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愛する姫はもういない  作者: 桜木ひかり
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エリアスの盾

 リナレス邸は、鮮やかなブルーで彩られた、一般の住宅よりは二回りほど大きな建物だった。

 ただ、間違いなく大きくはあるのだが、豪奢というほどではなく、むしろ4大公爵にしては質素、という印象の方が強い。


「ウナムーノ邸と比べてどう?」


 隣にいたナタリアに聞いてみた。


「かなり控え目に見えるかな。大きさだけならウナムーノ邸の方が倍・・・いえ、3倍くらいは大きいかも。」


 武を重んじる家ゆえ、質実剛健を旨としているのか、ただ単純に、4大公爵の中では凋落傾向にある、という噂通りなのか。

 ただ、一般市民のオレから見て、4大公爵にあって華美すぎない住居の佇まいは、好印象ではある。


「でよ、なんでナタリアもいるんだ?」


 呼ばれてもいないのに当たり前にそこにいるナタリアに、イサークが問う。


「二人だけじゃ心配だからに決まってるでしょ。」


「いや、オレはむしろ二人だけの方がトラブルは起きない気がしてる。」


 何故なら、この三人の中でダイラと最も相性が悪いのは、間違いなくナタリアだからだ。


「そもそもナタリアは呼ばれてないからな。」


 イサークもオレに同調する。


「イサークが許可されて私が許可されない道理がないでしょ。」


「無茶言ってんな。リナレス家は戦士に対しては理解があるってことだろ。

 魔法使いはいるだけで空気が悪くなるかもしれないから、ナタリアはここで引き返せ。」


「いや。」


 ナタリアの気持ちを推し量るに、リナレス家は会って早々にオレを殺しかけたダイラの実家なわけで、また似たような展開になることを心配しているのかもしれない。

 今のオレに対するダイラの態度を見れば、そのようなことはないとは思うがゼロではない。

 そんな場合に、回復役がいてくれると、確かに安心ではある。


「まぁ、行くだけ行ってみようか。ただ、どうしても駄目と言われたら諦めてよ?」


「その時は外で待機してるから、何かあったら大声で呼んで。」


 それでイサークも意図を汲んだようで、オーケーオーケーとナタリアの頭をポンポン叩いた。




「男性がお二人とうかがっておりましたが?」


 リナレス邸敷地内には特に警戒もなく入ることが出来たが、入ってすぐに駆けつけてきた護衛と思われる剣士に、当然のようにそのことを聞かれた。


「私はダイラ様の友達のナタリアです! 二人がダイラ様のところに行くと聞いて、私も是非にとお願いしてついてきました!」


「少々お待ち下さい。確認いたします。」


「お手数おかけします!」


 ナタリアのことはナタリアに任せ、オレとイサークはその場でのんびり待った。

 護衛剣士が使用人らしい男に何かしら耳打ちし、男はすぐに邸内に走り戻った。

 それを確認した上で、護衛剣士が改めて話しかけてきた。


「ところで、私はシーロ様にお仕えするチコと申します。

 エリアス様のお噂はかねがね伺っております。

 差し出がましいことを申しますが、今、ここで、一度私とお手合わせをしていただけないでしょうか?」


 おっといきなりきましたよ。

 剣士家系のリナレス本家、もしかしたらそういうこともあるかもしれない、と想定はしていた。

 が、当主であるシーロ・リナレスに会う前に手合わせを挑まれるとは思っていなかった。


「もちろん、シーロ様のお客様に対し、真剣で、とは申しません。木剣であれば挑んでもよい、とシーロ様にも許可を得ております。」


 なるほど、それならどんなに最悪でもお互い骨を折るくらいで済む・・・と、普通なら思うのだが、リナレス流は普通ではない。

 ダイラの剣術を見る限り、使うのが木の剣だろうと切り殺される可能性は十分ある。


「あ、ちょっといいすか?」


 オレが答えるよりも先に、イサークが前に出た。

 ああ、ここでか。

 オレにはイサ―クの意図が明確にわかった。

 おそらく、と思っていたことが、この瞬間、確信に変わった。

 やはり、リナレス家に付いてきたイサ―クには、一つ大きな目的があったのだ。


「はじめまして、エリアスの友人のイサ―クです。

 オレは攻撃よりも防御に特化した重戦士。

 昔っからエリアスと切磋琢磨してきて、いつしか『エリアスの盾』と呼ばれるようになった者です。」


 ちょっと待て。エリアスの盾ってなんだ?

 初めて聞いた。

 思わずナタリアと顔を見合わせる。

 驚いた表情から察するに、ナタリアも聞いたことがないようだ。


「そして、ここにいるそのエリアスは、着実に日々研鑽を重ね、ついには先日、見事ダイラ様とも引き分けるという偉業を達成しちまったんです。」


「存じております。

 ・・・失礼を承知で正直に言わせていただくと、到底にわかには信じがたいお話でした。

 だからこそ、私がお手合わせをお願いいたした次第。」


「そうでしょうそうでしょう。

 わかりますよ、お気持ちは。

 ただ、こちらとしても、ダイラ様との一戦で一気に株が爆上がりしたエリアスを、そう簡単に出すわけにはいかないってなもんで。

 エリアスはラスボスですから、最後まで出てこない。

 つまり、まずはエリアスの盾であるこのオレを、倒す必要があるってわけです。」


「ほう。」


「とはいえ、オレがチコ様に勝つのは正直、無理でしょう。オレは攻撃には自信がありませんしね。

 そこで提案。

 さっきの使用人の方が戻るまでの間、オレがチコ様の攻撃を防ぎきったらオレの勝ちでエリアスの出番はなし。

 オレが立ち上がれないくらいに打ちのめされたら、チコ様はエリアスに挑める。

 さあ、これでどうでしょう?」


「てかイサ―ク、誰がエリアスの盾だって?」


「お? まぁそこは聞き流しとけ!」


 イサ―クはわはは、と笑う。


「エリアスはオレの考え、もうわかってんだろ? オレにも一回、戦わせてくれよ。

 さぁ! チコ様、いかが!?」


「そうですね。こちらが言い出したお話ですし、そちらの提案も無下にはできません。

 それに、それはそれで、面白そうでもある。

 是非、よろしくお願いいたします。」


 チコは静かに微笑みながら、オレたち客に場所の移動を促す。

 リナレス邸の敷地内、玄関口から右手、広く取られた飾り気のない芝生のみのスペースに案内された。


「イサ―ク、大丈夫かな・・・。」


 ナタリアが心配そうに呟く。


「木の剣だし、万が一の時はナタリアがいるから大丈夫でしょ。」


 オレは特に心配はしていなかった。

 イサ―クの硬さはオレが一番知っているし、何よりイサ―クにはこの戦いに一つの目的がある。

 むしろオレはそちらの興味の方が大きかった。

 もちろん、そんなに呑気に構えていられる相手ではないということも理解している。

 既にチコは臨戦態勢で、それまで柔和だった気配が別物に変わっていた。

 ダイラにも負けない殺気。

 練習試合、などとは全く考えていないのだろう。

 それこそ、命のやり取りをする覚悟すら感じる。


「で、でも、一撃で命まで、なんてことになったら私にもどうにもできないし。」


 ナタリアも肌で恐怖を感じているのだろう。

 オレもダイラにやられた一撃を思い出し、少しだけ心配になってきた。


「とはいえ、イサ―クもすごく強い・・・と思うんだけど。ナタリアも知ってるよね?」


「知ってるけど・・・。そんな急に自信なさげになられると余計不安になるから本当にやめて。」


 イサ―クは、防御型の重戦士という職業柄、相手を殲滅して勝利を得るのは得意ではない。

 だが、防御力に特化している分、負けることもほとんどない。

 というか、少なくともオレは見たことがない。

 贔屓目かもしれないが、「負けない勝負」なら、最強の部類に入ると言ってもいいのではないか。

 そのために、これまでオレもかなりイサ―クに協力してきた。

 そして、今回イサ―クがリナレス家訪問を望んだのは、そうして作り上げてきたオレたちの最強の盾が、物理攻撃最強剣士に対して通用するのか、試してみたかったから、なのだろう。


 イサ―クは持参してきた盾を左手に、右手に渡された木剣を持っている。

 重戦士の武器は様々だが、普段イサ―クは剣を使うことはない。主に、射程の長い槍を愛用している。

 だが、攻撃をそもそも考えなくていい今回の勝負では、そこはあまり関係ない。むしろ、防御に徹するのなら、剣の方が使い勝手がいいとも言える。

 まぁ、本人は今回、武器を使う気は一切ないのだろうが。


「のんびりしていては時間がなくなりますので、早速行かせていただきます。」


 チコは剣を構え、右に走り始めた。

 イサ―クの動きを見ながら、後ろに回り込もうという動き。

 イサ―クはチコに合わせてそうはさせじと体を回しながら、攻撃を待っていた。

 しばらく走ったところでチコは体を反転させ、一気に距離を詰めてイサ―クの右側から初撃を打ちおろした。

 イサ―クは反応し、左手の盾を前に出しつつ、そのままさらに前に出た。

 盾は剣が最大の勢いを持つ前にその動きを確実に止め、そのまま剣を大きくはじき返した。


「くっ!?」


 チコは大きくバランスを崩したものの、すぐに態勢を整え直した。

 そのまま改めて攻撃に入る。

 次々に激しい打ち込みがイサ―クを襲うが、イサ―クは微動だにしない。

 すべての攻撃を盾で確実に防ぎきっていた。

 しかし、チコの腕もかなりのものだ。

 ダイラほどとはいかないまでも、かなりの使い手であることがわかる。とにかく、速い。

 そして紛れもなく、チコはイサ―クを殺すつもりで攻撃している。

 相手を殺すことに少しの躊躇も持たないからこその強さも、リナレス流の本質の一つなのかもしれない。

 ここで、イサ―クの目つきが変わった。


「ガアアアァ!」


 イサ―クの気合いとともに、胴体を薙ぎ払おうとするチコの剣が、逆に体とともに宙に浮き、跳ね飛ばされる形となった。

 追撃のチャンスだが、イサ―クは動かない。自分から攻撃する気は全くないようだ。

 すぐにチコは体を起こして剣を構え直す。


「これはこれは・・・。少し甘く見ていたようです。確かに素晴らしい防御力。

 私が使っているこの剣は、あくまでただの木の剣ですが、私が使えば鉄の盾でも軽く切り裂けるはずなのです。

 それがここまで防がれてしまうとは。

 イサ―ク様、あなたの盾は、特殊金属ですか? それとも呪われた防具?」


 この言葉に、オレとイサ―クはほぼ同時に、笑った。

 並みの相手なら、イサ―クの盾が普通の盾ではない、ということにすら気づけない。

 だが、熟練の相手なら、きっと気づいてくれるはず。

 この盾は、普通の盾ではない、と。

 そして、そう相手に思わせることができたなら。イサ―クとオレの試みは、見事成功したことになる。

 何故なら、イサ―クの盾は、何の変哲もない一般的な盾に過ぎないのだから。


 リナレスの剣士を敵に回して、イサ―クの盾は、確実に効果を発揮している。

 それこそが、イサ―クとオレが、昔から少しずつ試行錯誤して作り上げてきた、ある特殊な技術。


「チコ様、オレの盾は、どこにでもある、ごくごく普通の鉄の盾ですよ。」


 イサ―クは右手の剣で、ガンガンと左手の鉄の盾を叩いて見せる。


「ただ! さっき言わせてもらいましたよ? オレ自身が、『エリアスの盾』だってねぇ!」


「ほう・・・。では、私の100連撃で、その盾を打ち破ってみせましょう。」


 まるで別人のような形相で、チコはイサ―クに襲い掛かる。

 100連撃、という表現から、連続攻撃が次々繰り出される、と思った直後、チコは大きくバランスを崩していた。

 次の瞬間、恐るべき速さの第二撃が打ち下ろされるも、同じように弾かれ、後ろに飛ばされた。その繰り返し。

 つまり、一撃一撃が大きく跳ね返されるため、連撃になっていない。

 チコの攻撃は、連撃どころか、一撃ごとに完全に寸断されてしまっている。

 その瞬間、初めてチコの顔に動揺を見た。

 いける! イサ―ク、いけるぞ!


「両人、そこまでだ!」


 リナレス邸の3階部分付近から、男の声が降ってきた。

 チコの動きが急速に強張る。


「チコ、客人3人を速やかに別棟に案内せよ。」


「・・・はい。」


 当主、シーロ・リナレスの声か。

 チコの気持ちを想像するなら、ほぼ間違いなく、こんなはずではなかった、というところだろう。

 そもそも、オレの化けの皮を剥がしてやろう、くらいの気持ちだったのかもしれないが、本命のオレどころか、その付き添いとしてやってきたイサ―クにすらあしらわれるなど、屈辱以外の何物でもないはずだ。


「イサ―ク様、お見事でした。エリアス様も、突然のご無礼、改めてお詫びいたします。

 ご案内いたしますので、こちらへ。」


 しかしチコは、感情をまったく見せることなく、スッと始めと同じ礼儀正しい護衛剣士へと戻っていた。

 自らの感情を律する力は尊敬に値する。

 イサ―クの方もわきまえていて、さすがにこんな状況ではしゃいで相手の感情を逆なでするようなことはしない。


「回復は・・・今回は特に必要ないみたいね。」


 別棟とはいえ入ることを許可されたナタリアは、ほっとしたようにイサ―クの全身を確認していた。


「何せ、エリアスの盾、だからよ。」


「さっき思いついたくせにしつこい。」


 肩を怒らせながらテンション高く充実感を漂わせるイサ―クを見て、ナタリアの緊張もややほぐれつつあるようだ。

 とりあえず、第一関門突破、って感じだな。


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