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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
12/18

魔力の応用

 案内された別棟は、本邸の奥にあった。

 入ってみると、住居というよりは完全に訓練場のように見える。

 天井も高く、魔法を使わない剣術の試合なら、十分ここで実施できるだろう。

 もしかしたら、先程のイサ―クとチコのような立ち合いも、本来はここで行われているのかもしれない。

 にもかかわらず、あえて中庭で試合をさせたのは、当主がオレたちを先に見ておきたかったから、かもしれないな。

 チコも、許可を取っている、と言っていたわけだし。

 それにしても。

 これから当主に会う、というのに、帯剣を咎められることすらない。

 警戒が緩いわけではなく、これはその真逆で、絶対的な自信、ということだろう。

 オレたちは長方形の訓練場のおおよそ中央付近に案内され、座って待つよう促された。

 座って、と言っても、別に椅子があるわけでもなく、床に直接腰を下ろしただけの状態だ。


 待つこと数分、オレたち3人の目の前に、ダイラと、その父、リナレス家当主シーロ・リナレスが姿を現した。

 チコは、オレたちを案内した後、後ろで控えている。

 前後を挟まれている状態で、あまり気分はよくない。

 シーロ・リナレスは、ダイラの年齢を考えれば、若く見積もって30歳から40歳というところだろうが、見た目はそれ以上に若い。

 見方によっては20代と言われても十分通用しそうだ。

 しかし、だからと言って貫禄がないわけではない。ダイラとはまた一味違う、圧倒的威圧感がある。

 二人はオレたちの物理攻撃間合いのギリギリ外、という距離に腰を下ろした。

 仮に無意識にとった距離としても、剣士的直観というやつだろうか。

 まぁオレは魔法剣士なので、その間合いはあまり関係ないのだが。


「お初にお目にかかります、エリアス・アルカイネです。」


「お目にかかり光栄です。エリアスの友人、イサ―ク・オルティスです。」


「同じく、ナタリア・パレンシアです。」


 まずはそれぞれ名乗り。

 ナタリアが名乗ったところで、シーロが眉を顰めるのをオレは見逃さなかった。

 4大公爵であるウナムーノ家とパレンシア家の繋がりを知っていれば、あるいは当然の反応かもしれない。

 4大公爵同士は、決して仲がいいわけではない、と聞いている。

 もちろん、それも噂レベルの話だが。


「リナレス家当主、シーロ・リナレスだ。

 まず一つ、先に断っておく。

 私がこうして面会に応じることなど、普段ならありえないことだ。

 特例中の特例と心得よ。」

 

 その特例が認められた理由は何なのだろうか。

 やはりダイラとオレの一件か?


「エリアス様、私の骨折りの結果、と思っていただいて結構です。」


 そんなオレの心を読むように、ダイラが補足した。


「ダイラは女だが、ここ数年のリナレス流剣士の中でも群を抜いた実力を持つ、まさに天才だ。

 そのダイラがよもや引き分けたなど、到底信じられるものではない。」


 ギロリ、と音が聞こえそうなくらいの強い眼光がオレを見据えていた。

 おっしゃる通り、たまたまです、と言って逃げ出したい。

 普段なら実際、そうしていたかもしれない。

 だが姫の話を聞く絶好の機会なのだ。これを逃すことはできない。


「剣術のみでダイラ様と立ち会った場合、確実に私は負けます。ただ、私は魔法剣士であり、今回はその魔法力によってダイラ様との差を多少縮めることができたため、そのような結果になったと考えています。」


「そうではない。そこらの魔法使いや魔法剣士と相対したとしても、ダイラが遅れをとることなど・・・ありえないのだ!」


 言い終わるよりも早く、シーロは隠し持っていたナイフを全力でオレに対して放った。

 あまり突然であまりに速く、到底考えて行動していては間に合わない。

 確実にナイフはオレの頭を貫く。

 咄嗟にオレは氷の塊を作り出し、それを下から全力で、飛んでくるナイフにぶつけた。

 ナイフは軌道を変え、回転しながら天井に刺さった。

 ここまで、一連の動きが終わった後で、ナタリアの悲鳴が遅れて聞こえた。


「お父様! お戯れにしても失礼です!」


 ダイラは慌てる素振りは一切なかったが、父に対して軽い怒りを向けた。


「それがお前の強さの秘密か。なるほど、よくわかった。

 ダイラが苦戦するわけだ。

 そして非礼は詫びよう。試させてもらった。」


 何がよくわかったのか、シーロ・リナレスがオレの何を理解したのか、逆にオレにはわからなかった。

 ただ、今、まさにオレは死ぬ寸前だった、という事実に冷や汗が噴き出していた。

 オレが回避できなかったらどうするつもりだったのよ。


「私は魔法剣士などという、剣でも魔法でも一流になれない輩など歯牙にもかけん。

 だがエリアスよ、お前はそのどちらでもないようだ。

 剣術についてはまだまだ研鑽の余地があるようだがな。

 よかろう、ダイラとの結婚、認めようではないか!」


 え?


「お父様、ありがとうございます!」


 え? え?

 ダイラさん・・・。


「お待ちください、リナレス卿!

 私は本日、ダイラ様との結婚の許可をいただきにきたわけではありません!

 結婚については先日、ダイラ様本人にお断りさせていただいています!」


 だから、なんかナイフに憎しみがこもってた気がしたのか・・・。


「何? ダイラ、どういうことだ?」


「えぇと。結婚は、将来の話といいますか。

 とりあえずお父様の許可だけは先にいただいておこうと。」


「話が全く見えん。エリアス・アルカイネ、一から説明せよ。」


 そうしてオレは、リナレス卿に、始めから順を追って説明することになった。




「なるほどな、姫の件もあり、こんなに早く結婚の話が出るなどおかしいとは感じていたが、ダイラが暴走していたということか。」


「暴走だなんてそんな、姫様はもういらっしゃらないのですから、他の誰かにエリアス様を攫われないうちに、既成事実を作っておく必要があったのです。

 何なら子供の一人や二人を今からでも!」


 いや、それを暴走というのだよ。


「ダイラの言うことにも一理ある。」


 あるの!?


「亡くなった者はもう帰らぬ。時間はかかっても新しい相手に気持ちを切り替えていかねばならない。

 であれば、先に結婚だけしておいて、あとはゆっくり、気持ちがダイラに向くのを待ってもよかろう。」


 いや、この親にしてこの子あり、のパターンだったとは。


「親から見てもダイラの美しさはその他多くの女を凌駕しておる。

 男として不満を持つ余地があろうか? 私なら即座に妻にしておるわ。」


 シーロは見た目から相当若いし、そういう思想の持ち主ということはもしかして、妻が何人もいたりするのだろうか?

 ともあれ、自然な流れで姫の話も出てきた。ちょうどいい。

 今、聞くしかない。


「リナレス卿、私がお伺いしたかったのはまさにその姫の件について。

 先日、突然姫が亡くなられたという話をされ、私は王宮への出入りを禁止されました。

 ですが、亡くなられたという姫のお顔も見ることが叶わず、亡くなられた理由も教えてもらえず、王にも王子にも拝謁叶わず、果たして本当に亡くなられたのか、確認もできていない状態です。

 ですので、姫はまだ生きている、と私は考えています。

 4大公爵であれば、この件について何かご存知ではないかと、一縷の望みを持って、この場に参上しました。」


「姫の件・・・なるほど、そういうことだったか。

 それを聞いたからには協力してやりたい気持ちもあるが、残念ながら姫が亡くなられたことは間違いあるまい。」


 言い方が気になった。


「実際に、見られたわけではない、と?」


「目で見て確認したわけではない。

 私も含め、他の公爵連中も葬儀には呼ばれていないからな。

 だが、生きているのに死んだ、とする理由など王族にあるだろうか。

 王子がいる限り、姫は後継問題とも無縁の方なのだ。」


「・・・」


「ただ、引っかかることがあるのも確か。

 婚約者を葬儀に呼ばない理由も、王や王子が謁見をかたくなに認めないのもおかしな話だ。

 姫との婚約がなくなり王族との関係がなくなるにせよ、姫が亡くなった後に一度くらいは顔を合わせておく必要がありそうなものだからな。

 その辺りの理由が明らかにならない限り、多少の疑いは残ってもおかしくない。」


 そう、そうなのだ。リナレス卿はどうやら、話が通じる男のようだ。


「二つばかり、質問に答えることができるなら、今後何かしら情報を入手した場合、お前に伝えてやってもいい。」


「是非! よろしくお願いします!」


「よし。一つは、先程チコと立ち会ったそちらの男。」


「へい? オレですか?」


 ・・・油断していたな、イサ―ク。


「ただの鉄の盾を使っていたにも関わらず、チコの斬撃を完全に防いだ。

 さらに、連撃を許さずチコのペースを崩した妙なガード。

 攻撃こそできずとも、防御に特化し道を究めようとする姿勢や良し。

 あるいは我々の剣にも応用できる部分があるかもしれん。あのガードの秘密を開示できるか?」


 イサ―クはオレの方をちらりとみて、すぐに口を開いた。


「あれは、オレというよりそこのエリアスがくれたアイデアを元に編み出した技なんですわ。

 なんで、原理についてはそっちに聞いてみてもらってもいいすか?」


 イサ―クはオレに、情報開示するかの判断と、説明を委ねてきた。

 にしてもイサ―クの口調がぞんざいすぎる。気を許すには早すぎないか?

 もっとも、情報は隠してるわけでもないし大した理屈でもないから、開示は問題ない。

 そもそも、リナレス家だって使っている技術だ。

 全員の視線がオレに集まる。


「簡単なことです。先程、チコ様は、『木の剣で鉄の盾を切り裂ける』と言われてましたよね?

 これと同じことを盾に応用してみたんです。」


 それだけで、得心がいった、とばかりにシーロは大きく頷いた。

 チコは難しい顔をし、ダイラはぽかーんとしている。


「あ・・・あの! エリアス様! 私には今の説明では難しいです! もう少し優しく!」


 顔を見ればわかったが、やはりダイラは理解できていなかった。


「では一つ質問するよ。どうしてチコ様は木の剣で鉄の盾を切ることができるの?

 同じことはダイラにもできると思うけど、ダイラは木の剣で鉄を切る場合、どうする?」


「それは・・・木の剣に気を入れて切ります。」


「そう。そういうことだね。

 今、ダイラは『気』って言ったけど、これは色んな表現をされることがある。

 ただ、簡単に言い換えると、これも結局魔力の一種だ。

 ・・・リナレス家的には、受け入れがたいかもしれませが。」


 言いながら軽くシーロの反応を伺うが、特に怒っている様子はない。続けてよさそうだ。


「つまり、魔力による武器強化を、リナレス家の皆様のような達人の方々は、無意識的に利用されているわけです。

 それだけじゃありません。

 オレがダイラと戦って感じたところで言えば、ダイラは最低でも、武器強化、速度強化、パワー強化を利用されていました。」


「私が・・・まさか!」


「『気』を入れてたわけでしょ? それのことだよ。

 もちろん、元々ダイラのスピードやパワーはけた外れだけど、『気』を入れないと、オレと戦かった時のあの速度は出せないし、パワーも出ないだろう?」


「・・・そうですね。」


「イサ―クの盾には、そのリナレス家がいうところの『気』が込められていたわけです。

 剣と盾、両方に同等レベルの『気』が込められているのであれば、木で鉄は切れません。

 そういう理屈です。」


「なるほど、そういうことでしたか・・・!」


 チコも納得できたようだ。


「確かに、防御力についてはそれで説明が付こう。

 だが、チコの連撃を防いだ点についてはどうだ?」


「あれも、応用です。イサ―クは魔法が使えませんが、魔力は持っているわけです。

 なので、その魔力を防御に振ったのが先程の『気』、そして、攻撃を受けた際に魔力を衝撃波に変えたのが、さっきのガードです。

 ノックバックガード、とでも言いますか。

 切りかかった際に剣、または体ごと、衝撃波で弾き飛ばすことで、連続攻撃を許さないガードです。

 いうのは簡単ですけど、これを実践レベルで使えるようになるには、かなりの訓練が必要です。

 事実、オレは使えませんので、どれくらい大変かはイサ―クに聞いてもらえれば。」


「お、そうねえ。少なくとも血反吐を吐いてのたうち回る程度には苦労するけど、それでもオレみたいに才能に恵まれてないと無理かもなぁ。」


 うまくいったからってかなり調子に乗っている。


「ちなみにオレは、魔法剣でこれを応用してます。

 なので、ダイラとの戦いの際も、実際に目に見える魔法ではなく、目に見えていない部分での魔法が、オレの基礎能力を底上げしてたわけです。

 ダイラは、本能で無意識的に使っていたかもしれませんが、オレは意識的に同じものを、より効率よく、的確に使っていました。

 オレとダイラの実力差は、この辺りで少し埋まったのかもしれません。」


「なるほどな、エリアス・アルカイネ、面白い話を聞かせてもらった。

 では、お返しに私からも一つ、お前が意識しておらず、気づかず利用している武器を教えてやろう。」


 先ほど確かに、そのようなことを言っていたな。


「お前の真の武器は、常人を超越した戦闘時における判断力と、通常ありえない魔法の生成速度よ。」


「・・・」


「ダイラは魔法使いとも数多く戦った経験がある。

 だが、過去一度も敗れたことはないのだ。

 何故なら、魔法使いの致命的な弱点として、近接戦闘が弱い、ということがある。

 懐にひとたび入られたら、絶望的に対処するすべがない、それが魔法使いだ。

 そのため、できる限り距離を取り、遠隔から狙い撃ちする方法でなければ本来魔法使いは剣士に勝てないのだ。

 そこらの魔法使いどもを見てみよ。

 一つの魔法を繰り出すのに、どれだけの時間を要する?

 その魔法が発動するまでに、我らなら10回以上、その魔法使いを殺すことができるだろう。」


「確かにな。普通は長々と呪文を唱えたりするしなぁ。

 エリアスの魔法は、いう通り相当速い。

 手に魔力を込める、とかじゃないもんな。

 オレのイメージでは、念じただけで発動してる感じがするぜ。」


「先程のナイフを見たであろう。

 高速で飛んでくるナイフを、魔法の氷で回避するなどおよそ考えられない。

 あのような回避、私も初めて見たわ。」


 あまりにも当たり前だったので無意識だったが、なるほど、それはそうなのかもしれない。なぜあの魔法使いはいちいち呪文を唱えるのか、などと思っていたものだ。


「そうか! つまりエリアスが魔法を使う時に魔法名を叫んだり、魔法剣の名前をいちいち言うのは、ただかっこつけてるだけってことだ!」


 うわぁ、いやなところつかれた。


「いや・・・だってほら、見栄えとかさぁ・・・。

 どうせならかっこよく戦いたい気持ちとかさぁ・・・。」


 実際、魔法にしても魔法剣にしても、魔法名、技名、何も言わなくても発動はできる。

 気持ちの問題だ。


「ただリナレス卿、おっしゃっていただいた通りです。自分の強みを改めて認識することができました。ありがとうございます!」


 オレの強み。それは、リナレス卿が気づいた点の、実はさらに上を行く。

 つまり、魔法の発動速度もそうかもしれないが、オレの場合、複数同時発動が可能だ。

 イサ―クの言う通り、魔法を使うのに手が必要なわけでもないので、詠唱して放つ、みたいなかっこよさにこだわらない限り、無言で複数同時連続攻撃ができる。

 今まで意識していなかったので、そんな発想がそもそもなかった。

 だが、できる。自信がある。

 今この時点で、オレのレベルは数段上がったのを自覚した。


「さて、ではもう一つの質問だ。

 こちらの方が大事な質問だが・・・。

 そこの女! パレンシアと申したな! 貴様、何者だ!」


 リナレス卿はナタリアに向かって突然、吠えた。


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