4-1 追憶(3)
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それからしばらく、少年の俺と真白は肩を並べて吹き荒ぶ外の風を眺めていた。
やがて――。
『……で? お前、なんでこんなところにいたんだよ』
『さむいから』
『寒いなら家帰れよ』
『やだとおもう』
『やだってお前……家の人は?』
『おうちはあっちらへん』
『家の場所を聞いてるんじゃねえ。家の人がどうしているのかを……』
『ゆうにいのおうちはどこ?』
『え、俺? 俺の家は……あっちらへん』
『ぼくといっしょだあ! ねえねえ、ゆうにいはなんでここにきたの?』
『さ、寒いから……』
『あはは。ぼくとおなじ~! ゆうにいまねっこ~』
『……』
他愛もない世間話で暇を潰そうかと思いきや、頓珍漢な日本語で幼児に翻弄される少年の俺。
『俺のことはどうでもいいって。それよりお前、まだ幼稚園児ぐらいだろ? そろそろ暗くなるから家の人に迎えにきてもら……』
『ねえねえゆうにい、これ、なんてかいてあるの?』
舐められても困るので兄貴風を吹かせて幼児を労わろうと思ったところ、真白が俺のランドセルの下から読書感想文の賞状を引っ張り出して尋ねてきた。
『勝手に見るなよ……』
『だっておちてたんだもん』
『落ちてたんじゃなくて置いてたんだよ』
『ねえねえ、なんてかいてあるの?』
『……』
『ゆうにい、じ、よめないの?』
『お前がいうなよ。って言っても真白ぐらいの歳じゃ漢字はまだ無理か……』
『じゅ、ば、ご……』
『適当に読んでんじゃねえ。賞状、読書感想文コンテスト、佳作、山ノ上小学校二年、片桐悠真殿、だ』
完全に真白のペースに嵌り、少年の俺は自分で自分の傷を抉るような感覚で律儀に賞状の見出しを読む。
大人しくそれを聞いていた真白は首を傾げて聞いてきた。
『どくちょかんぶんってなに?』
『読書感想文だってば。お前も絵本ぐらい読むだろ? それ読んで、思ったことや感じたことを書く文章のこと。俺はその文章で、佳作ってのをとったんだよ。たいしたことはねーけど、一応は評価されたってことだ』
『……』
『って、聞いてんのか?』
『ぼく、えほん、もってない』
『え?』
『えほん、よんだことないの』
沈痛な面持ちでそう呟く真白と、その一言に衝撃を受ける少年の俺。
どうやらまずいことを言ってしまったようだ。服装を見た時から何か嫌な予感はしていたが、やはり家が貧乏なのだろうか。
いやでも図書館や児童館に行けば絵本ぐらいいくらでもあるだろうし、一冊も読んだことがないとは一体どういうことなんだろう……と、しばし逡巡したが小学二年生の俺にはいまいち理解ができず、結局、曖昧な返事をするしかなかった。
『そ、そうか……』
『ゆうにいはすごいんだね。ごほんがよめていいなあ』
『あー……じゃあ今度、うちにある本何か貸してやろうか? 親戚の園児が遊びにきた時用にいくつか絵本があったはずだから』
『えっ。いいの? あっ。でも……ぼく、じ、よめない』
真白は一瞬ぱあっと目を輝かせたが、すぐにしゅんとした面持ちで肩を落とした。
あれ、幼稚園児って文字読めなかったっけ? と疑問に思いつつも、ひどく落ち込んだ顔をする真白をどうにかして笑顔にしたい一心で、少年の俺は思いつきで突拍子もないことを言い出した。
『わ、わかった。じゃあこうしよう。俺が今から一寸法師の話を語り聞かせてやる』
『えっ! ほんと? やった!』
『一回しか話さないから心して聞けよ。ゴホンッ。えー……むか~しむかし、あるところに……』
想像以上に目を輝かせ、嬉しそうに食いついてくる真白の反応に悪い気がせず、少年の俺は得意げな顔で一寸法師を語り始めた……のだが。
『――……じいさんとばあさんがいました。じいさんは山へ芝刈りに、婆さんは川へ洗濯に行きました』
(おい、それ桃太郎……)
遠巻きに見つめながら苦笑する現在の俺。隣で三日月もクスクス笑っている。
その先を続けようとして少年の俺も早速間違いに気がついたようで、苦虫を噛み潰したような顔で考え込んでいる。
『(あれ、これだと桃太郎? やべえ、一寸法師ってどんな話だっけ……)』
『おじいさんとおばあさん、ともばらたきなんだね! それでそれでどうなるの⁉︎』
ワクワクした顔で続きを待つ真白。字が読めないくせになんで共働き(ともばらたきになってるけど)や治療費といった言葉は知ってるんだよと心の中で突っ込みつつ、少年の俺は窮地を脱すべくその先を無理矢理続けた。
『じいさんは山に来てびっくり。芝の中で倒れている小人を見つけました』
『!』
『どうやら小人は異世界から転生してきた元天才小学生のようで、特殊な力をもっていることがわかりました』
『⁉︎』
『驚いたおじいさんは一先ず小人に一寸法師と名付け、家に持って帰ります』
『えっ! とくしゅなちからは⁉︎ とくしゅなちからってなんなの⁉︎』
『それはまだ秘密』
『えーっ。じゃあ、おばあさんは?』
『川で水を飲んでいた鬼に捕まって攫われました』
(どんな一寸法師だよ……)
もはや別物語でしかない一寸法師を淡々と語り続ける少年の俺。
正直、俺の初めての創作(と言えるのかは謎だが)がそんな内容だったとは全く記憶にもなかったし、今改めて聞くと支離滅裂すぎて笑えるぐらいなんだが、真白はこれ以上にない嬉々とした表情で前のめりになって続きを待っているし、少年の俺は、そんな真白を見てことさら面白おかしく物語を作ることに夢中だった。
***
――そうして、語り手の少年の俺も、聞き手の真白も、寒さを忘れるぐらい創り話に没頭すること約小一時間。やがて公園のど真ん中に立つ防災無線から夕焼けチャイムが流れ始める。
『あれ、もうそんな時間か……ここまでだな』
『えっ! もうおしまい⁉︎』
『そろそろ暗くなるし、家の人が心配するだろ』
『やだ! まだここにいる! おににつかまったおばあさんをたすけるためにタコセンニンのところにしゅぎょうをしにいったイッポンスージはどうなるの⁉︎』
まるでこの世の終わりのような表情で俺の服の裾を掴んで離さない真白。少年の俺は参ったな……と、頬をかきながらもまんざらではない顔で諭す。
『続きは明日にしようぜ。明日、今日と同じ時間にここにきたら、話の続きを聞かせてやるから』
『ほんとっ⁉︎ ほんとにっ⁉︎ やくそくだよっ⁉︎』
『ああ。約束してやるから、その代わり今日はちゃんと風呂に入れよ』
『……っ! わ、わかったっ!』
約束を交わした少年の俺は、公園からさほど離れていないオンボロアパートの前まで真白を送り、自分も帰路につく。
家に着く頃には啖呵を切って表に出たことなんてどうでも良くなっていたし、真白の家ってやっぱりオンボロだったんだなあなんて失礼な感想もどこかに吹っ飛んでいた。
それぐらい、とにかくその時は、明日は真白にどんな話を聞かせてやろうかと、そのことで頭がいっぱいだったんだ。




