4 覚醒 天探女の場合
「うわわわわわわーーーーーーーーーー。」
「わああああああーーーーーーーーーー。」
渉と鈴音。遠く離れた場所で2人が同時に叫ぶ。
「ああ、僕は・・・。」
「ああ、私は・・・。」
有史以前の、更にそれより遥か昔からの記憶が蘇る。
「僕は、 あぁ我は、 天忍日。」
「私は、 あぁ我は、 天探女。」
本当の名を思い出す。
僕は、女神に、
「そうだ、 会うんだ。 探しに行かなければ。」
私は、男神に、
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
シャンッ サーー サーー
シャンッ サーー シャンッ シャシャシャーー
朝5時。
夏といえども迫り上がった山を東の間近に抱えるこの地に回り込んで明るさをもたらす朝の光は弱々しい。まだ薄明かり程度の光で包まれた境内では建物内に光が入り込むことは難しく、暗闇といっていい程の拝殿内は雅楽を奏でる事も無く静まり切った空間に鈴の音と摺り足が畳を擦る音に混じって微かに千早が風を切りその袖が擦れる音が流れている。
シャンッ サーー ササササッ サーー シャンッ シャンッ
音が響き出してからかれこれ1時間近くにもなり、山を越えた夏の強い光が徐々に拝殿の障子にも差し込み、この中の空間も隅に至る所までしっかりと見られる様になった頃、その隅にある拝殿の入り口付近にきちんと正座し畳に両手をついて綺麗に畳まれた様にお辞儀をしている2人がいる事に気付く。音も立てず息も殺してひたすら舞い終わるのをじっと待っているのである。
シャシャシャシャ シャーーー シャンッ
鈴の音が今まで以上に長く鳴り響きそれが止まると、今まで以上の静寂がこの拝殿内に降りて来る。
そこで初めてお辞儀をしたままの2人が問い掛けた。
「貴方はどなた様でしょうか。」
「私は、天探女。神達に反逆した者、否、そう言われ災いの元として陥れられた神。」
その者の姿、声は確かに鈴音であったが、その物の言い方、何処かいつもと違うアクセントに鈴音ではない何か別の人格を感じている。
「どうして、我が娘に。」
「我を陥れた神達によって掛けられた呪いに依るもの。その呪いによって我は、いいや、我等は幾度となく生まれ変わりを繰り返して来た。そして、其方たちの元へと来たのだ。それは我の意思ではない。」
そこで、ただ畳に小さく伏せていた母親の背が震えだした。
「では・・・・。んんっ。」
「では、私達の娘、鈴音は 鈴音は何処に・・・、うううっ。」
「お母さん、お父さん。私は鈴音です。鈴音のままです。いつまでも2人の娘です。いいえ、2人の娘で居させてください。」
いつもの鈴音の話し方、そのものに戻っている。その言葉を聞いた母親が恐る恐る顔を上げた。流れ出ている涙も拭かずに、『娘で居させて下さい』の言葉に喜びと、しかし少しの不安を持った眼差しを向ける。
「お母さんっ。」
鈴音は自ら母親の所に駆け寄り抱き付いた。
「お母さん。」
「鈴音。」
「記憶が、記憶が頭の中に洪水の様に襲って来たの。今までの全ての事が、何度も生まれ変わった事も、その度に私を大切にしてくれた両親達の事もその姿も。でも、私は鈴音。貴方の娘。私のお母さんは貴方だけなの。お父さんもよ。何度生まれ変わったとしても、今生まれた私は鈴音なの。鈴音で居させて、お願い。貴方達の子供で居させて、遠い存在にしないで、お願い、お願いしますお願いします。お願い・・・。」
「ええ、ええ、貴方は私達の娘。鈴音よ。可愛い私達の子供。」
「お母さんっ。」
「産まれて来てくれてありがとう。」
「お母さん、お母さんっ。」
「何があっても、貴方にどの様な呪いが掛けられていたとしても、貴方は私の娘。私が守る。」
「お母さん、お母さんお母さん。」
「いつか・・・・、いつかこんな日が来ると思っていたのよ。」
そこで強く抱き付いていた腕を解き、母親の目を真っ直ぐに見つめた。
「どうして?」
「お父さんと結ばれた日にね。光が見えたの。暗い部屋の天井を突き抜けて私のお腹に向かって一直線にね。私、その瞬間、子供を授かったって直感したのよ。そうして貴方が産まれたの。あの日の事ははっきりと覚えているわ。でも何処か不安だったの、だって光が飛んできたのよ、何かの前兆かそれとも神託か。」
「光が?」
「そう、光に乗って貴方はやって来たの。だから絶対に呪いになんか負けないわ。きっともっと大きな優しい神によって私の元に運ばれて来たのよ。だから、呪いになんか負けちゃダメ。いい、貴方は私が守る。」
「うん。」
「おい、俺はどうなんだ?」
そこで初めて父親が会話に割って入る。
「貴方はダメよ、だって、光が下りて来た時、貴方、私の横でイビキ掻いて眠っていたじゃない。」
「そんなー。」
「私、お父さんも頼りにしてる。私の事、絶対に守ってね。」
「おう、任せなさい。」
「うん、私は2人の子供。いつまで経ったって2人の子供だからね。」
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
「お母さんっ! お母さん大変だよっ!」
妹の琴音が叫びながら台所へと駆け込んで来る。
「お姉ちゃんがもう起きてるっ。布団も畳んでるっ!」
駆け込んだ台所で母親の横に立ち一緒に朝食を作っている姉の姿を見て琴音は更に驚いている。
「おはよう。」
駆け込んで来た琴音に振り向き、鈴音は優しく朝のあいさつをする。
「お、お姉ちゃん。」
「琴音、おはよう。」
「あっ、おはよう。どうしたの?」
「私も今日から15才。大人に成ったのよ。」
「うそっ! 15になると変わっちゃうの?」
「あははは、これが本当の私。琴音の尊敬する姉。いいから、朝食にしよう。」
「うん。 お母さん、お姉ちゃんどうしちゃったの?」
「15才になって、生まれ変わったらしいわよ。」
「ふ~ん、人間変われるものなのねー。」
「どういう意味? お姉ちゃんは大人になったの。」
「じゃあ毎朝起こさなくても良くなったんだ。」
「そう言う事。」
そして通学でも親衛隊の皆を驚かせていた。先ずはバスに乗り込んで来た事だ。
夏になり、朝から爽やかな青空が広がって、いつもならば寝坊でもして自転車で勢いよく学校へと向かう筈なのに、こんなに天気のいい日に妹の琴音と一緒にバスに乗り込んで来たのである。その容姿にも変化が見て取れ、巫女として伸ばした髪は、いつもならば急いで家を出るので乱れているのだが、美しく櫛が通され、艶も有り、それを後ろで一つに纏めて垂髪にしたものを、その先が乱れない様に丸く輪を作る様に結んだ玉結びを施しているのである。制服にも皺一つ無く、まるで出掛けにアイロンを掛け直したのかとおもうほど綺麗な折り目がくっきりとしていた。
その所作にも変化がある。どことなく動きに淑やかさを感じ、歩き方も横に流れる様であった。バスに乗り込むと、既に乗っている乗客の学生たちも鈴音が巫女であることは知ってはいたが、今日の鈴音にはどことなくオーラの様な物を感じて、乗り込むと同時に皆が視線を向けた。歩く先はそれを妨げない様に自然と道を開け、過ぎ去った後ろ姿を目で追っている。親衛隊の所まで行くと、
「おはよう。」
と、鈴音の声では有るがその中に何処か大人びた、いやもっと違う、包み込むような優しさのある響きが感じ取れていた。
「あ、おはよう鈴音ちゃん。」
陽菜はいつもと違う雰囲気に琴音を引き寄せ、
「ねえ琴音ちゃん、お姉ちゃんどうしちゃったの?」
とひそひそ声で聞く。
「うん、何だかね、15才になって生まれ変わったんだって。」
「どういう事?」
「私も分からないけれど、朝早く起きて朝食作ってたの。」
「へぇ~~、あの鈴音が?」
「そう、お布団だって畳んであったのよ。」
「・・・。」
その違和感は学校に行っても続いた。
授業中でも休憩中でも椅子に座っては背もたれに寄り掛かる事無く背筋を伸ばし、膝を付けた状態でやや斜めに足を揃えて流し、机の上には指先だけを揃えて置いて正面を見ているのである。教壇に立つ先生も、鈴音と視線が合うと微かに微笑み返すその姿に時折授業が中断され、他の生徒からも先生の話しが止まるたびに鈴音の方を見てその微笑みを確認していた。親衛隊でさえ机に集まった時に、いつもとは違う少しの距離を置いて話をする程である。
「鈴音ちゃん、どうしたの?」
「えっ、どうもしないわよ。いつもの私。」
「ううん、全然違う。何か大人に成ったって感じ。」
「もう15才だから。」
「まだ15だよ。」
「もう、私も裳着を済ませないといけない年齢だから。」
「も・ぎ?」
「そう裳着よ。」
陽菜が親衛隊の皆を手招きして集め、
「ちょっとー、やっぱり鈴音変じゃない?」
「私もそう思う。ところで裳着って何?」
葉月が急ぎスマホで調べる。
「えーとね、『女子が成人したことを周りの人達に知らせる通過儀礼』、通過儀礼って、出生や結婚、死など人が成長していく過程で、次なる段階になった事を示す儀礼だって。」
「へー。」
「ちょ、ちょっと待ってー、裳着は、平安時代から安土桃山時代にかけて行われた儀式って書いてあるよ。」
「え~~~!」
皆は更に近くに集まってひそひそ話しをする。
「やっぱりさ、巫女となると言葉遣いが変わるのかな?」
「そんなの変だよ。今までも巫女だったし、全く知らない言葉だよ。」
「巫女ってさ、神様が乗り移るの?」
「それって、『イタコ』っていうやつ?」
「陽菜ちゃん、イタコは死者の霊が乗り移るんだよ。」
「えっ、じゃあ卑弥呼ってやつ?」
「そうそう、もしかしたら鈴音ちゃんに何かが乗り移ったのかも。」
「どうしよう、怖いよー。」
「悪魔じゃないんだから、平気だよ。」
「でも、何か会話がおかしいんだよね、こう、気を使うっていうか。」
「やっぱり、いつもの鈴音じゃないって事よね。」
「そうそう、それ。」
「どうする?」
「でも、鈴音は鈴音だし、様子見ようか。」
「うん。」
授業が終わり帰る時にも皆を驚かせていた。学校からバス停までの道のりは優雅に歩き、皆の会話にも微笑みで答える程度である。かといって何の反応も無いかと言えば、昨日のテレビでのアイドルの事は会話になってもちゃんと理解できていた。バスの中でも小さな声で話し、笑う時には手で口元を覆う仕草をする。遠くに居る席から視線を感じると、その方向を見やって笑顔を返し、そっと手を振って答える。陽菜と結衣は終始気持ち悪いままに同乗していた。鈴音の家の近くにバスが着いた時も、わざわざ親衛隊の2人に向かって丁寧にお辞儀をして降車したのである。
鈴音、15才の誕生日はそんな不思議な日であった。
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
「お姉ちゃん、起きてよー。あーもー、私、先に行くからね。」
「はっ! 今何時? やっばーいっ!」
「もうー、お姉ちゃん大人になって起こさなくても良かったんじゃないの?」
「そんなー! もっと早く起こしてよー。」
「何度も起こしたよ。私行くから。胡瓜、テーブルの上ね。」
「ああ、サンキュウー!」
昨日とは全く異なり制服も乱れて着たままで歯を磨き部屋を飛び出す。当然、布団もぐしゃぐしゃパジャマは脱ぎっぱなし、そして母親の声が響く。
「鈴音っ! また胡瓜なんか喰わえてっ!」
「ひほふ、ひほふ、ひっひひあ~ふっ。」
(遅刻っ、遅刻っ、行って来ま~っす。)
「気を付けて行くんだぞー。」
相変わらず優しい父親の声が聞こえる。
学校でも皆に驚かれていた。元の鈴音に戻っただけだが皆は緊張してその仕草を注意深く観察するように、腫物に触れる様なおどおどした感じで接していたのである。それも昼休みを過ぎる頃には慣れて、元通りの学校生活を送っていた。
それから数日が過ぎた金曜日。
学校帰りの自転車は向かい風も熱く嫌気がさす程に道は真っ直ぐに伸びていた。それでも週末なので明日の朝はもっと長く寝てやるんだとの思いが鈴音を家に向わせる力になっている。
「鈴音ーー!」
後ろから和輝が勢い付けて追いかけて来る。鈴音の所まで来ると速度を弱めて笑顔で話す。
「良かったよ。心配したんだ、急に変な風になっちゃって。」
「ああ、ごめん。何でもないから。」
「それなら良かった。俺が変な事言ったから、そのぅ、お前がおかしく成っちゃたんじゃないかって心配してたんだ。」
「ううん、和輝君の所為じゃ無いから気にしないで。」
「う、うん。ごめんな、そのぅ。」
「うん、本当に和輝君の所為じゃ無いから、気にしないで。」
「分かった。」
「あのぅ、例の話なんだけれど・・・。」
「あっ、いや、返事は急がなくていい、俺も心の準備出来てないから。」
「それでも・・・。」
「いいよ。早すぎだよな、まだ15なのに結婚だなんて、それに付き合っても居ないのに。だから一旦忘れてくれ、もっと大きくなって俺も大人の男として自信をもったら鈴音にもう一度言うよ。だから今は幼馴染のままで居てくれ。」
「うん、分かった。ありがとう。」
それからは今までの様に色々な話をしながら鈴音の家が在る神社の前まで来た。そこで2人共自転車を止めてしばらく話をした後で、
「じゃあ鈴音、俺がお前の結婚相手の予約第1号だ。覚えて置いてくれよ。」
「えっ、でも私には・・・。」
「将来の事は分からない。でも、俺はお前に気に入って貰えるように頑張るから、結果はその時だ。」
「・・・・。」
「そうだ、握手してくれ、握手で良いんだ。予約の握手。」
鈴音は本当の事が言えないままに握手をして和輝と別れた。出来るだけ早く自分には好きな人が居る、求め続けた人が居る、何処に居るのか分からいけれどその人を探して結ばれるのだと告白しようと思い、いつもの様に国道を流れる感じで走って行く和輝の後ろ姿が見えなくなるまで見ていた。
‡‡‡ ‡‡‡ ‡‡‡
翌日、土曜日の夕方。
結衣からスマホに電話が掛かって来た。
「どうしたの結衣ちゃん。」
「和輝君が船から落ちた! 今、皆で探してるっ!」
突然の知らせだった。和輝と同じ集落に家が在る結衣からの連絡である。
急いで自転車を漕ぎ、国道を走る。トンネルを抜けると直ぐに和輝の家が在る漁港が見え、その船着き場には多くの人が集まっていた。出せる船は全て捜索に出て行き、ガランと空いた港に人だけが多く集まっている。結衣の近くには既に何人かの同級生も集まり肩を寄せ合っていた。
「結衣ちゃんっ!」
「あっ、鈴音ちゃん。」
「船から落ちたってどういう事?」
「うん、私も良く分からないけれど、和輝君のお父さんの船から救助要請が入ったらしいの。」
「でも和輝は、和輝はあんなに船の上ではしっかりしてたのに、何かの間違いだよ。」
「それならいいけど・・・。」
「ライフジャケット。そうライフジャケットだって着てるんでしょ、あの日だってしっかり着てて私にも直ぐに着る様に言ってたもん。」
「そう、だから皆、何処かに流されてるんじゃないかって探してるの。」
夏の日は長く、夜の8時過ぎになって多くの船が港へと戻って来た。しかし、和輝の姿はそこには無かった。和輝の家の船も戻り、甲板の上にはうつむき、力無く座り込んでいる兄大輝の姿があった。鈴音は走って近づき声を掛ける。
「おじさんっ! 大輝さんっ!」
「や、やあ、鈴音ちゃん。」
「和輝君は? 和輝君はどうしたの?」
「俺がいけないんだ、俺が。」
操縦席から出る事も無く和輝の父親が力無く答える。
「親父の所為じゃ無い。俺も気付いたら居なくなってたんだ。」
兄の大輝も疲労の色が濃いままに答えている。そこへ母親と弟の航輝も駆けつけて同じ様な話をしていた。
「あなた、大輝。和輝はライフジャケットしてたんでしょ。」
「ああ、してた。アイツはそう言うのはしっかりと守る奴だったからな。」
「じゃあどうして見つからないの?」
「俺にも分からねえよ。皆が潮の流れを読んで一緒に探してくれたんだが見つからないんだ。」
「ああぁぁぁぁ、和輝ぃぃぃ・・・・。」
母親はその場に泣き崩れる。鈴音は直ぐに傍に行ってその肩を抱いて一緒に涙を流した。
「和輝兄ちゃんは戻って来る。和輝兄ちゃんは凄いんだから。」
弟の航輝も涙を流していたが強い言葉で立っていた。その言葉に父親が答える。
「そうだ。そうだよ、和輝は強い。今は夏だ、低体温症になる可能性は低い、明日も早朝から探しに行くぞ。さあ、大輝、帰って寝るぞ。」
「ああ、明日は必ず見付けてやる。」
その言葉に母親も立ち上がり前を向いた。
「ありがとう鈴音ちゃん。貴方もお家に帰りなさい。きっと和輝は無事だから、ねっ。」
和輝の溺死体が打ち上げられたのはそれから3日後の事である。
そこは、あの鈴音の誕生日プレゼントとして釣りをするために待っていた船が姿を現した、鈴音の集落と和輝の集落とを隔てる様に海へと突き出した岬の先端である。捜索も打ち切られ漁に出た船がオレンジのライフジャケット着た者が打ち上げられているのを見付けて連絡したのだ。3日、海に落ちて4日。なのにその死体は膨らむ事も無く、まして潤けた皮膚が捲れてその下の変色した皮下脂肪や肉が醜い表情をさらけ出す事も無く、本当に綺麗で、まるで何処かで亡くなった遺体をその場に置いたかの様な状態であった。普通ならば遺族にも見せられない程、強烈な映像を記憶に残しそうなのに、和輝のそれは美しく、検死した警察の人も不思議がっていたほどである。だから、泣きじゃくる母親や弟も棺にしがみ付き眠っている様なその表情をずっと見ていることができた。ただ、右腕だけが肘からその先だけが捥ぎ取られた様に無くなっていた。
結衣から連絡を受けた鈴音も駆けつける。
普通なら見せられない程酷い溺死体も和輝の場合は面会を許された。
蓋の開いた棺に寝かされた和輝の周りには、それを埋め尽くす多くの白い菊の花が添えられており、何処かその表情は安らかであった。
「和輝くん・・・・。」
思いが込み上げる。その前日に神社で交わした将来の話しと最後に強く握った握手の手の感触が蘇る。涙だけが溢れ声が出せない。目を覆って泣き出したいが和輝を見続けて上げたい。目の下に出来るだけハンカチを近づけ溢れ出る涙がそこに留まり瞳を覆って視界を妨げ横たわっている和輝の表情を分からなくさせない様にずっと拭いながら見続けていた。血の気の亡くなった肌は綺麗に化粧で戻されていたが生きていた時の様に塗られた焼けた肌の色と鼻に押し込まれた真っ白い綿のコントラストが一層の悲しみを掻き立てる。
その時、鈴音にはそれが見えた。
白く真新しい死に装束を着せられているのに、それを透かすように和輝の肌が見えたのだ。
その全身に残る多くの手の痕。腕や足、首にまで纏わりつき強く掴まれた様に残る無数の手の痕跡が見えたのだ。
驚く自分の中に冷静な神の感覚が張り上げてしまいそうな声と体の暴走を止めていた。
それは魍魎の痕跡。
その夜、鈴音は巫女姿で岬の先端に立つ。
和輝が打ち上げられた例の岬だ。
その夜はまるで忘れて置き去りになった墨汁の水分が蒸発してドロドロになったものに筆を浸して空を塗った様な重く分厚い雲に覆われ、それは今にもボタボタと垂れて来そうなほどの湿気を纏い、風も止まった海には波も現れていない。そんな真っ黒な夜の海に遠くを行き交う船の灯りも見当たらず、時折横切る灯台の明りだけが平らな海面を同じリズムで走り抜けていた。
岬に立つ鈴音にじめっと纏わりつくような重さのある海風が動き出した。その湿気と共に磯場の岩の上に置き去りにされた海藻が半渇きの状態で腐りかかりそれが周囲にその存在を教えるかの様に鼻を覆いたくなる生臭い潮の香りを運び心をイラつかせる。打ち寄せる波の音だけが辛うじて気持ちを落ち着かせるようにある揺らぎのリズムで響いていた。
しばらくすると、何も見えない黒い空間に ポツッ ポツッ っと明りが灯る。その灯りは小さな炎の様であるがオレンジ掛った黄色い炎の周りを透明感のある青い炎が包み込んで美しさと共にどこか儚さを感じるものである。空中に浮くその灯りと同じものを海面が映し幻想的な世界へと引き摺り込んで行く。狐火の様にゆらゆらとするその炎は徐々にその数を増やし、気が付けば鈴音を中心として数十個の炎が海面に映し出されていた。鈴音は表情を変える事無くその光景を見続けている。
それらがほぼ出揃ったと思われる頃、それらの中央付近に回りとは違う赤い色の炎からなる狐火が現れた。それは周りのものより一回り大きく、色も透明感の無い濃い炎である。
やがて赤い狐火が映る海面が沸き立ちそこから人影が迫り上がってきた。綺麗な着物を何枚も重ね着し口元は扇子で隠しているがそれを持つ手、扇子から出ている目、頭はいずれも長年海の中に浸された死体そのもので、変色して泥の様な色をした骨に纏わり付いているのは肉体の一部なのかヘドロの様な海の汚れなのかも分からない。大きく窪んだ眼窩は何処を見ているのかも分からず、乱れた頭髪が頭蓋骨に僅かばかりに付いているがそれも海面から出て来た時にヅルヅルっといくつかが垂れて落ちた。
「お前が安城姫か。」
重い空気に鈴音の凛とした声が響く。
着物を纏ったモノが扇子を振ると、今までの姿がうその様に綺麗な肌を持つ姫へと変わる。着物から出ていて見える体の腐り果てていた全ての所に肉が戻り、瞳は輝き瞬きもする。髪は結い上がり綺麗な髪飾りも刺さっていた。
「ふふふ、其方の匂いであったか。」
「和輝を、何故和輝を手に掛けた。」
「和輝? 先日の者の名か? そんな名前など知らぬ。だが匂いだ。そう神の匂いだ。知って居ろう、神を喰らわば我は永遠の美を手にし、その力も強くなる。」
「それで右腕を、 それで和輝の右腕を喰らったのかっ!」
「ふんっ、とんだ偽物を喰わされた。だがいい。本物の神が現れたのだからな。」
「許さない、お前を絶対に許さない。」
「ほほほほ、我一人と思うてか? この炎の数を相手にして勝てると思うのか? 否、この者達は武者ぞよ。お前の様な小娘が叶う訳無かろう。」
「和輝は、 和輝は我を可愛いと言ってくれた、我を娶ってくれると言ってくれた、我の為に更に成長してくると言ってくれた、我の為に好きな漁師を諦めるとまで行ってくれた、そして何より、私を好きだと、好きだと言ってくれたのだ。」
「ふんっ、好いてる者同士は引き裂かれる運命よ! この私がそうであった様にな、それより私にお前を喰わせろ。そうすればお前もその和輝とやらの元に行けようぞ。あははははは。」
「許さない・・、 許さない、許さない、許さない。」
「皆の者、行け。切り刻み殺しても構わぬ、肉片を喰えばいいのだからな。」
すると周りの狐火が映し出す海面より武者姿の亡者たちが刀を持ち浮き上がって来る。その体が全て海面上に出ると、鈴音に向かってゆっくりと歩き出した。
『麼婀氓。』
(鈴よ。)
鈴音が呟くと知らぬ間にその右手には巫女鈴が握られ、そこから伸びる五色布を左手が挟んで持っていた。そのままの状態で立ち、視線は安城姫を刺す様に見据えている。武者姿の亡者達は刀を振り翳しながら鈴音にあと少しの所にまで迫っていた。そこで鈴音が動く。下ろしていた手に握られた鈴を腕を伸ばしたままゆっくりと持ち上げ、体の真横になるとそこで静かに止め、
『礪甓囉嵳!』
(消えろっ!)
シャンッ!
叫びながら手首を捩じって鈴を振る。
すると振った鈴から出た音が光となって弾ける。白い光が音と伴に巫女鈴を中心として大きな球体となって広がって行く。その光が武者姿の亡者に当たると亡者の姿が吹き飛び消えて行く。まるでシャボン玉が弾ける様に一瞬で細かな塵の様になったかと思うと跡形もなくその全てが消えてしまうのである。巫女鈴から広がった光は20m位広がると消え、その範囲まで近づいていた亡者達は跡形もなく消え、そこには先ほどまでの暗い空間だけが残る。亡者達にはその体の中にまだ仲間意識が残っているのか、鈴の音によって仲間が消されると鈴音の周囲に残る武者達は姫から指図されたと言うよりも明らかにその動きを自らの意思で速め、敵意をむき出しにして持っている刀を更に大きく振り翳し駆け出して来る。鈴音を討ち果たさんと浮かんでいた海の上を駆けながら描いていた弧を狭める様に近づいて来るのを鈴音は巫女鈴を鳴らして次々と消し去って行く。
『礪甓囉嵳!』 シャンッ
シャンッ シャンッ シャンッ
戦っていると言うよりも舞っているかの様に体を翻し、腕をその千早がひらひらと舞う様に動かし、手首を捩じって鈴を鳴らし音と共に弾ける光で亡者共を消し去って行く。やがて亡者となった武者達はその全てが消されて居なくなっていた。それと同じく狐火も消え、暗く戻った海に安城姫だけが華やかに浮かび上がって残されている。
「よくも我が家来たちを。」
「お前だけは絶対に許さない。」
『髏劬廜匬!』
(切り刻めっ!)
その言葉を発すると、左手に挟んでいた五色布の先端が物凄い速さで安城姫に向かって伸びて行く。伸びると同時にその先端が広がり出しまるで薄い短刀で斬り付けるかのように迫って行く、安城姫に届くとそのまま姫の肢体の付け根を突き抜けた。安城姫の着物はそのままに両腕と両足が胴体の付け根の所でスパッと切断されたのである。次の瞬間、切断された手足は武者達同様、綺麗に弾けて消える。気付けば五色布は元の長さに戻り鈴音の左手に挟まれたまま優しく垂れ下がっていた。
肢体を失った安城姫は着物を海面に綺麗に広げて流木の様に浮いている。まるで小芥子に着物を着せた様に頭だけが付いたままでプカプカと浮いているのである。胴体の丸みのその先には何も付いていないのが分かる様にピタッーと平らになった着物が僅かな波と同じ形に揺れて動いている。
鈴音は安城姫に向かって歩き始めた。海の上をまるでその先まで陸地が続いているかのように普通に歩いて行く。やがて安城姫の傍まで辿り着くと、海に浮かんで真っ暗な空をただ何を見るでもなく見上げている姫を見下ろし呟く。
「哀れな者よ。」
姫はその視線を鈴音に向ける事無く問い掛けた。
「我は、我は何処で間違ごうてしもうたのであろうか。」
鈴音は淡々と答える。
「そんな事も解らぬのか。愚かな者よ。」
「其方には分かるのか?」
「初めからだ。」
「初めから?」
「ああ、初めからだ。お前が『自ら命を絶とう』と思った時からだ。」
「それがいけないのか? いけない事なのか? なぜだ、仕方なかった、仕方ないではないか。辱めを受けるよりはと・・・。」
「何故、戦わなかった。」
「戦う? 敗戦の将の妃に何が出来ようぞ。」
「愚かな者よ。戦うと言う事は刀を合わせて血を流すという事だけではないのだぞ、戦うとは自分の運命に抗い、藻掻き、何としてでも生き残る為にその力を振り絞る事だ。」
「生き残る為に戦う?」
「お前の命はお前のモノでは無い。」
「命・・・、私の命は、私のモノだ。」
「いいや違う。
お前の【命】とは、お前に渡され、【託されたモノ】。
お前はそれを【育てる者】なのだ。
与えた神が『もういいぞ、良くぞ育ててくれたな』と言うてその神が受け取るまでは手放してはいけないのだ。自ら命を放り出してはいけないのだ。それと同じく他の者の命を奪う事も許されぬ。お前は自らだけでなく多くの家臣の命にまで手を出した。戦わせて上げればよいのに、お前が死のうと言い出した時に彼等は既に間違う方向へと引き摺り込まれてしまったのだ。その罪は重い。」
「どうしろと、私にどうしろと・・・。」
「生き延び方は色々と有ったであろう。家臣の為に辱めを受け入れ命乞いをするも1つ、戦いを挑んで勝てぬのならばどこぞへと逃げて誰かの庇護下に入るのも1つ。髪を下ろし尼僧にも、庶民として下るも有ったであろう。何としてでも生き残ろうとすればその先には色々と道はあった筈、お前はそれをしたのか? 自らの考えが及ばないのならば誰かに頼ったのか? 聞く事は、生き残る為に何でもする事は恥ずかしい事なのでは無いのだぞ。そのどれもお前は『姫で在りたかった』が故に拒み、その傲慢さが多くの家臣達を道連れにし悲劇をもたらしたのだ。
【自ら死ぬことは許されない。】
【預かった命を途中で放り出す事は許されない。】
如何なる時でも預かった命をしっかりと抱きしめてこれを守り通す事が人間に与えられた使命なのだ。そう教えて来た筈なのだがな、我らは寄り添って、お前達人間にずっと寄り添って教えて来た筈なのだがな。
『命は他に変えられない大切なモノだ』
と言う事を、我等、神も何処かで伝え方を間違ってしまったのであろうか。」
すると安城姫は優しい表情へと変わり、涙を流しながら答えた。
「ああ、そうであった、『命は他に変えられない大切なモノ』。そうだ。そうですね、私が間違っていたとやっと気付けました。多くの家臣、侍女達には申し訳ない事をした。今更謝ってもしょうこと無しとは分かっているが口惜しい事よ。再び相見えることが出来たのならばこの身を地に伏して謝りたい。」
「それは叶わぬ。分かって居ろう、お前達の家臣は無にかえった。二度と生まれ変わる事は無い。そしてお前もだ。命を最後まで抱えて育てていなかったお前達に二度は無い。」
「そう・・・、あぁ、そうですね。我は気付くのが遅かった。悔やみきれぬ。」
すると海中から別の狐火がゆっくりと浮かび上がって来るのが見えた。それが海面を通過すると侍女の姿へと変わりそのまま浮かんでいる安城姫の所へと向かって来る。現れた数人の侍女達は姫の元へとやって来るとその傍に跪き袖を目に当てて泣き出した。
鈴音はゆっくりと巫女鈴を持ち上げ亡者達の上に翳すと、
『礪甓囉嵳!』 シャンッ
と唱え鈴を鳴らしその姿を全て消し去った。
幾重にも重なった綺麗な着物だけが海面に漂っている。
振り返りふと岬の先端に目をやると、そこに人影が立っていた。
白くボヤッとした光に包まれた人影は和輝。あの打ち上げられた所に鈴音を見つめて立っている。ゆっくりと、少しの怯えを感じる足取りで鈴音は和輝のそれに近づいて行き、近くまで行った所で立ち止まる。和輝のそれは笑顔のままで居る。
「和輝君、ごめんなさい。私が、私の神の匂いが貴方をこんな事にしてしまったの。」
和輝のそれは答えない。ただ、鈴音に向かって笑顔を見せている。それはまるで目の前に好きな人が居て、ただ少し離れて見守る様な温かい笑顔である。
「和輝君ごめんね、ごめんね、貴方はもっと笑って、もっと楽しい事もいっぱい経験して、もっとお船に乗って漁師さんをしたかったのに、ごめんね、私が握手したから、私が貴方の体に触れてしまったから、私が傍に居たから・・・。」
鈴音は顔を手で覆って泣いた。それでも和輝のそれは笑顔で泣き止むのを待っていた。泣き止んだ鈴音が目にしたのは、手を広げて何か舞の格好をしている和輝のそれであった。
「舞いが見たいのね、 うん、舞うわ。和輝君の為に舞う。」
鈴音が舞い出すと何処からか三管三鼓の雅楽が鳴り響いて来た。海は凍り付いたスケートリンクの様な鏡面になって固まり、鈴音の舞う範囲だけ波が消えた。
シャンッ サーーサー シャンッ シャンッ
雅楽の合間に響き渡る鈴の音、いつの間にかどんよりとした重い雲は何処かに消え満天の星空が覆っている。
シャンッ シャシャシャシャ シャーーーー シャンッ
舞いが終わると和輝のそれは今までよりも笑顔で答え、両手を体の正面で合わせゆっくりと拍手の様な仕草をしていた。
「和輝君。」
鈴音が名前を呼ぶと、うん、うん、と頷くような仕草をして優しく鈴音を見つめる。一言も発することなく、ただ、鈴音を笑顔で見ている。
静かだった海に一陣の風が吹いた。
その風に鈴音が目を閉じ、再び開けた時、そこに和輝の姿は何処にも無かった。
鈴音には最後に笑顔で頷いていた和輝の笑顔の記憶だけが残っている。
鈴音は星空を仰ぎ、目からは涙を流して小さな声で呟いた。
「天忍日、貴方に、貴方に会いたい。」
「貴方に傍に居て欲しい。」
「貴方なら、こんな時・・・。」
「貴方に強く包まれたい。」
「貴方は、今、何処に・・・。」
涙を流しながら鈴音は自分の家へと向かう。
時折立ち止まり千早で涙を拭う。既に両腕の千早は涙を吸いきれない程に濡れていたがそれでも溢れ出る涙を拭って歩いている。
(和輝君、和輝君・・。)
(ごめんね、私がこんなんだったから・・・。)
(もっと貴方の笑顔、見てたかった・・、会いたいよ・・・。)
そして国道の、いつも和輝が自転車でその後ろ姿を消した角の所まで来ると、鈴音は限界を超えて声を上げて泣く。
「うわああああーーん。和輝くーーん、ごめんなさい、ごめんなさーーい。」
千早は涙でぐしょぐしょになってその下の着物が透けて見えている。それでも腕を目に当て擦って止まらない涙を拭いながら泣いている。しゃがみこみ、ふら付いて膝を突き道路に手を突くとポタポタと涙が落ちた。
「ごめんなさい、 ごめんなさい、 ごめん んんん・・・。」
消え入りそうな声で謝り続けてしばらく動けなくなっていた。
自分の匂いが、魍魎共にしか分からない神の匂いが和輝を死に追いやってしまった事を知り、その重さに押しつぶされそうになっていた。鈴音の中には神の意識も、それまで生まれ変わった多くの人だった時の意識も大人の精神も宿ってはいたのだが、魍魎と戦い終わった平常時では今産まれた現在の意識と精神の方が強く、15才にのしかかる自責の念は余りにも大きい。
(和輝君、ごめんなさい、ごめんなさいごめんなさい。)
(私がこんなんじゃ無かったら、神なんかじゃ無かったら貴方は・・・。)
(もっと生きられたのに、 もっと生きていて欲しかった。)
「うわああああーーーん。」
月の出ていない星空だけの夜はあまりに暗く、国道沿いにある僅かな街灯だけが頼りである。
なんとか歩いてふらふらと歩いて暗い境内に入ると、そこで鈴音が見たものは、自宅の玄関が灯され、その漏れ出た光の中に立っている両親の姿である。2人は不安を寄り添う事で耐えている様に見え、母親の肩を父親が両手で抱え、母親はその頭を父親に預けていた。
「お母さんっ!」
「鈴音っ!」
その姿を見るなり鈴音は駆け出し、母親も同時に駆け出してお互いの胸に抱き付いた。
「お母さんっ、わああーー。」
「お帰り、無事だったのね。」
「私が、私が和輝君を死なせちゃったの。」
「そんな事ないわ。」
「ううん、私が、私が和輝君を、うわああああーー。」
「そんな事ない、貴方の所為なんかじゃない。」
「和輝君が、和輝君が、私が神なんかだったからぁぁぁーー。」
「そんな事ない、貴方が悪い事なんて何も無いのよ。」
「だって、だって、だっ ああーーーー。」
「貴方が悪いのなら、生んだ私はもっと悪い、私が悪いの、その罪は私にあるの。」
「お母さん、お母さんっ。」
鈴音は今までにない位力強く母親に抱きしめられ、その温かい中で再び大きな声で泣いた。
暫くして少し落ち着いてから先程の岬での話を少しずつゆっくりと両親に話すとその不安は徐々に薄らいで行き、泣き止むと同時に心に落ち着きを取り戻す事が出来た。
「鈴音、今夜は一緒に寝ようね。」
「うん、お母さんと寝るのいつぶりだろう。子供の時の話を聞かせて。」
「ええ。」
朝の光は相変わらずの夏を運んで来る。
「おはよう。」
「あっ、おはよう、お姉ちゃん。」
「さあ、朝食にしましょう、今日の目玉焼き、お姉ちゃんが作ったんだよ。」
「ねえねえお母さん、お姉ちゃんってまた変になっちゃったの?」
「琴音、お姉ちゃんは本当に変わったのよ。」
「じゃあ、これからは早起きしてバスで行くんだ。」
「ううん、自転車で行く。」
「どうして、陽菜さん達と一緒に行かないの?」
「うん、自転車で一緒に行くの。一緒に行って、一緒に帰るの。」
「誰と?」
「ふふふー、私を一つ大人にさせてくれた人と。」
「へぇーー、そんな人いたの。」
鈴音は赤いチャリンコに跨り家の前の国道に出ると立ち漕ぎをして一気に山の上を目指して走り出す。
登り切った所で朝日を受けながら大きな声で叫んだ。
「おはよーー和輝くーーん。一緒に行こーー!」
次話は『覚醒 天忍日の場合』
・・・ですが、設定を変えたくなってしまったので、書き直しています。
もう少し、待っていて下さい。スミマセン。