4-2 追憶(4)
***
「俺はこの日から、自分の創った話を真白に聞かせるためにしばらくこの公園に通ったんだ。一寸法師の話が終わっても、もっともっととねだる真白のために次々新作を生み出す羽目になってさ」
公園から少年の俺や真白の姿が消え去り、陽が落ちても俺と三日月はその場にいた。
ベンチに腰掛けて懐かしむようにそう語る俺を、三日月はただ黙って見つめ、時折相槌を打ちながらその続きを促す。
「なるほど。それが悠真さんが創作を始めたきっかけ、というわけですね」
「ああ。この時は創作が大変だと思ったことはなかったし、とにかく楽しかったよ。何より真白が喜んでくれたからな。新作のネタも次々思い浮かんでた気がする」
目を細める俺を見て、優しげな顔で微笑む三日月。
「先程の少年の悠真さんと真白さんの表情を見ていれば二人がいかに幸せな気持ちで創作を楽しんでいたか、それは私にも伝わってきます」
「話の内容は支離滅裂でひっでえもんばっかだけどな。この時はお互いに夢のような世界を想像することが何より面白い遊びだったんだよ。でも……」
「でも……?」
そこまで話して俺は言葉を詰まらせる。
久しぶりに真白の顔を見たせいでその先を語るのは余計に辛く感じたけれど、変えられない現実を認めるように静かに目を瞑ると、
「二週間ぐらいが経ったある日……真白は突然、この公園に来なくなったんだ」
ずっと閉じ込めていた後悔を吐き出すよう、俺は三日月にそう告げた。
***
――それは確か、街中にクリスマスソングが流れる寒い時期のことだった。
真白が突然来なくなったその日は、奇しくも五作目となるオリジナルの物語が最高のクライマックスを迎えるはずの日で、俺は真白の驚く顔、喜ぶ顔が見たくていつもより早く公園に行って待ち続けたが、真白はいくら待っても来なかった。
急用ができただけかもしれないと思い、次の日も俺は公園に行って待ったがやはりその日も、その次の日も、その次の次の日も真白が来ることはなかった。
最後に別れた際、別に喧嘩をしたわけでも言い争ったわけでも全くないし、いつも通り笑顔で『またあした』と挨拶を交わしたはずだった。
何かあったのかと心配になって時々オンボロアパートまで真白の様子を見に行ったりもしたけれど、
『(もしかしたら俺の作り話が面白くなくて、興味がなくなっただけかも……。 だとしたら、家にまで押しかけられたら迷惑かもしれない)』
そんな遠慮が働き、俺は結局、インターフォンを押すことができなかった。
***
――目の前の舞台は再び、十数年前に住んでいたマンションの一室に切り替わる。
テレビから流れているクリスマスソングと窓の外の雪景色から察するに、おそらくこれは真白が来なくなって二週間以上が経ったある日の光景だろう。
壁にかかっている日めくりカレンダーの日付を見て、俺はかきむしるように胸を押さえる。
(ああ、そうだ。間違いない。この日だ……)
息苦しさを感じたけれどどうにも声が出せず、三日月の姿を探そうにも首が動かない。また、両足も地面に根が生えたように動かず、壊れたテレビを一方的に流されているような感覚でその場に佇んでいると、少年の俺が学校から帰ってきた。
目の前に広がるリビング奥のキッチンには早々に夕飯の支度をする母親、手前のリビングには食卓で静かに読書をする兄貴の姿があったが、少年の俺は二人には目もくれず食卓に積んであった菓子を鷲掴みにしてズボンのポケットに押し込む。
今日もまた、真白を待つため公園に向かおうとしているのだろう。
母親に『あらおかえり。今日もまたどこか行くの?』と声を掛けられ、『あー』と適当な返事をしたところで出張から帰ってきた親父と鉢合わせしている。
『おかえりー』
『おかえり』
『おう、一真に悠真、ただいま。……っと、悠真はどこか行くのか?』
『うん、ちょっと』
『寒いのによく外に出る気になるな。ほら、土産だぞ』
『え、あー、ありがと。後であけるよ』
少年の俺は今にも外に飛び出しそうな格好をしていたが、親父に土産の紙袋を手渡されてしまったためUターンして紙袋を食卓の椅子におく。
再び玄関に向かおうとしたところ、
『あら、お帰りなさいあなた。予定より遅かったのね』
今度はキッチンから出てきた母親にドア前を塞がれて立ち往生している。
『ああ、駅から家に帰る途中で色々あってさ』
『何かあったの?』
『あー、ほら。例の西山さんのお宅でちょっと……な』
『西山さんって……いつも行政と揉めてる、あの富士山ハイツの?』
――と、そこで、聞こえた母親と父親の会話に少年の俺の動きが止まった。
富士山ハイツ――それは、真白が住んでいるボロアパートの名前だったからだ。
親父は小学生の俺と兄貴に配慮してか、声を潜めて続けた。
『ああ。やっぱりあそこ、無戸籍児がいたみたいなんだよ。部屋のベランダで倒れている “薄汚れた服” を着た男の子を近所の人が見つけたらしくて……』
どくん、と、大きく脈打つ心臓。嫌な予感がして、じわじわと少年の俺の顔色が青ざめていく。
『まぁ! 可哀想に……』
『本当にひどいもんだよ……。おそらく育児放棄か幼児虐待だろうな。聞いた限りじゃ男の子はひどく衰弱していて、すでに心肺も停止していたらしい。まぁ、それで俺も、現場にいた刑事さんに近隣の方ですか、いつもこの辺を通られるんですかって声かけられちゃってさ……って、おい、悠真⁉︎』
俺の名を呼ぶ親父の声が聞こえた頃、すでに少年の俺は自宅玄関を飛び出していた。




