとの約束を忘れたのか!
イサ―クとナタリアと、仲良くするって言っただろう!」
「・・・あぁ、そういえば約束しましたね、エリアス様。」
忘れていたのか、とぼけていたのか、ダイラは笑い、殺気を緩めた。
「ではお父様、ここはエリアス様に、ウナムーノ家とは絶対に婚姻関係にならないと約束していただいた上で、ナタリアにはそのままお帰りいただいては?
実際、私もナタリアがウナムーノ家のために裏で動いているとは全く思えませんし。
彼女は純粋に、エリアス様の、ただの、お友達かと。」
「・・・ダイラはこう言うておる。」
さすがダイラ!
いや、シーロの判断がやけに早いところを見ると、元々殺す気はなかったのかもしれない。
「ウナムーノ家と結婚など! するはずがありません。約束します!」
「よかろう。ならば私も約束は守ろう。
今後、姫について何かしら情報を入手することがあったなら、ダイラかチコを通じて教えてやる。
さぁ、そこで固まっている女を連れて、今日はさっさと帰れ。」
ナタリアは恐怖と混乱からか、まったく動けずにいた。
歩けるか聞こうとしたが、うつろな目をみてやめた。
オレがナタリアを抱きかかえて、イサ―クとともにそのままそそくさとリナレス邸を出た。
「そんな・・・エリアス・・・。」
ナタリアの声が聞こえる。
そんなにウナムーノとの結婚話のことがショックだったのだろうか。
結婚なんてしないというのに。
オレには姫がいるのだから。
しばらく時間をおくと、ナタリアは我を取り戻したが、いつもの調子にはまだまだほど遠かった。
リナレス卿シーロ・リナレスの恐ろしさもさることながら、それよりもウナムーノ家の動きと、それが自分に伝わっていなかったことの方がナタリアにはショックだったのかもしれない。
もちろん、主家が配下に秘密をすべて開示しないといけないルールなどないのだから、ウナムーノ家が娘を誰と結婚させようと考えていても問題はない。
だがナタリアに言わせれば、幼馴染のオレのことを説明し、会ってもらえるよう頼んでもいたのに、それに返事しないばかりか、ナタリアに一言もなく結婚の話が進んでいたことが腑に落ちなかったのだろう。
「長女のマルタ様は少し癖が強い方だけど、それでも比較的仲良くさせてもらっていると思ってたから、余計に驚いちゃって・・・。」
「そりゃ驚きもするよ。オレだってメチャメチャ驚いたし。」
オレとナタリアは、寮の近くの木陰に腰を下ろしていた。
イサ―クもしばらくは付き添ってくれていたが、ナタリアの回復を見て、寮に戻った。
「そうだよね・・・。ごめんね、迷惑かけて。」
「迷惑なんて少しも思ってないよ。
そもそもウナムーノ家がオレを結婚相手に、なんて、眉唾もいいところで、本当の話かどうかもわからないし。
リナレス卿の勘違いとか思い違いかもしれないし、実際のところはウナムーノ家に聞いてみないとわからないよね。
そして、実際にはそんなことあえて聞くなんてできないから、待つしかないんじゃないかな。」
その結果、ウナムーノ家に動きがあればシーロは正しかったということになるし、何もなければ間違いだった、ということになるだろう。
「なんか・・・2件も続けてエリアスの結婚話が出るなんてね。実は一番これがショックだったり、なんて。」
「わかるよ、オレもショックだよ。
リナレスにしろウナムーノにしろ、オレと姫との婚約はもう、ないものとして考えてるんだから。
4大公爵すら、もう姫は亡くなった、と認識している。
結婚の申し込み自体は、光栄な話ではあるんだけどね。」
「・・・嬉しいの?」
「嬉しいんじゃなくて、光栄、と言った。
平民のオレに、4大公爵のご令嬢が結婚を申し込んでくれるなんて、光栄以外の何物でもないよ。」
「嬉しくないの?」
ナタリアが妙なウザがらみをしてくる。
「嬉しいとか嬉しくないとかじゃないね。そもそも前提の話として、オレは姫と婚約してるわけだから。」
「じゃあさ、仮にこの世の誰から結婚を申し込みされても、エリアスは絶対に結婚しないの?」
「しないよ。するわけない。オレには、姫しかいないから。」
「・・・そうなんだ。」
ナタリアのその瞳からは、とても複雑な感情が読み取れる。だが、それをあえて語る気はないようだ。
「そろそろオレたちも帰ろうか。」
リナレス家訪問では色々あったものの、結局のところ姫についての情報は何も得ることができなかった。
なかなか思うようにはいかない。
一体いつになったら姫を探し出すことができるのだろうか。
深く考えだすと心が折れそうになる。
「あのさエリアス、帰る前にちょっと、大事なお願いがあるんだけど。」
お願い? 突然どうした。
「何かな? よっぽどのことじゃなければオーケーだけど。」
「えと、よっぽどのことかもしれない。」
何それ、ちょっと、聞くのが怖いんだけど。
「・・・まぁ、聞こうか。」
ナタリアの表情は真剣そのもの。
いや、というより、切羽詰まっている感が出ている。
何を言い出す気だろう?
「私、今、ちょっと一人になりたくなくて。
しばらくエリアスの部屋に置いてくれないかな?」
「え? オレの部屋に泊まるってこと?」
「泊まる、というか、住むってこと。」
「いや・・・さすがにそれはちょっと、どうだろう。」
これがもし、イサ―クから同じことを言われていたら、別に何も問題はなかった。
だが、相手がナタリアとなると大問題だ。
幼馴染とはいえ、ナタリアは女性だ。
男の部屋に泊めるのはいくらなんでもまずいだろう。
そもそも、オレも姫という婚約者がいるのだから、女の子を部屋に泊めたとなると姫に対して申し開きができないし、世間体もよくない。
以上の内容をオレはナタリアに伝え、さすがに断った。
「別に何か含むところがあるわけじゃなくてさ。
ちょっと身の危険を感じてるんだよね。
だから、一緒にいてもらった方が安心なの。」
「身の危険? それは・・・。いや、それでも。」
というより、危険というのはどういうことだろう。
ナタリアが一体誰に狙われるというのか。まさかリナレス家ではないよな?
「じゃあエリアスは、ここで私を一人にさせたことで、明日の朝、寮の自室で私が冷たくなってたらどうするの? 後悔しない?」
「いや、後悔するでしょそりゃ。」
「じゃあ泊めて。お願い。
大丈夫、アウグスト戦士養成学校の寮は、別にルール的には厳しくないから。
異性を泊めても特に問題はないんだよ?」
それは知ってる。たまに男の部屋から女性が出てくることもあるし、割と頻繁に女子学生が妊娠して休学になっているケースも見かける。
・・・いかん、妙なことを想像してしまう。
ともかく、それで問題になった、という話はまったく聞かない。
そうしたことに、学校側は寛容なのだ。
「そう、危険ってどういうことなんだよ。
誰からナタリアが狙われる可能性があるんだよ?」
「んー・・・リナレス家?」
「いや・・・それはないでしょ。」
と、いうものの、絶対か、と言われると自信はない。
彼らは殺す、と思ったら容赦なく実行する人たちだからだ。
そう考えると、当事者のナタリアからすれば、確かに一人でいたくないと思うほどの恐怖を感じても仕方ないのかもしれない。
「姫になんて言えば・・・。」
「大丈夫大丈夫。」
いや、何が大丈夫なのか。
「じゃあこの際言わせてもらうけど、ダイラはいっつもエリアスにベタベタベタベタしてるよね?
あれはいいの? 浮気認定していいの?」
「む・・・。」
「それと比べたら、一緒に住むくらいよくない?」
そういう問題だろうか・・・。
その後も似たような問答を延々と繰り返し、最終的には絶対に譲れない、というナタリアの頑なな態度に負けた。
オレとナタリアは、オレの部屋で同棲することになった。
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