6.1 都会の少女と天忍日①
「ごめん、君の仇、 打てなかった。」
何も変わっていない。叶恵が眠る様に横になっているこの部屋には、彼女を生かし続けている機械の音しか響いていない。渉が見舞いに来るとただ一人居た彼女の母親はそっとこの部屋を出て行き2人だけにしてくれた。渉は椅子に座り叶恵の手を両手で包むとそれを自分の額に押し当てて小さく呟いた。
もう直ぐ8月になろうとしている強い日差しは窓から見える景色全てを煌めかせているのに、この部屋は壁や天井はもとより、ベッドの柵や布団から更にはその横に配置されている電子機器までもが白で統一されていてそれが光をボヤつかせ冷ややかさを感じさせる。何より包んでいるその叶恵の白い手が相変わらずこの部屋に眠らされて以来の冷たさを伝えて来て、それが渉の心に部屋の白さをより冷たく感じさせていた。更に渉は肌に感じる空気がどこか淀んでいる様に感じていたのだが、それは窓の外に見える鮮やかな外界から放たれる温かい光を遮断して室温を完全管理するために半分以上閉ざされたブラインドのくすんだベージュ色による光の反射でこの部屋がぼやけた白さに変えられている所為だと思っていた。
叶恵の手を額に当てたまま、渉は眠っている叶恵に自分の声が届くようにと静かにゆっくりと優しく囁く。
「叶恵、 君は鬼に殴られたんだ、この発展した時代に鬼にね。」
「ごめんね、僕では君を治せないんだ。でも天探女ならきっと治せるんだ。」
「探し出すよ。叶恵の為にも急いで探す。」
「だから叶恵も頑張ってね、また来るから。」
再び手を強く握って、渉は叶恵の病室を後にした。
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「渉、あなた大丈夫?」
「ああ、大丈夫だから母さんは気にしなくていいよ。」
「そう? 叶恵ちゃんがあんな事になって、あなたが落ち込んでいるんじゃないかと思って心配なのよ。」
「ありがとう、でも平気だから。叶恵の仇はきっと打つ。」
渉は自分の部屋に入るとベッドに倒れ込んだ。思い出すのは『熊童子』の事ばかりである。
(あいつは今どこにいるのだろう。)
(何故この地に、この神社に来たのだろう。)
(どうやって探せばいいのか、いや、探すのは天探女が先だ。叶恵を治さないと。)
等と思いを巡らせている。
「コレカラドウスンダ?」
「今、考えてる所。」
「俺達ハ何スリャイインダ?」
「少し黙っててくれっ。 えっ?」
急いで体を起こし声の聞こえた方に目をやった。
「ヨウ!」
「元気カー。」
「えええーーー! いつから居たのっ!」
「コノ部屋デズット待ッテタ。」
そこにはマガミとムスビが居た。それも小さくなって、マガミは子犬の姿になって床の絨毯の上に腕を伸ばしそこに頭を乗せて休んでいる姿で、ムスビは小鳥位の大きさになって渉の机の上に居たのである。
「その体どうしたの?」
「アア、小サクナッタ。」
「いや、見れば判るよ。」
「小サクナレバコノ部屋ニ居ラレルダロウ。」
「俺達モ進化シテイルノダ。」
その時、母親が急いで部屋に駆け込んで来る。
「渉ー、どうしたのー。大きな声出して!」
「あっ、母さんどうしたの?」
「今、誰かと話をしてたの? それとも独り言?」
「あ、いやー。」
「貴方がおかしくなっちゃったんじゃないかって、心配になって。」
「オ邪魔シテイマス。」
「コレカラヨロシク。」
「えっ、何っ? 一体何なの? これは何処から聞こえて来るの?」
母親にマガミ達の姿は見えず部屋中をきょろきょろと声の出所を探す様に見回しているが、母親の所へはその声だけが届いている。それも何処からか響いて来るように感じており声の出所が掴めないでいた。それ故どことなく恐怖に引きつった表情を浮かべている。
「母さん心配しないで、この部屋に他の神も来ているんだ。」
渉の言葉に、母親は何処に居るのかも分からないままに急にお辞儀をして、
「渉の母親です。お世話になっております。これからも渉の事、よろしくお願い致します。」
などと言っている。
「良イオ母サンジャネーカー。」
「コチラモヨロシク。」
また、何処からか響いて来た。母親はすがる様な眼差しを渉に向けて、
「はぁ、 ねえ渉、その神様ってどの辺にいらっしゃるの? 踏んでない?」
「ああ、ちょっと待ってて。」
渉は母親の所に行き、
「ちょっと目を閉じて。」
と言うと、自分の掌を母親の目の前に翳し呟いた。
『婀緯亹 婀囉无腗懋。』
(神の目を。)
「もういいよ。きっと見えるはずだから。」
恐る恐る目を開ける母親。その母に、床に寝そべる黒い子犬と机の上に居る黒い小鳥が見えた。
「まぁ、可愛いー。」
母親はそう言って床に寝ているマガミの傍に行きそっと体を撫でた。
「気安ク触ルデナイッ! 我ハ神ダゾッ!」
そんな事には気にも留めない様に、次にムスビの傍に行き、
「まぁ、母さんね、子供の頃から小鳥が飼いたかったのよ。」
と言ってその体を両手で包んで頬擦りをする。
「気安ク顔ヲ近ヅケルナッ! ソレニ我ヲ飼ウダトッ! コノ無礼者ガッ!」
そんな声も聞こえているのかいないのか、母親は楽しそうに、
「そうそう、神様にはお供え物よね。」
等と言いながら渉の部屋を出て行った。
「何ナノダア奴ハ。」
「神ヲ神トモ思ッテオラヌデアロウ。」
マガミとムスビがブツブツ文句を言っていると母親が皿を2枚持って入って来た。
「こちらが子犬ちゃんで、こちらが小鳥ちゃんのね。」
そう言いながら楽しそうに皿を置く。
「はーい、どうぞー。」
「我ハ子犬デハナイッ! 『マガミ』ジャ!」
「我ハ小鳥等デハナイゾッ! 『ムスビ』様ト呼ベッ!」
2柱の神達は怒鳴っているが、母親は気にせず、楽しそうに皿を置くと再び部屋を出て行ってしまった。
「何タル無礼者ッ!」
マガミは怒りながら置かれた皿を覗き込んで、更に怒りだした。
「オ供エ物ト言ウタカラ期待シテ居ッタノニ、コノ液体ハ何ジャ! 酒デハナイゾッ!」
怒りながらもその液体をペロっと舐めた。
「美味ッ! 最高! 何コレッ! 濃厚ッ!」
ムスビもマガミと同じ様に文句を言っていたが皿の中の物を突くと、
「美美味ッ! ホント最高! 何コレッ! 美味シンダケドッ!」
そこで渉が答える。
「マガミのは牛乳。近くのおじさんから貰うんだ、搾りたてだよ。ムスビのは山胡桃、この先に木が有ってそれを毎年拾ってあるんだよ。」
渉が話している間に2柱は全てを平らげていた。
「御代リ、御代リ貰イニ行コウー。」
「我モ御代ワリジャ!」
言うが早いかマガミもムスビも部屋を飛び出して行く、締め切ってあるドアを何も無いかのように通り抜けて行ったのである。
「母上殿~~~!」
「我ヲ飼ッテモ良イカラ、御代リ頂戴~~!」
静かになった部屋で渉は考えていた。
(ネットもSNSもダメだった。これも呪いの所為なのか。)
渉は天探女を探すに当たって、先ずインターネットでの検索とSNSでの検索を試みたがどれも当り障りのない内容ばかりで、天探女自身が登録したようなものは見受けられなかった。
(これにも呪いの制限が掛かるのか。)
(こんな時代のモノにまで神々の呪いは届くのか。)
そんな事を思いながら試しに自分で登録したものを母親のスマホで検索したが結果は同じで、何処にも自分の書いたものは出てこなかった事を思い出している。
(やはり、足で探せと言う事なのか。)
(頼りは、毎晩送られてくる天探女の姿だけなのか。)
そう思い机を叩いた事を思い返していた。
そして、
(そうだ人を探すなら、人が集まる場所だ。 そうだよ、先ずは東京に行こう。)
(もう直ぐ夏休みだ。)
(あまりお小遣いはないけれど、夏だから何とかなるだろう。野宿でもすればいいさ。)
(行こう。)
と決めた。
(そうだ、マガミ達みたいに僕の大刀も短く出来るかな?)
今まで生まれ変わった時代では長い刀を持っていても別段不思議に思われなかったが、この時代、そんな危険なものを持っていればすぐに警察のお世話になりかねない。そう思い短剣に出来ないかと試してみる。
『湃礪稗。』
(大刀よっ。)
と言って大刀を出した後に、
『瑕擽。』
(短く。)
と言うと、長かった大刀がどんどんと短くなり懐刀程の長さへと変わった。
(おおー、これは使いやすいぞ。)
渉は満足気にいつまでも短剣を見つめていた。
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人、 人、 人、 人、 人、 人。
東京に着いてからの電車もそうであったが、この場所の立つと溢れ返る多くの人に渉は圧倒されていた。次々と電車から降りて来る人。何処に向かうのか、降りた人達は迷う事無く多くの出口から駅の外へと向かって出て行く。それが次々に来る電車からどんどんと出て来ては街の中に消えて行くのである。かと思うと、その街の至る所の道からどんどんと人が湧いて来てこの駅の中に入って行く。
「ヒェ~、スンゲー人ダナー。」
「コノ中カラ天探女ヲ探スノカ?」
渉の影からマガミとムスビの声が聞こえる。
「僕も自信なくなっちゃったよ。それにしてもよくこんなに集まって来るんだなー。」
渋谷のスクランブル交差点に立つ渉は人の多さに青信号を2回見過ごしていた。テレビでは何度も見てはいたが実際にその場に立つと視点が下がり多くの人が壁となって立ちはだかり人と人との距離感が近くなりより多くの人が密集している様に感じられた。更に駅の有る少し窪んだここからは緩やかに上る坂の遠くの道路まで見通せ、何処からともなく溢れて来る人の頭で埋め尽くされた道は更に人の多さを実感させる。田舎の花火大会でも凄い人出だと思っていた渉は本当の田舎者だと思い知らされ、転生して来たどの時代よりも見たことの無い程の人の数に驚いている。そして驚かされるのは、こんなに多くの人がそれぞれの思う方向に歩いているにも関わらずに他の人とぶつからない事だ、渉はまだスクランブル交差点に入っても居ないのに既に2人にぶつかって謝っていたのである。
「マズイ、人の頭を見ているだけで気持ち悪くなってきた。それに、神の気配も感じられない。」
「アア、コノ辺リニハ神ハ居ナインジャナイカ。」
「マガミもそう思う? この先に進む勇気が無いよ。別の所に行こうか。」
「別ノ所ッテ?」
「原宿。僕等と同い年位のここよりももっと若者の、中高生が集まる街・・・らしい。」
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人、 人、 人、 人、 人、 人。
原宿駅を出て竹下通りに向かう道路の横断歩道に立った渉はやはり呆然としている。
この狭い通りになんて数の人が集まっているのかと思いながら、その中に駅から降りた人がどんどんと入って下って行く様を見続けている。
「コリャマタ凄イ人ダナー。」
「諦メテ帰ルノカ?」
渉の影から声が聞こえる。
「いや、このまま行こう。どこかから神の気配がする。」
そう話しながら渉が歩き出すと、
「本当ダ、気配ヲ感ジル。」
「オオ、確カニ仲間ノ気配ダ。」
渉は只管自分達と同じ神の気配を感じる方向に向かって歩いて行く。出来るだけ人を見ない様に、周りの華やかな店を見ない様にして歩く事で何とか人混みの中を進む事が出来ていた。多くの人を掻き分けて急いで進むのは容易ではない。目的も無いままに両脇の店を覗きながら楽しくおしゃべりをしてダラダラと広がって歩く女子達を追い越して擦り抜ける事は難しく、追い越そうと思うと逆方向から同じ様に広がって歩いて来る女子のグループに阻止されるのである。渉はそのゆっくりとした女子達の後ろを仕方なく付いて坂を下りて行き、ピンク色が眩しいクレープ屋の所まで辿り着くと、神の気配が感じられる脇道へと入った。そこで一旦立ち止まり小さくため息を吐く。
「ふぅ~、凄い人だったね。」
「アア、俺ナンカ臭イニ敏感ダカラ耐エキレナカッタゼ。」
「そうだね、マガミは嗅覚が鋭いからね。」
影に向かって話をしている渉は、他人から見れば変な独り言を言っている様にしか見られず、そこを過ぎる女子達は気味悪がって変な視線を向け、やや離れて過ぎて行く。竹下通りから脇に入ったからと言ってもそこにたむろする人はまだ多く、渉ははっとしてマガミとの話を止めた。
脇道の奥から感じられる神の気配に向かって進む。道は少しの登りになっているがその傾斜は緩やかでほぼ平坦な所を歩いているのと変わりない。左にマンション、右に高い塀の在る車1台が通れるほどの細い道を進んでいる。ここまで来ると噓のように静けさが訪れ、更にはマンションの前に広がる緑と塀の向こう側に見える高い木の緑によって涼しさも感じられた。
(近い、神の気配が強くなっている。)
渉はその気配が強くなっている方向を見た。
そこは左右に分かれる道の突き当りで、右側には一般の自動車が入れない様に赤と白が交互に塗装してある車止めが在り、そこに女子高校生と思われる子が腰を下ろし、渉の方向にその視線を向けていた。東郷神社へと入るその道に入って行く人は居らず、車止めに座っているのはその子だけであった。
その子は夏休みに入っているというのに高校の夏服らしきものを着て、白い半そでのブラウスの胸元には赤いチェック柄のリボンを首からゆったりと下げ、太ももの半分にも届かない程に短い深緑と白のこれもチェック柄のスカートを履き、そこから細い生足が輝くように見えていた。さらに膝下からの黒いハイソックスが足の細さと肌の白さを際立たせている。女子高校生の制服姿は今やファッションとしての地位も有り、休みだからといって着ていても不思議ではないし、それが本当の学校の制服とも限らない。ただこの子の不思議な所は、この夏の暑さの中でも白い大きなマスクをしているのが他の女子達とは違っていた。
「おーい、こっちこっちー、キャハハハハーー。」
その子も渉の事が神だと気付いていたのか、渉と視線が合うと如何にも昔からの知り合いで待ち合わせをしているかの様に馴れ馴れしく、大きな声で呼び手を振った。渉が近づく間もその子はずっと笑顔で、マスクに覆われていない可愛い目が微笑んでいる。
先に女の子が言う。
「あなたも神ね。」
渉はただ黙って頷いた。
「ここでは何だから、この中に行きましょう。」
「ここは?」
「東郷神社だって。東郷平八郎って人を神格化して祀った所らしいの。」
「ふ~ん、僕達とは違うんだ。」
喧騒を避け木々の生い茂るそこは都心にあっても静かで、ここを訪れる人達は先程のカラフルな店が並んでいる通りに居たのとは違い、年齢層も高く、境内ではしゃいで大きな声を出す事も無かったので人が多い割には静けさが保たれていた。場違いとも思える若い渉達の方がそれらの人達から「迷い込んだのか?」「騒ぐなよ」みたいな視線を送られる程である。2人はそれらの人達を避けて神社の端の所に行き話をする。
「僕は天忍日、人間の名前は百鬼 渉。」
「私は大戸惑女神。『乙姫』って呼んでー、キャハハー。」
「おとひめ?」
「うん。『お・ほ・と・まど・ひめ』で、『おとひめ』。キャハハハー、人の姿をしているけれど神のままだから戸籍とかは無いのよ。」
「ずっと此処に居るの?」
「初めて来たの、ハハハー。そしたらさー仲間に出会ったじゃないキャーハハハハー。」
「あのー、さっきから笑ってばっかだよね。」
「これ私の癖なんだ、キャハハー。嬉しい事があると何でも可笑しくなっちゃうのよ、キャハハハハハー。」
「皆見ているよ。」
「そうねー、皆見るよねーキャハハハハー。」
「あれっ? マスクからはみ出してるよ。」
すると笑いを止めた乙姫はマスクを外した。とても可愛い。端正な顔立ちに今時の大きな目と長いまつ毛、それを少し暗めのメルティブラウンの長い髪が優しく包み、ピンク色の小さめの唇はぷっくりとして艶が有り、やはり神だからなのかと思わせる。
「私ってキレイ?」
「うん、とっても。」
「そう、キャハハハハ。これでも綺麗? なーんちゃってーギャハハハハーー。」
笑い出した途端、その小さな唇は閉じていた口角が耳近くまで広がり大きな口に変化した。大きく開けた口の中には鋭い牙の様な歯が並びそれは正に『口裂け女』の姿である。しかし、それ以外は何も変わってはいなかった。笑いを止めて元の顔に戻ると、にこやかに少しだけ開いた口には普通の白い歯が綺麗に生え揃って見えた。
「私って『口裂け女』なんて言われちゃっているのよねー、ただ笑っているだけなのに。笑わないと可愛いとか綺麗って言われるけれど笑うと皆が怖いって言うの、戸惑っちゃうみたいで大戸惑女神なーんてね、キャハハハハ。でもね昔と違って今は良い時代よ。こんな暑い夏にマスクをしていても変な目で見られないし、可愛いマスクも多いからねー、キャハハハハ。でも本当はマスクなんて嫌なんだ、ギャハハハハハ。」
「分かったよ、人が見るからマスクしてよ。」
「そうね、キャハハハハ。」
「いつもは何処に居るの?」
「ん~、フラフラしてる。私って神社に祀られていないし、崇めてくれる人もいないでしょ、だから楽しそうな所を回っているの。色々制服変えて学校にだって入って行くのよ。でもね、誰も気付かないのよ。学校って人数も多いでしょ、だから同じ制服着てマスクしていたら自由に出入り出来るの。たまーにこのマスク外してる所見られて驚かれるけど、そしたら逃げちゃえば平気。キャハハハハハハ。」
「乙姫さ、天探女の事知らない?」
「天探女? 知らないなー。あっ、あなた達ね怨み買って生まれ変わりしている神って。」
「そうだよ。だから探しているんだ。」
「ごめ~ん、ホントに知らないのよ。そうだ、連絡先交換しよう、何か有ったら連絡するからさ、キャハハハハ。」
「そうだねって、それより戸籍も無いのに何でスマホ持っているの?」
「何言ってんのよ! この時代に高校生がスマホ無かったらダメでしょ。それは私の神の力でよ、キャハハハハ。」
「そんな事に神の力使っていいの?」
「平気平気、だって怒って叱って来るような神連中はもう居ないじゃん、キャハハハハ。」
「まあ、そうだよね。」
「渉は1人で天探女を探してるの?」
「ううん、仲間が居るよ。おいでマガミ、ムスビ。」
すると林の陰になっている所にマガミとムスビが現れた。
「おう、カッコいいー、キャハハハハ。ムスビって八咫烏だよね、マガミは?」
「大口真神。」
「それで大きな口の狼なの、キャハハハハ。」
「俺ヨリモオ前ノ方ガ口ガ大キク無イノカ?」
「かもね、キャハハハハ。でもいいなー、仲間と一緒だなんて、楽しそう。」
「よく1人だけで消えなかったよね。」
「神社も無いし、崇めてくれる人も居ないけれど、これでも私、大人気なんだよねー。」
「口裂け女として?」
「そうそう、その口裂け女って日本人の心の中にもう浸透しちゃってるでしょ、それに小学生位になると必ず話をして私の事思ってくれるでしょ、その度に力を貰っちゃうのよねー、だからいつまでも若いの。キャハハハハ。」
「それで見た目が女子高生なんだ。」
「いやこれは私が成りたいからなっているだけ、キャハハハハ。ねえねえ渉、何か食べに行こうよ。」
「ごめん、僕、天探女を少しでも早く探したいんだ。」
「そうか、残念。あ~あ、私も一緒に遊ぶ友達が欲しいなー。」
「じゃあ、何か有ったら連絡してね。」
「分かった。マガミとムスビも元気でね。」
「オウ、ジャアナ。」
「ジャア、オ前モ元気デナ。」
「私は元気元気、キャハハハハーー。」
渉と乙姫は例のピンクのクレープ屋の所まで来て別れた。
相変わらず中高生位の若い声が溢れる程に飛び交う道を駅に向かって歩いて行く。
「もうこの辺りには神の気配を感じないから別の所に行こうか。」
「ソウダナ。」
「オウ、駅ノ向コウ側ニ神社ガアルジャネエカ、寄ッテ行コウゼ。」
「そうだね、折角来たから行ってみようか。もしかしたら他の神にも会えるのかも。」
駅から少し南側にある神宮橋と言う跨線橋の広い歩道を渡ると直ぐ右手に見える鳥居を抜け大きな森の中に入って行く。一歩入っただけで都会の喧騒もこの夏の暑さも何処かへと消えてしまい、ここが東京である事さえ忘れさせてくれる。ただ、正月や何かの祝日でもないのにこの参道を歩いている人の多さが都会にある大きな神社だと言う事を知らしめてくる。確かに先程の竹下通りから比べれば人の数は相当に減ってはいるが、それでもまっ直ぐに伸びる参道には多くの人が居て、参拝する人達の年齢層と余所行きの格好からもここに居るのはこの神社をお目当てに集まって来ている人達であることが判る。
この森に入ってすぐにマガミとムスビは渉の影から飛び出し、鬱蒼とした木々の作り出す暗闇に紛れて自由にしている。ムスビは木々の間をすり抜ける様に飛び回り、マガミは時折木の根元に何かを見つけたのか根元を掘り返して鼻を突っ込んでいる。渉もゆっくりと歩きながら何処かに少しでもいいから神を感じられないのかと思って歩いている。
神社にお参りする訳でもない渉達は行先も決めずに森の中を歩き、気が付けば森を横断して反対側の出口に立っていた。
森を抜けると再びマガミとムスビは渉の影に入り、
「オイ渉、ココ何処?」
「ん~。」
スマホで現在位置を調べる。
「小田急線の参宮橋駅の近く。 ・・か。」