6.2 都会の少女と天忍日②
「おー、千沙都ー、持って来たかー?」
千沙都は小走りで皆が待っている公園のベンチに向かっていた。
「凛花ちゃん達ー、お待たせー。」
「待ってたよー、真波なんてさ、さっきからお腹が鳴りっぱなしだったんだよ。」
「う 嘘言わないでっ、鳴ってたのは美沙の方でしょ。」
「まーいいから食べよう。」
千沙都はベンチに着くと肩に掛けていたバッグから万引きしてきたお菓子やおむすび等の食べ物をベンチに並べた。
「おー今日は大量じゃないの。」
「うん、少し慣れて来たから。それにこの時間、あそこの店は店員が売り場に居ないから。」
「ほー、私の教え方が上手かったのよね。」
「何言ってんのミサ、教えたのは私でしょ。あははは。」
「いっただきまーす。」
「チサも食べるよ。」
「うん。」
「お前らダメだろう。」
いつの間にベンチの傍に来ていたのか、渉はしゃがみ込み短くした大刀を地面のあちらこちらに何度も突き立てながら言った。
「こんな事ばっかしてたら魂に取り憑かれるぞ。ほら、あっちこっちから湧き出て来てるじゃねえか。」
「アンタこそ何してんのっ。」
「刃物ぶっ刺してるあんたの方がよっぽどヤバいじゃん。」
「怖っ! 皆、あっち行こう。 ねえ早く、チサも行くよ。」
「う うん。」
凛花達の後を追う様に千沙都は去って行った。
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「アー疲レター。」
「本当、大きな神社が有るから周りにも別の神が居ると思ったのにね。って君達歩いていないでしょ、疲れたのは僕だけだよ。」
渉達は公園側の住宅地や新宿までを半日掛けて歩き回り、神の気配を探していたが何の成果も無いまま、昼に少女たちが居た公園へと戻って来ていた。
「はぁ、お金も少ないから今夜はここで寝ようか。」
「ソウダナ。」
「ショウガナイナ、早ク寝テ明日モ遠クマデ歩クカ。」
そんな会話をして、ベンチに横になっていた。
「君、帰るとこ無いの?」
「えっ?」
ゴツっ
「あっ、痛ってー!」
渉が慌てて体を起こすと寝ていた渉を覗き込み声を掛けた少女とおでこ同士がぶつかってしまった。
「痛った~い。急に起きないでよ。」
「痛ってー、誰?」
「ねえ、あなたって変なモノ、見えるの?」
「あっ、君は、昼の不良・・・。えーと、変なモノって?」
「例えば、オバケとか、幽霊みたいなの。」
「ああ、見えるよ。魑魅魍魎の類はね。」
「ちょっと来てくれる?」
「何で?」
「家に変なのが居る様な気がするの。」
「僕は悪霊退治なんかしていないよ。」
「ねえあなた、もしかして今夜泊る所無いんじゃない? 来てくれたら家に泊っていいから。何なら食事も出すから。」
「本当! あ、でも、いいや。どうせ万引きしたやつでしょ。」
「違うわよっ。私の家の食事。お母さんが作った物よ。」
「だったら行くよ。今夜ここで寝ようと思ってたんだ。」
「あなた中学生でしょ。中学生が公園のベンチで寝てたらダメでしょ。」
「平気だよ、夏だし。」
「いや、そう言う意味じゃ。ま、いいから来てっ。私、千沙都。横川 千沙都って言うの」
「僕は百鬼 渉。」
「そう、じゃあ渉くん行こう。」
渉は千沙都の後に付いて住宅街へと向かって行く。5分ほど歩いた住宅街に1軒だけ異様な家が見えてきた。
形こそ普通の家なのだが、まだ夕方になったばかりで周りは明るいのにその家だけが雨戸を締め切っており壁は落書きと異常な数の張り紙。そのどれもが誹謗中傷の内容ばかりである。
『犯罪者、出ていけ!』 『俺にも金回せ!』 『若い女に幾ら貢いだ!』
そんな言葉がスプレーで殴り書きされているばかりか、それらが引き金になったのか訳の分からないサインの様なマークやカラースプレーで汚く塗られた絵等で埋め尽くされていた。
千沙都は俯きながら速足でそんな塀を抜け何も言わずに渉を家の中に招き入れた。
家に入っても千沙都は一言も言葉を出さない。
「お邪魔しま~す。」
渉は辺りに注意を払いながら済まなさそうに玄関へと入った。その場に立ったままの渉に千沙都は重い口を開けた。
「家ね、パパが犯罪者なんだ。会社の金を横領して、その挙句に自殺。」
「ふ~~ん。」
「あなた知らないの?」
「ああ、興味無いから。」
「そっ、まぁいいわ。良かったのかも。じゃあ上がって。」
靴を脱いで千沙都に誘われるがままリビングへと通された。
そこには彼女の母親がソファーに深く座り、体を折り曲げ、顔を両手で覆い塞ぎ込んでいた。
「・・・、あれがママ。」
「ああ、千沙都、お帰り。その子は?」
やっと顔を上げた母親はやつれた表情で渉を見ると、
「あなたっ、また変な子と連んでいるんでしょ。今度は男なんか連れて来てっ。」
「・・・。渉、行こっ。」
千沙都は渉の手を引いてリビングを出ようとした。
「待ちなさい千沙都、勝手な事ばかりしてっ!」
渉は千沙都に手を引かれていたが動こうとはしなかった。そして、彼女の母親にしっかりと向き合ってあいさつをする。
「初めまして、僕、百鬼 渉と言います。千沙都さんからこの家に変なモノが居るって聞いて来ました。」
「変なモノ?」
「はい、そう聞いています。」
「千沙都・・・。」
「居るでしょ。いっつも変な音がしたり、物が勝手に動いたり、気味悪いのよ。だから渉くんに見てもらおうと・・・。」
「そんなの居る訳無いじゃ無い。知らない人を信じて、勝手に家に連れ込んだりして、あなたはっ。」
「ママだって怯えてるでしょ。物音に震えてるじゃない。」
「だからって。」
「もう嫌なのっ! 毎日毎日怯えて暮らすのは。パパがあんな事したからっ。横領したお金を若い子に貢いでその挙句に自殺だなんて。」
「止めてっ! あの人の話は止めてっ!」
「・・、渉くん、行こう。こっちの部屋なんだ、変な音がするのは。」
渉は千沙都に連れられて2階の1室へと向かった。
「ここよ。この部屋から毎晩のように物音が聞こえるの。」
部屋の前で千沙都は立ち止まり、中には入ろうとしなかった。部屋を覗き込んだ渉は千沙都に向かって見えたままを話した。
「居るよ。男の人。あそこの椅子に座ってる。」
渉は部屋の中に視線を据えたまま目に見えない何者かに向かって話し掛けた。
「あなたは? ふ~ん。」
「・・・、ねえ、何か言っているの?」
「君のお父さんだって言ってる。」
「は? 何言ってるの? ・・・。確かにここはパパの仕事部屋だったけれど。」
「本当だよ。君達に伝えたい事が有ってここに居るんだって。」
「そんな訳ないでしょ。勝手に自殺しておいて。」
「自殺じゃないって言ってるよ。」
「・・・、どういうこと? だって遺書だって有るし、警察の人だって・・。」
「だから自殺じゃなくって、あ~も~面倒くさいな~。ねえ、お母さん連れて来て。」
「何するの?」
「君達自身で直接話しが出来る様にして上げるから、家族で話してよ。」
千沙都はリビングへ行き、嫌がる母親の腕を掴んで引っ張り上げて来た。
「そんな、お父さんの霊が居るなんて、怪しい商法の人なんじゃないの?」
「いいから来てって言ってるでしょ。渉くんが家族で話す様にって言っているじゃない。」
「嫌よ。今更若い女に貢いで死んでしまった人の事なんか。」
「だからー、それも違うって言っているらしいのよ。」
母親は渉と目を合わせようとせず、そっぽを向いて立っていた。
「渉くん、いいわよ。」
「じゃあ、2人に彼が見える様にするから。」
そう言って、渉は両方の掌をそれぞれ2人の目の前に翳し呟いた。
『囉陌糯懋 霸蓙霸、婀囉无腗懋 婀匬糅懋 耨唹蓙糅懋。』
(この者に、神の目と耳を。)
恐る恐る目を開ける2人。その目に机に座ってこちらを少しの笑顔で見ている父親の姿が見えた。2人は同時に手を口に翳して驚きの表情を浮かべる。
『済まないな。』
父親の霊が話し掛け、その懐かしい声を2人は聞いた。
「あなた なの?」
「パパ・・・。」
ゆっくりと、一歩を恐る恐る踏み出す様に、床を擦りながら小さな歩幅で近づいて行く。まだ信じられないと言う表情で、少し離れた所で立ち止まった。
「本当にあなたなの?」
母親の問いに座っている霊はゆっくりと頷く。
『私は何もやっていない。無実なんだ。罠にはめられた。』
「本当なの?」
『本当だ。帰りが遅かったのだって仕事をしていたからさ、他の女性となんか会ってなどいない。』
「パパ・・・。」
『千沙都は私の所為でいじめられて、済まないな。』
「見ていたの?」
『ああ、見守る事しかできない。助けて上げたくても何も出来ないんだ。悔しいよ。』
そんな家族の会話をしている部屋に渉が入って行く。
「ちょっとごめんね。この家の変な音はお父さんじゃないんだ。」
そう言って部屋の入り口からは見えない、入ってすぐ右にある本棚と壁の間を睨みつけた。
「出て来いよ。分かってるんだよ。」
「ひぃぃっっっ!」
そこから現れたおどろおどろしいモノに千沙都は怯え、渉の後ろに隠れた。
『礪甓囉嵳。』
(消えろ。)
そう言いながら渉はいつの間にか手にした短剣を現れ出でたモノに刺すと、それは煙が散って消える様にホワッとしながら消えた。
「何、あれ。」
「ん~、皆が悪霊って言っている奴。」
「もうこれで平気なの?」
「うん、今はね。でもまた変なのが来るよ。それは君のお父さんが引き寄せているんだ。だから早く消して上げた方がいいよ。君達の為にも、お父さんの為にもね。僕はリビングで待っているから、色々と話すといい。お母さんと気持ちの整理が付いたら僕を呼んで、お父さんを天上に還して上げるから。」
「うん。」
渉はリビングへと降りて行った。
どの位の時間が経ったのだろうか、母親と娘は先程とは違いお互いに寄り添うようにしてリビングへと戻って来た。
「渉くん、ありがとう。パパの事また好きになれた。」
「渉くん、あなたのお陰よ。これで私達もやっと前を向いて歩けるわ。」
「良かった。じゃあお父さんを・・、」
「お願いがあるの。パパの恨みを、仇を取りたいの。」
「え?」
「パパね、騙されたって言っていたじゃない、それにね自殺じゃなくって殺されたんだって。」
「・・・。」
「だから、そいつらに仕返ししたいの。・・・、手伝ってもらえる?」
「ん~~、僕は人を探すために東京まで来たんだ。時間が無いなー。」
「そぅ。そうよね。」
「千沙都、あまり渉くんを困らせないのよ。あの人が犯人じゃない、自殺じゃないって分かっただけで良いじゃない。後は警察に言って私達で何とかしましょう。」
「無理だよ。どうやってパパが殺された事を証明するの? 誰も信じてなんかくれないよ。嫌だよ、そんなの嫌だよ。それじゃあパパが可哀そうだよ。ママもそう思うでしょ。」
「そうだけれど、私達だけじゃどうしようも無いでしょ。」
「ねぇ、渉くん。あなただけが頼りなの・・・。」
「んん~~~そーだなー、他の神にバトンタッチしてもいい?」
「神?」
「ん、ああ、え~と、神様。女の神様。」
「えーと、渉くん。神様? 神様に知り合いが居るの?」
「うん。ちょっと待ってて、連絡して来るから。」
渉は家を出て、2人に聞こえない所で乙姫に事情を話し来てもらえないか聞いた。
リビングへと戻る。
「明日、来てくれるって。僕は彼女と交代するよ。彼女も神様だから大丈夫。きっと何とかしてくれるよ。だからお父さんはまだ消さない。」
千沙都達はどんな表情をして良いのか分からないといった感じで居たが、それでも父親の事を信じる事が出来る様になったようでその後の表情は晴れやかになっていた。
「じゃあ千沙都、渉くんのために夕食作ろうか。」
「うん。私も手伝うね。」
「千沙都はお風呂の準備と、彼の着替えを準備して。使っていないお父さんの服が有るから。」
「分かった。渉くんはそこで座って待っていてね。」
夕食時、2人は明るかった。事件など無ければ本当はこんな感じで暮らしていたのだろうと渉は思いながら彼女達の話を聞いていた。
「千沙都、あの子達とはどうするの?」
「リンちゃん達の事。 うん、もう会うのを止めようと思う。」
「それがいいよ。君の為にも両親の為にも。」
「でもね、彼女達だけだったんだ私に声を掛けてくれたの。それまで仲の良かった友達はパパの事がニュースに出たら急に話もしてくれなくなったの。寂しかった。」
「千沙都・・・。」
「あの子達は君を友達だなんて思っていないよ。」
「分かってる。それでもいいと思ってた。一緒に居てくれれば、ううん、一緒に居てくれるのが嬉しかったの。」
「だったらさ、明日来る神と友達になってやってよ。」
「え? 神様と友達?」
「うん。彼女さ、友達が欲しいって言ってたんだ。それに可愛いし強いよ。神だから。」
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
翌朝。
ピンポーン!
「こんなに早くから誰かしら。」
以前の様にしつこい報道関係者を警戒しつつ、母親はインターホンに出た。
「ど どちら様ですか?」
「私、乙姫って言います。渉からの連絡で来ました。」
「神様?」
「は~~い、神様で~~す。キャハハハハ。」
玄関ドアを急いで開け、千沙都と母親は外に出た。
「こんにちは、神様で~~す。キャハハハハ。」
「こ、こんにちは。どうぞ。」
「は~~い、渉居る?」
「ええ中に。」
2人は乙姫をリビングへと招いた。
「ごめんね乙姫。」
「いいのよ、どうせ私はヒマなんだし。キャハハハ。」
「2人に紹介するね。」
渉は千沙都達に向かって乙姫を面と向かわせて紹介する。
「こちら女神です。」
「・・・。」
「・・・。」
「え? それだけ? 渉、私の紹介ひど過ぎない? 手抜きー、キャハハハ。」
「自分で言ってよ。」
「初めまして、大戸惑女神で~す。乙姫って呼んでね。」
「は はぁ。千沙都と同じ年位ね。」
「いいえお母さん、こいつは神だから年齢は・・」
ポカっ!
「痛ってー。」
「年齢の事言うなっ! これでも女の子なの!」
渉の話を途中で遮り頭を小突いてきた。
「私は永遠の高校生。乙姫で~す。キャハハハ。」
「あの~、私とお友達になってもらえますか?」
「あなたが千沙都ちゃんね。私もお友達が欲しかったの、仲よくしよう。」
「はい。乙姫様。」
「様はいらないよ。」
「じゃあ、乙姫ちゃん?」
「うんそれがいい。えーと。」
「私はチサって呼んで。」
「うん、チサ、よろしく。キャハハハハハハ。」
「あの~乙姫ちゃん、マスクの端から口の様なものが見えるけれど。」
すると乙姫はマスクを外した。
「乙姫ちゃん、可愛い~~~!」
「でしょ、キャハハハハハハハ。」
笑った途端、例の如く、乙姫の唇は耳まで裂けて広がり、大きく開けた口には鋭い歯が光って見えた。
「えっ? 乙姫ちゃんってもしかして?」
「そう。私こそがあの有名な口裂け女なのです。キャハハハ。」
「へ~、本当に居たのねー、懐かしー。」
「2人共、驚かないのね。」
「え? ああ、まぁ。昨日から渉くんに色々見せられたし、神様って聞いているから。でも不思議、黙って居ると本当に可愛い高校生なんだね。」
「でしょ! そのギャップが良いのよ、キャハハハ。」
「それによく笑う。」
「うるさい?」
「ううん、こっちも楽しくなってくる。あははは。」
「キャハハハ。チサも笑顔可愛いよ。」
「本当! 久しぶりに言われた。乙姫ちゃんとなら楽しくやれそう。」
「じゃあ早速、お父さんに話しを聞こうか。」
「うん。こっちに来て。」
千沙都は2階の部屋に乙姫を誘って上がって行った。
リビングに残った渉は母親に挨拶をする。
「では僕はこれで失礼します。」
「え? 渉くんもう行っちゃうの?」
「ええ、僕は人探しに行かないと。」
「あなたには本当にお世話になったわ。どんなお礼を差し上げたらいいのか。」
「いいえ、一晩泊めて頂いただけで結構です。それよりも乙姫の事よろしくお願いします。」
「よろしくお願いするのは私達の方よ、神様だなんて、心強いわ。」
「では。」
「あ、千沙都を呼んで来るわね。」
「いいですよ。乙姫と一緒だから。何か有ったら乙姫から連絡貰いますから。」
「もしも、また来ることが有ったらいつでも泊りに来てね。」
「はい、ありがとうございます。では。」
家を出て駅に向かいながら渉は彼の影と話をする。
「今日ハ何処ニ行クンダ。」
「何処にしようか。 そうだ、この前の生まれ変わりの最後の場所、そうだよ天探女と会った場所とあのお堀沿いの神社に行こうか。」
「オオ、ソレガ良イナ。彼女モ来テイルカモシレナイカラナ。」
渉は以前に2人が灰のようになって消えた神社が移転して無くなっている事を知らなかった。ただそこに向かいながらいつもの様に思う。
(あの日の君は美しかった。 早く会いたい。)