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孤月の宿  作者: 三柴 ヲト
第一幕――1.定番ドリアとペペロンチーノ
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1-2 予期せぬ遭遇

 ◇



 その後、土地勘のない俺がやっとの思いで夜飯にたどり着けたのは、それから約一時間後のこと。引くぐらい高い店や、なに料理だかよくわからない飯屋が点在する街中で、見知った安いイタリアンチェーン店を見つけられたのは奇跡に近い。


 さっきまで田舎者丸出しでギラギラソワソワしていたのに、行き慣れたチェーン店に入った途端、水を得た魚のようにおひとり様席まで猛進し、天下でもとったかのような顔つきでどかりとソファへ腰掛ける。すると合言葉のように口から出てくる「定番ドリアとペペロンチーノ大盛りで」。


 メニューを開かずともわかる。主食として一番安い値段の組み合わせがこれで、とにかくこれさえ食えば腹が膨れる。俺の人生、何度この組み合わせを注文してきたことか。


「かしこまりました。ご一緒にドリンクバーは……」


「……あれ? もしかして悠真(ゆうま)じゃないか?」


 まだ店員がハンディターミナルを打っている途中だというのに、早くもセルフサービスの水を汲みに立とうとする俺を遮って飛んできた声に振り返ると、そこには二年ぶりに顔を合わせるスーツ姿の兄・一真(かずま)がいた。


「兄貴……なんでこんなトコにいんだよ」


「ははっ。それはこっちのセリフだよ。今年もその前も、正月だって実家に帰ってこないようなお前が、一体こんなところでなにしてんだよ」


 兄貴め、いきなり答えにくい質問をしてきやがる。


「うるせぇ。仕事が忙しいんだからしょうがねーだろ」


「仕事ったって輸送警備の仕事だろ? 企業も銀行も年末年始は休みなんだから正月ぐらい休みもらえよ」


 適当にそれらしいことを宣って速やかに話題を逸らしにかかった俺だったが、あっけなく話を戻されてマウントを取られた。イラつきに拍車がかかるのが自分でもわかる。


「通常は輸送業務でも書き入れ時は他の業務に回されるんだよ」


「そういうもんなのか? そもそも体力に自信のないお前がちゃんと警備の仕事を勤め上げられるのか心配だよ。親父とお袋も気にしてたぞ」


「……」


 何食わぬ顔で平然とマウントを取ってくる兄貴のことが、俺は昔から大嫌いだった。


「っと、こんなところで立ち話もなんだし、次の打ち合わせまであと一時間あるから一緒に食わないか?」


「いや、俺は……」


「あ、すみません。こいつ席移動で、ついでにドリンクバーの追加もお願いします。伝票も一つにまとめておいてもらっていいですか?」


 どうやらせっかちで人の話を聞かないのは血筋らしい。


 拒否する間もなく、俺のささやかなディナータイムは邪魔される羽目になった。





「……それがなかなかいい人でさぁ。お前も一度会ってみるといいよ。静世おばさんもきっと喜ぶし、とにかく顔を出すだけでもいいからさ」


 二歳年上で昔から頭も要領も良い兄貴は、そこそこ名の知れた一流大学を首席で卒業し、大手出版社の編集者をしている二児の父親だ。


「忙しいから遠慮しとく」


「予想通りの反応だな。他に気になる女性がいるわけじゃないんだったら、食わず嫌いしてないでもっと経験値を積めよ。今のままじゃお前の人生豊かにならないぞ」


「……」


 ほっとけよ、の一言はなんとかぐっと飲み込んだ。耳が腐るほど聞き飽きたその台詞は、あながち否定できない。


 今年で二十六になる俺は排他的に過ごしてきたせいか小説以外の趣味もなく、出会いもなければ彼女もいない。ついでにいえば特技なんかもこれといって持ち合わせていない、三拍子揃ったつまらない人間だ。


 三流の大学を出、希望していた総合職への就職に失敗し、なんとか滑り込んだ今の警備会社で税金を納めながら最低限の暮らしを守り、変わらない毎日を機械のように過ごす。


 冒険心がないわけではないが、現状維持には失敗がないためそこに甘んじて生きている。


 運ばれてきた長年代わり映えのしない注文品・定番ドリアと大盛りペペロンチーノが、俺の生き様をよく表している気がした。


「親父の会計事務所、やっぱり継ぐ気にはならないのか?」


 沈黙するしかない俺を憐れに思ったのか、これまた幾度となく繰り返されてきたやりとりの一つを繰り出して、突破口を見出そうとする兄貴。


「文学部卒業だし、俺の柄じゃねえよ」


「なにもいきなり経理や経営をやれってんじゃないさ。こないだ実家に寄ったらさ、事務方の一人が結婚を機に辞めるっていうんで、人手が足りず困ってるって言うんだ。お前がやるって言えばきっと親父も喜ぶぞ?」


 親父が欲しがってんのは間違いなく優秀な兄貴の方だ。そう思ったけど言わないでおく。どう考えたって高給取りの兄貴は今の会社にいた方が安定した暮らしができるだろうし、余計なことを言ってこれ以上場の雰囲気を悪くしたくない。


「……。考えとく」


 本当は考える気なんて微塵もないが、兄貴は嬉しそうに相槌を打った。


「ああ、頼む。お前のペースでいいからぜひ前向きに検討してくれよ」


「わかったから。それより、兄貴の方はどうなんだよ。今は不況だし編集の仕事は相当大変だって聞いてるけど」


 居た堪れなくなって話題をそらすと、自然な流れだったためか、あるいは俺が前向きに検討すると言ったせいか兄貴は機嫌よく自分のことを話し始めた。


「まぁ今のご時世、大変なのはどこも同じだろ。今年の春に部署が移動になったばかりで、まだ慣れないところはあるけどなんとかやってるよ」


「兄貴なら大丈夫だろ。文芸だっけ?」


 あくまで自然に、ソフトに問いかける。兄貴は俺が小説を書いてることを知らないし、今まで比較されたくない一心で兄貴のことを避けて暮らしてきたが、正直、兄としてではなく文芸の編集者としては、喉から手が出るほど情報が欲しい。


「ああ。ついこないだまで黄金文庫の担当をやってたんだが、今は虹色ファンタジー文庫を担当してるんだ。あやかしものとかちょっとした非日常をテーマにした作品に特化したレーベルなんだけど……」


「え、まじ? 虹ファン文庫?」


 持っていたフォークを落としそうになる。


「知ってるのか?」


「あ、まぁ、うん。超有名なレーベルじゃん」


 知っているどころか、俺が投稿している小説サイトで虹ファン文庫の文芸コンテストが開催されていて、密かに参加していた俺の作品もついこないだ二次審査敗退が決まったばかりだった。


「いや、まだまだ駆け出しのレーベルだぞ。今もウェブの大手小説投稿サイトでコンテストやってるけど、他社の大規模なコンテストに比べると応募数もそこまで多くないしな」


 運ばれてきた小エビのサラダを頬張りながら肩をすくめる兄貴。


 それだよそれ。もっと聞かせてくれ、と、舌の先まで出掛かる言葉を必死に飲み込む。


 真面目な兄貴のことだ、情報漏洩なんて浅はかな真似はしないだろうとわかっていながらも、情報欲しさについ目がギラついてしまうし、言葉を選んでいるうちに自然と前のめりになってしまう。


 というのも、二次落ちの俺の作品には選評がつかなかった。


 悔しいが、どんな作品が良くてどんな作品がダメだったのか、プロの意見が聞きたい。どうすれば俺の作品がもっと沢山の人に読まれ、賞に選ばれるようなものが書けるのか、もっともっと知りたかった。


「そのコンテスト、知ってる。俺、最近暇な時にネット小説を読むんだけど、そのコンテストの作品もいくつか読んでレビューつけたぞ」


「おっ。本当か? お前がネット小説を読むとは意外だが、さすが文学部出身だな」


 まぁ、嘘なんだけどな。俺は他人の作品を読むことはあっても感想をつけることは滅多にない。


 申し訳ないが今回に関してはそういうことにさせてもらって、もう少し兄貴から有力な情報を引き出したかった。


「文学部はあんまり関係ねえよ。それより兄貴も編集部として選考に参加してるんだろ?」


「まぁな。守秘義務があるからあまり詳しくは話せないけど、今も毎日のように選考会議に参加して、仲の悪い上司とああでもないこうでもないと言い争ってるよ」


 兄貴は俺と共通の話題で盛り上がれていることが嬉しいようで、微塵も苦労を感じさせない笑みを浮かべてみせた。


「兄貴も苦労してんだな。あー……そうだ、素朴な疑問なんだけど、ああいうのって編集部の人、本当に全作品読んでんの?」


「それは編集部によるかな。基本的には下読みを雇っている部が大半だろうが、さっきも言った通りうちは駆け出しのレーベルだから。少しでも可能性のある作家を発掘しようと、うちは下読みだけに頼らず毎日千本ノック状態で応募作に目を通してるぞ」


 原稿を読むふりをしながらいう兄貴の言葉がちくりと胸に刺さる。つまり、編集部の人間がそれだけ矜持をかけて新人発掘を行っているというのに二次審査を通らなかったということは、少しの可能性もなかったというわけか。



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