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孤月の宿  作者: 三柴 ヲト
第一幕――3.泡沫の夢
9/18

3-3 追憶(1)

 ◆◆◆



『先月開催された読書感想文コンテスト、うちのクラスからは片桐悠真くんが佳作に選ばれました。悠真くん、おめでとう!』


 気がつくと俺は、見覚えのある教室にいた。


 正確には『教室にいた』というよりは『見覚えのある教室を少し離れたところから傍観していた』といった方が正しいかもしれない。


 見覚えるのある展示物に、見覚えのある生徒たち、それから今しがた俺に賛辞を送ったのは見覚えのある学級担任で、彼女からニヤついた顔で賞状を受け取ったのが幼き日の俺。


 これはそう、俺が小学二年の時の光景だ。


 取り立ててなんの取り柄もなく、勉強も運動も素行も可もなく不可もない際立って普通の少年だった俺は、その日初めて特別な『何か』を手にした。


 地元が独自に開催している読書感想文のコンテストとはいえ、俺にとってはこれ以上にない刺激的な出来事で、この賞状があればきっと両親が喜んで褒めてくれるだろうと思ったし、優秀なことでいつも持て囃されている兄貴だって少しは俺を見直し、称賛してくれるかもしれないと駆け足気味に下校したことを今でもよく覚えている。



 ◆◆◆



 ――瞬きをすると目の前の光景が瞬時に変わった。


 今度は昔俺が住んでいたマンションの玄関先が目の前に広がっている。


 賞状を持って自宅に帰ってきた少年の俺が、傍観する俺の目前を通過し、ランドセルを背負ったままリビングへ向かう。


 ああ、今でも覚えている。この時の俺は、なんて切り出そう。どうやって発表しよう。ご褒美に夕飯は悠真の好きなものにしようとか言われたらなんて答えよう、やっぱり揚げ出し豆腐かな……なんて、頭の中は嬉しい妄想でいっぱいだったんだっけ。


『(喜ぶかな、母さん)』


 少年の俺がにやけながらリビングのドアに手をかけると、薄く開いた扉の隙間から話し声が聞こえてきた。


『まぁ、四年生の部で金賞⁉︎ 凄いじゃないの!』


『(――え?)』


『やっぱり貴方は父さんに似て何をやっても才能があるわね、一真』


『大袈裟だよ母さん。ただの地元の読書感想文コンテストだし、大したことないよ』


『そうかしら? 入選や佳作ならまだしも金賞なら大したことあるわよ! うふふ。ご褒美に、今晩は一真の好きな豆腐ハンバーグにしましょうね』


 掴んだドアを開けられないまま、その場で立ち尽くす少年の俺。


 浮ついていた気持ちはどこへやら、どん底に突き落とされたような顔で持っていた賞状を強く握りしめている。


『(なんでよりによって俺の嫌いな豆腐ハンバーグなんだよ)』


『(なんでいつも兄貴ばっかり)』


『(なんでいつも俺は……)』


 それまで特別だった賞が急に陳腐なものに成り下がった気がして、どうにもやりきれなかった。


 惨めで悔しくて。喚きたくなる気持ちを必死に押し殺していると、帰宅した父親が背後からやってきて少年の俺に声をかけた。


『こんなところで何をしてるんだ、悠真。入らないのか?』


『と、父さん』


 咄嗟に少年の俺は賞状を握りつぶして背に隠し、一歩後退る。


『あらお帰りなさい二人とも』


 すると今度はリビングの扉が開いて、母親が顔を出した。


『ちょうどよかったわ。一真ったらね、読書感想文のコンテストで金賞をとってきたのよ! 凄いと思わない?』


『ほう、それは凄いじゃないか』


『……』


『そうでしょう? ママ友会でも一真の活躍は評判になってるし、金賞だなんて母さんも鼻が高いわ~。ああ、そうそう。田舎のおじいちゃんとおばあちゃんにも報告しなくっちゃね』


 興奮冷めやらぬ調子でそう告げる母さん。きっと嬉しさに舞い上がっていただけで全く悪気はなかったんだろうけれど……でも。この時の俺にはさすがに応えた。


『……だろ』


『どうしたの悠真? 早く手を洗ってリビングに……』


『ただの読書感想文だろ。別に凄くもなんともねえし浮かれすぎだろ』


 吐き捨てるように放った一言に、母は激怒するよう血相を変えた。


『ちょっと悠真、そんな言い方はないでしょう! あなた、何かで賞をとることがどれほど難しいかわかってるの⁉︎』


『俺だって賞ぐらい――』


『全くだぞ悠真。お前はいつも漫画ばっかり読んでるからなあ。僻むくらいならたまには小説でも読んで、一真のように広い視野を持てるようになりなさい』


 母親だけでなく父親にまでそう言われてしまっては、もう何を言っても俺の言葉が意味を持つとは思えなかった。


 腹いせのようにガンッと思いっきり近くの壁を蹴り飛ばすと、


『どうせ俺は、出来の悪い子どもだよ!』


『あ、ちょっと悠真!』


 なんだかもう何もかもが嫌になって、背にかけられる母の声も父の声も兄貴の声も全て無視して逃げるように家を飛び出す。


 少年の俺は、凍える冬の街をあてもなく駆け抜けていった。



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