4-3 追憶(5)
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全速力で真白の住んでいるオンボロアパートに向かう少年の俺。
――匂い、痩せた身体、薄汚れた服、真冬に新聞紙で布団、一冊も持っていない・読んだことがない絵本、拙い日本語、帰りたがらない真白……。
『(違う、真白じゃない)』
必死に打ち消そうとも、考えれば考えるほど数々の疑問点が全て一つの線――イクジホーキとかヨージギャクタイとか、ませた兄貴の影響でたまたまなんとなく知っていた言葉――に繋がってしまい、少年の俺は取り乱すように頭をかきむしり無我夢中で走る。
『(違う、人違いだ、真白じゃない!)』
心の中でそう叫びながらオンボロアパートにやってきた少年の俺は、張り巡らされていたバリケードテープを飛び越えて真白の部屋まで行こうとしたところ、警備をしていた警察官に止められた。
『おい君! ここは今、関係者以外立ち入り禁止だ! あっちへいってなさい』
『真白は⁉︎ 真白は無事なのかよ⁉︎』
『わっ、ちょ、ちょっと君、落ち着――』
『落ち着いてなんかいられねえよ! なあ頼むよおまわりさん、お願いだから真白に会わせてくれよ!』
『こ、こらっ、暴れるんじゃない! 男の子ならすでに病院に搬送されていてここにはもういない!』
『……っ』
『というか君、なんで真白君の名前を知っているんだ⁉︎ まさか知り合いなのか?』
警察官のその一言は、容赦なく少年の俺の心を抉った。
それはつまり、病院に搬送された男の子はやはり紛れもなく真白本人だったということで――。
『真白は俺の……』
“ 聞いた限りじゃ男の子はひどく衰弱していて、すでに心肺も停止していたらしい”
『俺の友達なんだよ……』
真白が死んでしまうかも知れないと理解した時、少年の俺は電池が切れたように膝から崩れ落ち、嗚咽を漏らしながら泣いていた。
真白を案じる気持ち。
真白の親に対する憤り。
インターフォンを鳴らさなかった後悔。
ついこないだまで傍にいたのに何一つ気づいてやれなかった自分への苛立ち。
さまざまな感情が入り混じるが、何一つ言葉にはならなくて。病院に連れて行ってくれと譫言のように繰り返して散々警察官を困らせたが、結局、少年の俺は警察に事情を聞かれることはあっても真白のいる病院に辿り着くことはなかった。
***
そうして……――うっすらと雪が降り積もる十二月某日。
真白は意識が戻らないまま、搬送先の病院で息を引き取った。
未成年の母親から生まれた真白は、戸籍を持たないまま慢性的なネグレクトの環境で育ち、日常的に内縁の夫から暴力を受けていたそうだ。
ひどい怪我を負っても戸籍がないため病院に通うことができず、治療の遅れが原因となって真白は死に至ったと後の報道で知った。
驚いたことに真白は俺と歳が一つしか変わらず、もしもまともに学校に通えていれば小学一年生だったという。
文字が読めなかったのも、痩せて小さく見えていたのも、言語能力が不十分だったのも、助けを求める術すら持ち合わせていなかったのも……全て世間から隔絶されて生きてきたからに他ならなかったことを、俺はその報道でようやく知り得たのだった。




