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孤月の宿  作者: 三柴 ヲト
第一幕――3.泡沫の夢
10/18

3-4 追憶(2)

 ◆◆◆



(――これは……夢か?)


 漠然とそんな思いが頭をよぎるが、深く考える間もなくまたしても急に場面が切り替わる。


 次に俺の目の前に現れたのは、街外れにある小さな公園だ。寂れた滑り台に壊れたブランコ、錆びたベンチに落ち葉で埋め尽くされた砂場、カバみたいな遊具と巨大な亀の形をしたドーム状の遊具……全てが見覚えある懐かしい光景。


 忘れもしない。ここは……――。


「ふむ、素晴らしい記憶力ですね。これほどまでに周囲の景色が鮮明に浮かび上がるとは」


「うっわびっくりした!」


「はは、相変わらずいい驚きっぷりです」


「み、三日月さん⁉︎」


 突然真横から声がして心臓を飛び出しかける。気がつくと隣に三日月がいて、錆びたベンチに腰をかけている。いや、よく見るとどうやら俺も同じベンチに腰をかけているらしい。


 ――というのも、それまでずっと断片的な映像の羅列をただ眺めていただけだったので、自分に実体があることすらよく把握していなかった。


「どうも、お邪魔しております」


「え、え、え? なに、どういうこと」


「おや、まだお気づきになられてませんでしたか。ここは悠真さんの夢の中です」


「夢の……中?」


 なんとなくそんな気配はしていたが、それをはっきり自覚するほど覚醒した意識があるわけではなかった。


 それが証拠に、今もなおフワフワした心地でいるし、『これは夢です』と言われても不思議と『ああそうか、やっぱり夢なんだな』という曖昧な感情しか湧いてこない。


「どうりで……急に目の前の光景がコロッと変わるし、見ている映像も断片的だし、なんか変だとは思ってました」


「夢とは往々にして荒唐無稽なものですからね。一つの映像を長く見る方もいらっしゃれば、過去の映像、もしくは未来を予知する映像を断片的に見る方もいらっしゃいますし、夢を夢だと認識したまま悪夢に魘される方もいれば、夢だという自覚がなく魔法使いになって空を飛ぶような楽しい夢を見る方もいらっしゃいます。何を見るか、どう見るかはその方の思い入れと運次第ですから。悠真さんは向き合う覚悟ができたことで過去の記憶を夢見ているのでしょうね」


「思い入れと運次第……そうか、だから三日月さんも……」


「……私?」


「あ、いや。なんでもないです」


 話を聞いて妙に納得している自分がいる。なぜなら、過去と向き合いたいと強く思っていたのと同時に三日月にも会いたいと願っていたから。


 まさかこんな形で突然出てくるとは思っていなかったが、もう一度会えたことには変わりがないので、この際細かいことは気にしないでおこう。


「あの、三日月さん。俺……」


 大事な夢の続きだが、三日月にも話したいことがたくさんあったし、もてなしの礼も言いたかったのであらたまって会話を続けようと思ったところ、


「――あ、少年の悠真さんがやってきましたよ」


 何気ない三日月の一言にそれを遮られる。


 みやれば公園の入り口付近を歩く少年時代の俺がいて、俺は必然と大事な夢の続きに意識を集中させる形となった。




***



 ――やってきた少年の俺は、くしゃくしゃになった賞状を握りしめたまま、ドーム状の亀の遊具に向かってとぼとぼ歩いている。


 季節は真冬で風の強い寒い日だったから、亀の中で寒さを凌ごうという思惑が今の俺にも切実に伝わってきた。


「行ってみましょう」


 促されるまま、ベンチから立ち上がると三日月とともに少年の俺を追いかける。少年の俺は亀の遊具の中に入ると、風が当たらない角度に敷き詰められていた新聞紙の上に腰をかけようとして、


『ぎゃっ』


『うおっ⁉︎』


 何かを踏んづけ、悲鳴に近い驚きの声をあげている。


『いてててて……』


『び、びっくりした』


 ただの新聞紙の塊かと思いきや、中に先客がいたため慌てて飛び退く少年の俺。どうやら先客ソイツは新聞紙を布団がわりにして寝ていたようで、俺に踏まれた箇所を懸命にさすっている。


『わ、悪い。いたのかよ』


『もう、きをつけてよ! つぶれるかとおもったでしょ!』


『ごめんって……でも、踏まれたくないなら、そんなところで気配消しながら寝てるなよ……心臓に悪いっての』


 平謝りしながらも、さりげない苦情を付け加える少年の俺。そんな俺をぶすっとした顔で睨んでいるのは、幼稚園児ぐらいの痩せっぽっちな男児(ガキ)。着ている服が妙に薄汚れているな……なんて、最初は呑気に考えていた少年の俺だったが。


『っていうか今何月だと思ってんだよ。普通こんなところで寝ないだろ。ガキは家に帰ってあったかい布団で……って、くさっ! え、ちょ、なんかくっさ! お前、動くとなんか匂うぞ⁉︎』


 漂ってきた異臭が鼻孔をついたため、防衛本能的に猛抗議する少年の俺。すると、そんな俺が面白かったのか、ガキはころころ笑い、得意げにぬかしてきた。


『ふふ。ぼく、おふろ、はいってない』


『はあ⁉︎ 自慢することかよっ。風呂くらい入れよ!』


『ぼく、おふろきらいだもん』


『好きとか嫌いのレベルじゃねぇぞこの匂いは……。なんなんだよお前……』


『あはは。にいちゃんへんなかお~』


『ま、まぁいいや。邪魔したな。鼻もげるし他行くわ』


『え。まってよ! ひとをふんでおいて、それでおしまい⁉︎』


『わざとじゃねぇって、悪かったって』


『だめ。ちりょーひごじゅうまんえんになります』


『(マジでなんなんだこのガキ)』


 当時の俺の心の声が聞こえてくるようだった。服の裾を掴んで離さない男児に、少年の俺はこの上なく訝しげな眼差しを向ける。


『五十万なんて持ってねーよ。ちょっと足が当たっただけだし、さすっときゃ治るだろ』


『けち』


『五十万も強請ろうとするお前の方が強欲なんだっての……とりあえずこれやるから服の裾はなせ』


『わあっ。ちょこれーとだっ』


 たまたまポケットに入ってたミニチョコを差し出すと、ガキは目の色を変えて俺の手からチョコをひったくり、がっつくように貪った。


『おいひい! にいちゃん、いいやつだな』


『お前に言われたくねぇよ』


『もっとないの』


『ねぇよ』


『やっぱけちなやつだな』


『お前は現金なやつだよ。気が済んだなら俺は行くぞ』


『だめ。そとはさむいからここにいていいよとおもうけど』


『いや、だからお前に言われたくねえし、なんか日本語変だから』


 なんか面倒なガキに捕まったなと内心ため息をついたことを今でも覚えている。


 少年の俺は早くこの場から立ち去りたいと思う反面、俺の反応を見て嬉しそうに笑うガキをなんとなくこのまま放っておける気もしなくて。


『ちっ。まぁいいや……他に風を防げそうな遊具もねえし、少しぐらいなら話し相手になってやるよ』


『えっ、ほんと? じゃあしょうがねえからぼくがあそんであげるよ!』


『だからどんな日本語だよ……。まぁいいや、お前、名前は?』


『ぼく、ましろ~!』


『真白? ふぅん。本の中にある、なにも書いていない空白ページみたいな名前だな』


『えへへ。いいなまえでしょー』


 精一杯捻り出した俺の皮肉は、ガキの無邪気な笑顔にかき消された。


 この出会いが、後の俺の人生に大きな影響をおよぼすだなんてこの時の俺は微塵も思わずに――。


『気が向いたら覚えておいてやるよ。俺は悠真。多分お前よりは年上だから、さん付けで呼べよ』


『わかったあ! よろしくね、ゆうにい!』


 通じない日本語に苦笑をもらしながらも、ソイツの笑顔にどこか救われて。


 こうして俺は、その日、日が暮れるまで真白と他愛もない話を続けることになったのだった。



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