1-3 選評
「大変……なんだな」
「別部署の時も同じようなことやってたから、その辺は慣れたもんかな。それより、せっかくだから読んだ作品の感想でも聞かせてくれよ。気になる作品はあったか?」
落ち込みかけた気持ちが少しだけ浮上する。兄貴が俺の作品を読んだとは限らないが、もし読んでいたなら是が非でも感想を聞きたい。
「そうだな……」
いかにも考えている風を装いながら、スマホの画面を操作して見慣れた投稿サイトを開く。
カラカラに渇いた口の中を水で潤わせると、あくまで自然に、自分が二次落ちした作家だとは微塵も思われないよう慎重に言葉を選んで誘導する。
「『月時雨に舞う鳥』とか、『焔の落胤』かな。どっちも二次落ちでPV数がいまいちな作品だけど、俺的には面白かったと思う」
「ふむ。月時雨~と焔の落胤ね……」
律儀な兄貴は持っていたタブレットをタップし、検索をかける。一つ目は飛ばし読みしたことのあるダミーの作品で、二つ目が俺の書いた作品だ。
「ああ、この二つなら俺も読んだよ」
えっ、と声が出そうになる。昂る俺の心音など気にもせず、兄貴はなんてことはない顔で「どの辺が面白かった?」と尋ねてきた。
「え、えっと、月時雨の方は言い回しが文学的で深みがあって好きかな。ファンタジーにしちゃ珍しい非流行もので読み味も新しいし、主人公が弱さを抱えながらも前に進もうと地に足をつけてる感じが悪くないと思ったよ」
「ふむ……」
「もう一つの焔の方は、流行に媚びてない独特な世界観がいいと思う。主人公の焔が敵をバッサバッサ倒すシーンとか凝ってて手に汗握ったし、ヒロインの翡翠も健気に焔を想ってるところが可愛いかったと思う。キャラクターも一人一人個性的だし、ラストの宝殿のシーンなんてあそこでライバルの氷雨が……」
熱く語りかけてハッとする。書いた本人ならではのゴリ推しコメント感が拭えない。
俺の作品はとにかく読者数も少なく、感想を書いてくれるような人もいないため、誰かに自分の作品のことを話せるのが嬉しくて、つい具体的に語りすぎてしまった。
急に恥ずかしくなって慌ててトーンを落とす。
「ま、まぁとにかく面白かったよ。どっちの作品も、なんでこんなに面白いのに二次で落ちたんだろうなって感じ」
余計な一言を付け加えて何食わぬ顔でペペロンチーノを一口頬張る。神妙な顔をして聞き入る兄貴の手前、極力冷静を装ってはいるが、内心冷や汗だらだらだし心臓もバクバクだった。
ちらりと視線を上げると、兄貴はと小さく頷いてから「なるほどな」と柔らかく笑ってみせた。
笑ってる……よな? 俺の小説の良さが兄貴にも伝わったのだろうか。
「お前がファンタジー作品好きなの、よく伝わったよ」
「あ、いや、普段はもっとホラーとかミステリも読むし、たまたま目についたのがその類だっただけで」
「そうかそうか。いや、意外だけどなんだか嬉しいな、お前とこんな話ができるなんて」
「ま、まぁな。ちなみに……兄貴はどう思ったんだよ?」
ごくりと唾を飲む。兄貴の様子から好感触な言葉を期待したのだが。
「んー、そうだなぁ。俺個人としてはどっちも嫌いじゃない作品なんだけど」
「え、じゃあ……」
「真面目な話、虹色ファンタジー文庫の編集者として見た場合はどちらも評価できないかな」
ストレートに飛んできたダメ出しに、一瞬息がつまった。
「……。どの辺が?」
「まず、どちらの作品もうちのレーベルカラーに合ってない。個性的なのはオリジナリティがあっていいとは思うが、よっぽどの技量がない限りコンテストの趣旨やテーマに沿ってない作品は早い段階で弾かれる」
「……」
「それから、特に後者の『焔の落胤』は、冗長表現が多すぎる。これは素人作家にありがちな典型例なんだけど、高尚な作品に見せようといちいち難しい漢字を使ったり、回りくどい表現を多用しすぎて作品全体を読み辛くしてる。登場人物にも無駄な人間が多いし、この手のファンタジー作品はリズムとテンポが大事だから、もっと言いたいことをストレートに表現したほうがすんなり読み進められて読後感もスッキリするはずなんだけどな。プロット自体は悪くないんだが……梃入れするには難がありすぎるし、そもそもテーマが需要に合ってない。リサーチ不足と経験値不足が敗退の原因といったところか」
編集者としての兄貴の言葉は予想以上に辛辣で、容赦なく俺の心を抉った。
それまで熱く滾っていた血が、急速に凍りついていくのを肌で感じる。
「んー、この二つなら、まだ『月時雨~』の方が完成度が高いかな。世界観が独創的すぎるけど、レーベルカラーや流行に沿った設定に軌道修正すれば、そこそこいいものができる気がする」
「……」
「っと、悪い悪い。せっかくお前が薦めてくれた作品なのに、評価シートの書きすぎでつい辛口になっちまった。職業病みたいなもんだから、気を悪くしないでくれよ」
ぽりぽり頭をかきながら苦笑する兄貴に、「いや別に」と、愛想笑いを返すのが精一杯だった。
――何も知らないくせに。
真っ白な画面と向き合い、ない知恵絞って一字一句書き連ね、必死に紡いだストーリーを試行錯誤の末に幾度となく書き直す。
そうしてやっとの思いで書き上げた血と涙の結晶のような作品が、生み出す苦労を何も知らない一個人にたった一瞬で全否定され、悲しみより先に苛立ちすら覚える。
悔しくて、惨めで。膝の上で握りしめた拳が小刻みに震えた。
「編集者って、厳しいんだな」
「はは、まぁ生活かかってるからなあ。俺はまだ優しい方だぞ? 先輩の編集者なんて担当したばかりの新人作家に……っと、あれ? もう行くのか?」
「あー、悪りぃ兄貴。ちょっと仕事のことで急用思い出したから、帰るわ」
「本当に急だな。でもまぁそうか……仕事ならしょうがないな、気をつけて帰れよ?」
「ああ」
引ったくるように伝票を掠め取ったら、兄貴に制された。
どうやら奢ってくれる気らしい。意地でも兄貴の世話にはなりたくなかったが、揉めている時間が惜しいぐらい、今は一刻も早くこの場を立ち去りたかった。
「暇な時にまた飯でも行こう。たまには実家にも連絡入れてやれよ」
背に投げられた兄貴の声には振り返りもせず、小さく頷いて店を出る。
込み上げる感情の波を必死に堪えながら、俺は駅に向かって荒々しく足を踏み出した。




